大白法・平成27年9月1日刊(第916号)より転載 御書解説(190)―背景と大意

真間釈迦仏御供養逐状(426頁)

別名『真間仏供養抄』

 一、御述作の由来

 本抄は、文永七(1270)年九月二十六日、大聖人様が四十九歳の御時に、富木常忍に与えられた御書です。御真蹟は現存していません。

 対告衆の富木常忍は、富木五郎胤継と言い、後に入道して「常忍」と称しました。大聖人様が立教開宗されて間もなくの建長五(1253)年の入信で、下総国葛飾郡八幡荘若宮(現在の千葉県市川市)に住し、下総国の守護・千葉氏に仕えた武士であったとされています。下総方面の中心的檀越で、大聖人様から『観心本尊抄』『法華取要抄』『四信五品抄』などの重要な法門書を賜っています。

 題号にある「真間」とは地名(千葉県市川市)のことです。

 本抄の冒頭に「釈迦仏御造立の御事」とあることから、富木常忍が釈尊像の造立を大聖人様にお報せし、それに対する返書であることが判ります。

 

 二、本抄の大意

  初めに、大聖人様は「無始曠劫よりいまだ顕わされていない己心の一念三千の仏を造り顕わされたか、早く拝したいものである」と述べられ、釈尊像の造立について一応、賞讃されて、『方便品』の「欲令衆生開仏知見」、『寿量品』の「然我実成仏已来」の経文を挙げられています。

 そして、その仏の御開眼については、「急いで伊予房によって執り行わせなさい。法華経一部を仏(仏像)の六根に読み入れて、生身の教主釈尊となして、お迎えしなさい」と教示され、このことは富木常忍自身か、子息がなさなければならないと述べられます。

 次に、所領内の堂宇のこと等は、大進阿闍梨が承知していると仰せられ、続けて、繰り返しこの仏(仏像)に読経し、法華経に結縁しなさいと教示されます。そして、いつぞや大黒を供養されたが、その後から世間において不幸を嘆くことがなくなった。

 このたびの釈迦仏造立は、大海の潮が満つるように、月が満つるように、福を招き、寿命が延び、後生は霊山浄土に生まれることは間違いないと述べられ、本抄を結ばれています。

 

 三、拝読のポイント

 釈尊像の造立は本意にあらず

 大聖人様は本抄において、

釈迦仏御造立の御事。無始曠劫よりいまだ顕はれましまさぬ己心の一念三千の仏、造り顕はしましますか

と仰られ、このほかに『四条金吾釈迦仏供養事』や『日眼女釈迦仏供養事』等にも、当時の信徒が釈尊の仏像を造立したことを賞讃されています。

 しかし、大聖人様が『本尊問答抄』に、

問うて云はく、末代悪世の凡夫は何物を以て本尊と定むべきや。答へて云はく、法華経の題目を以て本尊とすべし」(御書1274頁)

と仰せのように、釈尊像の造立が本意でないことは明らかです。

 これについて、総本山第二十六世日寛上人は『末法相応抄』に、

此れは是れ且く一機一縁の為なり、猶継子一旦の寵愛の如し」(六巻抄139頁)

と、一機一縁のための措置であったことを教示されています。そして、釈尊の仏像は本尊ではないが、大聖人様が敢えて称歎されたことについて同抄に、

一には猶是れ一宗弘通の初めなり、是の故に用捨時宜に随うか。二には日本国中一同に阿弥陀仏を以て本尊と為す、然るに彼の人々適釈尊を造立す、豈称歎せざらんや。三には吾が祖の観見の前には一体仏の当体全く是れ一念三千即自受用の本仏の故なり。学者宜しく善く之れを思うべし」(同140頁)

と仰せです。すなわち、

①大聖人様の御弘通の始めであったこと。

②当時は国中が他土の仏である阿弥陀仏を崇めており、その中で娑婆世界に縁のある釈尊像を造立したことは賞讃に値すること。

③御本仏大聖人様の御境界から拝するならば、釈尊像もまた一念三千即自受用身の本仏の当体と観えること。

という三つの理由を挙げられて、けっして本意による賞讃ではないことを明かされています。

 『日女御前御返事』に、

竜樹・天親等、天台・妙楽等だにも顕はし給はざる大曼荼羅を、末法二百余年の比、はじめて法華弘通のはたじるしとして顕はし奉るなり。是全く日蓮が自作にあらず(中略)是を本尊とは申すなり。(中略)未曾有の大曼荼羅とは名付け奉るなり。仏滅後二千二百二十余年には此の御本尊いまだ出現し給はずと云ふ事なり」(同1387頁)

