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(★1221㌻) 当月十八日の御状、同じき二十三日の午の刻計りに到来、軈て拝見仕り候ひ畢んぬ。御状の如く、御布施鳥目十貫文・太刀一・五明一本・焼香二十両給び候。抑専ら御状に云はく、某今年は五十七に罷り成り候へば大厄の年かと覚へ候。なにやらんして正月の下旬の此より卯月の此の比に至り候まで身心に苦労多く出来候。 (★1222㌻) 本より人身を受くる者は必ず身心に諸病相続して五体に苦労あるべしと申しながら、更に云云。 |
今月十八日の御手紙が同二十三日の正午ごろに届いた。 すぐ拝見しました。御手紙にあるように、御布施として銭十貫文と太刀・扇一本・焼香二十両をいただいた。 そもそも専ら御手紙にしたためられている。「私は今年は五十七になったから、大厄の年かと思う。このためかどうか、なんだか、正月の下旬のころから四月の今のころに至るまで、身と心ともに苦しく悩むことが多く出てきた。 もとより人の身を受ける者は必ず身と心に諸の病が続いて五体に苦しみや悩みがあるとはいうけれども、とりわけ状態は悪い」と。 |
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此の事最第一の歎き事なり。十二因縁と申す法門あり。意は我等が身は諸苦を以て体となす。されば先世に業を造る故に諸苦を受け、先世の集煩悩が諸苦を招き集め候。過去の二因現在の五果、現在の三因未来の両果とて、三世次第して一切の苦果を感ずるなり。在世の二乗が此等の諸苦を失はんとて空理に沈み、灰身滅智して菩薩の勤行精進の志を忘れ、空理を証得せん事を真極と思ふなり。仏方等の時、此等の心地を弾呵し給ひしなり。然るに生を此の三界に受けたる者苦を離るゝ者あらんや。羅漢の応供すら猶此くの如し。況んや底下の凡夫をや。さてこそいそぎ生死を離るべしと勧め申し候へ。 |
この人生に苦しみがつきまとうことは最第一の歎くべきことである。仏法に十二因縁という法門がある。その意味は我らの身は諸の苦をもって本体としている。それというのも過去世に業をつくる故に諸の苦を受け、過去世の集、つまり煩悩が諸の苦を招き集めるのである。 過去の二因・現在の五果・現在の三因・未来の二果といって過去・現在・未来の三世にわたって順次に一切の苦果を感じるのである。 釈尊の在世当時の声聞・縁覚の二乗は、これらの諸の苦を滅しようとして、空の理に沈み身を灰にして智を滅して、菩薩の修行を勤めと精進する志を忘れ、空の理を悟ることを真理の究極と思い込んだ。そこで仏は方等を説いた時、これらの心根を叱責されたのである。 もともと生をこの欲界・色界・無色界の三界に受けた者で苦を離れている者があろうか。供養を受ける資格を得た阿羅漢でさえ、苦を免れなかったのである。 ましてや賤しく劣っている凡夫においてはなおさらである。であるからこそ急いで生死の苦を離れないと勧めていうのである。 |
| 此等体の法門はさて置きぬ。御辺は今年は大厄と云云。昔伏義の御宇に、黄河と申す河より亀と申す魚、八卦と申す文を甲に負ひて浮き出でたり。時の人此の文を取り挙げて見れば、人の生年より老年の終はりまで厄の様を明かしたり。厄年の人の危ふき事は、少水に住む魚を鴟・鵲なんどが伺ひ、灯の辺に住める夏の虫の火中に入らんとするが如くあやうし。鬼神やゝもすれば此の人の神を伺ひなやまさんとす。神内と申す時は諸の神、身に在りて万事心に叶ふ。神外と申す時は諸の神、識の家を出でて万事を見聞するなり。当年は、御辺は神外と申して、諸神他国へ遊行すれば慎んで除災得楽を祈り給ふべし。又木性の人にて渡らせ給へば、今年は大厄なりとも春夏の程は何事か渡らせ給ふべき。至門性経に云はく「木は金に遇ふて抑揚し、火は水を得て光り滅し、土は木に値ひて時に痩せ、金は火に入りて消え失せ、水は土に遇ふて行かず」等云云。 |
