大白法・平成28年2月1日刊(第926号)より転載 御書解説(194)―背景と大意

四条金吾女房御書(464頁)

 

 一、御述作の由来

 本抄は、文永八(1271)年五月、大聖人様が御年五十歳の時、鎌倉名越(なごえ)の草庵から、同じく鎌倉の長谷(はせ)に住んでいた四条金吾殿の夫人に与えられたお手紙です。

 夫人は、後に大聖人様より「日眼女(にちげんにょ)」と法名を(たま)っていますが、当時、懐妊(かいにん)した夫人は、初めての出産を迎えるに当たって、大聖人様に御符(ごふ)の御下付を願い出ました。

 そこで大聖人は早速、本抄を(したた)められ、妙法の信心を継承していく尊い子供が生まれることを心から喜ばれると共に、御符を服するには、なお一層、強盛な信心に励まなければならないと、慈愛を込めて御指南されています。

 四条金吾の入信は、康元元(1256)年、二十七歳の頃です。結婚がいつ頃であったかは明らかではありませんが、文永八年、四条金吾は四十二歳、夫人は二十九歳でした。

 四条金吾は、大聖人様から重要な御書を賜っており、夫人宛の御消息を含めると、その数は三十余篇にのぼります。本抄はその最初の賜書(ししょ)です。

 

 二、本抄の大意

 本抄は、懐妊した四条金吾夫人の不安を除きつつ、法統(ほっとう)相続の大切さについて御教示されています。

 冒頭、夫人からの懐胎(かいにん)した旨の報告と御符の願い出を受けて、御符を服するには、何よりも確かで強盛な信心が大切であることを、秘薬と剣の例えを挙げて述べられます。そして、四条金吾夫妻は二人共に法華経を受持信行する者であるから、その法華経流布(るふ)の種を継ぐ玉のような子が生まれるであろうと仰せられ、さらに出産に際し、この御符を服するならば、安産は間違いないと励まされます。

 次いで、暗闇でも灯火を(とも)せば明るくなり、濁水でも月が宿れば澄んで見える。明るく照らすことは日月に勝るものはなく、浄らかなことは蓮華に勝るものはない。法華経はこの日月と蓮華のように最勝の法であるから、妙法蓮華経と名付けられたのであると仰せられると共に、日蓮もまた日月と蓮華の徳を(そな)えた者であると御教示されます。そして、信心の水が澄めば利生(りしょう)の月も必ず(おう)()れるとして、その信心のもとに御符の利益(りやく)が顕われ、守護されることは間違いない故に、子はすぐに生まれるであろうと仰せられます。

 そして、法華経『方便品第二』の、

 「如是妙法((かく)の如き妙法)」(法華経101頁

また法華経『法師功徳品第十九』の、

 「安楽産(あんらくせん)福子(ふくし)(安楽にして福子を産まん)」(同485頁

の経文を挙げられ、この法華経の経文に関する口伝(くでん)相承のことは弁公(弁阿闍梨日昭)に詳しく申し含めてあるので、仏の使いであると思って御法門を聞き、信心に励みなさいと御教示です。

 最後に、天照太神が素盞雄尊(すさのおのみこと)に玉を授けたので、素盞雄尊は玉のような御子を儲けることができ、さらに日の神(天照太神)はその子を我が子と呼び、「(まさ)哉吾(やあ)(かつ)」と名付けたとの神話を引用されます。そして、日蓮も夫人に対し、子として生まれるべき仏の種を授けたのであるから、どうして我が子に劣ることがあろうかと仰せられ、経証として法華経『提婆達多品第十二』の、

 「()一宝珠(いつほうじゅ)価直(けじき)三千大千世界。」(同368頁

『信解品第四』の、

 「無上(むじょう)宝聚(ほうじゅ) 不求自(ふぐじ)(とく)」(同199頁

等の文を挙げて、福子を授かったことをお喜びになられ、本抄を結ばれています。

 

 三、信行のポイント

 一切の謗法を断つことが肝要

 大聖人様は、本抄において、

 「秘薬なりとも、毒を入れぬれば薬の用すくなし。つるぎ()なれども、わるびれ(臆病)たる人のためには何かせん

と仰せです。ここでは御符を秘薬に、毒を不信謗法に譬え、どんなに優れた薬でも毒を入れたならば、その効用は消えてしまう。また、御符を剣に譬え、利剣を所持していても、使う人が臆病であれば何の役にも立たないことを御教示されています。

 この毒について『法華初心成仏抄』には、

 「昼夜朝暮(ちょうぼ)に弥陀念仏を申す人は、薬はめでたしとほめて朝夕毒を服する者の如し。或は念仏も法華経も(ひと)つなりと云はん人は、石も玉も上臈(じょうろう)下臈(げろう)も毒も薬も一つなりと云はん者の如し」(御書1308頁

