故阿仏房讃歎御書 弘安二年三月以降 五十八歳

 

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 方便現涅槃而実不滅度ととかれて、八月十五夜の満月の雲にかくれてをはするがごとく、いまだ滅し給はず候なれば、人こそ雲にへだてられてみまいらせず候とも、月は仏眼・仏耳をもってきこしめし御ら□□らむ。其の上故阿仏房は一心欲見仏の者なり。あに臨終の時釈迦仏を見まいらせ□□□□む。其の上
 
 法華経の如来寿量品第十六に「方便現涅槃 而実不滅度」と説かれているように、仏は我々を目覚めさせるための手段として涅槃され、八月十五夜の満月の雲にかくれているがごとくいまだ滅していない。人は雲に隔てられて月(仏)を見ることができなくとも、月(仏)は仏眼・仏耳をもってご覧になっている。その上、故阿仏房殿は、「一心欲見仏」のものである。かならず、臨終のときに、釈迦仏に見参されているに違いない。