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(★1564㌻) 法華経二の巻に云はく「其の人命終して阿鼻獄に入らん」云云。阿鼻地獄と申すは天竺の言、唐土日本には無間と申す。無間はひまなしとかけり。一百三十六の地獄の中に一百三十五はひま候。十二時の中にあつけれども、又すゞしき事もあり。たへがたけれども、又ゆるくなる時もあり。此の無間地獄と申すは十二時に一時かた時も大苦ならざる事はなし。故に無間地獄と申す。此の地獄は此の我等が居て候大地の底、二万由旬をすぎて最下の処なり。此世間の法にも、かろき物は上に、重き物は下にあり。大地の上には水あり、地よりも水かろし。水の上には火あり、水よりも火かろし。火の上に風あり、火よりも風かろし。風の上に空あり、風よりも空かろし。人をも此の四大を以て造れり。悪人は風と火と先づ去り、地と水と留まる。故に人死して後、重きは地獄へ堕つる相なり。善人は地と水と先づ去り、重き物は去りぬ。軽き風と火と留まる故に軽し。人天へ生まるゝ相なり。地獄の相重きが中の重きは無間地獄の相なり。 |
法華経第二の巻の譬喩品にいわく「法華経誹謗の人は命終えて阿鼻地獄に入るであろう」と。阿鼻地獄というのはインドの言葉で中国および日本では無間という。無間は間断無しとの意である。地獄には一百三十六の地獄があり、そのなかの一百三十五は苦しみに間断がある。一日のほとんどが熱いといってもしばらく涼しいこともある。その苦は堪え難いけれども、緩やかなときもある。だがこの無間地獄というのは、一日中で一時、片時も大苦でないことはない。故に無間地獄というのである。この無間地獄はわれらの住んでいる大地の底・二万由旬をすぎて最も下の処にある。この世間の法則でも軽い物は上に重き物は下にある。大地の上には水がある。大地よりも水は軽いからである。水の上には火があり、水よりも火は軽い。火の上に風があり、火は風より軽い。風の上に空があり、風よりも空は軽いのである。人間もこの地水火空の四大で造られている。悪人は風と火とがまず去ってしまい地と水とが留まる故に、人が死んでのちに重いのは地獄へ堕ちた相である。善人は地と水とがまず去って風と火が留まる。重き物は去り軽き物い留まる故にその遺体は軽い。これは人界・天界へ生まれる相なのである。地獄の相は重いが、そのなかでも最も重いのは無間地獄の相である。 |
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(★1565㌻) 彼の無間地獄は縦横二万由旬なり。八方は八万由旬なり。彼の地獄に堕つる人々は一人の身大いにして八万由旬なり。多人も又此くの如し。身のやはらかなる事綿の如し。火のこわき事は大風の焼亡の如し、鉄の火の如し。詮を取って申さば、我が身より火の出づる事十三あり。二の火あり、足より出でて頂をとをる。又二の火あり、頂より出でて足をとほる。又二の火あり。背より入りて胸に出づ。又二の火あり、胸より入りて背へ出づ。又二の火あり、左の脇より入りて右の脇へ出づ。又二の火あり、右の脇より入りて左の脇へ出づ。亦一の火あり、首より下に向かひて雲の山を巻くが如くして下る。此の地獄の罪人の身は枯れたる草を焼くが如し。東西南北に走れども逃げ去る所なし。他の苦は且く之を置く。大火の一苦なり。此の大地獄の大苦を仏委しく説き給ふならば、我等衆生聞きて皆死すべし。故に仏委しくは説き給ふ事なしと見えて候。 |
