大白法・平成13年12月1日刊(第586号より転載)御書解説(100)―背景と大意

千日尼御前御返事(1248頁)

 

 一、御述作の由来

  本抄は、弘安元(1278)年七月二十八日、大聖人様が五十七歳の御時、身延において認められ、佐渡の千日尼に与えられた御手紙です。

 大聖人様が、御配流の身として佐渡に住されたとき、千日尼と夫の阿仏房は、大聖人様の御慈悲溢れる折伏により、それまでの念仏信仰を捨てて、大聖人様に帰依するようになりました。それからというものは、夫婦手を取り合い、身命を賭して大聖人様にお給仕をされました。

 また、大聖人様が御赦免となって身延にお入りになられてからも、恋慕・渇仰する気持ちは変わらず、大聖人様の御尊容を一目でも拝し、教化に浴したいという思いは、日毎に強まるばかりでした。そこで阿仏房は八十六歳という高齢にもかかわらず、はるか身延まで歩みを運ぶ決意をしたのです。本抄には、文永十一(1274)年より弘安元年に至る五カ年の間に、阿仏房が三度身延を訪れたことが記されています。

 阿仏房は、弘安元年七月に三度目の登山をされましたが、そのとき千日尼より託された手紙を大聖人様に渡されています。その手紙に対する返書が本抄であり、千日尼の手紙に記されていた女人成仏を中心に 種々の御教示をあそばされています。

 なお、御真蹟は佐渡妙宣寺に蔵されています。

 二、本抄の大意

 まず、千日尼が夫の阿仏房に託した手紙の内容に触れられます。その内容とは、法華経に説示されている女人成仏という法門を、千日尼は常に頼みとされ、信行に励んでいるというものです。

 さらに、法華経はどのような仏様が説かれ、どのように日本に流伝されたかを示し、法華経こそが一切経における真実の経典であることを御教示になっています。そして、法華経の肝心である即身成仏の法門が、女人成仏を手本として説かれていることを御指南されています。

 次に、法華経のみが女性の成仏を説き、悲母の恩に報ずることのできる真実の報恩経であるにもかかわらず、日本中のすべての女性は、弥陀念仏を拠り所としていることを述べられます。

 続いて、佐渡にあっては、過料に処せられたり、住居を奪われるなどの迫害を受けながらも、大聖人様にお給仕申し上げ、大聖人様が身延に移られてからも、三度にわたり夫を身延まで送り出した千日尼の強盛な信心を賞賛されると共に、心から感謝の意を表されています。

 次いで、去年から今年にかけて疫病が流行っていることに触れ、身延山でも鎌倉でも、大聖人様の弟子・信徒には、疫病で亡くなる人が少ないのは不思議なことであると述べられています。

 最後に、佐渡におられたときに教化していた一谷入道が逝去されたことを悼まれると共に、妻である尼の身を案じられ、本抄の結びとされています。

 三、拝読のポイント

 女人成仏は法華経のみに説かれる

 一つには、即身成仏は法華経のみに説かれる法門ですが、法華経において女人成仏が示されたことに大きな意味があるということです。

 そもそも爾前経においては、女人が成仏することを許していません。したがって、竜女が現身においす歴劫の行をせずに成 仏を果たしたことは、爾前経の教えでは到底考えられないことでした。それが法華経に至り、女人の即身成仏が説かれたのです。

 本抄においては、法華経が即身成仏の法である所以を、女人成仏の上から御教示されています。

一の巻方便品よりうちはじめて、菩薩・二乗・凡夫皆仏になり給ふやうをとかれて候へども、いまだ其のしるしなし

と、法華経の『方便品』より一切衆生の成仏が示されているものの、未だその証とな るものが欠けている旨の御教示があります。そして次下に、『提婆達多品』に説かれる竜女の成仏が即身成仏の証であると仰せになっています。すなわち、

第五の巻に即身成仏と申す一経第一の肝心あり(中略)竜女と申せし小蛇を現身に仏になしてましましき。此の時こそ一切の男子の仏になる事をば疑ふ者は候はざりしか。されば此の経は、女人成仏を手本としてとかれたりと申す

