大白法・令和7年8月1日刊(第1154号より転載)御書解説(280)―背景と大意

孝子御書(1353頁)

 

 一、御述作の由来

 本抄は、弘安(こうあん)二(1279)年二月二十八日、日蓮大聖人様が御年五十八歳の時に()(のぶ)において(したた)められた御手紙です。御真蹟は島根県大田市()(こう)寺(日蓮宗)の他、ニカ所に一部分が現存しています。

 本抄冒頭の内容から、対告衆(たいごうしゅ)は「(たい)()(さかん)池上(いけがみ)宗仲(むねなか))」の弟で、兄の宗仲とともに()蔵国(さしのくに)池上(いけがみ)(東京都大田区)に住む池上(ひょう)()宗長(むねなが)であることや、「御親父(池上康光(やすみつ))」の逝去(せいきょ)の報せを受けて著されたことが判ります。

 池上兄弟の父親は、真言律宗・極楽寺の(にん)(しょう)(りょう)(かん)に帰依していたことから、兄弟が法華経を信仰することに強く反対しており、建治二(1276)年頃、父子の間で信仰上の対立が顕著となりました。

 良観の策謀によって父親は、兄弟に退転するよう迫り、さらに信仰と世俗の両面で二人を仲違(なかたが)いさせようと、兄だけを二度にわたって勘当(かんどう)したのです。このような難に直面するなか、兄弟は大聖人様からたびたび御教示を賜り、結束して父を(いさ)め続けたところ、(けん)()四(1278)年の正月頃には兄の二回目の勘当が解かれ(四条金吾殿御書・御書1197頁)、さらには父親等を大聖人様に帰依させることができ(弘安元年五月状・兵衛志殿御返事・御書1229頁)、ここに、長年にわたる池上家の信仰問題は円満に解決をみたのです。

 これに対して大聖人様は、

兄弟の御力にて親父を法華経に入れまいらせさせ給ひぬる御計らひ、偏に貴辺の御身にあり」(御書1270頁)

と、ひとえに弟の宗長の働きによるものと(たた)えられています。その後、大聖人様に帰依した父親は、翌弘安二(1279)年二月に逝去します。その報せを聞かれた大聖人様が、弔意を寄せられつつ、兄弟が父親を正法に導き、真実の孝養を尽くしたことを称賛されたのが本抄です。

 なお、本抄の文末に兄に与えた書状に詳しい内容を書いた旨を述べられていますが、この兄宛の書状は現在に伝わりません。

 二、本抄の大意

 まず冒頭、父親の逝去を(いた)まれます。

 次いで、兄弟が末法の(へん)()に生まれて法華経を信仰したことで、国主や父母等の身に悪鬼が入り迫害を受けることは疑いないと思っていたところ、案に(たが)わず、父親から幾度となく勘当されたことを述べられます。

 そして、兄弟は法華経の『妙荘(みょうしょう)厳王本(ごんのうほん)()(ほん)第二十七』に説かれる浄蔵と浄眼の生まれ変わりであろうか、または薬王(やくおう)(やく)(じょう)菩薩のお計らいがあったのか、ついに兄の勘当が許され、以前からの父親への孝養を貫き通すことができたことは、孝子と呼ぶにふさわしいと称賛されています。

 また、そのことを諸天も喜ばれ、法華経守護の(じゅう)()刹女(せつにょ)も、その(こころざし)を納受されるであろうと述べられます。

 その上で、貴辺のことは深く心に感じて思うことがあると述べられて、この法門が法華経の教説どおりに弘まったならば、貴辺に悦びを申し上げるであろうと仰せです。

 最後に、兄弟の仲はむつまじくあるべきで、不和がないようにと(さと)されるとともに、詳しいことは兄の大夫志殿の手紙に書いたので、兄から聞くように指示されて、本抄を結ばれています。

 三、拝読のポイント

①障魔に随ふべからず畏るべからず

 『真言諸宗違目』には、

問うて云はく、(なんじ)法華経の行者()らば、何ぞ(てん)汝を守護せざるや。答へて云はく法華経に云はく「悪鬼其の身に入る」等云云」(同601頁)

と、どうして法華経の行者には諸天の守護がないのか、との間いに対して、『(かん)()(ほん)第十三』に説かれる「(あっ)()(にゅう)()(しん)」の経文を示されています。

 その経文には次のように説かれます。

(じょく)(こう)(あく)()の中には 多く(もろもろ)恐怖(くふ)有らん 悪鬼()の身に入って 我を罵詈毀(めりき)(にく)せん 我等仏を(きょう)(しん)して (まさ)に忍辱の(よろい)()るべし ()の経を説かんが(ため)(ゆえ)に ()の諸の難事を忍ばん」(法華経377頁)

