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(★1248㌻) 弘安元年太歳戊寅七月六日、佐渡国より千日尼と申す人、同じく日本国甲州波木井の郷身延山と申す深山へ、同じく夫の阿仏房を使ひとして送り給ふ御文に云はく、女人の罪障はいかゞと存じ候へども、御法門に法華経は女人の成仏をさきとするぞと候ひしを、万事はたのみまいらせ候ひて等云云。 |
弘安元年七月六日、佐渡国より千日尼と申す人が、同じ日本国の甲州波木井郷の身延山という深山へ、夫の阿仏房を使として送られた。そのお手紙には、女人の罪障は深いので成仏はどんなものであろうかと思っていたけれども、日蓮大聖人の御法門に法華経は女人の成仏を第一とすると説かれているので、すべてはそれを頼みとしている等とある。 |
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夫、法華経と申し候御経は誰れの仏の説かせ給ひて候ぞとをもひ候へば、此の日本国より西、漢土より又西、流沙・荵嶺と申すよりは又はるか西、月氏と申す国に浄飯王と申しける大王の太子、十九の年、位をすべらせ給ひて檀とく山と申す山に入り御出家、三十にして仏とならせ給ふ。身は金色と変じ、神は三世をかゞみさせ給ひ、すぎにし事、来たるべき事、かゞみにかけさせ給ひてをはせし仏の、五十余年が間一代一切の経々を説きをかせ給ふ。 |
そもそも法華経という御経は、どの仏が説かれたものかと思ったところ、このが日本国より西方、漢土より更に西方、流沙・葱嶺という所より更に遥か西方、月氏という国に浄飯王とといった大王の太子が説かれた経文である。太子は十九歳の時に位を捨てられて檀得山という山に入り出家され、三十歳で仏になられた。その身は金色と変わり、その心は三世をし出された。過ぎた事、これから起こるべき事等を鏡にかけて映し出された仏が、五十余年の間、一代一切の経々を説き置かれたのである。 |
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此の一切の経々、仏の滅後一千年が間、月氏国にやうやくひろまり候ひしかども、いまだ漢土日本国等へは来たり候はず。仏滅度後一千十五年と申せしに漢土へ仏法渡りはじめて候ひしかども、又いまだ法華経はわたり給はず。 |
この一切の経々は、仏の滅後一千年が間、月氏国にようやく弘まったけれども、いまだに漢土・日本国等へは渡って来なかった。 仏滅度後・一千十五年といわれる年に、漢土へ仏法が渡りはじめたけれども、まだ法華経は渡らなかったのである。 |
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(★1249㌻) 仏法漢土にわたりて二百余年に及んで、月氏と漢土との中間に亀茲国と申す国あり。彼の国の内に鳩摩羅えん三蔵と申せし人の御子鳩摩羅什と申せし人、彼の国より月氏に入り、須利耶蘇摩三蔵と申せし人に此の法華経をさづかり給ひき。其の授け給ひし時の御語に云はく「此の法華経は東北の国に縁ふかし」云云。此の御語を持ちて、月氏より東方の漢土へはわたし給ひ候なり。漢土には仏法わたりて二百余年、後秦王の御宇に渡りて候ひき。 |
仏法が漢土に渡って二百余年に及んで、月氏と漢土との中間に亀茲国という国があった。この国の内に鳩摩羅炎三蔵とという人の子息・鳩摩羅什とう人が、この国より月氏に入り、須利耶蘇磨三蔵という人からこの法華経を授けたれた。そのさずけられた時の、須利耶蘇磨三蔵の御言葉に、「この法華経は東北の国に縁が深い」とのことであった。鳩摩羅什は、この言葉を持して法華経を月氏より東方・漢土へ渡されたのである。 その法華経は漢土には、仏法が渡ってから二百余年後の、後秦王の時代に渡ったのである。 |
