富城殿女房尼御前御書 弘安二年一一月二五日 五八歳

 

(★1429㌻)
 はるかにみまいらせ候はねば、をぼつかなく候。たうじとてもたのしき事は候はねども、むかしはことにわびしく候ひし時より、やしなわれまいらせて候へば、ことにをんをもくをもひまいらせ候。それについては、いのちはつるかめのごとく、さいわいは月のまさり、しをのみつがごとくとこそ、法華経にはいのりまいらせ候へ。さてはえち後房・しもつけ房と申す僧を、いよどのにつけて候ぞ。しばらくふびんにあたらせ給へと、とき殿には申させ給へ。恐々謹言。
  十一月廿五日        日蓮花押
 富城殿女房尼御前
 いよ房は学生になりて候ぞ。つねに法門きかせ給び候へ。
 
 はるかに遠く離れてお会いすることができないので、尼御前の御病気のことを心配している。今でも楽をしているわけではないが、むかし、とくに不自由であった時から御供養をお受けしてきたので、まことに恩の深い方であると思っている。
 それにつけても、いのちは鶴亀のように、幸福は月の満ち、潮のみちるようにと、法華経に祈りなさい。
 さて、越後房と下野房を伊予房につけておいた。しばらくの間、めんどうをみてくださるように、富木殿に申していただきたい。
  十一月廿五日        日蓮花押
 富城殿女房尼御前
 伊予房(日頂)は立派な学生になった。つねに法門を聞かれるがよい。