大白法・平成21年7月1日刊(第768号より転載)御書解説(160)―背景と大意

立正安国論(234頁)

 

 一、御述作の由来

 本書は、文応元(1260)年七月十六日、日蓮大聖人様が三十九歳の御時に、宿(やど)()光則(みつのり)を通して、鎌倉幕府の最高権力者であった五代執権の北条時頼(最明寺入道)に対して奏呈された国主(こくしゅ)(かん)(ぎょう)の書であり、主人と客の十問九答からなる問答形式によって構成されています。()真蹟(しんせき)は千葉県・中山法華経寺(日蓮宗)に現存し、第二祖日興上人の写本が大石寺及び静岡県三島市・妙法華寺(日蓮宗)に蔵されています。

 本書が著わされた由縁は、『安国論奥書』によると、

去ぬる正嘉元年太歳丁巳八月二十三日(いぬ)()(こく)の大地震を見て之を勘ふ」(御書419頁)

と記されているように、正嘉元(1257)年8月23日、戌亥の刻(午後九時頃)に起こった大地震を発端としています。この地震は鎌倉幕府の事跡を記した史書『()(づま)(かがみ)』によると、鎌倉中の神社や仏閣がことごとく倒壊し、山は崩れ、家屋が倒壊し、大地は()けて水が涌き出るほどの大きな地震であったことが記されています。

 さらに、大聖人様が法鑑房(ほうかんぼう)に宛てた『安国論御勘由来』(同367頁)によれば、正嘉二年八月には大風、同三年(改元して正元元年)には大()(きん)、大(えき)(びょう)、翌正元二年には四季を通じて大疫病が広く伝染し、民衆の大半が死に至ったと記されています。

 大聖人様は、打ち続く天変(てんぺん)()(よう)・飢饉・疫病などの三災七難の起こる原因を明らかにし、民衆を救い国家を安穏にならしめるために、正嘉二年の二月より駿河国(するがのくに)(静岡県)岩本実相寺の経蔵に入り一切経を閲覧(えつらん)し、文応元(1260)年七月に至る足かけ三年を(つい)やして、経典の明文に照らし合わせ、災難の起こる根本原因が邪宗邪義にあると(かっ)()され、これらの邪教を捨てて、正法に帰依すべきことを身命を()して強く訴えられたのが本書なのです。

 

 二、本抄の大意

 初めに、近年より近日に至るまで頻発(ひんぱつ)する天変地夭・飢饉・疫癘(えきれい)等の惨状を見るに、その原因は世の人々が皆、正法に背き悪法を信じていることにより、国土万民を守護すべき諸天善神が去って、悪鬼・魔神が便りを得て住みついているためであるとされ、金光(こんこう)明経(みょうきょう)大集(だいしっ)経・仁王(にんのう)経・(やく)()経等を引用し、正法を信ぜず謗法を犯すことによって三災七難等の災難が起こるとして、経証を挙げてその理由を述べられます。

 さらに、これらの不幸と混乱と苦悩を招いている(いっ)(きょう)は、ひとえに法然(ほうねん)の念仏にあると断ぜられ、この一凶を断ち、謗法を(たい)()して正善の妙法を立てるとき、国中に並び起こるところの三災七難等の災難は消え失せ、積み重なる国家の危機も消滅して、安寧(あんねい)にして(ばん)(じゃく)なる仏国土が出現すると仰せです。

 しかし、もし正法に帰依しなければ、七難のうち未だ起きていない()(かい)(ほん)(ぎゃく)(なん)(自国の内乱)と()(こく)侵逼難(しんぴつなん)(他国からの侵略)の二難が競い起こると予言されると共に、速やかに実乗の一善に帰依するよう勧誡(かんかい)せられ、本書を結ばれています。

 

 三、拝読のポイント

 立正安国とは

 大聖人様の御生涯は『立正安国論』の実践に終始されたのであり、『立正安国論』こそ大聖人御化導の根本と言われています。

 本書の題号である「立正安国」とは、内容と目的とを端的に表現された語であり、「立正」とは、正しい仏法を立てること、「安国」とは、国を安んずることをいいます。

 総本山第二十六世日寛上人は、

立正とは破邪に対するの言なり」(御書文段4頁)

