大白法・令和2年9月1日刊(第1036)より転載

御法主日如上人猊下御説法

報恩抄 平成新編御書(1000頁7行目~1001頁14行目)
札幌開教百年記念法要の砌
令和元年七月二十日
於:札幌市北区・日正寺

 我等凡夫はいづれの師なりとも信ずるならば不足あるべからず。仰いでこそ信ずべけれども日蓮が愚案()れがたし。世間をみるに各々我も我もといへども国主は(ただ)一人なり、二人となれば国土おだ()やかならず。家に二の主あれば()の家必ずやぶる。一切経も又かくのごとくや有るらん。(いづ)れの経にてもをはせ一経こそ一切経の大王にてはをはすらめ。(しか)るに十宗七宗まで各々諍論(じょうろん)して随はず。国に七人十人の大王ありて、万民をだ()やかならじ、いかんがせんと疑ふところに一つの(がん)を立つ。(われ)八宗十宗に随はじ。天台大師の(もっぱ)ら経文を師として一代の勝劣をかんがへしがごとく一切経を開きみるに、涅槃経と申す経に云はく「法に依って(にん)に依らざれ」等云云。依法(えほう)と申すは一切経、不依人と申すは仏を除き奉りて(ほか)普賢(ふげん)菩薩・文殊(もんじゅ)師利(しり)菩薩乃至(かみ)()ぐるところの(もろもろ)の人師なり。此の経に又云はく「了義経に依って不了義経に依らざれ」等云云。此の経に指すところ了義経と申すは法華経、不了義経と申すは華厳経・大日経・涅槃経等の()今当(こんとう)の一切経なり。されば仏の遺言を信ずるならば専ら法華経を明鏡として一切経の心をば()るべきか。随って法華経の文を開き奉れば「此の法華経は諸経の中に於て最も其の上に在り」等云云。此の経文のごとくば須弥山(しゅみせん)(いただき)帝釈(たいしゃく)(おる)るがごとく、輪王(りんのう)の頂に如意(にょい)宝珠(ほうじゅ)のあるがごとく、衆木(しゅぼく)の頂に月のやどるがごとく、 諸仏の頂上に肉髻(にくけい)の住せるがごとく、此の法華経は華厳経・大日経・涅槃経等の一切経の頂上の如意(にょい)宝珠(ほうじゅ)なり。されば専ら論師・人師をすてヽ経文に依るならば大日経・華厳経等に法華経の勝れ給へることは、日輪の青天に出現せる時、(まなか)あきらかなる者の天地を見るがごとく高下(こうげ)宛然(おんねん)なり。又大日経・華厳経等の一切経をみるに此の経文に相似(そうじ)の経文一字一点もなし。或は小乗経に対して勝劣をとかれ、或は俗諦(ぞくたい)に対して真諦(しんたい)をとき、或は諸の(くう)()に対して中道をほめたり。譬へば小国の王が我が国の臣下に対して大王というがごとし。法華経は諸王に対して大王等と云云。但涅槃経(ばか)りこそ法華経に相似(そうじ)の経文は候へ。されば天台已前の南北の諸師は迷惑して、法華経は涅槃経に(おと)ると云云。されども専ら経文を開き見るには無量義経のごとく華厳・阿含・方等・般若等の四十余年の経々をあげて、涅槃経に対して我が()勝るととひて、又法華経に対する時は「是の経の出世は乃至法華の中の八千の声聞(しょうもん)記莂(きべつ)(さず)くることを得て大果実を成ずるが如く、秋収(しゅうしゅう)冬蔵(とうぞう)して更に所作無きが如し」等云云。(われ)と涅槃経は法華経には劣ると()ける経文なり。かう経文は分明(ふんみょう)なれども南北の大智の諸人の迷ふて有りし経文なれば、末代の学者()く能く眼をとヾ()むべし。此の経文は(ただ)法華経・涅槃経の勝劣のみならず、十方世界の一切経の勝劣をも()りぬべし。(しか)るを経文にこそ迷ふとも天台・妙楽(みょうらく)伝教(でんぎょう)大師の御れうけん(料簡)の後は(まなこ)あらん人々は()りぬべき事ぞかし。(しか)れども天台宗の人たる慈覚・智証すら(なお)此の経文にくら()し、いわ()うや余宗の人々をや。(御書1000頁7行目~1001頁14行目)

 本日は当日正寺におきまして札幌開教百年記念法要が、このように盛大に奉修されまして、まことにおめでとうございます。
 皆様には、既に御承知のように、当日正寺は大正七年九月に札幌布教所として建立されましたが、その後、何回か移転しまして、昭和二十九年十月には北十条より現在地に移転され、昭和三十四年九月に本堂を新築し、さらに昭和五十八年十月、現在の堂宇が新築再建せられ、今日(こんにち)に至っております。
 これもひとえに、当寺歴代御住職の愛宗護法の堅固な信念と、御信徒皆様方の外護の赤誠によるものでありまして、必ずや仏祖三宝尊も御嘉納あそばされているところと、心からお喜びを申し上げます。そして、長年にわたり地域広布へ貢献されてきた功績と外護に尽くされてきた赤誠は計り知れないものであり、必ずや大きな功徳を享受されるものと思います。
 どうぞ皆様には、これからも、この歓喜と功徳をもって僧俗一致・異体同心してなお一層、精進し、日正寺がこの地域における弘通の法城として、いよいよ活躍されますことを心からお祈り申し上げるものであります。

