大白法・令和4年2月1日刊(第1070)より転載

御法主日如上人猊下御説法

報恩抄 平成新編御書(1001頁15行目~1002頁18行目)
得成寺移転新築落慶法要の砌
令和元年十一月八日
於:北海道網走市・得成寺

 或人(あるひと)疑って云はく、漢土日本にわたりたる経々にこそ法華経に(すぐ)れたる経はをは()せずとも、月氏(がっし)・竜宮・四王・日月・(とう)()(てん)()(そつ)(てん)なんどには恒河沙(ごうがしゃ)の経々ましますなれば、()の中に法華経に勝れさせ給ふ御経やましますらん。答へて云はく、一をもって万を察せよ。庭戸(ていこ)()でずして天下をしるとはこれなり。癡人(ちにん)が疑って云はく、我等は南天を見て東西北の三空を見ず。()の三方の空に此の日輪より外の別の日やましますらん。 山を(へだ)て煙の立つを見て、火を見ざれば煙は一定(いちじょう)なれども火にてやなかるらん。かくのごとく()はん者は一闡提(いっせんだい)の人としるべし。生き(めくら)にことならず。法華経の法師品に、釈迦(しゃか)如来金口(こんく)誠言(じょうごん)()て五十余年の一切経の勝劣を定めて云はく「我が所説の経典は無量千万億にして(すで)に説き今説き(まさ)に説かん。而も其の中に於て此の法華経は最も()れ難信難解なり」等云云。此の経文は(ただ)釈迦如来一仏の説なりとも、等覚已下は仰ぎて信ずべき上、多宝仏東方より来たりて真実なりと証明し、十方の諸仏集まりて釈迦仏と同じく広長舌(こうちょうぜつ)梵天(ぼんてん)に付け給ひて後、各々国々へかへらせ給ひぬ。()(こん)(とう)の三字は、五十年並びに十方三世の諸仏の御経一字一点ものこさず引き載せて、法華経に対して説かせ給ひて候を、十方の諸仏此の座にして()判形(はんぎょう)を加へさせ給ひ、各々又自国に(かえ)らせ給ひて、我が弟子等に向かはせ給ひて、法華経に勝れたる御経ありと説かせ給はヾ、其の()の所化の弟子等信用すべしや。又(われ)は見ざれば、月氏・竜宮・四天・日月等の宮殿の中に、法華経に勝れさせ給ひたる経やおはしますらんと疑ひをなさば、反詰(はんきつ)して云へ、されば今の梵釈・日月・四天・竜王は、法華経の御座にはなかりけるか。()し日月等の諸天、法華経に勝れたる御経まします、(なんじ)はしらず、と仰せあるならば大誑惑(おうわく)の日月なるべし。日蓮()めて云はく、日月は虚空(こくう)に住し給へども、我等が大地に処するがごとくして堕落し給はざる事は、上品(じょうぼん)()妄語(もうご)(かい)の力ぞかし。法華経に勝れたる御経ありと仰せある大妄語あるならば、恐らくはいまだ壊劫(えこう)にいたらざるに、大地の上にどうとおち()候はんか。無間(むけん)大城(だいじょう)最下(さいげ)堅鉄(けんてつ)にあらずば(とど)まりがたからんか。大妄語の人は須臾(しゅゆ)も空に処して四天下(てんげ)(めぐ)り給ふべからずと、()めたてまつるべし。(しか)るを華厳宗の澄観等、真言宗の(ぜん)無畏(むい)・金剛智・不空・弘法(こうぼう)・慈覚・智証等の大智の三蔵・大師等の、華厳経・大日経等は法華経に勝れたりと立て給ふは、我等が分斉(ぶんざい)には及ばぬ事なれども、大道理の()す処は、(あに)諸仏の大怨敵(おんてき)にあらずや。提婆(だいば)瞿伽梨(くがり)もものならず。大天・大慢(ほか)にもとむべからず。彼の人々を信ずる(やから)をそ()ろしをそろし。(御書(1001頁15行目~1002頁18行目)

 

 本日は、得成(とくじょう)()移転新築落慶法要に当たりお招きにあずかりまして、当山に来た次第であります。
 得成寺がこのように立派に移転新築されましたことを、心からお祝い申し上げます。まことにおめでとうございました。これもひとえに、初代住職である関慈英師の尽力と、現住職・長倉正良房の愛宗護法の堅固な信念、そして御信徒の皆様方の尊い外護の赤誠によるものでありまして、宗門といたしましても心から厚く御礼(おんれい)を申し上げます。
 どうぞ皆様方には、この歓喜と功徳をもって、これからもなお一層、精進して、得成寺がこの地域における弘通の法城としてその使命を果たすため、いよいよ活躍されますよう、心からお祈りをする次第であります。
 さて本日は、ただいま拝読いたしました『報恩抄』の御文について、少々お話を申し上げたいと思います。