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| 日本国には人王第卅代欽明天皇の御宇、治十三年壬申十月十三日辛酉日、此より西、百済国と申す国より聖明皇、日本国に仏法をわたす。此は漢土に仏法わたて四百年、仏滅後一千四百余年なり。其の中にも法華経はましまししかども、人王第卅二代用明天皇の太子聖徳太子と申せし人、漢土へ使ひをつかわして法華経をとりよせまいらせて日本国に弘通し給ひき。其より来七百余年なり。 |
日本国には、人王第三十代・欽明天皇の御代、同天皇の統治十三年十月十三日、この国より西の百済国という国から聖明皇が日本国に仏法を渡したのである。これは漢土に仏法が渡って四百年後であり、仏滅後一千四百余年である。その時渡された経典の中にも法華経はあったけれども、人王第三十二代・用明天皇の太子で聖徳太子という人が、漢土へ使を遣わして法華経を取り寄せられて、日本国に弘通されたのである。それから今まで七百余年たっている。 |
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仏滅度後はすでに二千二百三十余年になり候上、月氏・漢土・日本、山々・河々・海々、遠くへだたり、人々・心々・国々、各々別たりて、語かわり、しなことなれば、いかでか仏法の御心をば我等凡夫は弁へ候べき。たゞ経々の文字を引き合はせてこそ知るべきに、一切経はやうやうに候へども、法華経と申す御経は八巻まします。流通に普賢経、序文の無量義経、各一巻已上。此の御経を開き見まいらせ候へば、明らかなる鏡をもって我が面を見るがごとし。日出でて草木の色を弁ふるににたり。序分の無量義経を見まいらせ候へば「四十余年未顕真実」と申す経文あり。法華経の第一の巻方便品の始めに「世尊の法は久くして後、要ず当に真実を説きたまふべし」と申す経文あり。第四の巻の宝塔品には「妙法華経皆是真実」と申す明文あり。第七の巻には「舌相梵天に至る」と申す経文赫々たり。其の外は此の経より外のさきのちならべる経々をば星に譬へ、江河に譬へ、小王に譬へ、小山に譬へたり。法華経をば月に譬へ、日に譬へ、大海・大山・大王等に譬へ給へり。此の語、私の言には有らず。皆如来の金言なり。十方の諸仏の御評定の御言なり。 |
仏の滅後すでに二千二百三十余年になっているうえに、月氏・漢土・日本と、山々・河々・海々・里々によって遠く隔たれている。そこに住む人々や、それぞれの心も、おのおの異なり、言葉も変わっており、風俗も違うのであるから、どうして我等のような凡夫が、仏の真意を理解することができるであろうか。 ただ経々の文字を比較して検討してこそ知るべきである。一切経はいろいろあるが、法華経という御経は一部八巻からできている。その中に流通の普賢経、序文の無量義経、それぞれ一巻がある。この御経を拝見すれば、明鏡で自分の顔を映し出すように、太陽が出て草木の色がはっきりするように、仏法の真意が明らかになるのである。 序品の無量義経を拝見すると「四十余年には未だ真実を顕さない」という経文がある。法華経第一巻方便品第二には「世尊は法久しくして後、要ず当に真実を説かれるであろう」という経文がある。法華経第四巻見宝塔品第十一には「妙法華経・皆是れ真実」という明文がある。第七巻神力品第二十一では「舌相梵天に至る」という経文が明白である。 そのほか、法華経の前後に説かれた経々を星に譬え、江河に譬え、小王に譬え、小山に譬えている。法華経をは月に譬え太陽に譬え、大海・大山・大王等に譬えられている。 これらの言葉は、私の言葉ではあく、すべて如来の金言である。十方の諸仏の御評定の御言である。 |