 さて、本日は、ただいま拝読いたしました『報恩抄』の御文につきまして、少々申し上げたいと思います。
 ただいま拝読申し上げました御文は『報恩抄』の一節でありますが、本文に人る前に、この『報恩抄』について少しお話をしてみたいと思います
 『報恩抄』は建治二(1270)年七月二十一日、大聖人様が御年(おんとし)五十五歳の時に、旧師・道善房の逝去の報を聞き、追善供養のために身延山において(したた)められ、清澄(きよすみ)の浄顕房、義浄房の両人のもとへ送られた御書であり、御書十大部、五大部の一つに数えられております。
 ちなみに御書十大部と申しますのは、初めが『唱法華題目抄』で、これは文応元(1260)年五月二十八日の御述作であります。
 二番目が『立正安国論』で、文応元年の七月十六日にお認めであります。
 三番目が『開目抄』でありまして、これは文永九(1272)年の二月であります。
 四番目が『観心本尊抄』で、これは文永十年の四月二十五日のお認めであります。
 五番目が『法華取要抄』でありまして、これは文永十一年五月二十四日のお認めであります。
 六番目が『撰時抄』でありまして、これは建治元年六月十日であります。
 それから七番目がこの『報恩抄』でありまして、建治二年七月二十一日のお認めであります。
 八番目が『四信五品抄』で、建治三年の四月初旬、それから九番目が『下山御消息』で、これは建治三年の六月であります。
 十番目が『本尊問答抄』でありまして、これは弘安元(1278)年の九月のお認めであります。
 以上の十編は、いずれも大聖人様の御書中、重要な御書でありますので、これを十大部と申しているのであります。
 なお、五大部というのは、十大部のなかの『立正安国論』『開目抄』『観心本尊抄』『撰時抄』『報恩抄』の五部をいいます。
 そのなかで、、本日拝読の『報恩抄』は、十大部にならびに五大部に入る最も重要な御書の一つなのであります。
 次に、当抄の梗概(こうがい)、あらましについて申し上げますと、総本山第二十六世日寛上人は『報恩抄文段』のなかで、
 「報恩抄送文に云わく『道善御房の御死去の(よし)()ぬる月(ほぼ)(これ)を承り乃至此の文は随分(ずいぶん)大事の大事どもをかきて候ぞ』等云云。『大事の大事』とは、(およ)そ五大部の中に、安国論は佐渡已前にて(もっぱ)法然(ほうねん)の謗法を破す。故に(ただ)()権実(ごんじつ)相対にして(いま)だ本迹の名言(みょうごん)()ださず。(いわ)や三大秘法の名言を出ださんをや。開目抄の中には広く五段の教相を明かし、専ら本迹を判ずと(いえど)(ただ)『本門寿量の文底秘沈』と云って、(なお)未だ三大秘法の名言を明かさず。撰時抄の中には『天台未弘(みぐ)の大法、経文の(おもて)顕然(けんねん)なり』と判ずと雖も、(しか)も浄・禅・真の三宗を破して、未だ三大秘法の名義(みょうぎ)を明かさず。(しか)るに(いま)当抄の中に於て、通じて諸宗の謗法を折伏し、別して真言の誑惑(きょうわく)責破(しゃくは)し、(まさ)しく本門の三大秘法を顕わす。これ(すなわ)ち大事の中の大事なり。故に『大事の大事』と云うなり。()が祖は是れを(もつ)て即ち師恩報謝に()したもうなり」(御書文段379頁)
と仰せであります。
 つまり、本抄が「大事の中の大事」たる所以(ゆえん)について、『立正安国論』あるいは『開目抄』『撰時抄』と比較され、本抄には本門の三大秘法が顕されている故であるとおっしゃっているのであります。

 次に、本抄の題号について申し上げますと、日寛上人は「文段』に、
 「この抄の題号は即ち二意を含む。所謂(いわゆる)通別なり。通は()わく、四恩報謝の報恩抄、別は謂わく、師恩報謝の報恩抄なり」(同頁)
とおっしゃっております。すなわち、本抄の題号には通・別の二意がありまして、通じて言えば、父母・師匠・三宝・国王の四恩報謝のためであり、別して言えば、師匠の恩に対する報謝であると御指南あそばされております。
 つまり、本抄で示される四恩と『四恩抄』の四恩には相違がありますが、本抄においては、今も申し上げましたように、父母の恩・師匠の恩・三宝の恩・国王の恩を四恩として挙げておられます。一方、『四恩抄』には、一切衆生の恩・父母の恩・国王の恩・三宝の恩を挙げられております。すなわち、本抄においては『四恩抄』の一切衆生の恩に代わって師匠の恩を挙げておられますが、これは本抄が師匠である故道善房への師恩報謝のために認められたからであります。
 また、本抄におきましては一切衆生の恩を合して父母の恩のなかに置き、四恩とされておりますけれども、その所以について『法蓮抄』に、
 「六道四生の一切衆生は皆父母なり」(御書815頁)
と仰せであります。すなわち、衆生が三世にわたって三界六道の生死(しょうじ)を絶え間なく繰り返す、その生命流転の相から見れば、一切衆生が父母であることになりまして、父母の恩を報ずることは一切衆生の恩を報ずることになると仰せあそばされているのであります。
 次に、別して言えば「師の恩報謝の報恩抄なり」と仰せの如く、本抄は師恩報謝のために認められたものであります。すなわち、旧師・道善房の逝去を(いた)み、その報恩謝徳のために認められ、(かさ)が森と道善房の御基前で読ましめたものであります。したがって、総結の文には、
 「花は根にかへり、真味は土にとどまる此の功徳は故道善房の聖霊(しょうりょう)の御身にあつまるべし」(同1037頁)
とおっしやっているのであります。

