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(★1474㌻) こう入道殿の尼ごせんの事、なげき入って候。又こいしこいしと申しつたへさせ給へ。 |
国府入道殿の尼御前のこと、嘆き入っています。また、恋しく恋しく思っていると伝えてください。 |
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鵞目一貫五百文・のり・わかめ・ほしい、しなじなの物給び候ひ了んぬ。法華経の御宝前に申し上げて候。法華経に云はく「若し法を聞く者有らば一として成仏せざること無し」云云。文字は十字にて候へども法華経を一句よみまいらせ候へども、釈迦如来の一代聖教をのこりなく読むにて候なるぞ。故に妙楽大師云はく「若し法華を弘むるには凡そ一義を消するも皆一代を混じて其の始末を窮めよ」等云云。始と申すは華厳経、末と申すは涅槃経。華厳経と申すは仏最初成道の時、法慧・功徳林等の大菩薩、解脱月菩薩と申す菩薩の請に趣いて仏前にてとかれて候。其の経は天竺・竜宮城・兜率天等は知らず、日本国にわたりて候は六十巻・八十巻・四十巻候。末と申すは大涅槃経、此も月氏・竜宮等は知らず、我が朝には四十巻・三十六巻・六巻・二巻等なり。此より外の阿含経・方等経・般若経等は五千・七千余巻なり。此等の経々は見ずきかず候へども、但法華経の一字一句よみ候へば、彼々の経々を一字もをとさずよむにて候なるぞ。譬へば月氏・日本と申すは二字、二字に五天竺・十六の大国・ (★1475㌻) 五百の中国・十千の小国・無量の粟散国の大地・大山・草木・人畜等をさまれるがごとし。譬へば鏡はわづかに一寸・二寸・三寸・四寸・五寸と候へども、一尺・五尺の人をもうかべ、一丈・二丈・十丈・百丈の大山をもうつすがごとし。 |
鵞目一貫五百文、海苔、わかめ、干飯、品々の御供養の物を確かにいただきました。法華経の御宝前に申し上げました。 法華経第二方便品に「若し法を聞く者が有るならば、一人として成仏しないものはいない」とある。法華経は一句読んだだけでも、釈迦如来の一代聖教を残りなく読むことになるのである。ゆえに妙楽大師は法華玄義釈籖第三に「若し法華経を弘めるには、およそ一義を解釈するにも、皆、一代聖教を引き合わせて、その始末を窮めなければならない」と述べている。 ここで始というのは華厳経、末というのは涅槃経である。華厳経というのは釈迦が最初に成道した時、法慧・功徳林等の大菩薩が、解脱月菩薩という菩薩の請いに応じて、仏前において説かれた経である。その経はインド、竜宮城・兜率天であるかどかは知らないが、日本に伝わったのは、六十巻・八十巻・四十巻の三種類である。 末というのは大涅槃経である。これもインド、竜宮等はともかく、わが国には四十巻・三十六巻・六巻・二巻等の種類がある。これよりほかの阿含経・方等経・般若経等は五千・七千余巻である。これらの経々は見なくても、ただ法華経の一字・一句を読むならば、それらの経々を一字も落とさず読むことになるのである。 譬えば、月氏・日本というのは二字である。この二字のなかに五天竺・十六の大国・五百の中国・十千の小国・無量の粟散国の大地・大山・草木・人畜等がおさまっているようなものである。また譬えば、鏡はわずか一寸・二寸・三寸・四寸・五寸であっても、一尺・五尺の人をも映し、一丈・二丈・十丈・百丈の大山をも映すようなものである。 |
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| されば此の経文をよみて見候へば、此の経をきく人は一人もかけず仏になると申す文なり。 |
それゆえ、この方便品の経文を読んでみると、この法華経を聞く人は、一人も欠けることなく仏になるという文なのである。 |
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九界・六道の一切衆生各々心々かわれり。譬へば二人・三人・乃至百千人候へども一尺の面の内じちににたる人一人もなし。心のにざるゆへに面もにず。まして二人・十人、六道・九界の衆生の心いかんがかわりて候らむ。されば花をあいし、月をあいし、すきをこのみ、にがきをこのみ、ちいさきをあいし、大なるをあいし、いろいろなり。善をこのみ、悪をこのみ、しなじななり。かくのごとくいろいろに候へども、法華経に入りぬれば唯一人の身、一人の心なり。譬へば衆河の大海に入りて同一鹹味なるがごとく、衆鳥の須弥山に近づきて一色なるがごとし。提婆が三逆と羅・羅が二百五十戒と同じく仏になりぬ。妙荘厳王の邪見と舎利弗が正見と同じく授記をかをほれり。此即ち無一不成仏のゆへぞかし。四十余年の内の阿弥陀経等には舎利弗が七日の百万反大善根ととかれしかども、未顕真実ときらわれしかば七日ゆをわかして大海になげたるがごとし。ゐ提希が観経をよみて無生忍を得しかども、正直捨方便とすてられしかば法華経を信ぜずば返りて本の女人なり。 |