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(★1250㌻) 一切の菩薩・二乗・梵天・帝釈、今の天に懸かりて明鏡のごとくまします日月も、見給ひき聞き給ひき。其の日月の御語も此の経にのせられて候。月氏・漢土・日本国のふるき神たちも、皆其の座につらなりし神々なり。天照太神・八幡大菩薩・熊野・すゞか等の日本国の神々も、あらそい給ふべからず。此の経文は一切経に勝れたり。地走る者の王たり、師子王のごとし。空飛ぶ者の王たり、鷲のごとし。南無阿弥陀仏経等はきじのごとし、兎のごとし。鷲につかまれては涙をながし、師子にせめられては腹わたをたつ。念仏者・律僧・禅僧・真言師等又かくのごとし。法華経の行者に値ひぬれば、いろを失ひ魂をけすなり。 |
一切の菩薩・二乗・梵天・帝釈・明鏡のごとく天にかかっている。その日月の御語葉も法華経にのせられている。インド・中国・日本の古来からの神々も、みなその座に連なって神々なのである。天照太神・八幡大菩薩・熊野・鈴鹿の神々も、その真意を争われることはない。 この法華経は一切経に勝れているのである。地走る者の王であり、師子王のごとくである。空飛ぶ者の王であり鷲のごとくである。南無阿弥陀仏経などは、雉のごとくであり兎のごとくである。鷲につかまれては涙をながし、師子に責められては腸を断つのである。念仏者・律僧・禅僧・真言師等は、また同じようなものである。法華経の行者に値い顔色をなくし、魂を消すのである。 |
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かゝるいみじき法華経と申す御経は、いかなる法門ぞと申せば、一の巻方便品よりうちはじめて、菩薩・二乗・凡夫皆仏になり給ふやうをとかれて候へども、いまだ其のしるしなし。設へば始めたる客人が、相貎うるわしくして心もいさぎよく、口もきいて候へば、いう事疑ひなけれども、さきも見ぬ人なれば、いまだあらわれたる事なければ、語のみにては信じがたきぞかし。其の時語にまかせて大なる事度々あひ候へば、さては後の事もたのもしなんど申すぞかし。一切信じて信ぜられざりしを、第五の巻に即身成仏と申す一経第一の肝心あり。譬へばくろき物を白くなす事、漆を雪となし、不浄を清浄になす事、濁水に如意珠を入れたるがごとし。竜女と申せし小蛇を現身に仏になしてましましき。此の時こそ一切の男子の仏になる事をば疑ふ者は候はざりしか。されば此の経は、女人成仏を手本としてとかれたりと申す。 |
このような尊い法華経とう御経は、どのような法門であるかといえば、第一巻の方便品第二のはじめからよ菩薩・二乗・凡夫等が皆仏になれると説かれているが、まだ成仏した証拠はない。たとえば、初めてあう客人の姿がうるわしく、心も清らかで、話す言葉に疑うところがないとしても、これまで見知らない人であるから、また話の内容が実際に証明されれば、それだけでは後のことも信頼できるというようなものである。 一切の人が法華経を信じながらも信じ切れないでいたのを、第五巻の提婆達多品第十二に即身成仏という法華経第一の肝心が説かれたもである。譬えば、黒い物を白くすること、漆を雪とし、不浄の身を清浄にすること、濁水に如意宝珠を入れたようなものである。竜女という小蛇を現身に仏になされたのである。こと時こそ、一切の男子の成仏できることを疑う者はいなかったのである。ゆえにこの法華経は女人成仏を手本として、一切衆生の成仏が説かれたというのである。 |
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されば日本国に法華経の正義を弘通し始めましませし、叡山の根本伝教大師の此の事を釈し給ふには「能化所化倶に歴劫無し。妙法経力即身成仏す」等。漢土の天台智者大師、法華経の正義をよみはじめ給ひしには「他経は但、男に記して女に記せず乃至今経は皆記す」等云云。此は一代聖教の中には法華経第一、法華経の中には女人成仏第一なりとことわらせ給ふにや。されば日本一切の女人は法華経より外の一切経には女人成仏せずと嫌ふとも、 (★1251㌻) 法華経にだにも女人成仏ゆるされなば、なにかくるしかるべき。 |