彼の無間地獄は縦横二万由旬であり八方では八万由旬である。この無間地獄に堕ちた人々は身体が大きくなり八万由旬になる。多人数でも同じである。身体が柔らかくなることは綿のようであり、火の強いことは大風に吹かれて焼亡するようなものであり、鉄火のようなまのである。詮じつめていえば我が身より火の出すことに十三ある。まず二つの火があり、この火は足から出て頭の頂を通り抜ける。また二つの火があって頭から出て足に抜ける。また二つの火があり、この火は背中から入って胸より出る。また二つの火があり、この火は胸より入り背中に抜ける。また二つの火があり、この火は左の脇から入って右の脇へ抜ける。また二つの火があり、この火は右の脇から入って左の脇へ出る。また一つの火があり、この火は頭から下に向かって入り、雲が山を巻くようにおりる。そのためこの地獄の罪人の身体は枯れた草を焼くようなもので、罪人がこの猛火をさけようとして東へ西へ南へ北へと走るけれどもれど逃げ去るところがない。以上はこの罪人の受ける他の苦をまず置いて大火の一苦だけを述べたものである。この阿鼻地獄の大苦を仏が委しく説くならば、われわれ衆生は聞いていて驚き皆死んでしまうゆえに、仏は委しく説くことはないとみえるのである。 |
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今日本国の四十五億八万九千六百五十八人の人々は皆此の地獄へ堕ちさせ給ふべし。されども一人として堕つべしとはおぼさず。例せば此の弘安四年五月以前には、日本の上下万人一人も蒙古の責めにあふべしともおぼさゞりしを、日本国に只日蓮一人計り、かゝる事此の国に出来すべしとしる。其の時日本国四十五億八万九千六百五十八人の一切衆生一人もなく他国に責められさせ給ひて、其の大苦は、譬へばほうろくと申す釜に水を入れて、ざっこと申す小魚をあまた入れて、枯れたるしば木をたかむが如くなるべしと申せばあらおそろし、いまいまし、打ちはれ、所を追へ、流せ、殺せ、信ぜん人々をば田はたをとれ、財を奪へ、所領をめせと申せしかども、此の五月よりは大蒙古の責めに値ひてあきれ迷ふ程に、さもやと思ふ人々もあるやらん。にがにがしうしてせめたくはなけれども、有る事なればあたりたり、あたりたり、日蓮が申せし事はあたりたり。ばけ物のもの申す様にこそ候めれ。 |
今、日本国の四百五十八万九千六百五十八人の人々は皆この地獄に堕ちるであろう。ところが誰一人として地獄へ堕ちるとは思っていないのである。たとえばこの弘安四年五月以前には日本の上下万人が一人も蒙古の責めに値うとは思っていなかったのを、日本のなかで日蓮一人だけが、蒙古の来襲がこの日本国に起こることを予知していたのである。そのときに日本国の四百五十八万九千六百五十八人の一切衆生は一人も残らず、他国に責めたてられて、その大苦は譬えていえば焙烙という釜に水を入れ雑魚という小魚を沢山入れて、それを枯れた柴木で煮焚なるといったところ「日蓮は実に恐ろしい、実に忌々しい彼を打て、所を追い出せ、島流しにせよ、殺してしまえ、彼を信ずる者の田畑を取り上げよ、財産を奪え、所領を没収せよ」といっていたが、この五月からは大蒙古の責めに値って予言の的中にあきれ迷うようになったので、なかには「ほんとうにその通りかも知れない」と思う人々もあるだろう。非常に不愉快なことであるから、いいたくはないが、事実なので予言はあたったのである。日蓮が日ごろからいっていたことがあたったのである。だがいままで反対してきた謗法の者は、日蓮がいうことを化け物がいっているようにおもっているであろう。 |
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去ぬる承久の合戦に、隠岐の法皇の御前にして京の二位殿なんどと申せし何もしらぬ女房等の集まりて、 (★1566㌻) 王を勧め奉り、戦を起こして義時に責められ、あはて給ひしが如し。今御覧ぜよ。法華経誹謗の科と云ひ、日蓮をいやしみし罰と申し、経と仏と僧との三宝誹謗の大科によて、現生には此の国に修羅道を移し、後生には無間地獄へ行き給ふべし。此又偏に弘法・慈覚・智証等の三大師の法華経誹謗の科と、達磨・善導・律僧等の一乗誹謗の科と、此等の人々を結構せさせ給ふ国主の科と、国を思ひ生処を忍びて兼ねて勘へ告げ示すを用ひずして還って怨をなす大科、先例を思へば、呉王夫差の、伍子胥が諌めを用ひずして越王勾践にほろぼされ、殷の紂王が、比干が言をあなづりて周の武王に責められしが如し。 |
