両人御中御書  弘安二年一〇月二〇日  五八歳

 

(★1406㌻)
 大国阿闍梨・ゑもんのたいう志殿等に申す。故大進阿闍梨の坊は各々の御計らひに有るべきかと存じ候に、今に人も住せずなんど候なるはいかなる事ぞ。ゆずり状のなくばこそ人々も計らひ候はめ。くはしくうけ給はり候へば、べんの阿闍梨にゆづられて候よしうけ給はり候ひき。又いぎあるべしともをぼへず候。それに御用ゐなきは別の子細の候か。其の子細なくば大国阿闍梨・大夫殿の御計らひとして弁阿闍梨の坊へこぼちわたさせ給ひ候へ。心けんなる人に候へば、いかんがとこそをもひ候らめ。弁の阿闍梨の坊をすりして、ひろくもらずば、諸人の御ために御たからにてこそ候はんずらむめ。ふゆはせうまうしげし。もしやけなばそむと申し、人もわらいなん。このふみついて両三日が内に事切って、各々の御返事給び候はん。恐々謹言。
  十月廿日                      日蓮花押
 両人御中
   ゆづり状をたがうべからず。
 
 大国阿闍梨日朗、右衛門大夫志宗仲殿等に申し上げる。
 故大進阿闍梨が住していた坊は、あなた方が処置されたと思っていたのに、今もって人も住していないというのはどうしたことなのか。
 もし譲り状がなければ、いろいろ皆で相談もするであろう。ところが、詳しく承ってみれば、譲り状では、弁の阿闍梨日昭に譲られてあると聞いている。また、それについてそれについて、特に異議があるとも思われない。あなた方が今日まで譲り状を用いないのは別のわけがあるのか。もし、別のわけがなければ、大国阿闍梨日朗と大夫殿のお計らいとして、弁の阿闍梨日昭へ壊してわたしなさい。弁の阿闍梨日昭は心の賢い人であるから、どうしたわけかと思っているであろう。
 弁の阿闍利梨の坊を修理して広くし、雨も漏らないようにすれば、参詣の諸人のためにも、貴重なものになると思われる。冬は火事で家が焼亡することが多い。もし、無人の坊が火事で焼けたりしたら損害であることはいうまでもなく、人の物笑いとなるであろう。
 この手紙が着き次第、両三日の間に一切を落着させて各々こちら(大聖人)に返事をください。恐恐謹言。
  十月廿日          日蓮花押
 両人御中
  故人の譲状に相違してはならない。