 初めに、この『報恩抄』について申し述べたいと思います。
 この『報恩抄』は建治ニ(1276)年七月二十一日、宗祖日蓮大聖人様が御年(おんとし)五十五歳の時に、旧師・道善房の逝去の報を聞き、その追善供養のため身延山においてお(したた)めあそばされ、出家当時の兄弟子である清澄(きよすみ)寺の浄顕房ならびに義浄房の両人のもとへ送られた御書で、御書十大部、また御書五大部の一つに数えられておりますところの重要御書であります。
 ちなみに、当家におきまして御書十大部と申しますのは、年代順に言いますと、まず初めが『唱法華題目抄』、二番目が『立正安国論』、三番目が『開目抄』、四番目が『観心本尊抄』、五番目が『法華取要抄』、六番目が『撰時抄』、その次の七番目がこの『報恩抄』であります。そして八番目が『四信五品抄』、そのあとが『下山御消息』、十番目が『本尊問答抄』で、これを十大部と申しております。
 この十大部のなかでも特にまた重要な御書として五大部というのがございまして、『立正安国論』『開目抄』、それから『観心本尊抄』『撰時抄』、そして『報恩抄』の五つであります。
 したがいまして、この『報恩抄』は五大部、十大部のなかに人る、最重要御書の一つであると言えるのであります。
 総本山第二十六世日寛上人は『報恩抄文段』という書を著されており、そのなかに、
 「報恩抄送文に云わく『道善御房の御死去の(よし)()ぬる月(ほぼ)(これ)を承り乃至此の文は随分(ずいぶん)大事の大事どもをかきて候ぞ』等云云」(御書文段 379頁)
とおっしやって、この卸書は「大事の大事」、つまり極めて大事なことをお説きになっていると御指南であります。
 およそ五大部のなかにも『立正安国論』は、佐渡以前に(もっぱ)法然(ほうねん)の謗法を破折しております。故に『安国論』は、言うならは権実相対の立場において説かれておりまして、まだ三大秘法の名目は出ておりません。
 次の『開目抄』では、皆さん方もよく御承知の通り、広く五重相対の御法門が説かれておりますけれども、そこには専ら本門と迹門の本迹判を論ぜられております。ですから、大聖人様は法華経本門寿量品の文底秘沈ということはおっしやっているのですが、まだ三大秘法まではお説きになっていないのです。
 そして『撰時抄』に入りますと、浄土・禅・真言の三宗を破折しておりますけれども、
 「仏の滅後に迦葉(かしょう)・阿難・馬鳴(めみょう)・竜樹・無著(むじゃく)・天親乃至天台・伝教のいまだ弘通しましまさぬ最大の深秘の正法、経文の(おもて)に現前なり」(御書851頁)
とおっしゃり、ここでもまだ三大秘法の名前は出しておられないのです。
 しかるに、この『報恩抄』では、通じて諸宗の謗法を破折され、別して真言の誑惑(おうわく)を破折されておりますが、そのなかで、まさしく三大秘法を顕されているのであります。このことからも『報恩抄』が、いかに大事な御書であるかが解ると思います。

 次に『報恩抄』の題号について申し上げますと、日寛上人は『文段』に、
 「この抄の題号は即ち二意を含む。所謂(いわゆる)通別なり。通は()わく、四恩報謝の報恩抄、別は謂わく、師恩報謝の報恩抄なり」(御書文段 375頁)
と、通別の二つの意味があるとおっしやっております。
 すなわち、通じて言えば、父母・師匠・三宝・国王の四つへの報恩謝の意味があり、別して言えば、亡くなられた師の道善房の恩に報いるためにお認めあそばされたのだと仰せです。
 特に四恩につきましては、『報恩抄』でおっしやっている四恩と、『四恩抄』で述べられている四恩とでは、同じ四恩でも少し違いがあるのです。
 この『報恩抄』におきましては、先程も申し上げましたように、父母の恩・師匠の恩・三宝の恩・国王の恩を四恩として挙げていらっしゃるのですが、『四恩抄』では、一切衆生の恩・父母の恩・国王の恩・三宝の恩を挙げておられるのです。
 すなわち、本抄におきましては『四恩抄』の一切衆生の恩に代わって、師匠の恩を挙げておられます。これは『報恩抄』が師匠に対する報恩謝徳のために認められた御書であるからなのです。
 そしてまた、本抄におきまして一切衆生の恩を父母の恩のなかに(がっ)している所以(ゆえん)は、大聖人様が『法蓮抄』に、
 「(しか)るに六道四生の一切衆生は皆父母なり」(御書815頁)
と仰せになっておりますように、衆生が三世にわたって三界六道の生死(しょうじ)を絶え間なくり返す生命流転の相から見るならば、一切衆生はまさに父母であることになるのであります。
 つまり、私達には両親が二人います。その両親には、また両親がいるわけですから、一世代ごとに、どんどん二倍になっていくのです。ですから、これをずっと勘定していきますと、これはもう地球上をあふれてしまう数になってしまいますが、そんなに人類はいないのです。だから先祖をたどっていけば、どこかで兄弟であったり親子であったりして、Aさんも何代かさかのぼれば、実は親戚だったというようなことがあるでしよう。
 大聖人様は、衆生が三世にわたって三界六道の生死を絶え間なく繰り返す、その生命流転の相からすれば、そのルーツ・因縁をたどっていくと、あなたとあなたは親戚かも知れないということになるので、一見、関係ないようであっても、まさに一切衆生が父母なのであるとおっしやっているのです。
 次に、別して言えば「師の恩報調の報恩抄なり」とおっしやっておりますけれども、これは、この『報恩抄』が師匠の恩、つまり師匠の道善房に対する報思謝徳のために認められた御書であるということです。ですから、その報恩謝徳のために、(かさ)が森と故道善房のお墓の前で読ましめたのであります。
 したがって、この御書の総結の文のなかで、
 「花は根にかへり、真味は()にとどまる此の功徳は故道善房の聖霊(しょうりょう)の御身にあつまるべし」(同1037頁)
と、大聖人様はおっしゃっているのであります。