去ぬる承久の合戦のときに、隠岐の法皇の前で京の二位・藤原兼子などというなにも知らない女官達が集まって、法皇をそそのかして合戦を起こし、かえって北条義時に打ち破られ、あわてたようなものである。 現在をよくよく見なさい。法華経を誹謗した科といい、日蓮を卑しんだ罰といい、経である法華経と仏と僧の三宝を誹謗した大科によって、現世にはこの国に修羅道を現出し、後生には無間地獄に堕ちゆくであろう。これはまた偏に真言宗の弘法、慈覚、智証の三人の法華経を誹謗した科と、禅宗の達磨・念仏宗の善導・律宗の僧等の一乗誹謗の科と、これらの邪僧悪侶を増長させた国主の科と、国を思い生地を大事にして、かねてから諫暁しているのを用いないで還って怨を為す大科によるものである。これらの大科は、先例を思えば、呉王の夫差が伍子胥の諌言を用いないで越王の勾践にほろぼされ、殷の紂王が比干の忠言をあなどって周の武王に攻め滅ぼされたようなものである。 |
| 而るに光日尼御前はいかなる宿習にて法華経をば御信用ありけるぞ。又故弥四郎殿が信じて候ひしかば子の勧めか。此の功徳空しからざれば、子と倶に霊山浄土へ参り合はせ給はん事、疑ひなかるべし。烏竜と云ひし者は法華経を謗じて地獄に堕ちたりしかども、其の子に遺竜と云ひし者、法華経を書きて供養せしかば、親、仏に成りぬ。又妙荘厳王は悪王なりしかども、御子の浄蔵・浄眼に導かれて、沙羅樹王仏と成らせ給ふ。 | しかしながら光日尼御前はいかなる宿習によって法華経を信ずるようになったのであろうか。また亡くなった弥四郎殿が法華経を信じていたので、その子の勧めによってであろうか。法華経を信じた功徳はないわけがないのであるから、子の弥四郎殿と共に霊山浄土へ参って会うことは疑いないことである。烏竜という者は法華経を誹謗して地獄に堕ちたけれども、その子の遺竜が法華経を書写して供養したので、親の烏竜は成仏したのである。また妙荘厳王は邪見の王であったが、その子浄蔵と浄眼に導かれて、娑羅樹王仏と成ったのである。 | |
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其の故は子の肉は母の肉、母の骨は子の骨なり。松栄ゆれば柏悦ぶ、芝かるれば蘭なく。無情の草木すら友の喜び友の歎き一つなり。何に況んや親と子との契り、胎内に宿して九月を経て生み落とし、数年まで養ひき。彼にになはれ、彼にとぶらはれんと思ひしに彼をとぶらふうらめしさ、後如何があらんと思ふこゝろぐるしさ。いかにせん、いかにせん。子を思ふ金鳥は火の中に入りにき。子を思ひし貧女は恒河に沈みき。彼の金鳥は今の弥勒菩薩なり。彼の河に沈みし女人は大梵天王と生まれ給ふ。何に況んや今の光日上人は子を思ふあまりに法華経の行者と成り給ふ。母と子と倶に霊山浄土へ参り給ふべし。其の時の御対面いかにうれしかるべき、いかにうれしかるべき。 八月八日 光日上人御返事 |
その理由は子の肉体は母の肉体より生じたもので同じであり、母の骨は子の骨と同じで親子は一体のゆえである。松が栄えれば柏が悦ぶ、芝がかれれば蘭はなくといわれる。非情の草木ですら友の喜び、友の歎きは一体なのである。ましてや親と子との宿縁はそれ以上ではないか。母は胎内に子を宿して九ヵ月を経て出産し数年の間養育してきた。老後はその子に荷われ、死後も追善を営んでもらえるだろうと思っていたのに、逆に子の弥四郎を弔うこの悲しさ、わが子は今どうしているだろうかと思う心の苦しさは一体どうしたらよかろうか。子を思う金鳥は子を助けるために火の中に入って一命を捨てた。子を思う貧女は最後まで子を守ってガンジス河に沈んだ。だが彼の金鳥は今の弥勒菩薩であり、ガンジス河に沈んだ貧女は大梵天王と生まれたのである。ましてや今の光日上人はわが子を思うあまり法華経の行者となったのである。よって必ず母と子共に霊山浄土へ参ることができよう。そのときの対面はどんなにか嬉しいことであろう。どんなに嬉しいことであろう。 八月八日 日蓮花押 光日上人御返事 |