とあるように、大聖人様が末法の衆生の成仏のために顕わされたのは、妙法の漫荼羅本尊のみであり、ここに大聖人様の本意が存するのです。

 出世の本懐は本門戒壇の大御本尊

 大聖人様は『聖人御難事』に、

仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。(中略)余は二十七年なり」(同1396頁)

と、立教開宗より二十七年目に当たる弘安二(1274)年に出世の本懐を遂げられたことを仰せです。その出世の本懐の御本尊こそ、熱原の法難を機縁として弘安二年十月十二日に御図顕あそばされた本門戒壇の大御本尊です。

 日興上人の『日興跡条々事』には、

日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし」(同1883頁)

と、大御本尊の御相伝について明示されています。

 なお、大聖人様が『開目抄』に、

諸宗は本尊にまどえり」(同554頁)

と仰せのように、身延日蓮宗を含め、他宗他門の本尊雑乱の姿は、大聖人様の仏法に違背する謗法の姿です。

 開眼供養について

 大聖人様は本抄に、

仏の御開眼の御事は、いそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給ひ候へ

と、御開眼について述べられています。開眼とは「新たにできた仏像・仏画像などに眼を描き入れ、仏の魂を迎え入れること。また、その法会」(広辞苑)を言います。

 『四条金吾釈迦仏供養事』には、

草木世間と申すは五色のゑのぐは草木なり。画像これより起こる。木と申すは木像是より出来す。此の画木に魂魄と申す神を入るゝ事は法華経の力なり」(御書993頁)

とあり、また『本尊問答抄』には、

木像画像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし」(同1275頁)

と述べられています。

 日寛上人は『末法相応抄』に、

問う、真間の供養抄に云わく『法華経一部を仏の御六根に読み入れ進らせて、生身の教主釈尊に成し進らせ、返し迎え進らせ給え』等云云、此の文如何。答う、且く一縁の為に仍造仏を歎ず。故に知んぬ、開眼も亦其の宜しきに随うか。宗祖の云わく『仏の御意は法華経なり。日蓮が魂は南無妙法蓮華経なり』云云」(六巻抄123頁)

と、一縁のための釈尊像の開眼には、釈尊の本懐である法華経一部を読誦することを仰せられ、それに対して、大聖人様の御本意たる妙法の漫荼羅御本尊の御開眼は、日蓮が魂である南無妙法蓮華経の題目によることを教示されています。

 

 四、結び

 御法主日如上人猊下は、

 末法の衆生は、末法有縁の三徳兼備の大聖人を御本仏と仰ぎ奉り、大聖人が御建立あそばされた本門戒壇の大御本尊様を帰命依止の御本尊と拝し奉り、至心に南無妙法蓮華経を唱え、自行化他にわたる信心に住するとき、必ずや煩悩・業・苦の三道即、法身・般若・解脱の三徳と転じ、即身成仏して疑いないのであります。
 されば、私達はこの広大無辺なる功徳を己れ一人だけが享受するにとどめず、化他行たる折伏を行じ、邪義邪宗の害毒によって塗炭の苦しみにあえぐ多くの人達を救い、もって広布の大願へ向けて精進していくことが、今、最も大事であります
」(大白法784号)

と仰せです。

 私たちは、主師親の三徳兼備の宗祖日蓮大聖人様を末法の御本仏と仰いで信行に励み、脱迹の仏である釈尊の絵像・木像を拝む邪義邪宗の謗法を打ち破って、どこまでも正法を立てていくことが肝要です。そして、大聖人様の仏法の一切を承継あそばされる御法主上人猊下の御指南に信伏随従し奉り、折伏弘教に邁進して、本門戒壇の大御本尊の功徳を世に示してまいりましょう。