 本文におきましては、最初に通じて四恩、すなわち父母の恩、師匠の恩、三宝の恩、国王の恩を報じ、別して旧師・道善房の恩を報ずべきであることを明かされております。そして、大恩を報ずるためには必ず仏法を習い(きわ)めて智者となることが肝要であり、そのためには出家して一代聖教(しょうぎょう)を学ばなけれはならないとされております。
 しかし、一代聖教を学ぶ名鏡となるべき十宗、すなわち倶舎(くしゃ)成実(じょうじつ)・律・法相(ほつそう)・三論・真言・華厳・浄土・禅・天台法華の各宗が、それぞれ自宗の正当性を主張しているために、いずれが仏様の本意か解らない。そこで各宗の教義を挙げて、一代聖教のなかでは法華経が最勝であり、法華経の肝心は題目にあることを示され、さらに末法の人即法・法即人、つまりその本尊と戒壇と題目の三大秘法を整足して明かされているのであります。
 なかんずく、大聖人様は真言密教を破折されまして、天台座主でありながら真言に転落した慈覚と智証については、まことに厳しく破折されております。
 そして最後に、三大秘法を流布し、一切衆生を救済することが、師の大恩に報ずる道であることを明かされているのであります。
 以上、簡単に題号あるいは大意について申し上げましたが、次に、ただいま拝読いたしました御文についてお話をしたいと思います。

 まず初めに「我等凡夫はいづれの師なりとも信ずるならば不足あるべからず。仰いでこそ信ずべけれども日蓮が愚案()れがたし」と仰せであります。
 この御文以下は、前段におきまして各宗の者達がそれぞれ自宗を自讚していたのを受け、当家の正しい判断を明かされているのであります。
 ですから初めに、我ら凡夫は、いずれの師であっても信ずるに不足はない。したがって、いずれの師を信ずるもよし、ただ仰いでその教えに従うべきであろう。しかし、そのようなことでは日蓮の疑いは晴れない、とおっしやっているのであります。これは、信心はどれも皆、同じであって、何を信じてもよいと思っている偏見を破折しているのであります。
 よく世間でも「分け登る (ふもと)の道は 多けれど 同じ高嶺(たかね)の 月を見るかな」という歌を引き合いに出して、それぞれの宗教あるいは宗派は別であっても、宗教の目的は同じなのだから、どの宗派でもよいと主張する者がいます。また「宗論は どちらが負けても 釈迦の恥」などと言う者もいます。しかし、これはあくまでも俗話でありまして、全く現実とは違います。したがって、これを根拠にして宗教の正邪を論ずることは、まことにもって不適切であり、そういうことはできないということであります。

 そこで大聖人様は、仏教だけでなく、一切の宗教あるいは思想を比較検討して、その高低・浅深(せんじん)を判断する規範の原理として、五重相対の法門を説かれております。これは『開目抄』において示された、大聖人様独自の教判であります。
 この五重相対の法門とは、内外相対・大小相対・権実相対・本迹相対・種脱相対の五つであります。これによって浅きより深きへ向かって勝劣を判じ、日蓮大聖人様の三大秘法の仏法が最高の教えであることを論証されているのであります。
 まず内外相対というのは、内道すなわち仏教と、外道つまり仏教以外の教えとを比較したものであります。内道が三世にわたる生命の因果の法則を正しく説き明かした教えであるのに対しまして、外道はこうした生命の因果を知らず、全くもって因縁・因果を無視したものであります。したがって当然、内道が勝れ、外道が劣るということになります。
 次の大小相対は、大乗教と小乗教とを比較したものであります。小乗教は初期の阿含時におけるもので、自己の解脱のみを目的とし、一切の煩悩を断じ尽くして再び三界六道へ還らないことを究極の理想としております。これは少数の衆生のみを救済の対象とする教えでありますから、自利・利他の両者を満たして多くの衆生を得脱させる大乗教が勝れているとするのであります。
 したがって、大聖人様は『(おと)御前御消息』に、
 「小乗経と申す経は世間の小船のごとく、わづかに人の二人三人等は()すれども百千人は乗せず。(たと)ひ二人三人等は乗すれども、此岸(しがん)()けて彼岸(ひがん)へは行きがたし。又すこしの物をば()るれども、大なる物をば入れがたし。大乗と申すは大船なり」(同895頁)
と示され、成仏という目的地まで大勢の人を安全に連れていくには、その乗り物は大きくて完全なものでなけれはならない、つまり大乗でなければならないとおっしやっているのであります。
 次が権実相対でありますが、権大乗と実大乗との比較であります。権大乗の権という字には「()り」という意味があります。 つまり、法華経以外の大乗の教えは仮りに説かれた教えであり、法華経こそが実の教え、実大乗教なのであります。
 権大乗教においては、例えば二乗、女人、悪人等は成仏できないと説かれております。これは階位の次第・浅深を立てる歴劫(りゃつこう)修行の教えでありまして、そこに差別があります。
 大聖人様は、このことについて『開目抄』に、
 「(ただ)し仏教に入りて五十余年の経々、八万法蔵を(かんが)へたるに、小乗あり大乗あり、権経あり実経あり、顕教・密経、軟語(なんご)麁語(そご)、実語・妄語、正見・邪見等の種々の差別あり。但し法華経(ばか)り教主釈尊の正言なり。三世十方の諸仏の真言なり」(同526頁)
と仰せられまして、釈尊一代五十年の説法のうちで法華経こそが真実の教えであり、それ以外の経教は法華経に導くために説かれた方便の教えであると断ぜられております。したがって、実教と権教を対比すれば、仮の教えは劣るのであります。
 次に本迹相対が説かれます。本迹相対というのは、法華経の本門と迹門とを比較したものであります。
 迹門では、諸法実相を示して二乗作仏が説かれ、一切衆生の成仏が可能であるという理が示されましたけれども、いまだ始成(しじょう)正覚(しょうかく)の義を残しており、仏様の本因・本果・本国土の実証が明かされておりません。したがって、事の一念三千の法門と久遠(くおん)実成(じつじょう)を説いておらず、本門を純円至極の教えとするならば、迹門はそれに及ばないということであります。
 されば、大聖人様は『治病人小権実違目』のなかで、
 「法華経に又二経あり。所謂(いわゆる)迹門と本門となり。本迹の相違(そうい)は水火・天地の違目(いもく)なり。例せば爾前と法華経との違目よりも(なお)相違あり」(同1236頁)
と、法華経と爾前経の差よりも、本迹の差はもっと大きいとおっしやっているのであります。
 そして最後が種説相対でありまして、これは寿量品文底下種益の法門と文上脱益の法門を比較したものです。
 釈尊在世の衆生は過云世に種々の善行を積んだ本己有善(うぜん)の衆生であります。それらは文上脱益の法門によって成仏ができますけれども、末法の衆生は過去世になんの善行もない本未有善の衆生でありますから、熟脱の三益を具えた文底下種益の南無妙法蓮華経を信受する以外に、即身成仏することはできないのであります。したがって、末法今時(こんじ)では下種益の妙法蓮華経が勝れ、脱益が劣るということになります。
 『開目抄』には、
 「一念三千の法門は(ただ)法華経の本門寿量品の文の底にしづ()めたり」(同526頁)
と仰せであり、また『観心本尊抄』には、
 「在世の本門と末法の初めは一同に純円なり。(ただ)し彼は脱、(これ)(しゅ)なり。彼は一品二半、此は但題目の五字なり」(同656頁)
と説かれております。
 以上のように、仏法には勝劣・浅深があり、時に合った教えでなければ成仏をしないのであります。すなわち、末法の我ら衆生は文底下種の南無妙法蓮華経を信じて、初めて即身成仏ができると仰せられているのであります。