 次に、本抄の大意について申し上げますと、まず最初に通じて四恩を報じ、別して師の道善房の恩を報ずべきことを明かされております。そのなかで、大恩を報ずるためには必ず仏法を習い(きわ)めて智者となることが肝要である、つまり出家して一代聖教(しょうぎょう)を学ばなくてはならないとおっしやっております。
 しかし、一代聖教を学ぶ上で明鏡となるべき当時の十宗が、それぞれ自宗の正当性を主張しているために、いずれが仏様の本意であるのか解らない状況がありました。そこで、大聖人様はインド、中国、日本の各宗の教義を挙げてこれを破折せられ、一代聖教のなかでは法華経が最勝であることをお述べになり、法華経の肝心は題目にあることを示されて、さらに未法における法即人の本尊と本門の戒壇、そして本門の題目の三大秘法を整足して明かされているのであります。
 この御書のなかでは、なかんずく真言教を破折されておりまして、天台座主(ざす)でありながら真言に転落してしまった慈覚とか智証といった者について、大聖人様は厳しく破折しておられるのであります。そして最後に、この三大秘法を流市して一切衆生を救済することが、師の大恩を報ずる道であるとおっしやっているのであります。
 以上、本抄の題号と大意について、簡単に申し上げた次第であります。

 それでは次に、本文に入りたいと思います。
 初めに「或人(あるひと)疑って云はく、漢土日本にわたりたる経々にこそ法華経に(すぐ)れたる経はをは()せずとも、月氏(がっし)・竜宮・四王・日月・(とう)()(てん)()(そつ)(てん)なんどには恒河沙(ごうがしゃ)の経々ましますなれば、()の中に法華経に勝れさせ給ふ御経やましますらん」とおっしやっております。
 この御文の前で一代聖教の勝劣を判じられたのに続いて、大聖人様は、この段から三説超過の文を引かれまして、十万三世の諸経のなかには法華経こそが最第一のお経であることを明かされております。
 三説というのは、法華経法師品に説かれている()(こん)(とう)のことであります。皆さん方も、已今当の三説というのは聞いたことがあるでしよう。法華経の法師品に、
 「我が所説の経典、無量千万億にして、(すで)に説き、今説き、(まさ)に説かん。(しか)も其の中に(おい)て、此の法華経、最も()れ難信難解なり」(法華経325頁)
という文があるのです。天台大師は、この文を『法華文句』のなかで釈されまして、
 「今初めに()と言うは、大品(だいぼん)已上の漸頓(ぜんとん)の所説なり。(こん)とは同一座席の無量義経を謂うなり。(とう)とは涅槃を謂うなり」(学林版文句会本中643頁)
とおっしやっているのであります。
 また、大聖人様は『法華初心成仏抄』で、
 「法華より(ほか)の経には全く已今当の文なきなり。已説とは法華より已前の四十余年の諸経を云ひ、今説とは無量義経を云ひ、当説とは涅槃経を云ふ。此の三説の外に法華経(ばか)り成仏する宗なりと仏定め給へり」(御書1307頁)
とお示しであります。つまり、已今当の三説の已説とは(すで)に説いた教えのことで、法華経以前の四十余年の教え、爾前経です。そして、今説というのは無量義経のことを言い、当説というのは涅槃経を指します。この三説のほかに法華経が存しており、法華経が釈尊一代聖教のなかで最勝の教えであることを、大聖人様は『法華初心成仏抄』に明らかに、また解りやすくお説きになっているのであります。
 皆さんも「已今当三説超過の法華経」という言葉を聞いたことがあるでしよう。要するに、法華経が三説に超過した最第一のお経であるということです。
 すなわち当文は、初めに疑問を挙げているところで、法華経が最第一と言っても、それは漢土や日本に渡った経々の範囲のことで、インドとか竜宮、四大、日月天、忉利天あるいは都率天などには、そのほかにも恒河沙の如き数限りないお経があるわけでありますから、そのなかには法華経より勝れたお経があるのではないかという疑問であります。
 このなかの「恒河沙」というのは、恒河はガンジス河、抄は砂でありまして、ガンジス河の砂という意味です。ですから恒河沙というのは、恒河の砂の妲く極めて数が多いことを意味します。ここでは、たくさんのお経のなかには法華経よりも勝れたお経があるのではないかと言っているのであります。

 その間いに対しまして「答へて云はく、一をもって万を察せよ。庭戸(ていこ)()でずして天下をしるとはこれなり。癡人(ちにん)が疑って云はく、我等は南天を見て東西北の三空を見ず。()の三方の空に此の日輪より外の別の日やましますらん。 山を(へだ)て煙の立つを見て、火を見ざれば煙は一定(いちじょう)なれども火にてやなかるらん。かくのごとく()はん者は一闡提(いっせんだい)の人としるべし。生き(めくら)にことならず」とおっしやっているのです。
 つまり、一をもって万を察するべきてある。庭戸を出でずして天下の情勢を知るとはこのことであり、今、言うところの法華経最勝の義は全く誤りがないのであると、法華経が最も勝れた教えであるということに対して色々と反論をしている者達を破折しているのであります。
 そして、(おろ)か者は南の空だけを見て、東や西や北の空を見ずに、その三方の空には我らの見る太陽とは別の太陽があって照らすのであろうなどと言っている。また、山の向こうに立つ煙を見て、煙はあるけれども火が見えないから火事ではないと思っている。つまり、火のないところに煙は立たないと言われますが、それが解らないことをおっしゃっているのです。
 今の質問も同じであって、これこそ一闡提、すなわち正法を信ぜず、悟りを求める心がなく、成仏する機根を持たない、不信謗法の者と言うべきであると、厳しく破折しております。

