大白法・令和2年2月1日刊(第1022)より転載

御法主日如上人猊下御説法

報恩抄 平成新編御書(九九九頁冒頭~五行目)
妙祥寺移転新築落慶法要の砌
平成三十年十二月二十二日
於:大分市

 (それ)老狐(ろうこ)は塚をあとにせず、白亀(はくき)毛宝(もうほう)が恩をほう()ず。畜生すらかくのごとし、いわうや人倫をや。されば古の賢者予譲(よじょう)といゐし者は剣をのみて智伯が恩にあて、こう()演と申せし臣下は腹を()ひて(えい)懿公(いこう)(きも)を入れたり。いかにいわうや仏教をならはん者の父母・師匠・国恩をわするべしや。此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきわめ、智者とならで叶ふべきか。(御書九九九頁)

 本日は、当妙祥寺の移転新築落慶法要、まことにおめでとうございます。お招きにより、当寺に参上いたしました。
 皆様方の尊い外護の赤誠によりまして、妙祥寺がこのように面目を一新して立派に再建され、まことにおめでとうございます。宗門といたしましても、地域広布の法城がこのように立派に再建されましたことに、心からお祝いを申し上げます。
 これもひとえに、住職の愛宗護法の固い信念と、そしてまた御信徒の皆様方の宗門外護の赤誠によるものであり、必ずや仏祖三宝尊の御嘉納あそはされるところと拝察いたします。それとともに、この功績はまことに計り知れないものがあり、必ずや大きな功徳を享受せられることと思います。
 どうぞ皆様方には、この歓喜と功徳をもって、これからもなお一層の精進を重ね、妙祥寺がこの地域における弘通の法城として、いよいよ活躍されますことを心からお祈りする次第であります。
 さて本日は、ただいま拝読いたしました『報恩抄』の御文につきまして、少々お話をしたいと思います。ただいま拝読いたしましたのは『報恩抄』の冒頭の御文でありますが、本文に入る前に、まずこの『報恩抄』の全体について、少しお話をいたします。
 『報恩抄』は、皆さん方も御承知のように、建治二(1276)年七月二十一日、日蓮大聖人様が御年(おんとし)五十五歳の時に、旧師・道善房の逝去の報を聞き、追善供養のために身延山においてお(したた)めあそばされ、清澄(きよすみ)の浄顕房と義浄房の二人へ届けられた御書で、御書十大部の一つに数えられております。
 ちなみに御書十大部と申しますのは、一つ目は『唱法華題目抄』で、これは文応元(1260)年五月二十八日の御述作であります。二番目が『立正安国論』で、これは同じ文応元年の七月十六日です。その次が文永九(1272)年二月にお認めあそばされた『開目抄』で、その次が文永十年の四月にお認めあそばされた『観心本尊抄』です。そして『法華取要抄』『撰時抄』『報恩抄』『四信五品抄』『下山御消息』『本尊問答抄』と続いておりまして、この十大部と言われる御書はいずれも、文字通り大事な法門が説かれており、古来、宗門におきましては重要なる御書であるとされているのであります。

 次に、当抄について総本山第二十六世日寛上人は『報恩抄文段』のなかに、
 「報恩抄送文に云わく『道善御房の御死去の(よし)()ぬる月(ほぼ)(これ)を承り乃至此の文は随分(ずいぶん)大事の大事どもをかきて候ぞ』等云云。『大事の大事』とは、(およ)そ五大部の中に、安国論は佐渡已前にて(もっぱ)法然(ほうねん)の謗法を破す。故に(ただ)()権実(ごんじつ)相対にして(いま)だ本迹の名言(みょうごん)()ださず。況や三大秘法の名言を出ださんをや。開目抄の中には広く五段の教相を明かし、専ら本迹を判ずと(いえど)(ただ)『本門寿量の文底秘沈』と云って、尚未だ三大秘法の名言を明かさず。撰時抄の中には『天台未弘(みぐ)の大法、経文の(おもて)顕然(けんねん)なり』と判ずと雖も、(しか)も浄・禅・真の三宗を破して、未だ三大秘法の名義(みょうぎ)を明かさず。(しか)るに(いま)当抄の中に於て、通じて諸宗の謗法を折伏し、別して真言の誑惑(きょうわく)責破(しゃくは)し、(まさ)しく本門の三大秘法を顕わす。これ(すなわ)ち大事の中の大事なり。故に『大事の大事』と云うなり。()が祖は是れを(もつ)て即ち師恩報謝に()したもうなり」(御書文段379頁)
と仰せられています。つまり本抄が「大事のなかの大事」である所以は何かと言うと、『立正安国論』あるいは『開目抄』『撰時抄』と比較せられまして、本抄には真言宗等の諸宗の謗法を破折するとともに、本門の三大秘法が顕されていることにあると御指南あそばされているのであります。