それゆえ日本国に法華経の正義を弘通し始められた比叡山の根本・伝教大師は、法華秀句巻下に「能化・所化倶に歴劫無し、妙法経力を以って即身成仏す」等と釈している。これよりさき漢土の天台智者大師は、初めて法華経の正義を宣揚されて、法華文句巻七に「他経は但男に記して女に記せず。乃至今経は皆記す」等といわれている。 これは一代聖教の中では法華経第一、法華経の中には女人成仏が第一である、と解釈されたものではなかろうか。 ゆえに日本の一切の女人は、法華経より外の一切経には女人は成仏しないと嫌うとも、法華経にさえ女人成仏が許されているならば、どうして苦しむことがあろう。 |
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しかるに日蓮はうけがたくして人身をうけ、値ひがたくして仏法に値ひ奉る。一切の仏法の中に法華経に値ひまいらせて候。其の恩徳ををもへば父母の恩・国主の恩・一切衆生の恩なり。父母の恩の中に慈父をば天に譬へ、悲母をば大地に譬へたり。いづれもわけがたし。其の中に悲母の大恩ことにほうじがたし。此れを報ぜんとをもうに外典の三墳・五典・孝経等によて報ぜんとをもへば、現在をやしないて後生をたすけがたし。身をやしない魂をたすけず。内典の仏法に入りて五千七千余巻の小乗・大乗は、女人成仏かたければ悲母の恩報じがたし。小乗は女人成仏一向に許されず。大乗経は或は成仏、或は往生を許したるやうなれども仏の仮言にて実事なし。但法華経計りこそ女人成仏、悲母の恩を報ずる実の報恩経にては候へと見候ひしかば、悲母の恩を報ぜんために、此の経の題目を一切の女人に唱へさせんと願す。 |
ところで、日蓮は受け難い人身を受け、値い難い仏法に値うことができた。一切の仏法のなかでも法華経に値うことができたのである。その恩徳を考えれば、父母の恩・国主の恩・一切衆生の恩である。 父母の恩のなかでも慈父を天に譬え、悲母を大地に譬えている。どちらも優劣を分けがたい大恩である。その中でも悲母の大恩は報じがたい。この恩を報じようと思うのに、外典の三墳・五典・孝経等によって報じようと思えば、現在を養うだけで後世を救うことはできない。身を養っても魂をすくうことはできないのである。 内典の仏法に入っても、五千・七千余巻の小乗経・大乗経では女人成仏ができないので、悲母の恩は報じがたい。小乗経では女人成仏は全く許されていない。大乗経はあるいは成仏、あるは往生を許ているようであるけれども、仏の仮の言葉であって、成仏の実義がない。ただ法華経ばかりが女人成仏を明かし、悲母の恩を報ずる真実の報恩経であると考えたので、悲母の恩を報ずるために、法華経の題目を一切の女人に唱えさせようとの願を立てたのである。 |
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其れに日本国の一切の女人は漢土の善導、日本の慧心・永観・法然等にすかされて、詮とすべきに南無妙法蓮華経をば一国の一切の女人一人も唱ふることなし。但南無阿弥陀仏と一日に一反十反百千万億反乃至三万十万反、一生が間昼夜十二時に又他事なし。道心堅固なる女人も又悪人なる女人も弥陀念仏を本とせり。わづかに法華経をことゝするやうなる女人も月まつまでのてすさび、をもわしき男のひまに心ならず心ざしなき男にあうがごとし。 |
それを日本国の一切の女人は、漢土の善導・日本の慧心・永観・法然等に惑わされて、肝心とすべき南無妙法蓮華経を、一国の一切の女人は、一人も唱えることはない。ただ南無阿弥陀仏と一日に一遍・十遍・百千万億遍・乃至三万・十万遍・一生の間、昼夜十二時の間にわたって、念仏のみを称えて他事をかえりみない。道心堅固な女人も、また悪人である女人も弥陀念仏を根本としている。わずかに法華経を信ずるように見える女人も月を待つまでのて遊び、好ましく思う男と逢えない間に、心ならずも心に思わぬ男に逢うようなものである。 |
