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(★1429㌻) はるかにみまいらせ候はねば、をぼつかなく候。たうじとてもたのしき事は候はねども、むかしはことにわびしく候ひし時より、やしなわれまいらせて候へば、ことにをんをもくをもひまいらせ候。それについては、いのちはつるかめのごとく、さいわいは月のまさり、しをのみつがごとくとこそ、法華経にはいのりまいらせ候へ。さてはえち後房・しもつけ房と申す僧を、いよどのにつけて候ぞ。しばらくふびんにあたらせ給へと、とき殿には申させ給へ。恐々謹言。 十一月廿五日 日蓮花押 富城殿女房尼御前 いよ房は学生になりて候ぞ。つねに法門きかせ給び候へ。 |
はるかに遠く離れてお会いすることができないので、尼御前の御病気のことを心配している。今でも楽をしているわけではないが、むかし、とくに不自由であった時から御供養をお受けしてきたので、まことに恩の深い方であると思っている。 それにつけても、いのちは鶴亀のように、幸福は月の満ち、潮のみちるようにと、法華経に祈りなさい。 さて、越後房と下野房を伊予房につけておいた。しばらくの間、めんどうをみてくださるように、富木殿に申していただきたい。 十一月廿五日 日蓮花押 富城殿女房尼御前 伊予房(日頂)は立派な学生になった。つねに法門を聞かれるがよい。 |