 次に、本文に戻りまして、「世間をみるに各々我も我もといへども国主は(ただ)一人なり、二人となれば国土おだ()やかならず」と仰せであります。この御文は、前の御文を受けて、世間のことにしても国主はただ一人であり、ニ人の王がいると、その国は穏やかではない。同じように、一家に二人の主人があっては、必ずその家は減びてしまう、とおっしやっているのであります。
 これは、増一阿含経のなかにも、
 「一国の中にも亦二王無し。一仏の境界にニの尊号無し」
とあり、また五経のなかの一つであります『礼記(らいき)』には、
 「天にニ日無し。()にニ王無し」
と説かれております。
 さらに大聖人様は『法蓮抄』に、
 「天にニ日なし」(御書816頁)
とおっしやっており、また『三種教相事』のなかでは、
 「民にニ主無く国にニ王無し」(同79頁)
と明言されております
 すなわち、国王は一国に一人であるべきで、もし国王がニ人もいれば、その国は必ず乱が起き、結果、滅び去ることは必定である。同様に、一家に二人の主人がいれば、その家が滅びることは間違いないとおっしやっているのであります。
 されば『真言見聞』のなかには、
 「涅槃経の三十五に云はく『(われ)処々の経の中に於て説いて言はく、一人出世すれば多人利益(りやく)す。一国土の中に二の転輪王(てんりんおう)あり。一世界の中に二仏出世すといはゞ()(ことわり)有ること無し』文。大論の九に云はく『十方恒河沙(ごうがしゃ)三千大千世界を名づけて一仏世界と()す。是の中に(さら)余仏(よぶつ)無し。実には(ひとり)釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)なり』文。記の一に云はく『世に二仏無く国に二主無し。一仏の境界に二の尊号無し』文。持地(じじ)(ろん)に云はく『世に二仏なく国に二主なし。一仏の境界に二の尊号なし』文。」(616頁)
と、涅槃経あるいは『大智度論』『文句記』『持地論』を挙げて、まさしく一仏の境界にニ仏は絶対に存在しないとおっしやっております。
 しこうして、その一仏とは、末法今時においてはまさしく宗祖日蓮大聖人様のことであり、大聖人様こそが末法の一切衆生救済の御本仏にましますのであります。

 次に「一切経も又かくのごとくや有るらん。(いづ)れの経にてもをはせ一経こそ一切経の大王にてはをはすらめ」とおっしやっております。
 これは、一国に二人の王様がいれば、必ず争乱が起きて減びることは必定である。王様は一人でなければその国は穏やかではない。 一切経もまたこれと同じであって、数多の経があるなかで、いずれかの一経のみが、 一切経のなかの大王の教えなのである、とお示しであります。つまり最高は、二つでもなく、三つでもなく、ただ一つしかないのです。たくさんのお経があったにしても、ただ一つのお経が一切経の王でなければならないと仰せられているのです。
 なかんずく、 一切経のなかにおいて唯一最高の教えとは、申すまでもなく法華経であります。このところが解らない邪宗の者達が、それぞれの経を挙げて「我れ勝れたり」と言っているのであります。
 したがって『開目抄』には、
 「但し仏教に入りて五十余年の経々、八万法蔵を勘へたるに、小乗あり大乗あり、権経あり実経あり、顕教・密経、軟語・麁語、実語・妄語、正見・邪見等の種々の差別あり。但し法華経計り教主釈尊の正言なり。三世十方の諸仏の真言なり。大覚世尊は四十余年の年限を指して、其の内の恒河の諸経を未顕真実、八年の法華は要当説真実と定め給ひしかば、多宝仏大地より出現して皆是真実と証明す。分身の諸仏来集して長舌を梵天に付く。此の言赫々たり、明々たり。晴天の日よりもあきらかに、夜中の満月のごとし。仰いで信ぜよ、伏して懐ふべし」(同526頁)
とおっしやっております。
 この御文中、まさに法華経ばかりが教主釈尊の「正言」、正しい言葉であり、三世十方の諸仏の「真言」、真実の言葉である。大覚世尊は四十余年の年限を指して、そのなかの数多い諸経を「未顕真実」、 いまだ真実を顕していないお経であるとし、八年にわたって説かれた法華経は「要当説真実」、まさにこれから真実を説くと定め給うたので、多宝仏が大地より出現して「皆是真実」と証明 したのだと仰せであり、この仰せをよくよく拝する必要があります。
 このなかに「長舌を梵天に付く」という御文がありましたが、長舌というのは、釈尊が結要付嘱に当たって現じた十種の神力、これを十神力と申しますけれども、その第一であります。すなわち、梵天まで届く長い舌を出すことでありまして、これは仏様の不妄語を表している意味があります。
 また『衆生身心御書』には、
 「法華経と申すは随自意と申して仏の御心をとかせ給ふ。仏の御心はよき心なるゆへに、たといしらざる人も此の経をよみたてまつれば利益はかりなし。麻の中のよもぎ・つゝの中のくちなは・よき人にむつぶもの、なにとなけれども心もふるまひも言もなをしくなるなり。法華経もかくのごとし。なにとなけれどもこの経を信じぬる人をば仏のよき物とをぼすなり」(同1212頁)
とおっしやっております。
 解りやすく言いますと、法華経というお経は随自意と言って、仏の自らの悟りをそのままに説かれた真実の教えである。仏の御心は、もとよりすばらしい心であるから、たとえ法華経の理を知らない人であっても、この法華経を読み奉れば御利益は計り知れない。例えば、麻のなかに生えた蓬。あるいは簡の中に入った蛇がまっすぐになり、善人と親しくなる者が、おのずとも心も行いもまっすぐになるようなものである。法華経もまた、このようなものであって、ほかに特別なことはなくても、法華経を信じている人を、仏様は善き者と思われるのである、ということであります。
 つまり、法華経の功徳の勝れたることを、かくの如く御教示あそばされまして、法華経こそが「諸経中王」、諸経のなかの王様の教えであるとおっしやっているのであります。