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されば日本国の一切の女人、法華経の御心に叶ふは一人もなし。我が悲母に詮とすべき法華経をば唱へずして弥陀に心をかけば、法華経は本ならねばたすけ給ふべからず。弥陀念仏は女人をたすくる法にあらず。必ず地獄に堕ち給ふべし。いかんがせんとなげきし程に我が悲母をたすけんために、弥陀念仏は無間地獄の業なり。五逆にはあらざれども五逆にすぎたり。父母を殺す人は其の肉身をばやぶれども、父母を後生に無間地獄には入れず。今日本国の女人は必ず法華経にて仏になるべきを、たぼらかして一向に南無阿弥陀仏になしぬ。 (★1252㌻) 悪ならざればすかされぬ。仏になる種ならざれば仏にはならず。弥陀念仏の小善をもって法華経の大善を失ふ。小善の念仏は大悪の五逆罪にすぎたり。譬へば承平の将門は関東八箇国をうたへ、天喜の貞任は奥州をうちとゞめし。民を王へ通ぜざりしかば朝敵となりてついにほろぼされぬ。此等は五逆にすぎたる謀反なり。 |
それゆえ、日本国の一切の女人は、法華経の御心に叶う者は一人もいない。わが悲母の孝養のために、第一とすべき法華経を唱えないで、阿弥陀仏を心にかけているので、法華経を根本としないのであるから、弥陀念仏が助けてくださることはない。阿弥陀仏は女人を助ける法ではない。必ず地獄に堕ちてしまわれるだろう。どうしたらよいかと嘆いていた。しかしわが悲母を救うために弥陀念仏によるならば無間地獄の業である。五逆罪ではないけれども五逆罪にすぎた大罪なのである。父母を殺す者は、その肉体を破れるけれども、父母を後生に無間地獄に堕とすことはしない。今、日本国の女人は必ず法華経によって仏になることができるのに、念仏者達がたぶらかして一向に南無阿弥陀仏と称えるようにしてしまった。 念仏ははっきりとした悪事ではないから惑わされたのである。だが仏になる種ではないから仏になることはできない。弥陀念仏の小善をもって法華経の大善を失う。小善の念仏は法華経の大善を失うゆえに、大悪の五逆罪悪業なのである。譬えば、承平年間に平将門は関東八箇国を平らげ、天喜年間に安倍貞任は奥州を討ち取ったが、民を王との間を隔てたので朝敵となってついに滅ぼされたのである。これらは五逆罪にもすぎた謀反である。 |
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| 今、日本国の仏法も又かくのごとし。色かわれる謀反なり。法華経は大王なり、大日経・観無量寿経・真言宗・浄土宗・禅宗・律僧等は彼々の小経によて法華経の大怨敵となりぬ。而るを日本の一切の女人等我が心のをろかなるをば知らずして、我をたすくる日蓮をかたきとをもひ、大怨敵たる念仏者・禅・律・真言師等を善知識とあやまてり。たすけんとする日蓮かへりて大怨敵とをもわるゝゆえに、女人こぞりて国主に讒言して伊豆国へながせし上、又佐渡国へながされぬ。 | 今、日本国の仏法もまた同じである。形のかわった謀反である。法華経は大王・大日経・観無量寿経・真言宗・浄土宗・禅宗・律僧等は、それぞれの小経によって法華経の大怨敵となっている。そうであるのに、日本の一切の女人は自分の心の愚かなることを知らないで、自分を救おうとしている日蓮を敵と思い大怨敵である念仏者・禅・律・真言師等を善知識とあやまっている。救おうとしている日蓮を、かえって大怨敵と思われるゆえに、一切の女人はこぞって国主に讒言をして伊豆の国に流したうえ、また佐渡にも流したのであった。 |