と、念仏を唱える人は毎日毒を服しているようなものであると仰せられています。

 つまり、念仏をはじめ爾前権経を信じ、法華経を誹謗(ひぼう)する人は、その謗法の罪によって日々地獄への業因(ごういん)を積んでいるのです。

 『新池御書』に、

 「信心弱くして成仏の()びん時、某をうらみさせ給ふな。譬へば病者に良薬(ろうやく)を与ふるに、毒を好んでくひぬれば其の病()えがたき時、我がとが()とは思はず、還って医師(くすし)を恨むるが如くなるべし」(同1460頁

とあり、『王舎城事』には、

 「いのり()の叶ひ候はざらんは、弓のつよ()くしてつる()よは()く、太刀つるぎ()にてつか(使)う人の臆病なるやうにて候べし。あへて法華経の御とが()にては候べからず」(同975頁

とあります。

 祈りを成就させる秘訣(ひけつ)は、一切の謗法を断ち、唯一の正法である法華経の御本尊様を強盛に信じて自行化他の信心に邁進する以外にはありません。

 法統相続の大事

 また、本抄において大聖人様は、

 「夫婦共に法華の持者なり。法華経流布あるべきたね()をつぐ所の玉の子出で生まれん。目出度(めでた)く覚え候ぞ。色心二法をつぐ人なり

と仰せです。大聖人様の仏法を子供や孫に、色心二法にわたって法統相続していくことは、広宣流布を達成する上で重要であり、また家族が福徳に満ちた生活を送り、一家の繁栄(はんえい)を確立する上でも大事です。

 中国北宋の政治家・司馬温公は、

 「子を養いて教えざるは父の(あやま)ちなり。訓導して厳ならざるは師の(おこた)りなり」(古文真宝前集巻之上一ウ)

と、子供をただ養うだけで何も教えないのは、親の過ちであると言っていますが、正しい信仰を通して、仏祖三宝尊に対する報恩や人としての生き方を教えていくことは、親の大事な務めです。

 『孟蘭盆御書』に、

 「悪の中の大悪は我が身に其の苦をうくるのみならず、子と孫と末七代までもかゝり候ひけるなり。善の中の大善も又々かくのごとし」(御書1377頁

とあるように、謗法などによる大悪の果報は我が身にその苦を受けるだけでなく、下七代の子孫にも及ぶものです。

 故に、家族や子孫が幸せになるためには、三世に(わた)る因果の理法を説き明かした大聖人様の下種仏法を代々にわたり受持信仰し、謗法厳誡の精神を貫いて、福徳を積んでいくことが重要なのです。

 また、大聖人様は『経王御前御書』に、

 「経王御前を(もう)けさせ給ひて候へば、現世には跡をつぐべき孝子なり。後生には又導かれて仏にならせ給ふべし」(同635頁

と仰せです。

 信仰を受け継ぐ子供は、後には親の追善供養を行い、成仏に導いてくれる大切な宝です。令法久住・広宣流布のためにも法統相続を確実にしていくことが大事です。

 末法の御本仏としての御教示

 大聖人様は本抄に、

 「法華経は日月と蓮華となり。故に妙法蓮華経と名づく。日蓮又日月と蓮華との如くなり

と仰せです。末法の法華経すなわち三大秘法の南無妙法蓮華経は、末法万年の闇を照らす日月であり、また(いん)果倶時(がぐじ)の妙法当体蓮華にして十界三千の諸法を具足する法本尊です。そして、大聖人様は、その日月と蓮華の徳を御一身に御具えあそばされた末法御出現の御本仏であり、人本尊にほかなりません。

 本抄は、大聖人様が文永八年九月十二日、竜の口の(くび)の座において発迹(ほっしゃく)顕本(けんぽん)あそばされる四ヵ月前の御著述ですが、御符の下付に当たって、人法一箇の意義の上から()遠元初(おんがんじょ)の御本仏としての御内証を暗に御示しになられていることが拝されます。

 

 四、結び

 御法主日如上人猊下は、

 「御本仏日蓮大聖人の一切衆生救済の願業(がんごう)を正しく今に承継して、世のため、人のため、一天四海本因妙広宣流布達成を目指して、一意専心、破邪顕正の折伏を行じていくところに、我ら本宗僧俗の最も大事な使命が存しているのであります」(大白法879)

と御指南あそばされています。

 広宣流布達成のため、いよいよ自行化他の信心に励み、その信心を受け継ぐ法統相続をしっかりとしてまいりましょう。