 次には「法華経の法師品に、釈迦(しゃか)如来金口(こんく)誠言(じょうごん)()て五十余年の一切経の勝劣を定めて云はく「我が所説の経典は無量千万億にして(すで)に説き今説き(まさ)に説かん。而も其の中に於て此の法華経は最も()れ難信難解なり」等云云」と、法華経の法師品第十を引かれ、釈迦如来が自ら「金口の誠言」すなわち御金言をもって、五十余年の問に説かれたところの一切経の勝劣浅深を明示あそばされていると仰せであります。
 つまり五十年間、法を説いてきたけれども、そのなかで、どのお経が一番勝れているかということを、釈尊自身がはっきりと示しているのであります。
 そこには「我が説くところの経典は無量十万億で、数限りないけれども、已に説いたもの、そして今説くもの、そして当に説こうとするもののなかで、この法華経が最も信し難く、解しにくい」と、「難信難解」という語をお使いになられて説かれており、この御文によって、法華経こそが已今当の三説のお経に超過し、一代ならびに十方三世の諸仏の諸経のなかでも最第一、最も勝れたお経であるとおっしやっているのです。
 この法華経は難信難解と言われますが、その所以について『法華文句』には、
 「法華経は一切の差別を融通、つまり融け合って差し障りがないために一法に帰し、かつ久遠以来の師弟の関係を明かす故に、従来説くところとは異なるので、信じ難く解し難いのである」(学林版文句会本中 643頁取意)
とおっしやっているのであります。
 また大聖人様は、これについて『観心本尊抄』に伝教大師の指南を引かれて、
 「伝教大師云はく『此の法華経は最も()れ難信難解なり、随自意の故に』等云云」(御書647頁)
と、法華経という教えは随自意の教えであるから難信難解であることをお示しであります。
 仏様の説法には、(ずい)他意(たい)(ずい)自意(じい)とかあるのです。随他意というのは他の機根に随って説く教えですから、その人その人の機根に応じて、やさしく説いたり、色々に説くわけです。しかし随自意は、そうではないのです。随自意というのは、仏様が自らの悟りをそのまま説き示すことであり、また、その真実の教えそのものを随自意の教えというのです。したがって、法華経は随自意の教えであり、他の機根に随った教えとは遵うのであります。
 『観心本尊抄』には、
 「法華経の迹門や爾前経・無量義経・涅槃経等の三説は、ことごとく(ずい)他意(たい)の教え、つまり仏様が機根に随って説いた教えだから、信じやすく理解しやすい。しかし、本門は已今当の三説のほかにあって難信難解、随自意の教えである」(同655頁趣意)
と説明されているのです。
 例えば、三歳の子供に話をするときには、それに合わせて、やさしく話すでしよう。また勧善懲悪を教えるときには、「花咲かじじい」とか「桃太郎」の話など、あれは実在の人物ではありませんが、そういう譬え話を用いたりもするでしよう。このように機根に随って解りやすく説くのを随他意と言うのです。
 これに対して法華経本門は、これら已今当の三説の随他意の教えを超過したところの随自意の教えであるとおっしやっているのであります。