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ここに日蓮願して云はく、日蓮は全く誤りなし。設ひ僻事なりとも日本国の一切の女人を扶けんと願せる志はすてがたかるべし。何かに況んや法華経のまゝに申す。而るを一切の女人等信ぜずばさてこそ有るべきに、かへりて日蓮をうたする。日蓮が僻事か、釈迦・多宝・十方の諸仏・菩薩・二乗・梵・釈・四天等いかに計らひ給ふぞ。日蓮が僻事ならば其の義を示し給へ。ことには日月天は眼前の境界なり。又仏前にしてきかせ給へる上、法華経の行者をあだまんものをば頭破七分等と誓はせ給ひて候へばいかんが候べきと、日蓮強盛にせめまいらせ候ゆへに天此の国を罰する。ゆへに此の疫病出現せり。他国より此の国を天をほせつけて責めらるべきに、両方の人あまた死すべきに、天の御計ひとしてまづ民を滅して人の手足を切るがごとくして、大事の合戦なくして、此の国の王臣等をせめかたぶけて、法華経の御敵を滅して正法を弘通せんとなり。 |
かくて日蓮は願いを立てた。すなわち「日蓮には全く誤りはない。たとえ間違いがあったとしても、日本国の一切の女人を救おうと願った志を無視することはできないであろう。まして法華経に説かれてる通りにいっているのである。しかるに一切の女人等は、信じないのなら、信じないままでいるべきなのに、かえって日蓮を迫害させようとする。日蓮が間違っているのか。釈迦・多宝・十方の諸仏・菩薩・二乗・梵天・帝釈・四天等は、どのようにとり計らおうとされているのか。日蓮が間違っているなら、その義を示されよ。ことに日天・月天は眼前に輝いている。また仏前で仏勅を聞かれたうえに、法華経の行者を怨もうとする者を『頭破れて七分と作らん』等と誓われたのであるから、どうしてこのままでよいのであろうか」と、日蓮が強盛に責めたので、天はこの国を罰するゆえに、この疫病が現れたのである。 天が仰せつけて、他国よりこの国を責めさせるはずであったが、それでは、両方の国の人々が多く死ぬであろうから、天の御計らいとして、まづ民を滅ぼして、人の手足を切るようにして、大きな合戦によらないで、この国の王臣らを責め立てて、法華経の敵を滅ぼし、正法を弘通しようとするのである。 |
| 其の上、人は見る眼の前には心ざし有れども、さしはなれぬれば、心はわすれずともさてこそ候に、去ぬる文永十一年より今年弘安元年まではすでに五箇年が間此の山中に候に、佐渡国より三度まで夫をつかわす。いくらほどの御心ざしぞ。大地よりもあつく大海よりもふかき御心ざしぞかし。釈迦如来は、我が薩・王子たりし時、うへたる虎に身をかいし功徳、尸毘王とありし時、鳩のために身をかへし功徳をば、我が末の代かくのごとく法華経を信ぜん人にゆづらむとこそ、多宝・十方の仏の御前にては申させ給ひしか。 |
そのうえ、人は眼の前にいる間は志があっても、離れてしまえば、心では忘れていなくとも、遠くなってしまうものであるのに、去る文永十一年より今年弘安元年まで既に五ヵ年間、この身延の山中にあったのに、佐渡の国より三度までも夫を遣わされた。なんと深い志であろうか。大地よりもあつく、大海よりも深い御志である。 釈迦如来は、自分が薩埵王子であった時、飢えた虎に身を与えた功徳、尸毘王であった時、鳩の代わりに自分の身を鷹に与えた功徳を、末法にこのように法華経を信ずる人に譲ろうと、多宝如来・十方の仏の前で説かれている。 |
| 其の上御消息に云はく、尼が父の十三年は来たる八月十一日。又云はく、ぜに一貫もん等云云。あまりの御心ざしの切に候へば、ありえて御はしますに随ひて法華経十巻をくりまいらせ候。日蓮がこいしくをはせん時は学乗房によませて御ちゃうもんあるべし。此の御経をしるしとして後生には御たづねあるべし。 |