と仰せになり、正法を立てるときには、必ず邪教に対する破折が伴うことをお示しです。

 この謗法を()(しゃく)して立てられる正法とは、本書では、法然の浄土宗に対する権実(ごんじつ)相対(そうたい)による法華経を指して正法とされています。しかし、大聖人様の御本意を拝するならば、法華経の中にもさらに(ほん)(じゃく)相対・種脱(しゅだつ)相対して、大聖人様が建立された南無妙法蓮華経の仏法こそ、文底(もんてい)本因(ほんにん)(みょう)の法華経であり、末法に立てられる唯一の正法に当たるのです。故に教相(はん)(じゃく)を知ることなく、文上の法華経を正法と立てることは、大聖人様の御本意とする「立正」とはなりません。

 さらに日寛上人は、

立正の両字は三箇の秘法を含むなり」(同6頁)

と仰せになり、「立正」の二字に、本門の本尊と戒壇と題目の三大秘法を含むことをお示しです。このことは本書において、邪宗邪義に対する破折を(うなが)し、立正を勧めるところの、

(なんじ)早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ

と仰せの「実乗の一善」に帰依していくことであり、末法における一切衆生を真に正しく導くところの三大秘法総在の本門の本尊を指していることは明白です。

 次に「安国」とは、立正によって顕現する果報、(すなわ)ち三大秘法の正法を広宣流布することにより、国土が真に安穏になることをいいます。このことは本書において、

(しか)れば(すなわ)ち三界は皆仏国なり、仏国()れ衰へんや

と仰せられる、立正に基づく安国の大利益ともいうべき(しゃ)()(そく)(じゃっ)(こう)の仏国土が顕現されることを示されています。そして仏国土が顕現される「国」について日寛上人は、

文は(ただ)日本及び現在に在り、意は(えん)()及び未来に通ずべし」(御書文段5頁)

と仰せられています。本書は、大聖人御在世の日本の国を(いさ)めるために著されたものですが、そこに示された内容は普遍的に全世界及び未来に通ずる旨を示されているのです。

 私たちは、大聖人様の三大秘法の正法を信仰することを通して自分を磨き、さらに世の中の人々を教化して破邪顕正の道を示し、正法の功徳を一切の人々に及ぼし、共に仏道を成就していくことこそ、立正安国に向けての最善の生き方であることを銘記して励んでまいりましょう。

 

 折伏は報恩行

 私たちの周りを見るとき、自己中心的な風潮が蔓延(まんえん)し、人命軽視や(せつ)()的欲望による犯罪が横行し、不況による生活環境の悪化は深刻となり、新型インフルエンザの世界的な感染拡大が懸念されています。希望の見えない閉塞感(へいそくかん)が漂う社会にあって、解決する方法を見い出そうと悩まぬ人は一人としていないはずです。

 大聖人様は、

(みな)正に(そむ)き人(ことごと)く悪に帰す(中略)(ここ)を以て(中略)(さい)起こり(なん)起こる

と仰せのごとく、この世に起こる種々の災難の根本原因は、多くの人たちが邪宗邪義を信じて、正法を()(ぼう)することによるとお示しです。

 このことは末法の今日において、「()(じょく)」という五種の()けがたい汚れの

のいずれもが強盛になるからです。この濁世を根本的に浄化する具体的な方法について大聖人様は、

早く天下の静謐(せいしつ)を思はゞ(すべから)く国中の謗法を()つべし

と仰せですが、このことについて御法主日如上人猊下は、

世間には、池田創価学会や様々な邪宗教がはびこっており、その邪義に惑わされた人達や、そうした邪宗教に浸りきっている人達が大勢おります。特に池田創価学会に対しては、日顕上人は『現代の一凶』と断ぜられております。こうした人達に対して、不幸の根源は謗法にあることを知らしめ、謗法を責め、謗法を破折し、その謗法から救っていくことが大事であり、これが我々の自行化他にわたる信心であります」(大白法691号)

と仰せです。謗法こそが国土や人心を破壊する根本原因であることを教えられ、謗法を破折し、邪教に身を置く人たちを法華真実の正法である大聖人様の仏法に帰依せしめることの大事をお示しです。

 大聖人様は、末法の一切衆生を無間地獄の苦から救うところの三大秘法の正法を建立され、南無妙法蓮華経の大良薬(ろうやく)を与えんとの大慈大悲の御化導を示されました。この尊い大良薬を口にすることができた私たちにとって、信行に日々精進する中に、煩悩は仏果を証得する智慧となり、生命に内在する仏性は活き活きと発動し、迷いの人生は希望に満ちた人生へと転換されていくのです。故にこの尊い仏恩に対し深く感謝申し上げていかなければなりません。