 次に「(しか)るに十宗七宗まで各々諍論(じょうろん)して随はず。国に七人十人の大王ありて、万民をだ()やかならじ、いかんがせんと疑ふところに一つの(がん)を立つ」と卸せてありますが、これは前の「何れの経にてもをはせ一経こそ一切経の大王にてはをはすらめ」の御文を受けて、現実には十宗も七宗もあって、互いに「我れこそ第一である」「我れ勝れたり」と主張し、言い争っている。それはちょうど、一国に七人も十人もの大王がいて、互いに勢力を争うために、万民が穏やかでないのと同じである。こうした事情を知っては、各々の教えに勝手に従うわけにはいかない。いかにすればよいかと考えた末に、一つの願いを立てたのである、とおっしやっているのです。
 ちなみに、ここに「十宗七宗」とおっしやっておりますけれども、これは、倶舎宗・成実宗・律宗・法相宗・三論宗・華厳宗の南都六宗と、平安時代の天台宗と真言宗、そして鎌倉時代の浄土宗と禅宗という十の宗派のことを「十宗」と言われております。そして、この十宗のなかから倶舎宗と成実宗、法相宗を除いたものを「七宗」と言われております。ただし、この数え方は色々とありまして、必ずしも同じではありませんが、一つの例として御理解いただければと思います。

 次に「(われ)八宗十宗に随はじ。天台大師の(もっぱ)ら経文を師として一代の勝劣をかんがへしがごとく一切経を開きみるに、涅槃経と申す経に云はく「法に依って(にん)に依らざれ」等云云。依法(えほう)と申すは一切経、不依人と申すは仏を除き奉りて(ほか)普賢(ふげん)菩薩・文殊(もんじゅ)師利(しり)菩薩乃至(かみ)()ぐるところの(もろもろ)の人師なり」と仰せであります。
 ここで言う「八宗」というのは、倶舎宗・成実宗・律宗・法相宗・三論宗・華厳宗の南都六宗に、天台宗と真言宗を加えたものと思われます。
 この御文の意味は、我れは、これら八宗、十宗には従わない。天台大師が仏の説かれた経文を師匠として釈尊一代五十年の経々の勝劣を判じたように、 一切経について仏の本意を見極めようと思って一切経を開いたところ、涅槃経には「法に依って人に依らざれ」、依法不依人とある。その「依法」の法とは、仏の説かれた一切経である。また「不依人」、人に依らざれの人とは、いかなる人かと言えば、仏様以外の普賢菩薩や文殊菩薩、あるいは前に挙げたところの諸々の人師達である、とおっしやっているのであります。
 この御文中の「法に依って人に依らざれ」というのは、もともと涅槃経の法の四依の御文であります。
 この四依と申しますのは、四つの依りどころとするものでありまして、法の四依・人の四依・行の四依・説の四依の四つがあります。このうち、行の四依と説の四依は在世の者のための四依であり、法の四依と人の四依は減後の者のための四依であります。したがって、末法においては人・法の四依用いるということであります。なかんずく、当抄におきましては、このうちの法の四依について御教示をあそばされているのであります。
 初めに「依法不依人」、法に依って人に依らざれ、ということがあります。これは、修行する人は教えそのものを依りどころとし、教えを説く人に依ってはならない、という意味であります。
 それから「依義不依語」、義に依って語に依らざれ、てあります。これは、 教えの意義に従って、表面の語に囚われてはならない、ということであります。
 三番目が「依智不依識」、智に依って識に依らざれ、ということであります。真の智慧、つまりそれは仏の智慧でありますが、その仏の智慧に依って、凡人の知識や感情といった、判断を誤りやすい凡人の知恵に依ってはならないとおっしやっているのです。
 それから最後が「依了義経不依不了義経」、了義経に依って不了着経に依らざれ、です。これは、仏法の道理が完全かつ顕了に説き尽くされ、筋道が明瞭で、はっきりしている了義経に依って、そうでない不了義経に依ってはならない、とおっしやっているのであります。
 要するに、ここの御文では依法不依人と、仏法の正邪は法の正邪によって決するもので、人によって決まるべきものではないと言っているのであります。
 されは、大聖人様は『唱法華題目抄』のなかで、
 「仏の遺言に依法不依人と説かせ給ひて候へば、経の如くに説かざるをば、何にいみじき人なりとも御信用あるべからず候か」(御書225頁)
とおっしやっており、これは、どんなに人が立派であったとしても、法に従わなけれはだめだという意味であります。ですから、どんなに立派な人の言葉なりとも、それだけを信用するのではなく、あくまでも仏様を信ずることが大事なのであります。

