右衛門大夫殿御返事 弘安二年一二月三日 五八歳
別名『報宗仲書』
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抑久しく申し承らず候の処に御文到来候ひ畢んぬ。殊にあをきうらの小袖一、ぼうし一、をび一すぢ、鵞目一貫文、くり一篭たしかにうけとりまいらせ候。
当今は末法の始めの五百年に当たりて候。かゝる時刻に上行菩薩御出現あつて、南無妙法蓮華経の五字を日本国の一切衆生にさづけ給ふべきよし経文分明なり。又流罪死罪に行なはるべきよし明らかなり。日蓮は上行菩薩の御使ひにも似たり、此の法門を弘むる故に。神力品に云はく「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」等云云。此の経文に斯人行世間の五の文字の中の人の文字をば誰とか思し食す、上行菩薩の再誕の人なるべしと覚えたり。経に云はく「我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし、是の人仏道に於て決定して疑ひ有ること無けん」云云。貴辺も上行菩薩の化儀をたすくる人なるべし。
十二月三日 日蓮花押
右衛門大夫殿御返事