 次に、本抄の題号について申し上げますと、これも日寛上人の『文段』のなかで、
 「此の抄の題号は即ち二意を含む、所謂(いわゆる)通別なり。通は()わく、四恩報謝の報恩抄、別は謂わく、師恩報謝の報恩抄なり」(同頁)
と御指南されております。
 つまり、本抄の題号には通・別の二つがあり、通じて言うならば父母・師匠・三宝・国王の四つの恩への報謝であり、別して言うならば師匠の恩に対する報恩であるということであります。
 なお、この四恩につきましては、本抄における四恩と、『四恩抄』という御書がありますが、そのなかで仰せられた四恩とでは、少し相異があります。つまり、本抄におきましては父母の恩、師匠の恩、三宝の恩、国王の恩と挙げておりますけれども、『四恩抄』では一切衆生の恩、父母の恩、国王の恩、三宝の恩と挙げているのです。
 解りやすく言いますと、本抄におきましては、四恩のなかに師匠の恩を挙げておりますけれども、『四恩抄』では、これが一切衆生の恩になっているのです。
 これはなぜかと言いますと、『報恩抄』は師恩報謝のために認められた御書でありますので、本抄におきましては一切衆生の恩を(がつ)して父母の恩のなかに置かれているのであります。これは『法蓮抄』に、
 「六道四生の一切衆生は皆父母なり」(御書815頁)
と仰せになっていらっしゃいますように、衆生が三世にわたって三界六道の生死(しょうじ)を絶え間なく繰り返し、何回も生まれ変わる生命流転(るてん)の相から見るならば、一切衆生が父母であるということになるのであります。
 これを解りやすく言いますと、皆さん方に両親がいるでしよう。その両親にはまた両親がいて、その両親にもまた両親がいます。これをずっと勘定していくと、すごい数になるでしょうけれども、そんなに人間の数はいないのです。だから皆さん方は、どこかで結びついているはずです。例えは、十代前のところで兄弟だったかも知れません。そういう命の流転があることをおっしゃっているのです。
 だから、他人だからといって、ないがしろにしてはならないのです。十代前やもっと昔には兄第だったかも知れないし、親子であったかも知れないわけですから、やはり一人ひとりが兄第であり身内であると考えれば、私達はそういった人に対して、すべて恩を報じていくべきなのであります。
 このように、衆生が三世にわたって三界六道の生死を絶え問なく繰り返す、いわゆる生命流転の実相の上から見ると、一切衆生であるということになるのであります。
したがって父母の恩を報ずることは、まさに一切衆生の恩を報ずることに通ずるということで、この『報恩抄』では一つにしているのであります。
 次に、別して言えば「師の恩報謝の報恩抄なり」とおっしやっているように、本抄はまさにお師匠様である道善房の逝去を悼み、その報恩謝徳のために認められたものであります。
 そこで日寛上人は、通じて言えば四つの恩に報いるため、別して言えば師匠の恩に報いるために認められたのがこの『報恩抄』であり、このことから本抄の総結の文に、
 「花は根にかへり、真味は土にとゞまる。此の功徳は故道善房の聖霊(しょうりょう)の御身にあつまるべし」(同1037頁)
とおっしやっていると仰せであります。