このような十二因縁の法門はさておくことにしよう。あなたは今年は大厄であるといっている。昔、伏羲の時代に、黄河という河から亀という魚が、八卦という文を甲羅に背負って浮き出てきた。その時代の人が、この文を取り上げて読んでみれば、人の生まれる年から老年の死の終りまでの厄のありさまを明かしていた。 厄年の人の危ういことは、水かさの減った川や池に住む魚を鴟や鵲なんかが狙い、灯火の辺りに住む夏の虫が火の中に入ろうとするように危うい。 鬼神はどうかすると、この人の精神を狙い伺悩まそうとする。神内という時は諸の神々がその身の内にあるから、どんなことでも思うようになる。逆に神外という時は諸の神々が識の家を出でて外のあらゆることを見聞したのである。 今年はあなたは神外といって諸の神々が他国へ巡り歩いているので、慎んで災いを除き楽を得るように祈りなさい。 あなたはまた陰陽五行説でいう木性の人であるから、今年は大厄であっても春と夏のころは何事もないであろう。 至門性経に「木は金に遇つて抑揚し、火は水を得て光が滅し、土は木によって時には痩せ、金は火に入って消え失せ、水は土に妨げられて流れない」等とある。 |
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| 指して引き申すべき経文にはあらざれども、予が法門は四悉檀を心に懸けて申すなれば、強ちに成仏の理に違はざれば、且く世間普通の義を用ゆべきか。 | これは特別に引いていうほどの経文ではないけれども、私の法門は四悉檀を心掛けて説くならば、とりたてて成仏の理に違わない限り、とりあえず世間の普通の道理を用いることができるのである。 |
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然るに法華経と申す御経は身心の諸病の良薬なり。されば経に云はく「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり。若し人病有らんに是の経を聞くことを得ば病即消滅して不老不死ならん」等云云。 (★1223㌻) 又云はく「現世は安穏にして後生には善処ならん」等云云。又云はく「諸余の怨敵皆悉く摧滅せん」等云云。取り分け奉る御守りの方便品・寿量品、同じくは一部書きて進らせ度く候へども、当時は去り難き隙ども入る事候へば略して二品奉り候。相構へ相構へて御身を離さず重ねつゝみて御所持あるべき者なり。 |
そうではあるが法華経という御経は身心の病の良薬である。だから法華経の薬王品第二十三に「この経はすなわち閻浮提の人の病の良薬である。もし人が病であっても、この経を聞くことができれば、病はすぐに治って不老不死となろう」等とある。また薬草喩品第五に「現世は安穏であって死んだ後には善い処に生まれるえあろう」等とある。また薬王品第二十三に「諸のほかの怨敵は、悉く摧け滅びるであろう」等とある。 法華経の中から選り分け、御守りとして方便品・寿量品を書いて差し上げる。同じことなら法華経一部を書いて差し上げたいと思ったけれども、今はどうしても時間の必要な用事があるので、略して二品を差し上げることにした。よくよく用心して御身を離さず、重ね包んで御所持していなさい。 |
| 此の方便品と申すは迹門の肝心なり。此の品には仏、十如実相の法門を説きて十界の衆生の成仏を明かし給へば、舎利弗等は此を聞きて無明の惑を断じ真因の位に叶ふのみならず、未来華光如来と成りて、成仏の覚月を離垢世界の暁の空に詠ぜり。十界の衆生の成仏の始めは是なり。当時の念仏者・真言師の人々、成仏は我が依経に限れりと深く執するは、此等の法門を習学せずして、未顕真実の経に説く所の名字計りなる授記を執する故なり。 |
この方便品というのは法華経迹門の肝心である。この品には、仏が十如実相の法門を説いて、十界の衆生の成仏を明かされたもので、舎利弗らはこの法門を聞いて無明の惑を断じ、成仏すべき真実の因の位を得ただけでなく、未来に華光如来となって成仏の覚月を離垢世界の暁の空にながめることができるとの未来成仏の保証を受けたのである。 十界の衆生の成仏の最初がこれである。今の時代の念仏者や真言師の人々が成仏は自宗の依りどころとする経に限られると深く執着しているのは、法華経方便品のこれらの法門を習学しないで、未だ真実を顕していない経に説かれている、名目だけの未来成仏の保証に執着しているからである。 |