そのうえ、お手紙には、尼の父の十三年忌は来たる八月十一日であること、またその追善供養として銭一貫文を供養される等とある。あまりに深い御志であるので、幸いにも手もとにある法華経十巻をお送りする。日蓮を恋しく思われる時には学乗房にこの法華経を読ませて、聴聞しなさい。後生はこの御経を証拠として、日蓮を訪問なさるがよい。 |
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(★1254㌻) 抑、去々・去・今年のありさまは、いかにかならせ給ひぬらむとをぼつかなさに法華経にねんごろに申し候ひつれども、いまだいぶかしく候ひつるに、七月廿七日の申の時に阿仏房を見つけて、尼ごぜんはいかに、こう入道殿はいかにと、まづといて候ひつれば、いまだやまず、こう入道殿は同道にて候ひつるが、わせはすでにちかづきぬ、こわなし、いかんがせんとてかへられ候ひつるとかたり候ひし時こそ、盲目の者の眼のあきたる、死し給へる父母の閻魔宮より御をとづれの夢の内に有るを、ゆめにて悦ぶがごとし。あわれあわれふしぎなる事かな。此もかまくらも此の方の者は此の病にて死ぬる人はすくなく候。同じ船にて候へば、いづれもたすかるべしともをぼへず候ひつるに、ふねやぶれてたすけぶねに値へるか。又竜神のたすけにて事なく岸へつけるかとこそ不思議がり候へ。 |
さて、一昨年・去年・今年の疫病のありさまを見ては、どうなられたであろうかと心配のあまり、法華経に無病息災をねんごろに祈ってはいたが、まだ気がかりがあったところ、七月二十七日の午後四時頃に、阿仏房が来られたのを見て「尼御前はどうされたか、国府入道殿はどうか」とまず問うたところ、「まだ病気にかかっておりません。国府入道は同道して参りましたが、早稲の刈り入れが近づき、手伝う子もないので、やむなく途中から帰られました」と語るのを聞いた時には、盲目の者が眼を開き、死んだ父母の閻魔宮から訪れてきた夢を見て、夢の中で悦んでいるような気持ちであった。いかにも不思議なことである。ここ身延でも鎌倉でも、日蓮門下はこの疫病で死ぬ者が少ない。同じ船に乗り合わせているようなものであるから、みな助かるとはおもわれないのに、難破して助け船にあったのであろうか。また竜神の助けによって無事に岸に着けたのか、と不思議に思っている。 |
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さわの入道の事、なげくよし尼ごぜんへ申しつたへさせ給へ。たゞし入道の事は申し切り候ひしかばをもひ合はせ給ふらむ。いかに念仏堂ありとも阿弥陀仏は法華経のかたきをばたすけ給ふべからず。かへりて阿弥陀仏の御かたきなり。後生悪道に堕ちてくいられ候らむ事あさまし。たゞし入道の堂のらうにていのちをたびたびたすけられたりし事こそ、いかにすべしともをぼへ候はね。学乗房をもってはかにつねづね法華経をよませ給へとかたらせ給へ。それも叶ふべしとはをぼえず。さても尼のいかにたよりなかるらむとなげくと申しつたへさせ給ひ候へ。又々申すべし。 七月廿八日 日 蓮 花押 佐渡国府阿仏房尼御前 |
一谷入道の死去について嘆き入っていると入道の尼御前に伝えてください。ただし入道の事については、法華経の信心が決定しなければ地獄に堕ちると言い切っておいたから、思い合わせておられるであろう。いかに念仏堂があっても、阿弥陀仏は法華経の敵を助けようとはなさらない。かえって阿弥陀仏の敵なのでる。後生は地獄に堕ちて後悔されているであろう。 ただし入道の堂の廊下で、たびたび命を助けられた御恩は、どう報いたらよいのであろうか。学乗坊によって、入道殿の墓に常々法華経を読むように伝えてください。それでも入道殿の成仏が叶うとは思われない。それにしても、尼御前がいかに寂しい思いをしていることであろうと嘆いているとお伝えください。また折りをみて申し上げよう。 七月二十八日 日蓮花押 佐渡国府阿仏房尼御前 |