 これは三類(さんるい)強敵(ごうてき)の様相を説かれたもので、滅後の悪世には、「悪鬼入其身」の三類の強敵が正法を護持する者を(あっ)()中傷しますが、仏を敬い信じ、忍辱の鎧を着て、この経を説き弘めるために、多くの難事を()え忍ぶことが大事であると説かれています。

 本抄では、こうした経意に基づいて、兄弟が正法を信受したために、悪鬼が父親の身に入り、兄をたびたび勘当したのであると仰せなのです。

 また、大聖人様は『兄弟抄』に、

()の法門を申すには必ず魔(しゅっ)(たい)すべし。魔(きそ)はずば正法と知るべからず。第五の巻に云はく「行解(ぎょうげ)既に勤めぬれば三障四魔紛然として競ひ起こる、乃至(したが)ふべからず(おそ)るべからず。之に随へば(まさ)に人をして悪道に向かはしむ、之を畏れば正法を修することを(さまた)ぐ」等云云。此の釈は日蓮が身に当たるのみならず、門家の明鏡なり。謹んで習ひ伝へて未来の資糧とせよ」(御書986頁)

と仰せです。

 兄が父親から勘当された時、宗長は、父と兄のどちらに付くべきか()(りょ)しました。しかし、大聖人様の「此の法門を申すには必ず魔(しゅっ)(たい)すべし。魔競はずば正法と知るべからず」等の御教導に随順し、兄と異体同心して純真な信心を貫いた結果、二度にわたる大難を克服することができたのです。

 本宗僧俗が誓願を掲げて折伏弘通に遭進する今、悪鬼が姿形を変え、様々な障魔となって私たちの周りに競い起こることは(ひつ)(じょう)です。

 私たちは「日蓮が身に当たるのみならず、門家の明鏡なり。謹んで習ひ伝へて未来の資糧とせよ」との御金言を銘記し、強盛な信心で障魔を見破り、随わず畏れず、難を忍んで乗り越えてこそ、大御本尊様の広大無辺なる功徳を享受することができるのです。

②恩を報ずる真実の孝子

 本抄に示される浄蔵・浄眼とは、『妙荘厳王品』(法華経583頁)にみえる二人の兄弟の名で、遠い過去世に雲雷音(うんらいおん)宿(しゅく)(おう)華智(けち)(ぶつ)のもとで菩薩行を修していました。

 その時、仏はバラモンの教えに執着する二人の父・妙荘厳王を教化するために法華経を説かれました。

 二人は母・(じょう)(とく)()(にん)の所に(おもむ)いて仏に親近し供養・礼拝することを勧めたところ、母はまず父を仏に帰依させることを勧めたため、二人は協力して父を仏に導いたことが説かれています。

 浄蔵・浄眼の二子によって正法に導かれた妙荘厳王は、

この二子は私の善知識です。私に利益を与えることを願って、私の家に生まれてきたのです(趣意)」(法華経592頁)

と心からの感謝の言葉を述べています。

 なお、釈尊は同品に、妙荘厳王は法華経の会座(えざ)にいる()(とく)菩薩、浄徳夫人は(しょう)厳相(ごんそう)菩薩、浄蔵・浄眼は薬王・薬上の二菩薩であると明かされています。

 誘法に執着する父親を折伏して正法に導き、孝養の誠を貫き通した池上兄弟の姿は、まさに『妙荘厳王品』の経説に符合します。ゆえに大聖人様は、兄弟を、浄蔵・浄眼の生まれ変わりであり孝子であると讃えられたのです。

 このように現世に親子や家族となることには、過去世からの深い因縁が存します。だからこそ私たちの周りに未入信の親などがいるならば、その人を正法に導く善知識こそ自分であり、真の孝養を果たすべき尊い因縁と使命があると自覚することが大切です。

 孝養について大聖人様は『兄弟抄』(御書983頁)に、世間では単に子供が親の心に随うことを孝養としますが、成仏への道は正法不信の親の心には随わず、たとえ世俗の恩愛を棄てることになっても「無為に入る」、すなわち正法修行の道に入り、自身が成仏の境界を得て、その功徳をもって親を導くことが親孝行の根本であり、真実の報恩になると説示されています。

 四、結  び

 御法主日如上人貌下は、

親が信心をしなかったら、まず親を、どんなことがあっても折伏をしなければなりません。
 折伏と言うと、けんかのように厳しく言うのが折伏だと思っている人がいたら、それは違います。折伏は慈悲なのです。だから自分の親、あるいは子供、あるいは配偶者や親戚といった近い人を、しっかりと折伏しなければだめです
」(大白法1024号)

と御指南です。

 未入信の親をはじめ、子供や親戚などの折伏には、たいへんな困難を伴うこともあります。

 私たちはいかなる難が起ころうとも、池上兄弟の強盛な信心を(かがみ)として、真剣に御題目を唱え、その功徳で人格を磨きつつ、慈悲の一念をもって()(とう)不屈の折伏に精進してまいりましょう。