 次に、当抄の大意について申し上げますと、最初に通じて四恩を報ずべきこと、次に別して道善房の恩を報すべきことを明かされ、その大恩に報いるためにはどうすればいいのかというと、まず仏法を習い究めることだとお示しであります。そして、それがまず第一に肝要であるのだから、そのためには出家して一代聖教を学ばなければならないとおっしゃっているのです。
 しかし、我々が一代聖教を学ぶに当たっては、明鏡となるべきところの宗派が十もあり、それぞれが自宗の正当性を主張しているのです。これは宗教界の現状を見れば解りますように、新興宗教も含めて、それぞれが自分勝手なことばかりを言っているわけです。そのため、いずれの教えが仏様の本意であるか、また仏様が心から我々に与えられた教えは一体いかなるものであるか、これを私達はしっかりと見極めていかなければなりません。
 そこで大聖人様は、インド・中国・日本の各宗の教義をお調べあそばされまして、その一つひとつを破折しているのです。これは皆さん方も、御書のなかに色々と出ているから解っていますでしよう。念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊をはじめ、そのほかにも邪義邪宗の間違いを糾しておられるのです。
 そして、大聖人様は一代聖教を鑑みられた上から、結局、法華経が最も勝れた教えであり、その法華経の肝心とは南無妙法蓮華経の題目であるとおっしゃっているのです。
 ところが他宗では、たいてい一代諸経のなかで法華経も説かれ、さらにその法華経を要約したものが南無妙法蓮華経だと思っているのです。しかし、違うのです。南無妙法蓮華経が根本なのです。この南無妙法蓮華経から法華経へ、さらに法華経から一代諸経へと開かれていくのであります。それを逆に見るから、みんなおかしくなってしまうのです。
 だから、大聖人様の教え、南無妙法蓮華経が正しいと思って御書を見ていきなさい。また、仏教書を読んでいきなさい。そうすれば、一目瞭然に解るのです。どんなに頭のいい人でも、一代聖教を調べ、法華経を調べて、根本のところまでたどり着くには、何回も生まれ変わらなければできるものではありません。大聖人様は仏様だから、その根本のところをきちんとおっしゃっているのです。
 色々な法、教えがありますが、これらをずっとたどっていっても、南無妙法蓮華経にはたどり着かないのです。要するに、南無妙法蓮華経が根本であり、ここからみんな出ているのであって、大聖人様は、その上から末法に本門の本尊と戒壇と題目という三大秘法を整足して明かされているのであります。
 そうしたなか、この御書のなかでは、大聖人様は真言密教を特に厳しく破折しておられます。これはどういうことかと言いますと、もともと天台では法華を信奉していたはずなのですが、慈覚・智証が天台座主でありながら密教に転落していったため、比叡山が狂ってしまったと、大聖人様は厳しく破折しているのです。
 だから邪義邪宗、間違った教えというのは非常に怖いのです。正しく続いてきても、おかしくなることがあるのであります。今の創価学会を見てもそうてす。元々正しいところにいたとしても、どこかで狂ってしまうと、あとはもうずっと狂ってしまい、今は狂いっぱなしでしよう。
 あの人達だって、昔は戒壇の大御本尊様が第一だと言っていたでしよう。それが今は、なんと言っていますか。戒壇の大御本尊様をないがしろにするような状況になってしまっています。こういうのを「信仰の改変」と言うのです。そういった姿が現にあるのであります。
 この御書のなかでも、最後のところで大聖人様は三大秘法を説かれて、この三大秘法を流布して一切衆生を救うところに本義があることをおっしゃっているのであります。
 一番肝心なことは南無妙法蓮華経が本法、根本の法であり、この南無妙法蓮華経からすべてが出ているのです。このことは皆さん方も、百も二百も承知のことと思いますけれども、そのことを頭に入れて御書を拝読していくと解りやすくなります。
 さて、この『報恩抄』は大きく分けますと三つになるのです。
 第一は、仏弟子は必ずまさに恩を報ずべきである、つまり仏様への報恩謝徳を忘れてはならないということが説かれております。
 次に、いかにしたらその恩に報いることができるか、つまり報恩の要術を明かしています。
 そして最後に、
 「されば花は根にかへり」(同頁)
からあとの御文を、総結として示されております。
 さらにそれを、科段と言いまして、細かく分けて色々な説明がなされているのですけれども、大きく分けると、今言ったように三段になるのであります。
本日は冒頭の、仏弟子は必ず恩を報じなけれはならないというところからお話しいたします。

