常忍抄 弘安元年一〇月一日 五七歳

別名『禀権出界抄』『富木入道殿御返事』

第一章 禀権出界の正釈を示す

(★1283㌻)
 御文粗拝見仕り候ひ了んぬ。御状に云はく、常忍の云はく、記の九に云はく「禀権出界名為虚出」云云。了性房の云はく、全く以て其の釈無しと云云。記の九寿量品の処に云はく「無有虚出より昔虚為実故に至るまでは為の字は去声、
(★1284㌻)
権を禀けて界を出づるを名づけて虚出と為す。三乗は皆三界を出でずといふこと無し。人天は三途を出でんが為ならずといふこと無し。並びに名づけて虚と為す」云云。文句の九に云はく「虚より出でて而も実に入らざる者有ること無し。故に知んぬ、昔の虚は実の為去声の故なり」云云。
 
 御手紙あらあら拝見いたしました。
 ご書状によると、常忍殿が「法華文句の第九に『権教を受けて三界を出離という、というのを名づけて虚出(真実の出離でない)とするのでる』とある」と言ったところ、了性房は「まったくもって、その釈ではない」と言ったということであるが、法華文句記の第九巻(寿量品注釈の個所)には「法華文句の『無有虚出』から『昔虚為実故』までの文については(為の字は去声である)、権教を受けて三界を出離するのを名づけて虚出するのである。(権教によって)三乗はみな三界を出ないということはなく、人界・天界の者は三途を出るためにならないということはない。これをもとに名づけて虚とするのである」とあり、法華文句の第九巻には「虚から出て真実の覚りに入らない者はいない。ゆえに、昔の虚は真実の覚りに入れるためであることを知るのである」とある。
 寿量品に云く「諸の善男子、如来諸の衆生の小法を楽ふ徳薄垢重の者を見て、乃至以諸衆生、乃至未曽暫廃」云云。    法華経如来寿量品第十六に「諸の善男子よ、如来は諸の衆生の小法を欲する徳薄垢重の者を見ては、この人々のために『私は若くして出家し、無上の覚りを得たのである』と説くのである。(中略)諸の衆生は種々の性質、種々の欲望、種々の行為、種々の想いが別々であるゆえに、諸の善根を生起させようと思って多くの因縁や譬喩や言葉をもって種々に法を説くのである。そのような仏の振る舞いは、いまだかって瞬時も止むことがない」とある。
 此の経の文を承けて天台・妙楽は釈せしなり。此の経文は、初成道の華厳の別円、乃至法華経の迹門十四品を、或は小法と云ひ、或は徳薄垢重、或は虚出等と説ける経文なり。    この経文をうけて天台大師や妙楽大師は釈したのである。この経文は、釈尊が初めて覚りを開いて最初に説いた華厳経の別円二教から法華経の迹門十四品までを小法といい、(それを欲する者を)徳薄垢重、(それによる出離)を虚出等と説いた経文である。
 若し然らば華厳経の華厳宗、深密経の法相宗、般若経の三論宗、大日経の真言宗、観経の浄土宗、楞伽経の禅宗等の諸経の諸宗は、依経の如く其の経を読誦すとも三界を出でず三途を出でざる者なり。    もしそうであれば華厳経を所依とする華厳宗、深密経を所依とする法相宗、般若経を所依とする三論宗、大日経を所依とする真言宗、観無量寿経を所依とする浄土宗、楞伽経を所依とする禅宗等の諸経の諸宗は、依経のとおりにその経を読誦したとしても三界を出離せず、三途を出られないのである。
 何に況んや或は彼を実と称し或は勝る等云云。此の人々天に向かって唾を吐き地を爴んで忿りを為す者か。
   ましてや、それらの経を真実の教えと称したり、あるいは法華経より勝れている等というにいたってはなおさらである、これらの人々は天に向かって唾を吐き、大地をつかんで怒りをなす者とおなじである。

 

