大白法・平成10年12月1日刊(第515号より転載)御書解説(068)―背景と大意
本抄は、建治二年(1276)十二月九日、大聖人様が五十五歳の御時、身延においてお
本抄に、
「此の
とあるように、三位房に
松野殿については、本紙第439号(平成七年九月一日号)で紹介しましたので、参照してください。
文永十一年(1274)四月八日、佐渡からお帰りになられた大聖人様は、幕府の評定所において
しかし、幕府の理解するところとはならず、一カ月後に身延へ向かわれ、五月十七日に波木井実長の館に入り、その後粗末な草庵を結んで六月中頃に入室されました。
その下旬頃より、日興上人による本格的な甲州・駿河地方の折伏弘教が開始されたのです。
日興上人は御幼少の頃、四十九院(現在の静岡県富士川町中乃郷あたりと推定される)に登られた後、
大聖人様は『立正安国論』御述作のため、正嘉二年(1258)から約三年の間、実相寺の経蔵に入られましたが、日興上人は、この経蔵で熱心に大蔵経を
また大聖人様の、弘長元年(1261)の伊豆御配流や文永八年(1271)の佐渡御配流の際には、師の身を案じ、自らも
大聖人様が身延に入山され、粗末ながらも折伏の拠点ができたことによって、弘教の熱意はさらに燃え上がりました。縁のある四十九院や実相寺、滝泉寺等の僧侶や、在家の方々を折伏され、次第に教線は拡大していったのです。
松野殿の入信の時期は明らかではありませんが、建治二年(1276)から御書を賜っていることから、あるいはこの頃に入信されたものと思われます。
これに先立って、四十九院で修学していた松野殿の子息である日持が、文永七年(1270)に日興上人の教化によって大聖人様の弟子となりました。また本抄に名のある日源も、日興上人の教化によって大聖人様の弟子となり、松野殿はこの日源によって教化されたようです。
はじめに松野殿よりの種々の御供養に対してのお礼を述べられ、身延山の様子を述べられます。
次に、実相寺の学徒・日源の帰伏のことと、名聞名利を捨てたその道念堅固なる信心を賞されています。
そして、松野殿よりの「御題目の功徳に勝劣がありますか」との質問に答えられ、智者の唱える題目も、愚者の唱える題目も、その功徳に勝劣なき
さらに、雪山童子が求法のため、鬼神に身を投じた死身求法の例を詳述されて、信心修行における出家と在家の心得を御教示されます。
そして出家には、遊戯雑談の態度は法師の皮を着たる畜生、法盗人であると戒められ、経文を引かれて不惜身命の修行、折伏弘教を勧誡されています。
また在家には、唱題と御供養の大切さを説かれ、さらに力に
はじめに松野殿は、
「聖人の唱へさせ給ふ題目の功徳と、我等が唱へ申す題目の功徳と、何程の多少候べきや」
と、唱題の功徳勝劣を質問されました。これに対して大聖人様は、
「其の差別なきなり」
と、題目に差別のないことを示されます。
しかしながら、
「但し此の経の心に背きて唱へば、其の差別有るべきなり」
と、経の心に背いて唱えるならば、そこには差別があることを明確に示されます。
そして、さらに十四誹謗の訓戒を示されます。十四誹謗とは、『法華経譬喩品』を依文として、妙楽大師の『法華文句記』の五に、悪道に堕ちる因業として十四の謗法が挙げられています。
すなわち、
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
⑩
⑪
⑫
⑬
⑭
の十四です。
大聖人様は、
「此の十四誹謗は在家出家に
と仰せられ、さらに過去の不軽菩薩の
また、松野殿が名聞名利や
私たちは、宿縁深厚にして大聖人様の大白法に縁することができた尊い広布の同志であります。ですから、謗法厳誡の御指南を肝に銘じ、なお一層の異体同心の団結をもって、共々に精進することが肝要です。
次に、不惜身命・死身求法の信心です。本抄で、大聖人様は雪山童子の不惜身命の修行を例として挙げられました。雪山童子の故事は諸御書にしばしば引用されますが、ここに大聖人様の不惜身命・死身求法の御精神を拝することができます。『佐渡御書』に、
「雪山童子の身をなげし、楽法梵志が身の皮をはぎし、身命に過ぎたる惜しき者のなければ、是を布施として仏法を習へば必ず仏となる」(御書578頁)
と仰せです。不惜身命とは自らの欲望を捨て、命を懸けて妙法に捧げる修行のことです。命の惜しくない人はいません。命はかけがえのないものです。その大切な命を懸けた修行があってこそ成仏するということは、それだけ成仏の境界が素晴らしいということなのです。「遊戯雑談」に明け暮れる暇はないのです。お互いに戒め合い、励まし合って余念なく唱題行を充実させていきましょう。
最後に、御供養の精神です。御供養は、仏法僧の三宝に対して、
本年三月には待望の新客殿が落成し、私たちも真心からの御供養をさせていただきました。それは
このように、私たちが成仏する道は、正法正師の正義に随順する、強盛で真剣な信心の実践以外ありません。御法主上人猊下は、本年の「革進の年」に