 そこで、御書を拝読いたしますと、初めに「(それ)老狐(ろうこ)(つか)をあとにせず」とおっしゃっておりますが、この御文以下は、先程も言いましたように、総本山第二十六世日寛上人は、
 「初めに仏弟子は必ず(まさ)に恩を知り、恩を報ずべきの道理を明かす」(御書文段381頁)
とお示しになっておられます。
 日寛上人は、この「夫老狐は塚をあとにせず」という御文について『文段』のなかで、
 「()南子(なんじ)に云く『(うさぎ)は死するに(いわや)に帰り、(きつね)は死するに(おか)(まくら)にす』文」(同381頁)
とお示しであります。
 この『淮南子』というのは、漢の淮南(わいなん)の王・劉安(りゅうあん)が学者を集めて作った書物で、老荘の説に基づいて色々な教えが説かれておりますが、例えば儒家のこと、あるいは兵家のこと、あるいは法家のことなども取り込まれて書かれております。その『淮南子』のなかに、ウサギは死ぬ時に「(いわや)」つまり巣のほら穴に帰り、「狐は死するに(おか)(まくら)にす」と示されているのであります。
 また、続いて『楚辞(そじ)』という、中国戦国時代末の楚の政治家である屈原(くつげん)やその後継者達の言葉を集めた本には、
 「楚辞に云わく『鳥飛んで古郷(こきょう)に帰り、狐死するに必ず丘を(まくら)にす』云云」(同頁)
とあり、さらに皆さん方も知っている朱子学の創始者である朱子も、
 「朱子(しゅし)の註に云わく『鳥の飛んて古郷に帰るは、古巣(ふるす)を思えるなり。狐の死して必ず丘を首にするは、其の(みずから)(うま)まるる所を忘れざるなり』と」(同頁)
と言っているのです。
 つまり、キツネは死ぬ時に自分が生まれた所に足を向けないことを挙げられ、畜生ですら自分の生まれた所を、そのように大事にしていることを示されて、まして我々人倫は様々な恩を知り、その恩に報いなければならないと仰せになっているのです。
 大聖人様は、我々にとって知恩・報恩というということが、いかに大事であるかを、色々な例を挙げながら教えてくださっているのです。そして結局、その恩とは父母の恩・師匠の恩・三宝の恩・国土の恩の四つであり、この四恩が大事であるとおっしゃっております。

 次に「白亀(はくき)毛宝(もうほう)が恩をほう()」とお示しであり、この御文につきましても日寛上人の『文段』に色々と御指南があります。
瑯琊(ろうや)代酔(だいすい)』という本によると、中国の普の武将であります毛宝が、十二歳の時に河に遊びに行ったところ、その時、漁師が一匹の白い亀を釣ってきたのを見たのてす。毛宝は、この亀がほしいと言って、お金を払ってその亀を買ったのです。そして、買ってどうしたかというと、その亀をまた河に逃がしてあげたのです。
それから二十年余りが経ったあと、ある戦いがあって、皆さん方も石虎(せっこ)将軍という人を知っているでしょう。親のかたきの虎だと思って矢を射たら、その矢が刺さって、そばにいって見ると、虎ではなく石だったという「一念、岩をも通す」という話があります。聞いたことがあるでしょう。
 毛宝は、この石虎将軍と戦って敗れてしまったのです。それで河に身を投げようとしたのですが、不思議にも、その河を渡りきって向こう岸に着くことができたのです。そしてよく見てみると、昔、自分が買って河に逃がしてあげた亀が大きくなって、その背に乗って向こう岸に着いて、命を長らえることができたという話があるのです。
 これは『瑯琊代酔』ばかりでなく、ほかの書物にも色々と出ているのですが、大聖人様はこの故事を引かれまして、畜生である亀でさえ、こうして恩に報いているとおっしゃっているのです。
 ですから「畜生すらかくのごとし、いわ()うや人倫をや」と、亀などの畜生でさえも受けた恩は忘れず、恩に報いたように、私達人間も受けた恩を肝に銘じて忘れてはならないとおっしゃっているのです。さらに私達の信心から言うならば、大御本尊様の広大無辺なる大恩に対して報恩謝徳の念を持たなければならないと、大聖人様は教えてくださっているのであります。

