大白法・平成18年11月1日刊(第704号より転載)御書解説(140)―背景と大意

松野殿後家尼御前御返事(1354頁)

 

 一、御述作の由来

 本抄は、弘安二(1279)年三月二十六日、大聖人様が五十八歳の御時に、身延より駿河国(するがのくに)()(はら)(ごおり)松野(現在の静岡県庵原郡富士川町)に住む松野六郎左衛門入道殿の女房に与えられた御消息です。宛名に「後家(ごけ)(あま)()(ぜん)」とあるように、夫の六郎左衛門入道殿は、弘安元年十一月に逝去しています。

 後家尼御前は、六郎左衛門尉、および六老僧の一人である(れん)()()(じゃ)()(にち)()、上野殿母尼御前(南条時光殿の母)の母君(ははぎみ)に当たる方です。

 本抄は、後家尼御前が身延の大聖人様のもとへ御供養を申し上げたことに対する御返事ですが、本抄の末尾に、

未だ見参にも入らず候人の、かやう(斯様)に度々御を()づれのはん()べるはいかなる事にや、あやしくこそ候へ

と仰せのように、たびたび大聖人様に御供養を奉っているものの、使者を通してのものか、未だ大聖人様にお目にかかっていません。しかしながら、大聖人様は法華経の行者を守護される尼御前の不思議な因縁と信心を称えられると共に、真心からの御供養を非常に喜ばれ、「一眼(いちげん)の亀の(たと)え」を示されて、末法の法華経の行者を供養する功徳の偉大さを説かれています

 

 二、本抄の大意

 初めに、法華経『安楽行品』の文を挙げて、法華経は無量の国土において名字をも聞くことが難しく、さらに題目を唱えることは(まれ)であると述べられます。それは、ちょうど一眼の亀が()(もく)の穴に()うことの難きに譬えられ、さらには法華経に値うことはできても、法華経を信受して題目を唱えることの難しさを、譬えの内容と併せて具体的に説明されています。

 続いて、釈尊が法華経を説いた後、聖徳太子が日本に初めて法華経を弘めたことを述べられ、読む人、説く人、供養する人、持つ人は多くいるものの、口に題目を唱える人は誰一人としていないと仰せです。

 そのような中で大聖人様は、初めて題目を唱え出だされたことで、上下万民によって悪名を流布され、(ざん)()罵詈(めり)(とう)(じょう)の難を受け、流罪の身となったが、法華経を身をもって読むことができたことにより、法悦の念が全身にあふれたことを()(れき)されます。

 最後に、

父母にあらざれば誰か問ふべき

と述べられて、後家尼御前のたびたびの御供養と便りに対して、深い感謝の意を表して、結びの言葉とされています。

 

 三、拝読のポイント

 一眼の亀の譬え

 本抄で説かれる「一眼の亀の譬え」は、六道輪(ろくどうりん)()の中で人間として生まれ、仏法に巡り値うことが(まれ)であることや、仏法に値えたとしても実教である法華経に値うことは、さらに困難であることを譬えたものです。

 大聖人様はこの譬えをもって、三大秘法の南無妙法蓮華経に値うことは難しく、また値えたとしても、生涯信心を貫き通すことは、さらに困難であることをお示しです。

 またこの譬えは、物事を正しく見ることができない凡夫の迷いの姿を示しています。すなわち、一眼の亀とは私たち衆生のことであり、大海は私たちの住む(しゃ)()世界を譬えたものです。この亀に手足がないのは、私たちの身に善根が(そな)わらないことの譬えであり、腹の熱いのは怒りの炎が燃え盛ること、さらに背の甲羅が冷たいのは貪欲(とんよく)の心の冷たさであり、千年の間、大海の底にいるのは私たちが地獄・餓鬼・畜生の三悪道に()ちたまま浮かび上がることのない譬えです。千年に一度海上に浮かぶのは、三悪道より人間に生まれて仏様が出世された時に値うことの難しさに譬えられ、他の浮木には値いやすく栴檀(せんだん)の浮木には値い難いのは、()(ぜん)経には値いやすいけれども法華経には値い難いことの譬えです。

 さらに、栴檀(せんだん)の浮木に値ったとしても、そこにちょうど甲羅のはまる穴が開いていることの稀なることを、法華経の肝心である南無妙法蓮華経の題目は唱え難いことに譬えられています。

 また、浮木の流れていく方向を、東を西と見間違え、北を南と見るということは、勝れた教えを劣っていると思ってしまったり、不成仏の法を成仏の法と見たり、衆生の機根に叶わぬ法を叶う法であると思い込んでしまうことを譬えています。