第二章 本門と諸経の益の勝劣を判ず

 此の法門に於て如来滅後月氏一千五百余年、付法蔵の二十四人、竜樹・天親等は知って未だ此を顕はさず。漢土一千余年の余人も未だ之を知らず。但天台・妙楽等粗之を演ぶ。然りと雖も未だ其の実義を顕はさゞるか。伝教大師以て是くの如し。    この法門については、如来滅後、インドにおいて一千五百余年の間には付法蔵の二十四人、竜樹や天親等は知ってはいたが、いまだこれを説き顕していない。中国においては(仏教伝来後)一千余年の間、他の人はこれを知らず、ただ天台大師や妙楽大師だけが概略これを述べたのである。しかしながら、いまだその真実の義を顕わしてはいないようである。伝教大師もまた同様である。
 今日蓮粗之を勘ふるに、法華経の此の文を重ねて涅槃経に演べて云はく「若し三法に於て異の想を修する者は、当に知るべし、是の輩は清浄の三帰則ち依処無く、所有の禁戒皆具足せず。終に声聞・縁覚、菩薩の果を証すること能はず」等云云。此の経文は正しく法華経の寿量品を顕説せるなり。寿量品は木に譬へ、爾前迹門をば影に譬ふるの文なり。経文に又之有り。 
   今、日蓮があらあらこれを考えてみるに、法華経のこの寿量品の文を重ねて涅槃経に説いて「若し仏・法・僧の三法に対して異なる想い(常住でないという考え)をいだく者は、まさに知るべきである。この輩は清浄の三宝に対する帰依、すなわち依りどころを失い、諸経の禁戒はみな具わらず、結局、声聞・縁覚・菩薩の果を証すこともできないのである」等といっている。この経文はまさしく法華経の寿量品を説き顕しているのである。寿量品を樹木に譬え、爾前経や迹門を木の影に譬えている文である。経文にまた、これは説かれている。 
 五時八教・当分跨節・大小の益は影の如く、本門の法門は木の如しと云云。又寿量品已前の在世の益は闇中の木影なり。過去に寿量品を聞きし者の事なり等云云。    五時八教・当分跨節・大乗小乗等の判別の利益というのは木の影のようなものであり、法華経本門の法門は木のようなものであるとか、また寿量品が説かれる以前の経による釈尊在世の得益は暗闇の中の木の影のようなものであり、それは過去世に寿量品を聞いたことのある者のことをいっているのである等と。 
 又不信は謗法に非ずと申す事。又云はく、不信の者地獄に堕ちずと云云。五の巻に云はく「疑ひを生じて信ぜざらん者は則ち当に悪道に堕つべし」云云。    また了性房が「(法華経に対する)不信は謗法ではない」といったこと、また「不信の者であっても地獄に堕ちない」といったことについては、法華経の第五巻に「疑いを生じて信じない者は、必ず悪道に堕ちるであろう」とあるとおりである。

 

第三章 正像末弘の第三法門を明かす

 総じて御心へ候へ。法華経と爾前と引き向けて勝劣浅深を判ずるに、当分跨節の事に三つの様有り。
(★1285㌻)
日蓮が法門は第三の法門なり。世間に粗夢の如く一・二をば申せども、第三をば申さず候。第三の法門は天台・妙楽・伝教も粗之を示せども未だ事了へず。所詮末法の今に譲り与へしなり。五五百歳とは是なり。
   総じて心得ておきなさい。法華経と爾前経と相対して勝劣浅深を判別するのに当分・跨節の立て分けに三つの仕方がある。日蓮が法門は第三の法門である。
 世間においては、あらあら夢のように第一、第二については述べているけれども、第三の法門については述べていない。
 第三の法門は、天台大師や妙楽大師や伝教大師もあらあらこれを説き示しているけれども、いまだ説ききっていない。結局、末法の今に譲り与えられたのである。五五百歳というのはこれである。

 

第四章 止観の教示ふまえ不退勧める

 但し此の法門の御論談は余は承らず候。彼は広学多聞の者なり。はゞかりはゞかりみたみたと候ひしかば、此の方のまけなんども申しつけられなばいかんがし候べき。但し彼の法師等が彼の釈を知り候はぬは、さてをき候ひぬ。六十巻になしなんど申すは天のせめなり。謗法の科の法華経の御使ひに値ひて顕はれ候なり。    ただし、この法門についての、御論談は私は承っていない。彼は博学の者である。「はばかりながら、見た見た」といって、こちらの方の負けである、などときめつけられたならば、どのようにするのか。ただし、かの法師等が法華文句記の釈を知らなかったことはさておいたとしても「天台大師の三大部の六十巻のなかにない」などといったのは諸天の責めによるのである。謗法の罪が法華経の御使にあって顕れたのである。
 又此の沙汰の事も定めてゆへありて出来せり。かじまの大田次郎兵衛・大進房、又本院主もいかにとや申すぞ。よくよくきかせ給ひ候へ。此等は経文に子細ある事なり。法華経の行者をば第六天の魔王の必ず障ふべきにて候。十境の中の魔境とは此なり。魔の習ひは善を障へて悪を造らしむるをば悦ぶ事に候。強ひて悪を造らざる者をば力及ばずして善を造らしむ。又二乗の行をなす物をばあながちに怨をなして善をすゝむるなり。又菩薩の行をなす物をば遮りて二乗の行をすゝむ。最後に純円の行を一向になす者をば兼別等に堕とすなり。止観の八等を御らむあるべし。    またこの論議も、きっと理由があって起こったのでる。賀島の大田次郎兵衛や大進房や本院主も、どのように言っているか、よくよくお聞きなさい。これは経文に詳しく説かれていることである。法華経の行者を第六天の魔王が必ず妨げるのである。十境のなかの魔事境がこれである。魔の習癖は、善事を妨げて悪事をさせるのを悦ぶことにある。どうしても悪をなさない者には、力が及ばずに善事をさせるのでる。また二乗の修行をする者には、ひたすらに怨をなし、人天の善事をすすめるのである。また菩薩の修行をする者には、それを邪魔して二乗の修行をすすめる。最後に純円の経の修行をいちずにする者を、別教を含んだ円教等の修行に堕とすのである。摩訶止観の第八巻をご覧になりなさい。