次に「此の経文は(ただ)釈迦如来一仏の説なりとも、等覚已下は仰ぎて信ずべき上、多宝仏東方より来たりて真実なりと証明し、十方の諸仏集まりて釈迦仏と同じく広長舌(こうちょうぜつ)梵天(ぼんてん)に付け給ひて後、各々国々へかへらせ給ひぬ」とおっしやっています。
 「此の経文」すなわち先程の法華経の文は、たとえ釈迦如来一仏の説であろうとも、等覚以下のすべての者は、ただ仰いで信ずべきであると仰せであります。
 仏道修行には「五十二位」という階位、段階があるのです。下から十信・十住・十行・十回向(えこう)・十地・等覚・妙覚とあり、一番上が妙覚です。妙覚は(さと)りそのもので仏様の位でありまして、等覚というのは仏様の覚りに等しい位で菩薩の最高位であります。こういうように、五十二位に分けられておるなかで、 等覚は上から二番目の位であります。また、等覚は一生補処(ふしょ)とも言いまして、長期にわたる菩薩の修行を完成して、まさに妙覚の仏果を得ようとするところの位であるとされます。
 したがって、この等覚以下のすべての者は、法華経を仰いて信ずべきである上、釈尊の会座(えざ)には多宝如来が東方の宝浄世界からやってきて、「この法華経は、すべて真実である」と明白に証明をしておる。さらに、十方世界の諸仏までもが無数に集まって、釈迦如来と同じく、広長舌を梵天に付けて真実であることを証明しているのです。
 広長舌というのは広く長い舌ということですが、普通、世間では、舌を出す行為は人を莫迦(ばか)にしたり、うそをついたりすることを表します。しかし、仏様の場合は逆で、広長舌を出すということは、その言葉が真実であるという意味なのであります。
 つまり、十方世界の諸仏が集まって、釈尊と同じく広長舌を梵天に付けたということは、法華経が真実であることを証明したのであり、また、それが終わったのちに、多宝仏も十方の分身も各々皆、本国へ帰ったということであります。
 この広長舌を出すということは、仏様の十神力の一つとされます。これは法華経の神力品(法華経510頁)に説かれてありまして、釈尊は結要(けっちょう)付嘱に当たって、吐舌(とぜつ)相・通身放光・謦欬(きょうがい)弾指(だんじ)・地六種動・普見大会(だいえ)・空中唱声(しょうしょう)咸皆(げんかい)帰命(きみょう)遥散諸物(ようさんしょもつ)・十方通同という十の神通力を現じたのであります。
 まず最初が「吐舌相」で、これは先程出てました梵天まで届く長い舌を出すことで、真実を証明する意味があります。
 それから「通身放光」は、全身の毛孔から光を出し、あまねく十方世界を照らすことてす。これは仏様の智慧を表しており、仏様は十方を照らす智慧を持っていらっしやるということてす。
 次の「謦?」というのは、簡単に言うと咳払いです。法を説く時に咳払いをするのは、真実をことごとく開示して、滞ることがないことを示しているのです。
 それから四番目が「弾指」で、指を(はじ)く、指を鳴らすことです。これは随喜、喜びを表すという意味があります。
 そして「地六種動」というのは、地が六種に震動することです。これは、一切の人の六根を動じて、清浄を得せしめるためであります。
 それから六番目が「普見大会」で、十方世界の衆生が霊山会(りょうぜんえ)を見て歓喜することです。これは諸仏の道が皆、同じであることを表しているのです。
 七番目が「空中唱声」で、諸天善神が虚空(こくう)から十方世界の大衆に向かって、釈尊の法華経の説法に心から随喜し供養せよと、声高(こわだか)に発することです。これは未来に、この教法が弘通されることを示されているのであります。
 八番目が「咸皆帰命」で、これは今言った空中唱声を聞きまして、衆生がことごとく仏に帰依することを言うのであります。咸皆帰命の咸は「ことごとく」という意味で、これは未来にこの教法を受持する人々で国土が充満、皆ことごとく帰命することを示されております。
 それから 「遥散諸物」というのは、十方から仏に供養する諸物が寄せられ、雲のように諸仏の国土を覆うことで、これは未来にこの教法に基づいて修する行法のみになることを表しているのであります。
 最後が 「十方通同」で、十方世界ことごとくが一仏土であるということです。これは未来に修行によって一切衆生の仏知見が聞示されまして、究竟(くきょう)の真理が国土に行き渡ることを言うのであります。
 この十神力について『法華文句記」(学林版文句会本下465頁)では、初めの五神力と、あとの五神力とを分けて、前の五神力は在世のためのもの、のちの五神力は滅後のためのものであると説かれており、我々が妙法を信受する功徳は、この十神力を現じることができるほど広大なものがあるのであります。

 次に「()(こん)(とう)の三字は、五十年並びに十方三世の諸仏の御経一字一点ものこさず引き載せて、法華経に対して説かせ給ひて候を、十方の諸仏此の座にして()判形(はんぎょう)を加へさせ給ひ、各々又自国に(かえ)らせ給ひて、我が弟子等に向かはせ給ひて、法華経に勝れたる御経ありと説かせ給はヾ、其の()の所化の弟子等信用すべしや」と側せであります。
 この已今当の三字は、釈尊一代の五十年は言うまでもなく、十方三世の諸仏のお経を全部、その一字一点も残さず総括し、法華経と比較して、しかも法華経こそ最高なりと説かれたものであります。
 これを諸仏も明瞭に解っておられて、真実正直なりとの判形を加えておきながら、もし、それぞれの本国に帰って、自分の弟子達に向かって法華経より勝れたお経があると説いたならば、はたして、その弟子達はこれ信用するであろうか、弟子達が信用するはずがないではないか、とおっしやっているのであります。

 そして「(われ)は見ざれば、月氏・竜宮・四天・日月等の宮殿の中に、法華経に勝れさせ給ひたる経やおはしますらんと疑ひをなさば、反詰(はんきつ)して云へ、されば今の梵釈・日月・四天・竜王は、法華経の御座にはなかりけるか。()し日月等の諸天、法華経に勝れたる御経まします、(なんじ)はしらず、と仰せあるならば大誑惑(おうわく)の日月なるべし」とお示しであります。
 この御文ほ、前のところで法華経の明文によって、法華経が十方三世の諸経のなかで最高の教えであることを示されたのに対しまして、実際に見たことがないから、月氏つまりインド、あるいは竜宮、四天、日月天等の宮殿には法華経よりも勝れたお経があるかも知れないと疑い、邪推する者がいるならば反詰しなければならない、ということです。
 どう反詰するかと言うと、それならば梵天や帝釈、日月、四天、竜王等は、法華経を説かれたその場にはおられなかったのか。法華経の座に列していながら、もし日月などの諸天が「法華経より勝れたお経がある。汝はそれを知らないのである」などと言うならば、それこそまさに大誑惑、大うそつきになってしまう、ということを言うべきである。これは、法華経が間違いなく真実の教えであるということを、こういう表現でおっしやっているのであります。