九界・六道の一切衆生はおのおの心が異なっているが、譬えば二人・三人・乃至百千人いても、一尺の顔が真に似ている人は一人もいない。心が似ていないから顔も似ないのである。まして二人・十人・六道・九界の衆生の心はいかに異なっていることであろう。それゆえ、花を愛し・月を愛し・酸いものを好み、苦いものを好み、小さいものを愛し、大きいものを愛し、いろいろである。善を好み、悪を好み、さまざまである。 このようにいろいろではあるが、法華経に入ってしまうと、ただ一人の身・一人の心である。譬えば、多くの川の水も大海に入れば同一鹹味となり、多くの色とりどりの鳥も須弥山に近ずけば同じ金色となるよなものである。三逆罪を犯した提婆達多も、二百五十戒を守った羅ゴ羅も同じく仏になった。妙荘厳王のような邪見の者と、舎利弗のような正見の者とが、同じく成仏の授記を受けたのである。これすなわち「一人として成仏しないことはない」のゆえである。 四十余年のうち阿弥陀経等には、舎利弗が、七日間に弥陀の名号を百万遍のを大善根であると説かれたけれども、その阿弥陀仏の教えが、無量義経説法品第二で「四十余年の間は未だ真実を顕していない」ときらわれたので、あたかも七日間湯を沸かして、大海に投げ入れたような無意味なことをしてしまった。また韋提希夫人は観無量寿経を読んで、無生忍の位をを得たけれども、法華経第二方便品で「正直に方便を捨てる」と、観無量寿経が捨てられたので、法華経を信じなければ、もとの女人にかえってしまうのである。 |
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| 大善も用ふる事なし。法華経に値はずばなにかせん。大悪もなげく事なかれ、一乗を修行せば提婆が跡をもつぎなん。此等は皆無一不成仏の経文のむなしからざるゆへぞかし。 | 大善を修めても、法華経に値わなければ、なんの役にも立たない。大悪を犯しても、歎いてばかりいることはない。一乗の法華経を修行すれば、提婆達多が跡を継ぐこともできるであろう。これらは皆、「一人として成仏しないことはない」との経文が虚妄でないからである。 |
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されば故阿仏房の聖霊は今いづくむにかをはすらんと人は疑ふとも、法華経の明鏡をもって其の影をうかべて候へば、霊鷲山の山の中に多宝仏の宝塔の内に、東むきにをはすと日蓮は見まいらせて候。若し此の事そらごとにて候わば、日蓮がひがめにては候はず、釈迦如来の「世尊法久後、要当説真実」の御舌と、 (★1476㌻) 多宝仏の「妙法華経、皆是真実」の舌相と、四百万億那由他の国土にあさのごとく、いねのごとく、星のごとく、竹のごとくぞくぞくとすきもなく列なりゐてをはしましゝ諸仏如来の、一仏もかけ給はず広長舌を大梵王宮に指し付けてをはせし御舌どもの、くぢらの死にてくされたるがごとく、いやしのよりあつまりてくされたるがこどく、皆一時にくちくされて、十方世界の諸仏如来大妄語の罪にをとされて、寂光の浄土の金るりの大地、はたとわれて、提婆がごとく無間大城にかぱと入り、法蓮香比丘尼がごとく身より大妄語の猛火ぱといでて、実報華王の花のその一時に灰じんの地となるべし。いかでかさる事は候べき。 |