 

第五章 止観に説く持戒と末法無戒

 又彼が云く、止観の行者は持戒等云云。文句の九には初・二・三の行者の持戒をば此をせいす。経文又分明なり。    また了性房は「止観を修行する者は戒を持つ」等といったとのことであるが、法華文句の第九巻には、滅後の修行の五つの位のうち初めと第二・第三の行者が戒を持つことについては、これを制止している。経文にもまた明らかである。
 止観に相違の事は妙楽の問答に之有り、記の九を見るべし。初随喜に二有り。利根の行者は持戒を兼ねたり。鈍根は持戒之を誓止す。又正像末の不同もあり。摂受折伏の異なりあり。伝教大師の市の虎の事思ひ合はすべし。
   摩訶止観にそれと相違している文があるということについては、妙楽大師が問答の形でこれを述べているので、法華文句記第九巻を見なさい。初随喜の位の行者にも二種ある。利根の行者は持戒を兼ね合わせ、鈍根の行者においては持戒を制止するのである。また正法・像法・末法の時代による違いもあり、摂受・折伏の修行における違いもある。伝教大師が「末法において戒を持つ者は市に虎がいるようなものである」と説いていることを考え合わせるがよい。

 

第六章 了性房は師子王の前の蚊虻

 此より後は下総にては御法門候べからず。了性・思念をつめつる上は他人と御論候わば、かへりてあさくなりなん。彼の了性と思念とは年来日蓮をそしるとうけ給はる。彼等程の蚊虻の者が日蓮程の師子王を聞かず見ずして、うはのそらにそしる程のをこじんなり。天台法華宗の者ならば、我は南無妙法蓮華経と唱へて、念仏なんど申す者をば、あれはさる事なんど申すだにもきくわいなるべきに、其の義なき上偶申す人をそしるでう、
(★1286㌻)
あらふしぎあらふしぎ。大進房が事さきざきかきつかわして候やうに、つよづよとかき上げ申させ給ひ候へ。 
   これよりのちは下総においては法論すべきではない。了性房や思念房を論結したうえは、他の人と法論したならば、かえって浅くなってしまうであろう。かの了性房と思念房は数年来、日蓮を謗っていると聞いている。彼等程度の蚊や虻のようにつまらぬ者が、日蓮ほどの師子王のごとき者を、聞きもせず見もしないで、いいかげんに謗るくらいの愚か者である。
 天台法華宗の者であるならば、自身は南無妙法蓮華経と唱えて念仏などを称える者のことを「あれは、あれでよい」などというだけでも奇怪であるはずなのに、奇怪だといわないばかりか、たまたま念仏の邪義を指摘する人を謗るということはまったくおかしなことである。
 大進房のことについては、前に書き送っておいたように、きわめて強く書きたてていいなさい。
 大進房には十羅刹のつかせ給ひて引きかへしせさせ給ふとをぼへ候ぞ。又魔王の使者なんどがつきて候ひけるが、はなれて候とをぼへ候ぞ。悪鬼入其身はよもそら事にては候はじ。事々重く候へども此の使ひいそぎ候へばよるかきて候ぞ。恐々謹言。
 十月一日              日 蓮 花押
   大進房には十羅刹女がつかれて引き返すようにされたのだと思われる。また第六天の魔王の使者などがついたのが離れていったのだと思われる「悪鬼がその身に入る」というのは、よもや嘘ではあるまい。いろいろなことがたくさんあるけれども、この使いが急いでいるので夜に書いた。恐恐謹言。
十月一日        日蓮花押