 次に「日蓮()めて云はく、日月は虚空(こくう)に住し給へども、我等が大地に処するがごとくして堕落し給はざる事は、上品(じょうぼん)()妄語(もうご)(かい)の力ぞかし。法華経に勝れたる御経ありと仰せある大妄語あるならば、恐らくはいまだ壊劫(えこう)にいたらざるに、大地の上にどうとおち()候はんか。無間(むけん)大城(だいじょう)最下(さいげ)堅鉄(けんてつ)にあらずば(とど)まりがたからんか。大妄語の人は須臾(しゅゆ)も空に処して四天下(てんげ)(めぐ)り給ふべからずと、()めたてまつるべし」とあります。
 日蓮が責めて言うのには、日天・月天が今も虚空に住して、我らのように大地に住しないという所以は、上品の優れた不妄語戒を受持し給う功徳である。これは、不妄語戒のなかにも上品・中品・下品の三種類があり、その一番優れた不妄語戒を(たも)っているということです。しかるに、もし今、法華経よりも勝れたお経があるなどと大妄語を言うならば、壊劫の時期を待つまでもなく、日月は大地の上に、どうと転落してしまうであろうと仰せであります。
 この壊劫というのは、世界の成立から破滅に至るまでの間を成住壊空の四つの期間に分けるなかの一つで、世界が成立する期間が成劫で、成立した世界が持続する期間を住劫と言い、それから世界の破滅する期間を壊劫と言って、最後、次の世界が成立するまでの何もない期間を空劫として、これを四劫と言うのです。
 そして、日月は大地に落ちたあと、その大地が裂けて、無問地獄の底の堅鉄、これは八大地獄の第八で、無問地獄の最も下のことでありますが、そこまで留まることなく落ちてしまうだろうということです。
 『倶舎(くしゃ)論』には、無間地獄は熱く焼けた鉄をもって地とするとありまして、「最下の 鉄」とは、その最も下にある、堅い鉄の地面、つまり大阿鼻(あび)地獄の底を言うのであります。もし、うそを言うならば、そこまで転落しなけれはならないとおっしやっているのであります。
 さらに、もし日天・月天が大妄語であるならば、須臾の間も天に懸かって四天下を巡ることはできないたろう、と責めるべきことを仰せであります。実際に日天・月天が大妄語の人ではないけれども、もしそうであるならば、このようになってしまうということを示されているのであります。