それゆえ、亡くなられた阿仏房の聖霊は、今どこにおられるであろうかと人は疑っても、法華経の明鏡をもって、その影を浮かべてみると、霊鷲山の山の中、多宝仏の宝塔の内に、東向きに坐っておられると日蓮は見ているのである。 もしこのことが事実でないならば、日蓮の見違いではない。釈迦如来の「仏は久しく法を説いてから後、要ず当に真実を説くであろう」といわれた御舌と、多宝仏の「妙法蓮華経は皆これ真実である」と証明した御舌と、四百万億那由佗の国土に麻の如く、稲の如く、星の如く、竹の如く、ぞくぞくとすきまもなく列なっておられた諸仏・如来の、一仏も欠けることなく、広長舌を大梵王の宮殿につけ、法華経の真実を証明した御舌と、それらのすべての舌が、鯨が死んで腐ったように、鰯が死んで腐ったように、みな一時に朽ち腐って、十方世界の諸仏・如来は大妄語の罪に堕ちて、寂光の浄土の金や瑠璃の大地は、はたと割れ、提婆達多のように無間大城にどっと堕ち、法蓮香比丘尼のように、身から大妄語の報いの猛火激しく出て、実報土である蓮華蔵世界の花園も、一時に灰燼の地となってしまうであろう。どうしてそのようなことがあろうか。 |
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| 故阿仏房一人を寂光の浄土に入れ給はずば諸仏は大苦に堕ち給ふべし。たゞをいて物を見よ物を見よ。仏のまこと・そら事は此にて見奉るべし。 | 亡くなられた阿仏房一人を寂光の浄土に入れなければ、諸仏は大苦に堕ちるに違いない。よくよく物事の道理を考えなさい。仏の教えが真実であるか、虚妄であるかはこれによって判断していくべきである。 |
| さては、をとこははしらのごとし、女はなかわのごとし。をとこは足のごとし、女人は身のごとし。をとこは羽のごとし、女はみのごとし。羽とみとべちべちになりなば、なにをもってかとぶべき。はしらたうれなばなかは地に堕ちなん。いへにをとこなければ人のたましゐなきがごとし。くうじをばたれにかいゐあわせん。よき物をばたれにかやしなうべき。一日二日たがいしをだにもをぼつかなしとをもいしに、こぞの三月の廿一日にわかれにしが、こぞもまちくらせどもみゆる事なし。今年もすでに七つきになりぬ。たといわれこそ来たらずとも、いかにをとづれはなかるらん。 |
さて、男は柱のようなものであり、女は桁(なかわ)のようなものである。男は足のようなものであり、女は身のようなものである。男は羽のようなものであり、女は身のようなものである。羽と身が別々になったらどうして飛ぶことができようか。柱が倒れたならば桁は地に落ちてしまう。家に男がいなければ、人に魂がないようなものである。 公事を誰と相談するのか。美味な食物があって誰に食べさせるのか。一日二日離れていてさえ心細く思うのに、去年の三月二十一日に死に分かれて、去年一年待ち暮らしていたけれども会うことはなかった。今年もすでに七月となった。たとえ自身は来なくても、どうして音信がないのであろうか。 |
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| ちりし花も又さきぬ。をちし菓も又なりぬ。春の風もかわらず、秋のけしきもこぞのごとし。いかにこの一事のみかわりゆきて、本のごとくなかるらむ。月は入りて又いでぬ。雲はきへて又来たる。この人の出でてかへらぬ事こそ天もうらめしく、地もなげかしく候へとこそをぼすらめ。いそぎいそぎ法華経をらうれうとたのみまいらせ給ひて、りゃうぜん浄土へまいらせ給ひて、みまいらせさせ給ふべし。 |
散った花もまた咲いた。落ちた果もまた成った。春の風も変わらず吹き、秋の景色も去年と同じである。どうしてこの一事だけがかわってしまって、もとのようにならないのであろう。 月は入ってもまた出てくる。雲は消えてもまた来る。この人ばかりが旅立ったままかえらぬことを、天もうらめしく、地もなげかわしいと思っておられることであろう。急ぎ急ぎ、法華経を旅の粮とたのんで、霊山浄土に参って阿仏房にお会いしなさい。 |
| 抑子はかたきと申す経文もあり。「世人子の為に衆の罪を造る」の文なり。鵰・鷲と申すとりはをやは慈悲をもって養へば子はかへりて食とす。梟鳥と申すとりは生まれては必ず母をくらう。畜生かくのごとし。 | そもそも子は敵という経文もある。心地観経に「世の人、子のために多くの罪をつくる」という文がそれである。鵰や鷲という鳥は、親が慈悲をもって養うと、子はかえって親を食とする。梟鳥という鳥は、生まれると必ず母を食う。畜生ですらこのようなものである。 | |
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(★1477㌻) 人の中にも、はるり王は心もゆかぬ父の位を奪ひ取る。阿闍世王は父を殺せり。安禄山は養母をころし、安慶緒と申す人は父の安禄山を殺す。安慶緒は子の史思明に殺されぬ。史思明は史朝義と申す子に又ころされぬ。此は敵と申すもことわりなり。善星比丘と申すは教主釈尊の御子なり。苦得外道をかたらいて度々父の仏を殺し奉らんとす。 |
