大白法・平成12年4月1日刊(第546号より転載)御書解説(084)―背景と大意

破良観等御書(1074頁)

 

 一、御述作の由来

 本抄は、御書の初めと終わりの部分が欠けているため、執筆年次や対告衆が不明ですが、内容に、「故弥四郎殿は」とあるところから、安房国(千葉県)天津の光日房に与えられた御消息と伝えられています。

 また、「二度まで流罪」とある御文や、弥四郎殿の死去に触れられていることから推察して、身延入山後の御述作、すなわち建治二(1276)年の御書とされています。なお御真筆は現存しません。

 

 二、本抄の大意

 はじめに、釈尊在世に三逆罪(破和合僧・ 出仏身血・殺阿羅漢)を犯した提婆達多と 大聖人様在世の諸宗の僧侶とを比較して、今、法華経迹門の円頓戒壇を蔑如し、釈尊を下して大聖人様及びその門下を迫害している念仏・禅・律・真言の輩の罪が、提婆達多の三逆罪に超過すると述べられるとともに、現世では他国からの侵攻を受け、後生には無間地獄に堕ることを示されます。

 また、故弥四郎殿が武家として人をも殺すような罪を犯したとしても、提婆達多の三逆罪に比べれば小罪であると述べられ、しかも妙法を信仰してきたのであるから、成仏は間違いないと断定されています。

 次いで、真言宗の邪義について、法華経と真言三部経との勝劣、真言師の誑惑とその悪報を挙げられます。すなわち、弘法・慈覚・智証の三大師は、法華経を大日経に劣るとしたために無間地獄に堕ちたのであるから、今の真言密教および天台密教の真言師も地獄に堕ちないはずはないとして、法華経と真言三部経との勝劣の経証を示して、真言師らが法華経や釈迦仏を軽んじたことを難じ、彼らが現身に堕地獄を招くべき現証として、高野山における金剛峰寺と大伝法院、天台宗における延暦寺(山門)と園城寺(寺門)との相克を挙げられています。

 さらに大聖人様が修学された過程を述べられて、建長五(1253)年の春頃から念仏宗と禅宗の破折を始められ、後に真言宗を呵責したと仰せられます。これによって念仏者の迫害を受け、松葉ケ谷の夜襲が起こり、その後、伊豆に配流されたことを述べられ、強盛に法華経の味方をすればするほど、迫害・弾圧も強く大きくなることは、威音王仏の末の世に出た不軽菩薩のそれと違うことはないと仰せられているところで終わっています。

 

 三、拝読のポイント

 法華誹謗の罪は提婆達多の三逆罪より重い

 第一は、釈尊在世に三逆罪を犯した提婆達多の罪と、大聖人様在世に法華経の行者を誹謗し、法華経の強敵となる者の罪を比較され、法華経誹謗の罪の重きことを示されている点です。

 提婆達多は、釈尊在世に破和合僧(和合僧を破る)・出仏身血(仏の身より血を出す)・殺阿羅漢(阿羅漢を殺す)という三逆罪を犯したことにより、大地が割けて生きながらにして無間地獄に堕ちました。

 しかし提婆達多が犯した三逆罪は、仏の身より血を出したけれども、その仏は爾前の仏であって法華経の仏ではなく、また阿羅漢を殺したけれども、その阿羅漢は爾前の阿羅漢であって法華経の行者ではなく、さらに和合僧を破ったけれども、それは爾前の小乗戒を持つ僧団であって、法華経による円頓止観の和合僧団ではなかったので す。故に、提婆達多は無間地獄に堕ちた後、法華経において天王如来という仏に成ることができたのです。

 しかるに、今の真言宗・念仏宗・禅宗・律宗等の僧侶、さらにはこれらに帰依している日本国の上下万民は、法華経の強敵となり、法華経の行者たる日蓮大聖人に対して悪口・誹謗を繰り返し、大怨敵となりま した。それ故、これらの者たちは、どのような善業を積もうとも、一切の善根が変じて大悪となり、後生には無間地獄に堕ちると仰せです。

 今日の池田創価学会が、世間を誑惑し、日蓮正宗の僧俗に対して誹謗・迫害を加えていることは、三逆罪を犯した提婆達多の罪よりもはるかに重い法華経誹謗の罪に当たることは明白であり、その罪の重さ深さというものを知るべきです。