 その次には「(しか)るを華厳宗の澄観等、真言宗の(ぜん)無畏(むい)・金剛智・不空・弘法(こうぼう)・慈覚・智証等の大智の三蔵・大師等の、華厳経・大日経等は法華経に勝れたりと立て給ふは、我等が分斉(ぶんざい)には及ばぬ事なれども、大道理の()す処は、(あに)諸仏の大怨敵(おんてき)にあらずや。提婆(だいば)瞿伽梨(くがり)もものならず。大天・大慢(ほか)にもとむべからず。彼の人々を信ずる(やから)をそ()ろしをそろし」とおっしやっております。
 初めに「華厳の澄観」とありますが、これは中国唐代華厳宗の第四祖で、皇帝から清涼(しょうりょう)法師、さらには清涼国師という称号をもらった人で、著作には『華厳経(しょ)』などがあります。
 次の「真言宗の善無畏」というのは唐時代の真言密教の僧でありまして、 瑜伽(ゆが)三密を学んで中国に伝え、長安を訪れて玄宗(げんそう)皇帝に国師として迎えられたと言われております。経典の翻訳に従事した人でありますが、また一方では、中国に初めて密教を伝えた人とも言われております。
 また「金剛智」というのは、真言宗の付法の八祖の第五で、もともと中インドの人であります。インドから中国に渡ってきて金剛頂経を訳出(やくしゅつ)し、先に来ていた善無畏と同様に密教を弘めた人であります。
 そして「不空」というのは、真言宗付法の八祖の第六・不空三蔵のことであります。長安で金剛智に師事をして密教を弘め、金剛頂経など多くの経典を訳しました。
 次の「弘法」というのは、皆さんも御承知の通り、弘法大師空海のことで、我が国真言宗の開祖と言われております。延暦二十三年に人唐(につとう)、つまり中国に渡って、恵果(けいか)に学んで真言密教を弘めた者であります。その著書には『十往心論』などがあります。
 そして「慈覚」というのは円仁(えんにん)のことで、天台宗山門派の祖であります。伝教大師に師事して、のちに入唐し、天台や密教、 念仏等を修学して帰ってきました。東密に対抗する台密の基諶を作って、比叡山に弘めた者であります。
 それから「智証」というのは、天台宗寺門派の祖である円珍のことであります。この人は讃岐(さぬき)の人で、母は空海の(めい)と言われておりますが、比叡山の義真に師事し、入唐して密教を学び、日本に帰ってきて園城(おんじょう)()を再興した人であります。
 こういった「大智の三蔵・大師等」、経律論に通達した勝れた智慧を持った高徳の僧などが、華厳経や大日経が法華経よりも勝れると主張するのは、我らの分際では、かれこれ批評のかぎりではないけれども、これを仏教の大道理から考えるならば、これらの人達はまさしく誤りであり、 諸仏大怨敵である。つまり、澄観や善無畏にしても、金剛智にしても、不空にしても、弘法にしても、あるいは慈覚にしても智証にしても、それぞれが立派そうなことを言っているけれども、まさしく諸仏の大怨敵だとおっしやっているのです。
 しかも、澄観らが仏の教えに背いている姿は、提婆達多や瞿伽梨どころか、大天や大慢婆羅門以上の悪逆であると、邪義邪宗の邪師に対して厳しく喝破せられているのであります。
 ここに「提婆達多」が出てきますが、提婆達多は皆さん方もよく御承知の通り、幼いころから釈尊に敵対しまして、釈尊に与えられた白象を打ち殺したり、あるいは釈尊の奥さんとなる()(しゅ)陀羅(だら)姫を争って敗れたりし、のちに出家して釈尊の弟子となりましたけれども、高慢な性格から退転して新教団を創ったり、あるいは釈尊を殺そうとしたりしたのです。いわゆる提婆の五逆罪を犯したのですが、それでも仏様を殺すことはできなかったのです。たから、仏様の身から血を出だすということは最悪の罪障なのであります。
 そしてもう一つ、和合僧を破るという罪が大きいのです。みんなが一生懸命、異体同心して戦っている、その姿をやっかんで、それを破壊するような行為は、まさに五逆罪のなかに入るのです。
 たから、大聖人様は異体同心の大事なることをお説きになって、
 「異体同心なれば万事を(じょう)」(御書1389頁)
とおっしやっているのであります。この異体同心ということは、我々の広布の戦いのなかでは極めて大切なことであり、みんなが異体同心して、しっかりお題目を唱えて誓願を達成していくことが大事であると思います。
 あるいはまた、提婆達多は()(じゃ)()王をそそのかして、その父の王様を殺させてしまいました。のちに阿闍世王は釈尊に帰依しますが、提婆達多は生きながら地獄に()ちたと言われております。
 しかし、この提婆達多は法華経の提婆達多品のなかで、釈尊が過去世で修行中に、阿私仙人として釈尊の善知識となったと説かれているのです。そういう因縁の上から、天王如来として未来成仏の記別を受け、成仏を保証されたのであります。
 これはどういうことかと言いますと、提婆達多は仏様を殺そうとしたりしたのですから、最悪の逆賊の衆生であります。しかし、仏様に縁したことによって、そこに未来成仏が保証されたのです。たから、まず縁を結ぶということが、とても大事なのです。
 よく下種折伏と言うように、相手が聞こうが聞くまいが、なにしろ大聖人様の教えを説き、結縁し、折伏するのです。「大聖人様の教えで幸せになれますよ」と、聞き流されようが、反対されようが、まず説くのです。
 これは、ある折伏名人と言われる方の話ですが、その人は下種先をいっぱい持っているのです。それで、Aさんを折伏すると、そのAさんはイヤだと言ったとします。そうすると、次はBさんの所へ行くのです。そこでも反対されると、Cさんの所へ行く。そこでも反対されると、しばらくしてまたAさんの所へ戻ってくるのです。そうすると、Aさんは強く言った手前「悪いなあ」と思っているので、少し和らぐのです。そのようなことを繰り返して何度も折伏していくうちに、その人はやっぱり入信するようになるというのです。
 このなかにはいないと思いますけれども、折伏に行って、けんかになってしまい、「あの人は、いくら言ってもだめだ」などとあきらめてしまってはだめです。けんかはしないで、そうなりそうな時はさっと引いて、時期を見てまた行くのてす。折伏がよくできる人はみんな、そうでしよう。縁を、しっかり作っておくのです。
 相手がけんかを売ってきても、買ってはいけません。にこにこと笑って、また次に行けはいいのです。こういったことが、やはり折伏の忍耐力ではないでしようか。忍耐をもって折伏する。そうするといつの間にか、相手は言うことを聞いてくれます。一回言ってだめなら二回。二回言ってだめなら三回。三回でも四回でも、十回でも二十回でもいいのです。その(はら)で折伏をしていくと違います。そういう下種折伏をしっかりとしていくことが、やはり大事なのです。
 話を戻しまして、その次の「瞿伽梨」というのは、提婆達多を師匠として舎利弗(しゃりほつ)、目連を誹謗し、生きながら地獄に堕ちたと言われている人であります。
 そして「大天」は、初め母と通して父を殺し、次に阿羅(あら)(かん)を殺し、そののちに母が他の男と通じたので、その母も殺してしまったという人です。しかしその後、反省し、出家して三蔵を究めたということです。 このように初めは悪人であっても、仏法によって救われることができるのであります。
 また「大慢」つまり大慢婆羅門というのは博学で、たくさんの弟子を持っていましたけれども、仏様・ 那羅(なら)(えん)天・毘紐(びちゅう)大・大自在天の像を造って高座の四足に置き、自分は仏達よりも偉いんだと、その上に乗ったということです。こういう莫迦なことをする人ですから、のちには当然、地嶽に堕ちたのであります。
 それでも、逆縁成仏ということがあり、「縁なき衆生は度しがたし」という言葉もあるように、縁を結ばせておくと、やがていつかは 必ず、それが開かれてくるのです。一番いけないのは、誰にも縁しないこと、つまり折伏しないことです。逆縁であろうとなんであろうと、折伏を根気よく続けていけば、いつの間にかそれが折伏の成就にもつながり、逆縁の人達も本当に救われていくのです。
 だから、折伏は根気が必要なのです。いくら言ってもだめだからと、折伏をやめてしまってはだめなのです。そういうときは、少し時問をおいてまた行くようにしていけば、必ず折伏は実ります。だから、下種先をたくさん持っておくことが大事です。
 繰り返し繰り返し話をしていけば、どこかで 相手がはっと気づくはずです。相手の人の境界も、いつも同しではなく、どんどん変わっていきますから、やはり折伏する人の誠意が大事なのです。
 そして、我我々が折伏を行じ、また折伏を教えていくことによって、それそれが(あい)()って成仏をしていくわけです。折伏された人の功徳は大きいし、折伏した人の功徳も大きい、それほど折伏の功徳は人きいのです。
 だから、信心をしているのだけれども、どうもなあなどと考えている人はいないと思うけれども、もしいたとすれば、折伏をしなさい。自分一人だけの信心ではなく、折伏をするのです。
 人聖人様の教えは、
 「自行化他に(わた)りて南無妙法運華経」(同1595頁)
とあるように、自行化他が信心の基本です。この自行化他をしつかりと行じていけば、私達は必ず一生成仏することができるのです。それをやらないということは、宝の持ち腐れです。この御法を身に受けていながら自分だけの幸せを求めてもだめで、そのような利己主義では爾前権教と同じになってしまいます。