 次に「されば(いにしえ)の賢者予譲(よじょう)といゐし者は(つるぎ)をのみて智伯(ちはく)が恩にあて」と仰せであります。
 この「予譲」については『史記』のなかにあるのですが、『史記』というのは中国の古代史です。これは中国古代の黄帝(こうてい)から前漢の武帝までの歴史を、紀伝体で記したものであります。それに詳しくあるのですが、戦国時代、この予譲は、智伯という人に仕えていたのであります。その智伯が(ちょう)襄子(じょうし)に滅ぼされたのち、予譲は「士は(おの)れを知る者のために死す」と称して、主人のかたきを討とうと(かわや)(ひそ)み、襄子の隙をうかがったが、なかなか果たすことができずに、捕らえられてしまったのであります。
 襄子は主君の恩に報いる予譲の義に感じて釈放したのですが、予譲はなおも、(うるし)を身体に塗って、かぶれて病人のような姿になったり、また炭を呑んて声を出せなくしたりしながら、なんとかして自分の主のかたきを討とうとしたのであります。しかし、なかなかたきを討てなかったので、ある時は橋の下に隠れ、襄子の通行を待って目的を果たさんとしたのですが、再度捕らえられてしまったのです。予譲は最後の頼みとして、襄子の着物をもらい、その着物を刀で刺したのです。これは、かたきは取れないけれども、かたきの人の着物を刺すことで、形の上で主人のかたきを取り、そののちに自らの命を絶ったという話が『史記』のなかにあるのです。
 では、どうして予譲が、かくまでも粉骨砕身したかというと、主君の智伯が彼を国士として重んじてくれたからなのです。つまり、彼は主君がそれだけ自分を重んじてくれたということに感謝して、かたきを討つために、そこまでもしたということなのです。
 ですから、やはり私達も情けとか真心(まごころ)をもって、すべての人にきちんと接していかなければだめです。何がどうなるか判りませんから、いい加減に扱ってはいけないのです。どんな人にも丁寧に接していくことが大事です。
 特に、これは折伏の時に大事でしよう。折伏する時には、私達は相手ときちんと接しなけれはいけません。みくびったりするようなことをしていると、折伏になりません。きちんとお付き合いをして、その上で折伏をしていくことが大事であります。

 次に「こう()演と申せし臣下は腹を()ひて(えい)懿公(いこう)(きも)を入れたり」とありますが、この話も『史記』に出ております。
 弘演は中国の春秋時代の人で、衛の懿公に仕えていたのでありますけれども、その懿公が、(てき)という古代中国の北方の異民族に攻められて殺されたのであります。その時、たまたま弘演は使者としてよそへ出て、その国にいなかったのですが、帰ってきてみたところ、自分の王が殺され、さらに死体が荒らされて、内臓が散乱しているような無残な姿であったのです。そこでどうしたかと言うと、弘演は主君の恥を隠すために、自らの腹を割いて肝を出し、懿公の肝を自分の身体に納めて死んだ、という(すさ)まじい話があるのてす。つまり、そのようにして、この人は主君の恩に報いたのであります。
 ここまで、色々な中国の歴史などの恩に報いた話を挙げられた上で、大聖人様は「いかにいわうや仏教をなら()はん者の父母・師匠・国恩をわす()るべしや」と仰せであります。
 すなわち、世間においても知恩・報恩の話はたくさんありますが、まして仏法を学ぶ者はどうして父母、師匠、あるいは国の恩を忘れることがあってよかろうか、忘れてはならないとおっしゃっているのです。
 『聖愚問答抄』には、
 「世に四恩あり、(これ)を知るを人倫となづけ、知らざるを畜生とす」(御書399頁)
とありますが、大聖人様がここにキツネなど、畜生でさえも恩を知るという様々な例を挙げられて、いかに知恩・報恩が大事であるかをおっしゃっているのです。
 我々が生きていく上では色々な人の恩を被っているのです。それで、その時は有り難うと言うのだけれども、そのうちに忘れてしまうのです。一番大事な恩を忘れてしまうことが、人間の(さが)で、よくあるのです。
 そこで、仏法について言うと、仏法のなかでは恩について様々に説かれております。正法念処経には母の恩、父の恩、如来の恩、それから説法法師の恩という四恩が説かれております。また、心地観経では父母の恩、衆生の恩、国王の恩、三宝の恩の四恩が説かれています。
 このように仏教では色々な恩について説かれているのでありますが、この『報恩抄』では、先程言った通り、父母の恩、師匠の恩、三宝の恩、国土の恩の四つの恩を説かれて、一切衆生の恩の代わりに師匠の恩を置いているのです。これはなぜかと言うと、一切衆生のなかでも、特に師匠の恩に報いることが大事であると、私達に教えてくださっているのであります。
 さらに、この師とは何かと言いますと、これには色々な師があります。しかし、これを(せん)じ詰めていくと、師とは仏様につながるのであり、仏様の恩に報いることが大事であるということになっていくのです。