人の中にも、波瑠璃王は無法にも父の位を奪い、阿闍世王は父を殺した。安禄山は養母を殺し、安慶緒という人は父の安禄山を殺し、安慶緒は又史師明に殺された。史師明は史朝義という子にまた殺された。これでは子を敵というのも道理である。善星比丘という者は教主釈尊の御子である。しかし苦得外道と一味となって、たびたび父である仏を殺そうとした。 |
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又子は財と申す経文もはんべり。所以に経文に云はく「其の男女追って福を修するを以て大光明有りて地獄を照らし其の父母に信心を発こさしむ」等云云。設ひ仏説ならずとも眼の前に見えて候。 |
また子は財という経文もある。心地観経には「その男女が追って福を修するによって、大光明があって地獄を照らし、その父母に信心を発させる」と述べている。たとえ仏の説ではなくても、事実は眼の前にある。 | |
| 天竺に安足国王と申せし大王はあまりに馬をこのみてかいしほどに、後にはかいなれて鈍馬を竜馬となすのみならず牛を馬ともなす。結句は人を馬となしてのり給ひき。其の国の人あまりになげきしかば、知らぬ国の人を馬となす。他国の商人ゆきたりしかば薬をかいて馬となして御まやにつなぎつけぬ。なにとなけれども我が国はこいしき上、妻子ことにこいしく、しのびがたかりしかども、ゆるす事なかりしかばかへる事なし。又かへりたりとも、このすがたにては由なかるべし。たゞ朝夕にはなげきのみしてありし程に、一人ありし子、父のまちどきすぎしかば、人にや殺されたるらむ、又病にや沈むらむ。子の身としていかでか父をたづねざるべきといでたちければ、母なげくらく、男も他国にてかへらず、一人の子もすてゝゆきなば、我いかんがせんとなげきしかども、子ちゝのあまりにこいしかりしかば安足国へ尋ねゆきぬ。 |
インドの安足国王という大王は、非常に馬を好んで飼っているうち、後には飼いなれて、鈍馬を竜馬となすだけでなく、牛を馬ともなした。遂には人を馬に変えて乗った。その国の人があまりに嘆いたので、知らぬ国の人を馬に変えた。他国の商人がその国へ行くと、薬を飲ませて馬にし、厩につないでしまった。 馬にされた商人は、ふつうでも故国は恋しいうえ、妻子は特に恋しく、忍びがたかったけれども、王が許さなかったので帰ることもできなかった。また帰ったとしても、この姿ではどうする術もなかったであろう。ただ朝夕に嘆いているばかりであった。 その頃一人いた子は父が帰るべき時が過ぎても帰らないので、人に殺されたのであろうか。また病にかかって動けないのであろうか。子の身として、なんとしても父の消息を明らかにしないでいられようかと旅立った。母は「夫も他国へ行って帰らず、一人の子も私を捨てて行ってしまったならば、私は、どうしたらよいのであろうか」と嘆いたけれども、子は父の恋しさのまり、安足国へ尋ねていった。 |
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| ある小家にやどりて候ひしかば家の主申すやう、あらふびんや、わどのはをさなき物なり。而もみめかたち人にすぐれたり。我に一人の子ありしが他国にゆきてしにやしけん、又いかにてやあるらむ。我が子の事ををもへば、わどのをみてめもあてられず。いかにと申せば、此の国は大なるなげき有り。此の国の大王あまり馬をこのませ給ひて不思議の草を用ひ給へり。一葉せばき草をくわすれば、人、馬となる。葉の広き草をくわすれば、馬、人となる。近くも他国の商人の有りしを、この草をくわせて馬となして、第一のみまやに秘蔵してつながれたりと申す。 | ある小さな家に泊まっていたところ、家の主人がいうには「ああ、かわいそうに、あなたはまだ年も幼い。しかも顔かたちは人にすぐれている。私にも一人の子がいたが、他国へ行って、死んでしまったのか、またどうしていることか、わが子のことを思えば、あなたを見るにしのびない。なぜかというと、この国には大きな嘆かわしいことがある。この国の大王は馬を好まれるあまり、不思議な草を用いられる。葉の狭い草を食べさせると人が馬となる。葉の広い草を食べさせると馬が人となる。この間も、他国の商人がいたのだが、この草を食べさせて馬と変えて、第一の厩に秘蔵してつながれている」という。 | |