 『報恩抄』のこのところでは、澄観等の諸師が仏説に反することの恐ろしさ、謗法がいかに恐ろしいかを示されて、「彼の人々を信ずる輩はをそろしをそろし」とおっしやっております。
 日寛上人は、この御文について、
 「()つれは弟子墮つ、弟子墮つれば檀那(だんな)墮つる故なり。例せば、大荘(だいしょう)厳仏(ごんぶつ)(すえ)の六百八十臆の檀那等の苦岸(くがん)等に(たぶら)かされ、獅子(しし)音王仏(おんのうぶつ)の末の男女等の勝意比丘(びく)を信じて、無量劫が間地獄に堕ちしが如し」(御書文段390頁)
と、苦岸とか勝意比丘の例を挙げて、謗法によって地獄に堕ちることの怖さ、厳しさをおっしやっているのです。だから、謗法は絶対に厳しく誡めなけれはならないのです。
 大聖人様は『立正安国論』のなかで、
 「早く天下の静謐(せいひつ)を思はゞ(すべから)く国中の謗法を()つべし」(御書247頁)
と、謗法を断つことがいかに大事であるかをお示しであります。
また『曽谷殿御返事』には、
 「謗法(ほうぼう)を責めずして成仏を願はゞ、火の中に水を求め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべし。はかなしはかなし。(いか)に法華経を信じ給ふとも、謗法あらば必ず地獄にをつ()べし。うるし()ばい()(かに)の足一つ入れたらんが如し」(同1040頁)
と仰せであります。この御文は何回も聞いたことがあるでしよう。皆さん方も、この御文を本当に深く拝して、 謗法の者に対しては一文一句なりとも破折して、析伏してあげる、これが慈悲なのです。
 けんかを売るのではありません。その人のことを考えて、その時は結果に至らなくても、また次にチャンスを見て、何回も何回も話せばいいのです。根気よく折伏しないと、成果は出ないのてす。
 十界互具で、相手も色々な感情を持っていますから、いい感情も、悪い感情も、たくさんあるのです。たから、機をよく見て、 一回でだめなら二回、二回目がためなら三回とやっていけば、何かしらのきっかけで必ず信心に付けます。話を聞いてくださるまで、根気よくしていくのが折伏なのです。

 折伏というのは、字を見れば「折り伏す」と書くから、相手をやっつければいいのだろと思って、もちろん邪義邪宗の考えは破析しなければなりませんが、その人物までも否定してしまってはいけないのです。やはり我々の折伏の在り方は、常に慈悲が元になければなりません。
 これは言っても、みんな、なかなかできないのですが、どうしたらいいかと言えば、しっかりお題目を唱えて折伏に行けばいいのです。そうすると、お題目の功徳で自然に、退くところはさっと退いて、攻めるところは攻める、そういうようにできるのです。
 しかし、お題目を唱えていないと、凡夫の知恵ばかりが先に立ち、けんかになったりして、だめになってしまうのです。こういうことは、私が言うまでもなく、皆さん方は百も二百も承知ですよね。やはり、しっかりお題目を唱えて、根気よく折伏しなけれはなりません。
 謗法があったならは、私達は成仏できません。大聖人様が、「謗法を責めずして成仏を願はゞ、火の中に水を求め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべし。はかなしはかなし。何に法華経を信じ給ふとも、謗法あらば必ず地獄にをつべし」と仰せでありますから、地獄に堕ちないためには謗法を破折して、しっかり折伏するのです。
 私達一人ひとりには、謗法の害毒の恐しさを教え、謗法によって塗炭の苦しみに喘ぐ人々を一人でも多く救っていく、地涌の菩薩としての役目、責任があるのです。このことを自覚して、
 「一文一句なりともかたらせ給ふべし」 (同668頁)
との御金言の通り、折伏することが大事であります。

 今、宗門は来たるべき令和三年・宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年、法華講員八十万人体勢構築の達成を目指して、各講中ともに僧俗一致して頑張っております。
 いつも申し上げていることでありますが、法華講員八十万人体勢構築は、私どもが御宝前に固く晢った、仏様との約束であります。私達は、この約束をなんとしてでも守らなければなりません。
 これは個々においても同じてす。例えば、全体で八十万人体勢の構築を達成したとしても、自分はどうだったか、自分の支部はどうだったか。ほかの支部が一生懸命頑張って、そのお陰で達成できたとしても、自分や自分の支部が達成できなかったならば達成とは言えないのではないでしようか、万代に悔いを残すような戦いは、してはなりません。
 そのための一番の秘訣は、異体同心です。「異体同心なれば万事を成ず」とおっしやっているでしよう。だから、みんなが講中一結して折伏に立ち上がっていくところに、私達の力では計り知れない大きな功徳を、必ず享受することができるのです。
 令和三年まで、残りあと一年余であります。どうぞこれからも異体同心、一致団結して精進し、晴れて御宝前に析伏誓願達成を御報告できるようにしていただきたいと、お析りする次第であります。
 皆さん方の御健闘を心から御析念いたしまして、本日の話といたします。

(文責在大日蓮編集室)