 さて、次の「此の大恩をほうぜんには」以下の御文は、報恩の要術を明かされております。
 初めに「此の大恩をほう()ぜんには必ず仏法をならひきわめ、智者とならで(かな)ふべきか」とおっしゃっております。恩を知り、恩を報ずるためには、必ず仏法を学び、智者とならなければならないということです。つまり、仏法を習い究めるためには一代聖教を学び究めなければならないが、そのためには智者とならなければならないと仰せです。
 この御文につきまして、日寛上人は『報恩抄文段』のなかで、
 「()し他宗他門の如くんは、(たと)い一代聖教を胸に()かぶと(いえど)も、(なお)()れ仏法を習い究むるに(あら)ず。是れ(すなわ)ち三重の秘伝を知らずして、権実・本迹・種脱に迷乱する故なり。若し当流の学者は、実に一迷(いちめい)先達(せんだつ)の蓮祖の(あと)を忍ぶ、故に初心より(なお)此の事を知れり。故に其の義は仏法を習い究むるに当たるなり」(御書文段382頁)
と御指南あそばされています。つまり、他宗他門が説くところの、親孝行であるとか、孝を尽くすといったことは、大聖人様の正しい教えの上から言うならば、本当の親孝行、報恩感謝にはならないということです。
 要するに、他宗他門の者は一代仏教を胸に浮かべたとしても、これは仏法を習い究めたことにはならず、本当の報恩謝徳にはならないのです。「三重の秘伝」つまり、権実相対、本迹相対、種脱相対という根本のところを解らないで、いくら報恩を尽くすと言っても、それは間違った報恩になってしまう、と言っているのであります。
 ちなみに、権実相対とは権大乗教と実大乗教を比較したものであります。権大乗教は二乗とか女人、あるいは悪人等は成仏できないと説いております。そういうものは間違った教えになるのであります。
 それに対して本迹相対に入りますと、今度は法華経の本門と迹門とを比べます。迹門では、諸法実相を示して二乗作仏等を説き、一切衆生の成仏が可能であるという理が示されますけれども、事実の上にそれが示されておりません。あくまで理の上、理屈の上で示されるだけで、事実の上からはそれが示されていないのです。
 その一つの理由は、仏様が始成正覚(しじょうしょうかく)の仏様だからです。始成正覚というのは、この世に生まれて始めて正覚を成じた仏様ということです。やはり、私達は始成正覚の仏様ではなく、末法下種の仏様を本尊として(あが)めていかなければならないのであります。
 それが明らかになるのが、種脱相対であります。寿量文底下種益の法門と寿量文上の脱益の法門とを比較したのが種脱相対です。
 釈尊の仏法の衆生は、過去世に種々の善業を積んだ(ほん)()()(ぜん)の衆生であります。それらの人々は本果妙、文上脱益の法門によって成仏できますけれども、末法の衆生は過去世になんの善業もない(ほん)()有善の衆生でありますから、本因妙・文底下種益の南無妙法蓮華経を信受する以外に、即身成仏することはできないのであります。
これを『開目抄』では、
 「一念三千の法門は(ただ)法華経の本門寿量品の文の底に秘してしづ()めたまへり」(御書526頁)
と示され、また『観心本尊抄』には、
 「在世の本門と末法の初めは一同に純円なり。(ただ)彼は脱、(これ)(しゅ)なり。彼は一品二半、此れは但題目の五字なり」(同656頁)
とおっしやっているのであります。
ここでもう一歩、踏み込んで申せば、さらに日寛上人も、
 「但し当流の学者、三重の秘伝を知ると雖も、若し法を伝え衆生を()せずんは畢竟(ひっきょう)恩を報ずること無きか」(御書文段382頁)
と仰せになっております。これは我々だけが正しい法を知っていてもだめであり、大聖人様の教えを広宣流布していくという使命感を持たなければならないということです。

