四条金吾女房御書  文永八年五月 五〇歳

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 懐胎(かいたい)のよし承り候ひ(おわ)んぬ。それについては()の事仰せ候。日蓮相承の中より(えら)み出だして候。()く能く信心あるべく候。たと()へば秘薬なりとも、毒を入りぬれば薬の用すくなし。つるぎ()なれども、わるびれ(臆病)たる人のためには何かせん。就中(なかんずく)、夫婦共に法華の持者なり。法華経流布あるべきたね()をつぐ所の玉の子出で生まれん。目出度(めでた)く覚へ候ぞ。色心二法をつぐ人なり。争でかをそ()なはり候べき。()()くこそ()まれ候はむずれ。
 此の薬をのませ給はゞ疑ひなかるべきなり。(やみ)なれども()入りぬれば明らかなり。濁水にも月入りぬればすめり。明らかなる事日月にすぎんや。浄き事蓮華にまさるべきや。法華経は日月と蓮華となり。故に妙法蓮華経と名づく。日蓮又日月と蓮華との如くなり。信心の水すまば、利生の月必ず(おう)()れ守護し給ふべし。()()くうまれ候べし。法華経に云はく「如是妙法」と。又云はく「安楽産福(あんらくさんふく)()」云云。口伝(くでん)相承の事は此の弁公にくはしく申しふくめて候。則ち如来の使ひなるべし。返す返すも信心候べし。
 天照太神は玉をそさのを(素盞雄)みこと()にさずけて、玉の如くの(みこ)をまふけたり。然る間、日の神、我が子となづけたり。
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さてこそ正哉(まさや)吾勝(あかつ)とは名づけたれ。日蓮生まるべき種をさずけて候へば、(いか)でか我が子にをとるべき。「()宝珠(ほうじゅ)()(じき)三千」等。「無上(むじょう)宝聚(ほうじゅ)不求(ふぐ)自得(じとく)」「釈迦如来(かい)是吾子(ぜごし)」等云云。日蓮あに此の義にかはるべきや。幸なり幸なり。めでたしめでたし。又々申すべく候。あなかしこあなかしこ。
  文永八年五月 日    日蓮 花押
 四条金吾殿女房御返事