 次に「此の経に又云はく『了義経に依って不了義経に依らざれ』等云云。此の経に指すところ了義経と申すは法華経、不了義経と申すは華厳経・大日経・涅槃経等の()今当(こんとう)の一切経なり」とありますが、これは、先に法の四依のうちの依法不依人について仰せられたのに続いて、了義経に依って不了義経に依らざれについて説かれております。
 この了義経というのは法華経のことで、不了義経というのは華厳経や大日経など、法華経より以前に説かれた爾前の経々、およひ法華経よりのちに説かれた涅槃経など、 已今当の経々のことであるとおっしやっております。
 了義経と不了義経について、先程の『唱法華題目抄』には、
 「依了義経・不依不了義経と説かれて候へば、愚癡の身にして一代聖教の前後浅深を弁へざらん程は了義経に付かせ給ひ候へ。了義経・不了義経も多く候。阿含小乗経は不了義経、華厳・方等・般若・浄土の観経等は了義経。又四十余年の諸経を法華経に対すれば不了義経、法華経は了義経。涅槃経を法華経に対すれば、法華経は了義経、涅槃経は不了義経。大日経を法華経に対すれば、大日経は不了義経、法華経は了義経なり。故に四十余年の諸経並びに涅槃経を打ち捨てさせ給ひて、法華経を師匠と御憑み候へ」(同頁)
と、甚深の御指南をあそばされております。
 すなわち、四十余年の諸経は真実の教えに導くために説かれた仮りの教えであり、方便の経である。これらは、真実の道理を直接はっきりと説かない経なるが故に、了義経ではないという意味で、不了義経と言い、法華経ひとりが了義経であるとおっしやっているのであります。
 そもそも、この不了義経というのは、直接、仏法の極理を説き明かさず、衆生の機根に合わせて説いた教えであります。だから、真実の教えへ誘引する方便の経教のことであります。よって、不了義経は義を了していないとの意で、仏法の真義を明白に顕していないことを言うのであり、了義経は真実・究竟の仏法の道理を直接、完全に説き顕し尽くされている経典のことであります。
 また、先程「已今当の一切経」とありましたが、法華経法師品のなかに、
 「我が所説の経典、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於て、此の法華経、最も為れ難信難解なり」(法菫経325頁)
とあります。天台大師は『法華文句』に、この文を釈されまして、
 「已説とは爾前四十余年の諸経、今説とは無量義経、当説とは涅槃経を言う」 (学林版文句会本中 643頁趣意)
と説かれております。これを已今当の三説と言い、この三説に超過した法華経を三説超過の法華経と言うのであります。
 よって渼第初心成仏せには、
 「法華より外の経には全く已今当の文なきなり。已説とは法華より已前の四十余年の諸経を云ひ、今説とは無量義経を云ひ、当説とは涅槃経を云ふ。此の三説の外に法華経計り成仏する宗なりと仏定め給へり」(御書1307頁)
と仰せであります。すなわち、已今当の三説に超過した法華経が、釈尊一代聖教の最高・最勝の経であり、教えであると明示されているのであります。

 次に「されば仏の遺言を信ずるならば専ら法華経を明鏡として一切経の心をば()るべきか」と示され、それ故に仏の遺言通りに信ずるならば、一切経の王たる法華経を明鏡として一切経の本意を知るべきであると仰せられております。
 『破良観等御書』にも、
 「法華経は一代の一切経の中の王たるのみならず、三世十方の一切の諸仏の諸説の中の大王なり。例せば大梵天王のごときんば諸の小王・転輪王・四天王・釈王・魔王等の一切の王に勝れたる大王なり。金剛頂経と申すは真言教の頂王、最勝王経と申すは外道・天・仙等の経の中の大王、全く一切経の中の頂王にはあらず。法華経は一切経の頂上の宝珠なり」(同1076頁)
と仰せられております。これは、ほかのお経も最勝であるとか色々と言っているけれども、それらはみんな法華経に対すれは全く劣っているのであり、まさに法華経こそが「一切経の頂上の宝珠なり」 、つまり一切経の頂上の教え、すなわち最尊・最勝の教えである、という意味であります。

 次に「随って法華経の文を開き奉れば『此の法華経は諸経の中に於て最も其の上に在り』等云云」と仰せですが、この御文以下は、まさしく法華経の明文によって一代諸経の勝劣を判じているのであります。
 初めに、法華経を拝しますと安楽行品に、
 「此の法華経は、諸仏如米の秘密の蔵なり、諸経の中に於て、最も其の上に在り」(法華経399頁)
と説かれています。この御文について、総本山第二十六世日寛上人は『報恩抄文段』に、
 「文にいう『諸経の中に於て最も其の上に在り』とは、所謂『諸経』とは今日一代並びに十方三世の諸仏の諸経の中に、法華経最第一なり。故に『最も其の上に在り』というなり」(御書文段387頁)
と、法華経が諸経中、最高の経典であることを御指南あそばされております。
 したがって『新池殿御消息』には、
 「如来の聖教に随他意・随自意と申す事あり。譬へば子の心に親の随ふをば随他意と申す。親の心に子の随ふをば随自意と申す。諸経は随他意なり、仏一切衆生の心に随ひ給ふ故に。法華経は随自意なり、一切衆生を仏の心に随へたり。諸経は仏説なれども、是を信ずれば衆生の心にて永く仏にならず。法華経は仏説なり、仏智なり。一字一点も深く信ずれば我が身即ち仏となる」(御書1365頁)
と述べられ、まさしく法華経こそが一切衆生成仏得道の要法であると、甚深の御指南をあそばされております。