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| 貴辺は日来は此等の法門に迷ひ給ひしかども、日蓮が法門を聞きて、賢者なれば本執を忽ちに翻し給ひて、法華経を持ち給ふのみならず、結句は身命よりも此の経を大事と思し食す事、不思議が中の不思議なり。是は偏に今の事に非ず。過去の宿縁開発せるにこそ、かくは思し食すらめ。有り難し有り難し。 |
あなたは今までいつも、これらの法門に迷われていたが、日蓮の法門を聞いて、賢い者であるので元来の執着を直ちにひるがえされて法華経を持たれただけでなく、結局は身命よりもこの法華経を大事と思われるようになったことは不思議が中の不思議である これはひとえに今生のことではなく、過去世の宿縁が開き顕されたために、このように思われたのであろう。まことに有り難いことである。 |
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| 次に寿量品と申すは本門の肝心なり。又此の品は一部の肝心、一代の聖教の肝心のみならず、三世の諸仏の説法の儀式の大要なり。教主釈尊、寿量品の一念三千の法門を証得し給ふ事は三世の諸仏と内証等しきが故なり。但し此の法門は釈尊一仏の已証のみに非ず、諸仏も亦然なり。我等衆生の無始已来六道生死の浪に沈没せしが、今教主釈尊の所説の法華経に値ひ奉る事は、乃往過去に此の寿量品の久遠実成の一念三千を聴聞せし故なり。有り難き法門なり。 |
次に寿量品というのは法華経本門の肝心である。また、この品は法華経一部の肝心、一代聖教の肝心だけでなく、過去・現在・未来の三世の諸仏の説法の儀式の重大な肝要である。教主釈尊が寿量品の一念三千の法門を悟られたことは、三世の諸仏と内面の悟りが等しいためである。 ただし、この法門は釈尊一仏の自らの悟りだけではなく、諸仏の悟りもそうである。無始の昔から六道の生死の苦しみの波浪に沈没してきた我ら衆生が、今の時に教主釈尊が説かれた法華経にあえたのは、その昔、過去にこの寿量品の久遠実成の一念三千を聴聞したからである。有り難い法門である。 |
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華厳・真言の元祖、法蔵・澄観・善無畏・金剛智・不空等が、釈尊一代聖教の肝心なる寿量品の一念三千の法門を盗み取りて、本より自らの依経に説かざる華厳経・大日経に一念三千ありと云ひて取り入るゝ程の盜人にばかされて、末学深く此の見を執す。墓無し墓無し。結句は真言の人師云はく「争ひて醍醐を盜み各自宗に名づく」云云。 (★1224㌻) 又云はく「法華経の二乗作仏・久遠実成は無明の辺域、大日経に説く所の法門は明の分位」等云云。華厳の人師云はく「法華経に説く所の一念三千の法門は枝葉、華厳経の法門は根本の一念三千なり」云云。是跡形もなき僻見なり。真言・華厳経に一念三千を説きたらばこそ、一念三千と云ふ名目をばつかはめ。おかしおかし。亀毛兎角の法門なり。 |
華厳宗や真言宗の元祖である法蔵・澄観・善無畏・金剛智・不空らは釈尊の一代聖教の肝心である寿量品の一念三千の法門を盗み取って、もともと一念三千を説いていない自宗の依経の華厳経や大日経にも一念三千の法門があるといって取り入れたのであり、このような盗人に騙されて、後代の学者が深くこの見解に執着しているのは、まことに愚かなことである。 挙げ句の果てに、真言宗の人師は「われがちに真言の醍醐を盗んで、それぞれ自宗の宗旨に取り込んだ」と、また「法華経に説かれる二乗成仏と釈尊の久遠実成は迷いの辺鄙な領域であり、大日経に説かれる法門こそ悟りの領域である」等といっている。 また華厳宗の人師は法華経に説かれる一念三千の法門は枝葉であり、華厳経の法門は根本の一念三千である」といっている。 これらは全く論拠のない間違った見解である。真言経・華厳経に一念三千を説いているならば、一念三千という名目を使えようが、一念三千をなんら説いていないのだから、まことに笑うべきである。それは亀に毛が生じ兎に角が生えているような法門である。 |