 要するにこの譬えは、末法の衆生が本門戒壇の大御本尊に巡り値い、大聖人様の仏法を信受していくことがいかに稀で難しいことであるかを示したものと言えるのです。よって私たちは、値い難き仏法に巡り値えた身の福徳を深く感じて、さらに信心を高めていくことが大切なのです。

 唱え難い真の題目

 私たちは、御本仏大聖人様の大慈大悲の御弘通による三大秘法の南無妙法蓮華経を受持することが叶いました。この題目こそが、宗祖大聖人様より第二祖日興上人に唯授一人の血脈相承をもって相伝せられた真の題目なのです。この相伝のもとに唱える題目こそが、大聖人様の()(こころ)に叶う信心なのです。

 世の中には、法華経を(しょ)()の教典とし、大聖人様の御書を()(ゆう)し、題目を唱えている団体がありますが、それは本抄に、

信じたるに似て信ぜざるが如し

と仰せられる、大聖人様の血脈相伝を無視した我意我見の団体にほかなりません。

 しかも本宗に縁していた創価学会や顕正会、自称正信会などの者たちが異説を構え、その多くの会員が血脈相伝を汚す考えに踊らされ、退転していったことは残念なことです。このことは、血脈相伝に基づく真の題目に巡り値うことができても、その信仰を正しく貫いていくことが、いかに難しいことであるかを物語っています。

 私たちには、血脈相伝をお護りし、その大法を弘通していく尊い使命があります。そのためにも大聖人様が、

只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり。比即ち母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり」(御書1539頁)

と仰せられることを我が身に当てて、勇気をもって折伏を実践していきましょう。

 真心からの御供養を

 大聖人様は、中国の故事として蘇武(そぶ)()国に捕えられたときに雪を食べて命を保ったことの例や、首陽山(しゅようざん)隠棲(いんせい)した(はく)()(しゅく)(せい)(わらび)を採って身を保った例を引用されて、大聖人様の衣服は身を包むに足りず、食糧も乏しくて命を支えることが困難な状態である身延での厳しい生活の現況を述べられ、後家尼御前の御供養が、どれほど貴重なものであり、その功徳がいかに大きいものであるかを示されています。

 御供養とは、自らが仏法僧(ぶっぽうそう)三宝(さんぽう)を敬う信心からさせていただく仏道修行であり、自分自身の大きな功徳善根となるものです。しかるに大聖人様が、

(たと)こう()をいたせども、まことならぬ事を供養すれば、大悪とはなれども善とならず。設ひ心をろか()すこ()しきの物なれども、まことの人に供養すればこう()大なり。何に(いわ)んや心ざしありてまことの法を供養せん人々をや」(同1217頁)

と仰せのように、三宝に御供養申し上げるに際して、何か損でもしたかのような心が一分でもあるならば、御供養の甚深の功徳も消え失せてしまうと知るべきです。

 また、いかに多額の金銭を御供養しても、そこに純粋な信心の志がなく、(みょう)(もん)(みょう)()をもととするような場合には、結局、何の功徳にもならなくなってしまいます。御供養は、金額の多少によるものではなく、()()(しゃく)(しん)(みょう)の信心の志をもって、精一杯させていただくところに功徳が存するのです。

 私たちは、純粋な信心をめざし、日々仏道修行に励むと共に、真心からの御供養を心がけてまいりましょう。

 

 四、結  び

 三年後の「平成二十一年・『立正安国論』正義顕揚七百五十年」の大佳節に向かい、「地涌倍増」と「大結集」に日々精進を重ねる私たちですが、御法主日如上人猊下の御もとに、記念事業に参加できる身の福徳に歓びをもって精進してまいりましょう。この尊い浄業に進んで参加することが、大聖人様の仏法の興隆と広宣流布に、平成という時代を生きる私たちの信心の足跡を残していくことであり、悔いのない信行を尽くしていくことが望まれます。

 御法主上人猊下は、本年の春季総登山会における『法華初心成仏抄』の御講義の中で、

この目的に立ち向かうときに、そこには自ずから功徳を体験することができるわけです。自分の願い事も結構でありますけれども、まずは当面する『地涌倍増』と『大結集』に向けて精進をしていくことであります。さすれば、自ずとそこにはすばらしい功徳を頂戴することができるわけであります」(大白法694頁)

と御指南あそばされ、私たちに対してさらなる(ふん)()を期待されています。

 さあ、信心の喜びを胸に、平成二十一年の御命題必達をめざし、日々(おこた)ることのなきよう精進を重ねてまいりましょう。