 次に「此の経文のごとくば須弥山(しゅみせん)(いただき)帝釈(たいしゃく)(おる)るがごとく、輪王(りんのう)の頂に如意(にょい)宝珠(ほうじゅ)のあるがごとく、衆木(しゅぼく)の頂に月のやどるがごとく、 諸仏の頂上に肉髻(にくけい)の住せるがごとく、此の法華経は華厳経・大日経・涅槃経等の一切経の頂上の如意(にょい)宝珠(ほうじゅ)なり」と仰せでありますけれども、この御文はまさしく、法華経が諸経中、最勝のお経であることおっしやっております。
 すなわち法華経について、初めには、心にある須弥山の頂上に、仏法守護の善神たる帝釈天がおられるようにと示されます。
 二番目には、四天下を統率し、正法もって世を治める転輪聖王の頂には、一切の願いがかなうという、不思議な如意宝珠があるようにとあります。
 三番目には、多くの木の上に月が高く、くっきりと現れるようにとあります。
 四番目は、諸仏の頂きに仏の三十ニ相の一つである肉髻、これは髻のような形の隆起した肉塊があるのでありますが、その肉髻があるようにとあります。
 そして、この四つのように、法華経こそが華厳経、大日経、涅槃経等の頂上に居するところの如意宝珠であるとおっしやっているのであります。
 この如意宝珠というのは、意のままに宝物や衣服、あるいは食物を取り出すとのできる宝の珠で、仏様や経典の威徳の人きいこと表しているのであります。『大智度論』には、仏舎利の変じたものであるとか、あるいは竜王の脳中から出たものなどと示され、また『観仏三昧経』には金翅鳥の心臟が変したものと説かれるなど、色々な説がありますが、いずれにしても優れたものという意味で捉えられております。

 次に「されば専ら論師・人師をすてヽ経文に依るならば大日経・華厳経等に法華経の勝れ給へることは、日輪の青天に出現せる時、(まなか)あきらかなる者の天地を見るがごとく高下(こうげ)宛然(おんねん)なり」とおっしやっております。
 それ故に、経文を解釈して通訳書を作ったり、論蔵に通暁した論師や、人の師匠として敬うに足るとされる人師などの説に従わないで、直ちに経文に依るならば、法華経が大日経や華厳経に勝れていることは、ちょうど太陽が青空に輝き渡る時、天地の高下が判るように、はっきりするのであるとおっしやっているのであります。
 要するに、涅槃経および法華経の明文によって、法華経が最も勝れたお経であることを示され、法華経を鏡として一切経の心を知るべきであると言っておられるのであります。

 次に「又大日経・華厳経等の一切経をみるに此の経文に相似(そうじ)の経文一字一点もなし。或は小乗経に対して勝劣をとかれ、或は俗諦(ぞくたい)に対して真諦(しんたい)をとき、或は諸の(くう)()に対して中道をほめたり。譬へば小国の王が我が国の臣下に対して大王というがごとし。法華経は諸王に対して大王等と云云」と仰せであります。
 つまり、大日経や華厳経などの一切経を見ると、法華経の勝れた文に以たような経文は一つもない。それらの経々では、あるいは小乗経に対して大乗経の勝劣を説いたり、あるいは俗諦に対して真諦の勝れたるを説く、つまり世間の事相よりも仏法が勝れていることを説く。あるいは万有は皆、空であって、何一つ不変・固定的なものはないと説く空諦や、一切の現象は因縁が和合して仮りに存在すると説く仮諦に対して、絶体真実の道理たる中道が勝れることを説くに過ぎない。例えは、小国の王が、自分の国の臣下に対して大王と言うようなものである。それと違って法華経は、諸王に対する大王のようなものである。つまり、王様の位取りが違うということであります。法華経は、諸経の小王に対して大王と言うのであり、最高に勝れていることを示しているとおっしやっているのであります。

 次に「但涅槃経(ばか)りこそ法華経に相似(そうじ)の経文は候へ。されば天台已前の南北の諸師は迷惑して、法華経は涅槃経に(おと)ると云云」と卸せです。
 この御文は、 涅槃経には一往、法華経に相似の文があることを示されております。すなわち涅槃経を見ますと、法華経によく以ている経文を見ることができ、その故に、天台大師以前の南北の十師はそれに迷って、法華経は涅槃経に劣るなどと言い出したのであります。
 「南北の諸師」というのは、南三北七の十師のことでありまして、中国の南北朝時代に仏教の宗派が十派ありました。揚子江を中心に、南に三つ、北に七つあり、それを南三北七と言うのであります。
 このうち南地の三師とは、一に三時教の岌、ニに四時教の宗愛法師、三に五時教の僧柔・慧次・慧観を言います。それから北地の七師とは、一に五時教の地論師、ニに半満二教の菩提流支、三に四宗教の光統法師、四に五宗教の某師、五に六宗教の某師、六にニ種大乗教の北地禅師、七に一音教の北地禅師であります。
 天台人師は、これら南三北七の邪義を『法華玄義』で徹底的に破折され (学林版法華玄義会本ー下607頁)、五時八教を立てられたのてあります。
 五時八教というのは、華厳・阿含・法等・般若・法華涅槃の五時と、釈尊の説法を教化の方法・形式から分けた頓・漸・秘密・不定の化儀の四教、それから説法の内容から分けた蔵通別円、三蔵教と通教と別教と円教という化法の四教のことを言います。