との御教示がそれです。

 このように、法華経において女人成仏が説示されたことによって、即身成仏がより確かなものになったのです。

 父母の成仏は法華経によって叶う

 二つには、法華経こそ悲母の恩を報ずる、すなわち父母の成仏を叶えられる経典であるということです。

父母の恩の中に慈父をば天に譬へ、悲母をば大地に譬へたり。いづれもわけがたし。其の中に悲母の大恩ことにほうじがたし

と、悲母の大恩は殊に報じ難いものであると示され、さらに、

法華経計りこそ女人成仏、悲母の恩を報ずる実の報恩経にては候へと見候ひしかば、悲母の恩を報ぜんために、此の経の題目を一切の女人に唱へさせんと願す

と仰せです。女人成仏が叶わなければ、当然ながら女性である悲母の成仏もあり得ません。したがって、女人成仏が叶う法華経によってこそ悲母の成仏は叶うのです。

 また、その法華経とは、再往は、釈尊が説かれた文上の法華経ではなく、大聖人様が末法において顕示された文底下種の法華経です。したがって、父母の成仏を願うならば、本門戒壇の大御本尊を受持し、信行に邁進する以外にないことを、銘記しましょう。

 大聖人の法華経こそが仏種

 三つには、法華経こそが仏種であるということです。慧心・永観・法然等にすかさ れた当時の人々は、弥陀念仏による成仏をひたすら信じていました。しかし、どれだけ念仏を唱えても成仏できるわけがありません。それは、法華経以外の経教はすべて成仏の種とならないからなのです。むしろ念仏を唱えるということは、五逆罪にも勝る大罪となることを知らなければならないのです。

 本抄では、権実相対の上から釈尊の法華経をもって成仏の種とされていますが、再往は、大聖人様御所持の寿量文底本因下種の南無妙法蓮華経こそが、仏種であることを忘れてはなりません。

 大聖人様は『教機時国抄』において、

謗法の者に向かっては一向に法華経を説くべし。毒鼓の縁と成さんが為なり。例せば不軽菩薩の如し。(中略)信謗共に下種と為ればなり」(御書270頁)

とお示しです。すなわち、相手が素直に信受してもしなくても、折伏をしていくことによって仏種を下すことになるのです。その意味では、結果だけにとらわれず、不軽菩薩のごとく、日々弛むことなく折伏に励んでいくことが肝要です。

 大聖人を恋慕・渇仰する信心が大切

 四つには、大聖人様を恋慕・渇仰する信心ということです。本抄には、佐渡における阿仏房・千日尼の不惜身命の給仕、また、遠路、阿仏房が登山されたことが拝せられます。この大聖人様を恋慕・渇仰し、登山された阿仏房の信行は、もちろん信心の亀鑑と言うべきですが、同時に阿仏房を 送り出した千日尼の信心を見逃してはならないのです。

 山賊・海賊が横行する時代に、高齢の阿仏房を送り出す信心は、大聖人様を恋慕・渇仰して登山した、夫の阿仏房に勝るとも劣るものではないのです。故に大聖人様は、

去ぬる文永十一年より今年弘安元年まではすでに五箇年が間此の山中に候に、佐渡国より三度まで夫をつかわす。いくらほどの御心ざしぞ。大地よりもあつく大海よりもふかき御心ざしぞかし

と、千日尼の信心を最大限に賞賛されているのです。私たちは、この大聖人様を恋慕・渇仰する阿仏房夫妻の信心を通し、登山の精神を再確認したいものです。

 四、結  び

  御法主日顕上人猊下は、第二回講頭・副講頭指導会において、

大聖人様の凡夫即極の仏様としてのお徳を深く拝し、常に恋慕・渇仰の思いを持っていかなければならないと思います。広宣流布といい、折伏といい、信心修行といっても、それが一番の根本ではないかと私は思うのです」(大白法430号)

と、大聖人様を恋慕・渇仰する大切さを御指南されています。また本抄では大聖人様の弟子檀那が疫病から守られたことを不思議と仰せですが、平成の今日においても、阪神大震災といい米国同時多発テロといい、法華講員が守られている姿は不思議な諸天の加護というほかありません。

 宗旨建立七百五十年・法華講三十万総登山を迎えるに当たり、私たち一人ひとりが大聖人様を常に恋慕・渇仰する信心を根本とし、世界平和一切衆生救済の報恩行に邁進してまいろうではありませんか。