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(★1528㌻) 鵞目一貫文送り給び了んぬ。 御心ざしの候へば申し候ぞ。よくふかき御房とおぼしめす事なかれ。 仏にやすやすとなる事の候ぞ、をしへまいらせ候はん。人のものををしふると申すは、車のおもけれども油をぬりてまわり、ふねを水にうかべてゆきやすきやうにをしへ候なり。仏になりやすき事は別のやう候はず。旱魃にかわけるものに水をあたへ、寒氷にこゞへたるものに火をあたふるがごとし。又、二つなき物を人にあたへ、命のたゆるに人のせにあふがごとし。 |
銭一千文を送っていただいた。 真心の御供養があったので申しあげるのである。欲深い御房と思われることのないよう。 仏にたやすく成る道がある。教えて差し上げよう。人がものを教えるというのは、車が重かったとしても油を塗ることによって回り、船を水に浮かべて行きやすくなるように教えるのである。仏に成りやすい道というのは特別なことではない。旱魃のときに喉の渇いた者に水を与え、寒さに凍えた者に火を与えるようにすることである。また二つとない物を人に与え、(それをなくしては自分の)命が絶えるときにも人に布施することである。 |
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金色王と申せし王は其の国に十二年の大旱魃あて、万民飢え死ぬ事かずをしらず。河には死人をはしとし、陸にはがいこつをつかとせり。其の時金色大王、大菩提心ををこしておほきに施をほどこし給ひき。 (★1529㌻) |
金色王という王は、その国に十二年間にわたる大旱魃があって、万民が飢え死にすること数知れず、川には死人を橋とし、陸には骸骨を塚とするような状態であった。その時、金色大王は大菩提心を起こして大いに布施をされた。 | |
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せすべき物みなつきて、蔵の中にたゞ米五升ばかりのこれり。大王の一日の御くごなりと、臣下申せしかば、大王五升の米をとり出だして、一切の飢えたるものに、或は一りう二りう、或は三りう四りうなんど、あまねくあたへさせ給ひてのち、天に向かはせ給ひて、朕は一切衆生のけかちの苦にかはりてうえじに候ぞと、こゑをあげてよばはらせ給ひしかば、天きこしめして甘露の雨を須臾に下し給ひき。この雨を手にふれ、かをにかゝりし人、皆食にあきみちて、一国の万民、せちなのほどに命よみがへりて候ひけり。 |
布施すべき物が皆尽きて、蔵の中にただ米が五升ばかり残った。「大王の一日分の御食事です」と臣下が申し上げたところ、大王は五升の米を取り出して、一切の飢えた者に、或いは一粒二粒、或いは三粒四粒などというようにあまねく与えられた後、天に向かわれて「我は一切衆生の飢えの苦しみに代わって飢え死にするであろうぞ」と声を上げて叫ばれたところ、天はこれを聞かれて甘露の雨を即座に降らされた。この雨が身に触れ顔にかかった人は、皆食べ物に飽きるほど満ち足りて、一国の万民は瞬時のうちに命が蘇ったのである。 |
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| 月氏国にす達長者と申せし者は、七度貧になり、七度長者となりて候ひしが、最後の貧の時は万民皆にげうせ、死にをはりて、たゞめおとこ二人にて候ひし時、五升の米あり。五日のかつてとあて候ひし時、迦葉・舍利弗・阿難・羅・羅・釈迦仏の五人、次第に入らせ給ひて、五升の米をこひとらせ給ひき。其の日より五天竺第一の長者となりて、園精舍をばつくりて候ぞ。これをもてよろずを心へさせ給へ。 | インドの国の須達長者という者は七度貧乏になり、七度長者となったが、最後の貧乏の時は万民が皆逃げ去り死に絶えて、ただ夫婦二人だけになってしまった。その時、五升の米があった。五日分の食料に充てようとしていた時、迦葉・舎利弗・阿難・羅睺羅・釈迦仏の五人が次々に入ってこられて五升の米を乞われたので差し上げた。その日から全インド第一の長者になって祇園精舎を造ったのである。これをもって、万事をわきまえなさい。 |
| 貴辺はすでに法華経の行者に似させ給へる事、さるの人に似、もちゐの月に似たるが如し。あつはらのものどものかくをしませ給へる事は、承平の将門、天喜の貞任のやうに此の国のものどもはおもひて候ぞ。これひとへに法華経に命をすつるゆへなり。またく主君にそむく人とは天御覧あらじ。其の上わづかの小郷にをほくの公事せめにあてられて、わが身はのるべき馬なし、妻子はひきかゝるべき衣なし。 | あなたがすでに法華経の行者に似ておられることは、猿が人に似、餅が月に似ているようなものである。熱原の者達をあなたが大事にされていることに対して、承平年間の平将門や天喜年間の安倍貞任のようであると、この日本国の者達は思っている。これはひとえに法華経に命をすてるゆえであって、全く主君に背く人とは、天は御覧にならないであろう。そのうえ、わずかの小郷に多くの公事を課せられて、自身は乗るべき馬もなく、妻子は着るべき衣もない。 | |
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かゝる身なれども、法華経の行者の山中の雪にせめられ、食ともしかるらんとおもひやらせ給ひて、ぜに一貫をくらせ給へるは、貧女がめおとこ二人して一つの衣をきたりしを乞食にあたへ、りだが合子の中なりしひえを辟支仏にあたへたりしがごとし。たうとし、たうとし。くはしくは又々申すべし。恐々謹言。 十二月二十七日 日蓮花押 上野殿御返事 |
そのような身であるけれども、法華経の行者が山の中で雪に責められて、食物も乏しいことであろうと思いやられて銭一貫文を送られたことは、貧しい女が夫婦二人で一つの衣を着ていたのを乞食に与え、利吒が器の中にあった稗を辟支仏に与えたようなものである。尊いことである。尊いことである。詳しくは、またまた申し上げよう。恐恐謹言。 十二月二十七日 日蓮花押 上野殿御返事 |