| 正しく久遠実成の一念三千の法門は、前四味並びに法華経の迹門十四品まで秘めさせ給ひてありしが、本門正宗に至りて寿量品に説き顕はし給へり。此の一念三千の宝珠をば妙法五字の金剛不壊の袋に入れて、末代貧窮の我等衆生の為に残し置かせ給ひしなり。正法・像法に出でさせ給ひし論師・人師の中に此の大事を知らず。唯竜樹・天親こそ心の底に知らせ給ひしかども色にも出ださせ給はず。天台大師は玄・文・止観に秘せんと思し召ししかども、末代の為にや止観十章第七正観の章に至りて粗書かせ給ひたりしかども、薄葉に釈を設けてさて止み給ひぬ。但理観の一分を示して事の三千をば斟酌し給ふ。 |
まさしく久遠実成の一念三千の法門は爾前経ならびに法華経の迹門十四品まで秘しておられたが、法華経の本門正宗分である一品二半に至って寿量品に初めて説き明かされたのである。 この一念三千の宝珠を金剛石のように壊れない妙法蓮華経の五字の袋に入れて、末法時代の貧しく苦しんでいる我等衆生のために残し置かれたのである。 正法時代・像法時代に出現された論師や人師の中で、この大事を知る人はいなかった。ただ竜樹と天親だけが心の底では知っていたが、表にはあらわさなかった。 天台大師は法華玄義・法華文句・摩訶止観でも秘そうと思われたが、末法時代のために摩訶止観十章のうち第七正観の章に至って、ほぼ書き示されたが、少しうわべだけの解釈を施して、そのまま止めてしまわれた。ただ一念三千の理観の一分だけを示して事の一念三千については書き表すのを遠慮された。 |
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| 彼の天台大師は迹化の衆なり。此の日蓮は本化の一分なれば盛んに本門の事の分を弘むべし。 | あの天台大師は迹化に化導されたお弟子である。この日蓮は、本仏に化導された地涌の菩薩その人である。盛んに本門の事の一念三千の法門を広めることができるのである。 |
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然るに是くの如き大事の義理の篭らせ給ふ御経を書きて進らせ候へば、弥信を取らせ給ふべし。勧発品に云はく「当に起ちて遠く迎へて当に仏を敬ふが如くすべし」等云云。安楽行品に云はく「諸天昼夜に常に法の為の故に而も之を衛護す。乃至天の諸の童子以て給使を為さん」等云云。譬喩品に云はく「其の中の衆生は悉く是吾が子なり」等云云。法華経の持者は教主釈尊の御子なれば、争でか梵天・帝釈・日月・衆星も昼夜朝暮に守らせ給はざるべきや。厄の年災難を払はん秘法には法華経には過ぎず。たのもしきかな、たのもしきかな。 |
そうであるから、このように大事な法理を含んでいる御経を書いて差し上げたのです。ますます信心を深めていきなさい。法華経勧発品に「まさに起ち上がって遠くから迎えて、ちょうど仏を敬うようにすべきである」等、 安楽行品に「諸天善神が昼夜に常に法のために法華経の行者を守護する(乃至)天の諸の童子が仕えるであろう」等、譬喩品に云く「三界の中の衆生は悉く是れ吾が子である」等とある。 法華経を受持する者は教主釈尊の御子であるので、どうして梵天・帝釈・日月・衆星も、昼も夜も、朝も暮れも守らないことがあろうか。厄の年の災難を払う秘法として法華経に過ぎるものはない。まことに頼もしいかぎりである。 |
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さては鎌倉に候ひし時は細々申し承はり候ひしかども、今は遠国に居住候に依りて面謁を期する事更になし。されば心中に含みたる事も使者玉章にあらざれば申すに及ばず。歎かし歎かし。当年の大厄をば日蓮に任させ給へ。 (★1225㌻) 釈迦・多宝・十方分身の諸仏の法華経の御約束の実不実は是にて量るべきなり。又々申すべく候。 四月二十三日 日 蓮 花押 太田左衞門尉殿御返事 |
それはともかく、鎌倉にいた時は細々と話を承わったが、今は遠国の身延に住んでいるのでお会いすることはかなわない。そうであるから心の中で思っていることも使者や手紙でなければ伝えることができない。嘆かわしいことである。 当年の大厄のことは日蓮に任せなさい。釈迦・多宝・十方・分身の諸仏の法華経における御約束が真実か不真実かは、厄の年の災難を払えるかどうかによって推し量られるのである。詳しくはまたまた述べることにしたい。 弘安元年戊寅四月廿三日 日蓮花押 太田左衛門尉殿御返事 |