 故に我々は、その邪義・邪智を破折屈伏せしめ、邪宗教に惑わされている多くの人たちを、一日も早く正道に導いてあげることが肝要です。

 法華経を下くだす真言の邪義は堕地獄の因

  第二は、私見を差さ挟んで法華経を下す真言宗の罪の重さを示されている点です。

 真言宗の輩が第一とする大日経は、釈尊が無量義経に、「四十余年には未だ真実を顕さず」と説かれるように、法華経より見れば、未だ真実の顕れていない教えであり、小乗の阿含経に多少勝れている程度の最も劣った経典に位置する低い教えなのです。

 にもかかわらず、善無畏は私見を差し挟んで勝手に理同事勝の釈を作って大日経より法華経が劣ると下しました。また日本の弘法ら三大師は中国(唐)に渡ってこの善無畏らの邪義を学び、自分たちに都合のいいように勝手な解釈をして日本の多くの人々にその邪義を弘めたのです。故に、弘法らの三大師は無間地獄に堕ち、さらにはその証拠として、弘法らの元祖とも言うべき中国真言宗の善無畏三蔵も、地獄で閻魔大王の責めを受けたことが示されています。

 これは、ひとえに、「他の失とがならず、法華経は大日経に劣ると立てしゆへ」の結果であり、私見を差し挟んだ真言の邪義では、救われるどころかかえって地獄に堕ちることが明らかなのです。仏説に適かなった唯一最高の教えである法華経のみが、地獄の苦から衆生を救える法であるということを知るべきです。

 その法華経誹謗の罪を改悔することなく、その後も密教を弘めた善無畏は、臨終において、

身やうやくつヾまりちひさく、皮はくろし、骨あらわなり」(御書1023頁)

と、その罪の重さを臨終の相において示しました。
 この善無畏の謗法の失を知らずして天台宗に取り入れ、理同事勝の邪義を弘めた慈覚・智証等も、堕地獄は必定であり、ましてや弘法の場合は、法華経を大日経に比べて三重に劣ると誹謗したのですから、その罪の大きさは計り知れないことを知るべきです。

 正しい仏法に対して、我意我見をもって判じることの恐ろしさ、罪の深さというものを知り、正直に信行に励むことが大切です。

正法受持の姿勢を正そう

 第三は、大聖人様御自らが、仏法を学び、正法を受持する上での心構えをお示しになられている点です。

 大聖人様は修学されるに当たり、

偏った執心を持つことなく、仏説に証拠があって、道理が分明であるものを用いるべきであり、論師・訳者・人師等の言説にはよらずに、ひたすら仏の経文を根本とすべきである。また法門の正邪・勝劣に関しては、たとえ国王や人々の責めを受けても屈することはない。父母・師匠・兄弟等から翻意を促うながす教訓があっても用いることはない。人の信ずるとか信じないとかにかかわらず、ただ経文のままに真実を語ろう(趣意)

との誓状を立てられて、諸宗の法義を研鑚あそばされたことをお示しです。

 大聖人様が二十年間にわたる修学研鑚によって自得されたことは、諸宗は悉く時機を忘失し、何いずれも釈尊の本義に違背しており、これらの邪法邪義の横行が一切の災禍の根源であって、安国への道は釈尊出世の本懐たる法華経を流布せしめていく以外にないということです。

 大聖人様が修学時に誓状に示された御精神を、私たちは信仰を深める上での筋道とし、正道を踏み外すことのないよう肝に銘じなければなりません。

 そして、未だ正道に迷える創価学会員をはじめ、他の邪宗教に惑わされている多くの人たちを、慈悲の心をもって大聖人様の正法に導いてあげることが大切です。

 

 四、結び

 仏法では「依法不依人」と涅槃経に説かれるように、善無畏や弘法などの論師・人師の主張や所論を捨てて、もっぱら経文を根本として判釈すべきであるのに、諸宗の人たちは論師・人師の説に振り回されて正しい判断ができないでいるのです。

 私たちの折伏は、正しい仏法により、無間地獄の道を塞ぐ唯一の道を示すものです。その実践は、私たち正法を行ずる者の尊い使命であることを忘れてはなりません。

 御法主上人猊下は、「折伏実行の年」の本年の意義につき、

三十万登山の成否は、本年の僧俗一致の信心と折伏実行にかかっている」(大白法540号)

と御指南なされています。

 さあ、本年の折伏誓願目標の完遂を目指し、講中一丸となって折伏弘教に邁進しようではありませんか。