 日寛上人は、

邪法を退治するは即ち是れ報恩(中略)正法を弘通するは即ち是れ謝徳(しゃとく)(中略)()わく、身命を()しまず邪法を退治し、正法を弘通する、則ち一切の恩として報ぜざること()きが故なり」(御書文段384頁)

とお示しです。真実の報恩行とは、まさに不惜身命の信心をもって、邪法を退治し、正法を弘通することにほかなりません。

 私たちは、甚深なる仏恩を報じていくために、邪法に迷える多くの人たちを折伏し、「地涌倍増」の御命題達成を期してまいりましょう。

 

 四、結  び

 いよいよ今月は『立正安国論』正義顕揚七百五十年を記念する大法要、そして七万五千名大結集総会が開催されます。

 御法主日如上人猊下は、総本山において開催される七万五千名大結集総会の意義について、

この総本山に結集した全国七万五千名の法華講の精鋭が、大御本尊様の御前において、新たに広布の誓いを立て、『立正安国論』の御理想実現へ向けて、勇躍として大折伏戦を展開していけば、自他共の幸せはもちろん、必ず世の中を変え、仏国土を築いていくことができるのであります」(大白法758号)

と仰せであり、大結集総会に集う七万五千名の法華講の精鋭については、

広布の使命に燃え、一天四海本因妙広宣流布の願業達成を目指して、一身をなげうって広布に尽くす死身弘法の法華講員のことであります。いわば、広布の戦士であります」(同763号)

とお示しです。私たちは、いかなる困難にも(ひる)むことなく、「広布の戦士」としての(ほま)れも高く『立正安国論』の御理想実現に向けて、七百五十億遍唱題行と七万五千名大結集総会を必ず完遂し、未来広布の大折伏戦へ勇猛果敢に前進してまいりましょう。

 

日蓮大聖人略年表(立正安国論関連)

立正安国論記念展図録より転載

和暦(西暦) 月日 聖寿 大聖人御事跡・関連事項
建長五(1253) 3月28日 32 安房清澄寺に宗旨建立の内証を宣示
4月28日 安房清澄寺に立教開示
草庵を鎌倉松葉ケ谷に構える
建長六(1254) 1月10日 33 鎌倉大火
5月9日 鎌倉大風
建長八(1256) 8月6日 35 鎌倉大風・洪水
9月1日 疫病(赤斑瘡)流行
正嘉元(1257) 8月1日 36 鎌倉大地震
8月23日 鎌倉大地震【正嘉の大地地震】
正嘉二(1258) 1月17日 37 鎌倉火災
2月 駿河岩本実相寺に大蔵経を閲す
6月24日 鎌倉異常気象による寒気
8月1日 大風雨。諸国の田園損亡
10月16日 鎌倉大雨・洪水
正元元(1259) 38 大飢饉・大疫病
文応元(1260) 4月29日 39 鎌倉大火
6月1日 鎌倉大風雨・洪水
7月16日 『立正安国論』を幕府に奉呈【第一国諌】
8月27日 松葉ケ谷法難
弘長元(1261) 5月12日 40 伊豆配流
文永元(1264) 11月11日 43 小松原法難
文永二(1265) 6月 44 鎌倉大雨
文永四(1267) 5月29日 46 京都長雨・洪水
文永五(1268) 閏1月18日 47 蒙古国牒状鎌倉到着
文永六(1269) 12月8日 48 『立正安国論』を書写し奥書す
文永七(1270) 49 房総諸国に疫病流行
文永八(1271) 9月12日 50 平頼綱を諌む【第二国諌】
9月12日 竜口法難
文永九(1272) 2月15日 51 二月騒動【自界叛逆難】
文永十一(1274) 4月8日 53 平頼綱に見参【第三国諌】
4月12日 鎌倉大風
10月5日 蒙古襲来(文永の役)【他国侵逼難】
健治三(1277) 56 疫病流行
弘安元(1278) 57 『立正安国論』〔建治の広本〕を再治す
弘安四(1281) 4月28日 60 鎌倉大風
5月21日 蒙古襲来(弘安の役)【他国侵逼難】
初度天奏(園城寺申状を日興上人に付し、日目上人が代奏)
弘安五(1282) 9月25日 61 池上にて『立正安国論』を講ず