 次に「されども専ら経文を開き見るには無量義経のごとく華厳・阿含・方等・般若等の四十余年の経々をあげて、涅槃経に対して我が()勝るととひて、又法華経に対する時は「是の経の出世は乃至法華の中の八千の声聞(しょうもん)記莂(きべつ)(さず)くることを得て大果実を成ずるが如く、秋収(しゅうしゅう)冬蔵(とうぞう)して更に所作無きが如し」等云云。我と涅槃経は法華経には劣るととける経文なり」と仰せです。
 涅槃経の文意を素直に拝見するならば、無量義経に説かれているように、 華厳・阿含、方等、般若等の四十余年の諸経を涅槃経と比較すれば、涅槃経は四十余年の爾前経に勝れていると説かれております。けれども、法華経と涅槃経とを比取すると、涅槃経に「この経の説かれた所以は、法華経のなかで八十の声聞が未来に成仏するという記別を得たのは、言わば秋に収穫した果実を、冬に収蔵するようなものてで、この涅槃経はさらになすべきことはなく、そのあとの落ち穂を拾うようなものである」と説かれている。つまり、釈尊自ら涅槃経は法華経に劣ると説いているのだと仰せられているのであります。
 そもそも涅槃経は、釈尊が究極の法である法華経を説いたのちに、入減に臨んて説かれたお経であります。ですから、この涅槃経は、法華経の会座より退去した五千人の増上慢の者をはじめ、釈尊一代の教化に漏れ、成仏できなかった人のために説かれたものであります。したがって、法華経が一切衆生を成仏せしめることを、秋の収穫・大収に譬えるのに対して、涅槃経はそのあとの落ち穂拾い・捃拾に譬えられるのであります。
 涅槃経には、仏身が常住であることや仏説には隔てのないことなとが説かれ、「一切衆生悉有仏性」の教義が示されております。このことから、天台大師は法華経の「一切衆生皆成仏道」と説かれる教理と同じとして、涅梁経を法華経と同じ第五時に配しているのであります。しかし、涅槃経には爾前権教の内容も重ねて説かれていることから、 純円無雑の法華経と比較すれば、涅槃経は法華経より劣るのであります。

 次に「かう経文は分明(ふんみょう)なれども南北の大智の諸人の迷ふて有りし経文なれば、末代の学者()く能く眼をとヾ()むべし。此の経文は(ただ)法華経・涅槃経の勝劣のみならず、十方世界の一切経の勝劣をも()りぬべし」と仰せであります。
 つまり、このように経文には明らかにその勝劣が説かれているけれども、中国の南三北七の大智者達も迷ったほどであるから、末代今日の学者達は、よくよく心を留めて熟読しなければならない。この経文は、ただ法華経と涅槃経の勝劣を説いているばかりでなく、これによって十方世界の一切経の勝劣をも知ることができるのである、とおっしやっているのであります。

 次に「(しか)るを経文にこそ迷ふとも天台・妙楽(みょうらく)伝教(でんぎょう)大師の御れうけん(料簡)の後は(まなこ)あらん人々は()りぬべき事ぞかし。(しか)れども天台宗の人たる慈覚・智証すら(なお)此の経文にくら()し、いわ()うや余宗の人々をや」と仰せであります。
 これは、世の学者達が経文を正しく読みきれないで迷うのは仕方がないとしても、天台大師、妙楽大師、伝教大師が「経文の意は、かくの如し」と、諸経の勝劣を厳然と示されたあとは、それを了知しなければならない。しかれども、驚くべきことに天台宗の人たる慈覚とか智証といった人達でさえ、この経文の真意を理解できなかったのであるから、ましてや他宗の人々が迷うのは当然と言うべきであろうか、とおっしやっているのであります。
 以上、大日経や華厳経、その他の一切経には最勝の義はなく、また涅槃経も法華経の最勝なるを説くことを明らかにして、中国の南三北七の十師および日本の慈覚や智証らの誤れること、さらに天台、妙楽、伝教が正意を得たることを挙げて、いよいよ正法流布に精進するように勧められているのであります。
 このなかの「慈覚」というのは、延暦寺の第三代の座主であります。延暦寺は伝教大師が開かれたお寺でありますから、法華経を主とするはずでありますけれども、慈覚は伝教大師の弟子でありながら真言宗義に傾倒して、大日経第一、法華経第二、諸経第三という間違った教判を立てたのであります。
 また、第五代の「智証」は入唐(にっとう)して天台山で勉強してきたのでありますけれども、真言密教にかぶれて帰ってきて比叡山に入り、そこで密教灌頂(かんじょう)を行ったのです。これは、どういうことかと言うと、 インドで国王の即位や立太子の時に、水をその頭の頂きに注ぎかける儀式があったのです。密教灌頂はそれにならった真言の儀式で、そういった謗法を行う人間になってしまったのであります。

 では、時間が来ましたから、ここまでで終わりにいたします。
 既に皆さんも御承知の通り、今、宗門は僧俗一致・異体同心し、来たるべき令和三年の宗祖日蓮大聖人御聖誕百年をお迎えしようとしております。法華講員八十万人体勢の構築は、かねて私達が御宝前に固く誓った約束でありますから、私達は全力を傾注して、なんとしてでもこの誓願を達成しなければなりません。
 大聖人様は、
 「つたな()き者のならひは、約束せし事を、まことの時はわするゝなるべし」(御書574頁)
と仰せであります。誓願を見事、達成して、大御本尊様の御照覧を仰ぎ奉ることができるか、あるいは誓願を達成できずに、まさに「つたなき者」として、悔いを万代に残すか、まさにこれからの戦いが大事であります。
 誓願を達成するためには、まず講中が一結すること、そして講中の全員が異体同心して折伏に立ち上がることであります。そうすれば、必ず誓願は達成できます。
 したがって、誓願が達成できないということは、講中が一結していない、講中が立ち上がっていないということです。大聖人様の御意のままに信心をしていないならば、そこに功徳はありません。このことを私達は深く考えて、残り一年余、全員が折伏のために戦っていただきたいと思います。このことを念願いたしまして、本日の法話といたします。
(文責在大日蓮編集室)