 つまり、自分だけの幸せというのは、世の中には基本的に存在しないのです。そうでしょう。兄弟がいる、夫・妻がいる、色々な人が周りにいるのに、自分だけの幸せなど存在しますか、存在しないでしよう。やはり、周りの人が幸せにならなければ、本当の自分の幸せは絶対に生まれてこないのです。そこに、我々が大聖人様の教えをもって一切衆生救済の折伏を行う大きな意味が存しているのであります。だから、ここをしっかりと見極めていかないと、本当の折伏にならなくなってしまいます。
 そういう意味からしますと、当流の人達は正しい法を知っていかなければならないけれども、正しい法を知っても、まだ正しい法を知らない人達に対して下種折伏をしなければ、結局、恩を報ずることにならない、とおっしゃっているのです。
周りの人に対して「あいつはだめだな」「幸せになれないな」「不幸だな」などと思って傍観しているのは、慈悲の心のない人間でしよう。そうではなく、そうなっている理由がなんであるかを教えてあげるのが本当の慈悲です。これが折伏につながっていくわけで、非常に大事であります。

 特に世の中の人達は、色々なことを言うのだけれども、結局は無知なのです。要するに、ものを知らないということです。何を知らないかと言うと、三重秘伝の仏法があることを知らない、大聖人様の仏法があることを知らない、という意味で無知なのです。
 では、その無知の者にはどうしたらよいでしようか。教えればいいのです。大聖人様の教えがあることを教える、それが折伏の始まりではありませんか。
色々な人達がいます。不幸な人もいるし、経済的に困っている人や、人間関係で悩んている人もいます。この人達に、ひとことでもいいから、大聖人様の教えを教えてあげるのです。これが下種ではありませんか。
 このことを忘れてしまうと、本当の御奉公はできません。それは、一人だけの信心であり、一人だけの信心は、やはり本当の信心ではないのです。ですから、この大聖人様の正しい教えを教えていくのです。それが下種折伏であります。
 皆さん方はきちんとなさっていらっしゃると思うけれども、自分だけの幸せを願っていたのでは、いつまで経っても自分の幸せは来ません。自他共の幸せを願うことが、折伏の根本精神ですから、このことをしっかりと覚えておく必要があります。
 今日はもう時間ですので終わりますが、大事なことは何かと言えば、この信心をしっかりして、自行化他に励んでいくことです。
 まず、朝夕の勤行をしっかりやりましょう。この朝夕(ちょうせき)の勤行が、信心の根本です。

 それからもう一つ、
 「一文一句なりともかたらせ給ふべし」(御書668頁)
と仰せですから、ひとことでもいいので「この信心をしませんか」とお話ししていかなくてはなりません。折伏も、ここから全部、スタートするのです。
 だから自分で一生懸命、信心して「私はお題目をいっぱい唱えてますよ」「一日に何回も唱えてますよ」と言っても、折伏を忘れてしまったら、自行化他の一方が欠けてしまいます。大聖人様の教えは自行化他の信心です。今日は、そのことをしっかり覚えておいてください。
 これから、みんなで心を合わせて折伏に励んていくことが、皆さん方一人ひとりの本当の幸せにつながるのであります。自らも幸せになれますし、折伏した相手も幸せになれます。これが折伏てす。
 どうぞ、このことを念頭に置いて、この妙祥寺の移転新築落慶法要を寿(ことほ)がれますように、心から願うものであります。