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(★1436㌻) 白米一 一切の事は時による事に候か。春は花、秋は月と申す事も時なり。仏も世に |
白米を一駄、お送りいただいた。 一切の事は時によるのである。「春は花・秋は月」という事も、時をいっているのである。仏も世に出現されたのは法華経のためであったけれども、四十余年は説かれなかった。そのわけを法華経方便品には「説時未だ至らざるの故に」等と説かれている。 |
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夏に厚綿の小袖、冬に帷をいただくことはうれしいことではあるが、冬の小袖、夏の帷にすぎることはない。飢えている時の金、渇している時の御料はうれしいことであるが、飢えた時の飯や、渇している時の水に過ぎることはない。土の餅を差し上げた童子は仏となり、玉を上げた人が地獄へ堕ちたというのは、この、時をわきまえなかったということである。 | |
| 日蓮は日本国に生まれて (★1437㌻) |
日蓮は日本国に生まれて、人を惑わしたことも、盗みをしたこともなく、世間の失は一切ない。末法の法師としては過失の少ない身であるのに、文を好む王の世には武は捨てられ、色好みの者には正直者が憎まれるように、念仏と禅と真言と律を信ずる時代に生まれあわせて、法華経を弘めたので、王臣や万民に憎まれ、あげくにこの山中の身となった。このうえは、諸天がどのようにはかられるのであろうか。 | |
| 五尺の 十二月廿七日 日蓮 花押 上野殿御返事 |
(冬には)五尺(約1.5m)もの雪が積もり、もともと人の通わない山道は塞がり、訪ねてくる人もいない。衣服も薄くて寒さを防ぐこともできない。食物も絶えて生命もすでに尽きようとしている時に、生命(死)を妨げるご訪問、一たびは喜び、一たびは歎かわしく思う。食べる物も着る物もなく、いっそ、一度に思い切って飢えて死のうと覚悟をきめていた時に、白米をお送りいただいたことは、消えかけた灯に油を注がれたようなものである。なんと尊く、めでたい御志であろうか。法華経が定めて御はからい給われたのであろうか。恐恐謹言。 十二月廿七日 日蓮 花押 上野殿御返事 |