大白法・平成13年6月1日刊(第574号より転載)御書解説(096)―背景と大意

松野殿御消息(950頁)

 

 一、御述作の由来

 建治二(1276)年二月十七日、大聖人様が五十五歳の御時、身延より駿河国(静岡県)の松野六郎左衛門入道殿に与えられた御消息です。御真蹟は、断片四紙が京都の妙覚寺等に伝えられています。

 松野殿は駿河国松野(庵原郡)の領主で、六老僧の蓮華()(じゃ)()日持の父、富士上野の南条時光殿の外祖父に当たります。

 本抄は、松野殿から届けられたみかんやその他の種々の御供養の品に対して、御供養の功徳を(たた)え、感謝の意を述べられた御消息であり、松野殿への御消息の中では最も古く、松野殿が入信して間もなくの時期のものと考えられています。

 そして、この後も大聖人様の御教導に浴し、松野殿とその家族は心を尽くして大聖人様を外護され、信仰に励まれたのでした。

 二、本抄の大意

 はじめに、法華経が他の一切経に勝れていることを述べられ、その法華経を(たも)つ者も同じように一切の諸人に勝れていることを論じられています。

 しかし、仏法が日本に渡ってから七百余年の間、大聖人様が建長五(1253)年四月に、南無妙法蓮華経と唱え出だされるまでは、法華経を読んでも、南無妙法蓮華経と唱える人は一人もおらず、大聖人様が烈々たる妙法の弘教を行われたことに対して幕府は怨嫉し、伊豆、佐渡への配流など様々に迫害したことを述懐されています。

 大聖人様は、これらの難を受けながらも、須頭(すず)檀王(だんのう)や不軽菩薩等に代表される過去の法華経の行者が、求法と弘教のために、厳しい難に遭われていることを挙げられ、いかなる責め、苦難があろうとも、どうして法華経の行者としての実践をやめることができようかと、強い確信を示されています。

 このように妙法を信仰していく環境がたいへん厳しい情勢の中で、未だ一度も面談したことのない松野殿が、大聖人様を信じ、しかも御供養をされるというその真心に対し、大聖人様は、必ずや過去世よりの宿習であろうと仰せになられ、法華経の行者を供養する功徳のいかに大きいかを述べられています。

 そして、法華経誹謗の人師の罰を示され、法華経やその行者を用いなければ、身を損ない、家を失い、国を亡ぼすことになるとも仰せです。

 最後に、松野殿の供養の志は、徳勝童子に勝るとも劣らない功徳であることを述べられ、本抄を締め(くく)られています。

 三、拝読のポイント

 題目を唱える者の位について

 法華経を持つ者について法華経『薬王品』には、

()()(きょう)(でん)を受持すること有らん者(中略)一切衆生の中に於て、(また)()れ第一なり」(法華経534頁)

と説かれています。大聖人様は法華経の題目を持つ男女について、男性は、三界の主たる大梵天(だいぼんてん)(たい)(しゃく)天、また四大天王・転輪(てんりん)(じょう)王、そして漢土・日本の国主等よりも、はるかに勝れていること。また女性は、世間で才能と福徳などを兼備した身分の高い女人と思われている(きょう)尸迦(しか)(にょ)(きち)(じょう)天女(てんにょ)・漢の()夫人・(よう)貴妃(きひ)などの女性よりも、さらに勝れていると仰せです。

 いかなる栄誉や権力、また()(ぼう)や、多くの富によって築かれた生活などは、時が経てばいつしか衰えていくものです。このような形ばかりのはかない幸福を求めていくのではなく、妙法の威光に照らされた成仏の境界を求める姿こそ、永遠に消えることのない、最大の福徳に満ちた人生と言えるのです。これこそが真実の財産であり、名誉であると自覚しなければなりません。

 『崇峻天皇御書』に、

(くら)(たから)よりも身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり」(御書 1173頁)

と仰せられているように、地位や財産を追い求める人生ではなく、心の財を積んでいこうと、ひたすらに御本尊に向かって題目を唱え奉り、日々に己が境地を開かんと精進する男女こそが、最高の人と言えるのではないでしょうか。

 大聖人様は、私たち末弟に対して、

国中の諸人我が末弟等を軽んずること(なか)れ。進んで過去を尋ぬれば八十万億劫(まんのくこう)供養せし大菩薩なり。(あに)()連一恒(れんいちごう)の者に非ずや。退(しりぞ)いて未来を論ずれば、八十年の布施に超過して五十の功徳を(そな)ふべし。天子の襁褓(むつき)(まと)はれ大竜の始めて生ぜるがごとし。蔑如(べつじょ)すること勿れ蔑如すること勿れ」(同1115頁)

