上野殿御返事　弘安二年一月三日　五八歳

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　餅(もち)九十枚・薯(やまの)蕷(いも)五本、わざと御使ひをもって正月三日ひつじ(未)の時に、駿河の国富士郡上野郷より甲州波木井の郷身延山のほら(谷)へおくりたびて候。
　夫(それ)海辺には木を財(たから)とし、山中には塩を財とす。旱魃(かんばつ)には水をたからとし、闇中には灯を財とす。女人はをとこ(夫)を財とし、をとこ(夫)は女人をいのち(命)とす。王は民ををや(親)とし、民は食を天とす。この両三年は日本国の内に大疫起こりて人半分げん(減)じて候上、去年(こぞ)の七月より大なるけ(飢)かち(渇)にて、さと(里)いち(市)のむ(無)へん(縁)のものと山中の僧等は命(いのち)存しがたし。其の上日蓮は法華経誹(ひ)謗(ぼう)の国に生まれて威(い)音(おん)王仏(のうぶつ)の末法の不軽菩薩のごとし。はた又歓喜増益仏の末の覚徳比丘の如し。

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　王もにく(悪)み民もあだ(怨)む。衣もうす(薄)く食もとぼ(乏)し。布(ぬの)衣(こ)はにしき(錦)の如し。くさ(草)のは(葉)はかん(甘)ろ(露)とをも(思)う。其の上去年(こぞ)の十一月より雪つもりて山里路たえぬ。年返れども鳥の声ならではをと(訪)づるゝ人なし。友にあらずばたれ(誰)か問ふべきと心ぼそ(細)くて過(すご)し候処に、元三(がんさん)の内に十字(むしもち)九十枚、満月の如し。心中もあき(明)らかに、生死のやみ(闇)もは(晴)れぬべし。あはれなりあはれなり。こ(故)うへ(上)の(野)どの(殿)をこそ、いろ(色)あるをとこ(男)と人は申せしに、其の御子なればくれない(紅)のこ(濃)きよしをつたへ給へるか。あい(藍)よりもあを(青)く、水よりもつめ(冷)たき氷かなと、ありがたしありがたし。恐々謹言。
　　正月三日　　　　日蓮花押
　上野殿御返事