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(★476㌻) 一昨日見参に罷り入り候の条悦び入り候。 抑人の世に在る誰か後生を思はざらん。仏の出世は専ら衆生を救はんが為なり。爰に日蓮比丘と成りしより、旁法門を開き、已に諸仏の本意を覚り、早く出離の大要を得たり。其の要は妙法蓮華経是なり。一乗の崇重三国の繁昌、儀眼前に流る、誰か疑網を貽さんや。 而るに専ら正路に背きて偏に邪途を行ず。然る間聖人国を捨て善神瞋りを成し、七難並び起こりて四海閑かならず。方今世悉く関東に帰し、人皆土風を貴ぶ。就中日蓮生を此の土に得たり。豈吾が国を思はざらんや。仍って立正安国論を造りて故最明寺入道殿の御時、宿屋の入道を以て見参に入れ畢んぬ。而るに近年の間、多日の程、犬戎浪を乱し、夷敵を伺ふ。先年勘へ申す所、近日普合せしむる者なり。彼の太公の殷の国に入りしは西伯の礼に依る。張良の秦朝を量りしは漢王の誠を感ずればなり。是皆時に当たりて賞を得たり。謀を帷張の中に回らし、勝つことを千里の外に決せし者なり。 |
一昨日、見参したことを喜ばしく思っている。 そもそもこの世で生きている人で、誰か後世を思わない者があろうか。仏が世に出でられたのは、専ら衆生を救うためであった。ここに日蓮は比丘となってからこのかた、種々の法門を学び、すでに諸仏の本意を覚り、早く出離の大要をえたのである。その要とは妙法蓮華経である。法華一乗の妙法は、三国にわたって崇重され、したがって三国が繁昌したことは眼前に明らかなことであって、誰かこれを疑う者があろうか。 しかるに人々は専ら法華経の正しい路に背いて、偏に法華経以外の邪な途を行っている。したがって、聖人は国を捨て去り、善神は瞋りをなし、七難が並び起こって、四海は穏やかでない。 今、世はことごとく関東に帰し、人々は皆、武士の風を貴んでいる。とりわけ日蓮はこの国に生を受けて、どうして我が国のことを思わないでいられようか。そのために立正安国論を述作して、故最明寺入道殿に、宿屋入道を通して見参に入れたのである。 しかるに近年の間、しばしば西戎蒙古国は牒状を届けて、我が国を窺っている。先年に勘え提出した立正安国論の予言と全く符合したのである。 かの太公望が殷の国に攻め入ったのは、西伯が礼をもって迎えたからであり、張良が謀をめぐらして秦の国を亡ぼしたのは、漢の高祖の誠意に感じたからである。これらの人は皆、その当時にあって、賞を得ている。謀を帷帳の中に回らし、千里の外に勝利を決した者である。 |