とお誉めくださっていることを悦びとし、日々信行に励んでまいりたいものです。

 進退わづらひ有り、何がせん

 人生においては、進むべきか、退くべきかの重要な決断が迫られる場合があります。大聖人様は、法華経を経文のごとく信じて仏法を説いていくならば、難が重なることは必定であり、人々もおそらくは信じ難いであろう。しかし、法華経を信じまいとするならば、仏の金言を疑うことになり、その(とが)により、無間地獄に()ちてしまうことになる。このような状態にあって、いかにしたものかと考え、迷われて、

進退わづらひ有り、何がせん

と仰せになられています。

 このことは、法華経の行者として、法華経を(しん)口意(くい)の三業で読まれた大聖人様は、あらゆる大難を大法弘通に伴う必然のものとして受け止められていましたが、大聖人様に縁する弟子檀那等のなかに()(りょう)、追放、讒言(ざんげん)等の法難を受けた人たちがいたことや、それによって退転していった者たちが大勢いることに、心を痛められての心情を吐露(とろ)されたものと拝することができます。

 さらには、仏道修行の実践は進むに進めず、退くに退けない人生のあり方が問われる時こそ、実は成仏を遂げていくための好機であることをお示しになられたものと拝せます。

 大聖人様の末弟たる我らが、正法広布の使命を忘れ、難を恐れるあまりに弱腰でいては、仏道を成じていくことはできません。宗旨建立七百五十年は目前であり、大聖人様の御恩に報いるためにも強盛なる信力を奮い起こし、自他の罪障消滅と成仏をめざし、懸命に折伏に励むことが大切です。

 法華経の行者を供養する功徳

 法華経『法師品』には、法華経の行者を供養する功徳について、

(ひと)()って仏道を求めて 一劫の中に於て 合掌し我が前に()って ()(しゅ)()を以て()めん 是の讃仏(さんぶつ)()るが故に 無量の功徳を得ん 持経者を(たん)()せんは (その)の福(また)彼に過ぎん」(法華経324頁)

と説かれています。

 この経文の中の「一劫」という長さについて大聖人様は、八万里もの石の山が、天女のまとう()(ごろも)で三年に一度()でて磨滅しきるほどの長さと示されて、このように極めて長い間、釈尊に供養するよりも、末代濁世の法華経の行者を供養する功徳の方が、はるかに勝れていると仰せです。

 言うまでもなく、末代濁世の法華経の行者とは大聖人様のことです。大聖人様を供養する功徳が、釈尊を供養する功徳に勝るということは、種脱相対の法門の上から大聖人様と釈尊の勝劣を意味するものです。

 しかも法華経及び法華経の行者を用いずに、身を損ない、家を失い、国をも亡ぼした人々は、数えきれないほどであることを示され、日天が朝、東に出て大光明を放って、天眼を開き、世界を見渡した時に、法華経の行者がいれば心から歓喜し、法華経の行者を憎む国があれば、天は眼を怒らしてその国を(にら)みつけ、法華経の行者を用いずに、人々が迫害を加えるならば、おのずと争いが起こり、他国からその国は必ず破られるであろうと仰せになられています。

 私たちは、御本仏大聖人様の御威徳を賛嘆し、三大秘法の仏法を世に正しく示していくことが、功徳を積ませていただく修行となることを忘れてはならないのです。

 四、結  び

 大聖人様は、

御心の水に教主釈尊の月の影の入り給ふ

と、松野殿の信心を()でられ、澄みきった 水には月影がよく映るように、「教主釈尊の月」すなわち三大秘法の御本尊を信じ、題目を唱えることによって、あなたの清らかな心が三大秘法の御本尊と境智冥合して、仏の生命が湧現されるであろう、と仰せになられています。

 ここに言う「水」とは、私たちの信心の心を表したものと拝していくとき、どんなに澄みきった水も、一瞬の心の緩みによって、魔に負けてしまえば、たちまちにして濁ってしまうのです。

 私たちが仏道を成じていこうとするとき、それを阻止しようと障魔が強く(はたら)くことは、御書に明確にお示しになられています。障魔が競うときにこそ、信心の姿勢が問われるのであり、

賢者はよろこび、愚者は退く」(御書1184頁)

(しっ)()激励せられていることを忘れてはならないと言えます。

 宗旨建立七百五十年の大佳節を明年に控えた本年、仏恩報謝のために掲げた誓願は、掛け声だけのものではなく、御法主上人猊下の御もとに日蓮正宗の僧俗として自らが実践していくための誓願として真剣に捉えていかなくてはなりません。

 私たちは、自行化他にわたる信行の実践を怠ることなく、必ずやその誓願を果たすべく精進してまいろうではありませんか。