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(★1478㌻) 此の男これをきいて、さては我が父は馬と成りてけりとをもひて返って問ふて云はく、其の馬は毛はいかにとといければ、家の主答へて云はく、栗毛なる馬の肩白くぶちたりと申す。此の物此の事をきゝて、とかうはからいて王宮に近づき、葉の広き草をぬすみとりて、我が父の馬になりたりしに食はせしかば本のごとく人となりぬ。其の国の大王不思議なるをもひをなして、孝養の者なりとて父を子にあづけ、其れよりついに人を馬となす事とゞめられぬ。 |
その子は、これを聞いて、さてはわが父は馬となっていたのだと思って、改めて「その馬の毛並みはなんでしょうか」と問うと、家の主人は「栗毛の馬で肩が白くまだらになっている」と答えた。 このことを聞いて、いろいろ工夫して王宮に近づき、葉の広い草を盗みとって、馬となっているわが父に食べさせると、もとのように人となった。 その国の大王は、このことを聞いて不思議に思い、孝養の者であるとして父を子にかえし、それからはついに人を馬にすることを止められた。 |
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| 子ならずばいかでか尋ねゆくべき。目連尊者は母の餓鬼の苦をすくい、浄蔵・浄眼は父の邪見をひるがえす。此よき子の親の財となるゆへぞかし。 | 子でなければどうして尋ねて行くであろうか。目連尊者は餓鬼道に堕ちた母のの苦を救い、浄蔵・浄眼は父の邪見を改めさせた。これは、善い子が親の財となった例である。 |
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而るに故阿仏聖霊は日本国北海の島のいびすのみなりしかども、後生ををそれて出家して後生を願ひしが、流人日蓮に値ひて法華経を持ち、去年の春仏になりぬ。尸陀山の野干は仏法に値ひて、生をいとい死を願ひて帝釈と生まれたり。阿仏上人は濁世の身を厭ひて仏になり給ひぬ。其の子藤九郎守綱は此の跡をつぎて一向法華経の行者となりて、去年は七月二日、父の舎利を頚に懸け、一千里の山海を経て甲州波木井身延山に登りて法華経の道場に此をおさめ、今年は又七月一日身延山に登りて慈父のはかを拝見す。子にすぎたる財なし、子にすぎたる財なし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。 七月二日 日蓮花押 故阿仏房尼御前御返事 |
しかるに亡くなった阿仏房は、日本国・北海の島の夷の身であった、けれども、後生を恐れて出家し、後生を願っていたが。流人の日蓮に値って法華経を持ち、去年の春・仏になった。陀山の野干は仏法に値って、生をきらい、死を願って帝釈と生まれた。阿仏上人は濁世の身をきらって仏になられた。 その子藤九郎守綱は、この跡を継いで、一向に法華経の行者となり、去年は七月二日に父の遺骨を首にかけ、一千里の山海をこえて甲州・波木井の身延山に登って法華経の道場にこれを納め、今年はまた七月一日に身延山に登って、慈父の墓に詣でた。子にすぎた財はない。子にすぎた財はない。南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。 七月二日 日蓮花押 故阿仏房尼御前御返事 |
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追申 絹の染め袈裟一つまいらせ候。豊後房に申さるべし。既に法門日本国にひろまりて候。北陸道をば豊後房なびくべきに学生ならでは叶ふべからず。九月十五日已前にいそぎいそぎまいるべし。 かずの聖教をば日記のごとくたんば房にいそぎいそぎつかわすべし。山伏房をばこれより申すにしたがいて、これへはわたすべし。山伏ふびんにあたられ候事悦び入って候。 |
追伸 絹の染袈裟一つを差し上げます。豊後房にお話しください。すでに法華経の法門は日本国に弘まった。北陸道をば豊後房が弘めていくべきであるが、学問がなければかなうことではない。九月十五日以前に急ぎ急ぎ身延へ参りなさい。 多くの聖教を、送っていただいた日記のように、丹波房に持たせ急ぎ急ぎ遣わしてください。山伏房をこちらから申した通りの方法で、この身延へよこしてください。山伏房をふびんに思って扱ってくださったこと、悦びいっています。 |