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(★1170㌻) 白小袖一領、銭一 さてはなによりも上の御 |
白小袖一枚、銭一結、また富木殿のお手紙にある果物、なによりも柿と梨、また生ひじき、干ひじき等の様々の物を受け取り、品々を御使いの方から頂戴しました。 さて何よりも、主君・江間氏の御病気のことは、嘆かわしく思っております。たとえ主君は法華経を信仰していないようであっても、あなたが主君の内にあって、その御恩のおかげで法華経を供養しておられるのであるから、その功徳はひとえに主君の病気平癒のための祈りとなるでしょう。 |
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| 大木の下の小木、大河の |
大木の下の小さな木や、大河のほとりの草は、直接雨にあたることがなく、直接水を得ることがなくても、自然に露を伝え、水気を得て栄えるのである。あなたと御主君との関係も、このとおりです。 阿闍世王は仏のかたきでしたがその身内の耆婆大臣が釈迦仏を信じて常に供養していたので、その功徳が阿闍世王に帰したと説かれています。 仏法の中に内薫外護という大事な法門があり、これが仏教の要の原理です。 |
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| 法華経には「我深く |
法華経の不軽品には「我れ深く汝等を敬う」とあり、涅槃経には「一切の衆生は悉く仏性がある」とあり、馬鳴菩薩の著した起信論には「真如の法が常に薫習するゆえに妄心が即滅して、法身が顕現するのである」と説かれ、また弥勒菩薩の著した瑜伽論には、同じようなことが説かれています。隠れていたことが外に現れた徳となるのです。 |
| されば御内の人々には天魔ついて、前より此の事を知りて殿の此の法門を供養するを (★1171㌻) せ給ふか。 |
それゆえ江間家の御内の人々には、天魔がついて、この内薫外護の原理で江間氏一門が正法の家人となることを知って、あなたが法華経を供養することを防ぎとめるために、今回竜象房等の大妄語をつくりだしたのである。ところが、あなたの御信心が深いので、十羅刹女があなたを護ろうとして、主君の病気をおこしたのであろうか。主君はあなたを自分のかたきとは思われていないけれども、ひとたび彼らのいうことを用いたことによって、御病気が重くなり、長引いておられるのでしょうか。 | |
| 彼等が柱とたのむ竜象すでに |
彼らが柱とたのむ竜象房も、すでにたおれてしまった。讒言した人々も、また同じ病におかされてしまった。良観はもう一層仏法上の大罪がある者であるから、大事件にあい、大事をひきおこして、法罰をこうむるこたにもなるであろう。よもやただではすまないでしょう。 |
| 此につけても、殿の御身も |
それにつけても、あなたの身の上が危険に思われる。必ず敵にねらわれるであろう。すごろくの石は二つ並んでいなければならないし、また車の輪は二つあれば道でかたむかない。このように敵も二人結束している者に対しては攻撃をためらうものである。このようなわけであるから、どのような過失があなたの弟達にあったとしても、少しの間であっても側から離さないようにしなさい。 | |
| 殿は一定腹あしき |
あなたは確かに怒りっぽい相が顔にあれわれている。どんなに大事と思っても、短気な者を諸天は守らないということを知りなさい。あなたが人に殺されるならば、たとえ成仏はされるとしても、彼等は、悦ぶであろうし、こちらにしてみれば嘆かわしい。そのような事になれば、口惜しい事であろう。 | |
| れまいらせて |
彼等が何とかしてあなたを陥れようと励んでいるところに、以前よりもあなたが主君に信用されているので、彼等は外面は静まったようであるけれども、胸の内は燃える計りの思いであろう。それゆえ、ふだんは彼等にめだたないようにして、前よりも江間家の家人を敬い、また公達がこられている場合には、主君のお召しがあったとしても、しばらく慎んでいるのがよい。 | |
| 入道殿いかにもならせ給はゞ、彼の人々はまどひ者になるべきをば |
もし江間入道殿に万一の事があれば、彼等は所定めぬさすらい者となってしまうのに、それもかえりみず、物の道理をわきまえずして、あなたがますます出世されるのを見ては、必ず嫉妬の炎を胸にむらむらと燃やし、息を荒げることであろう。 | |
| 若し |
もし公達や、権威ある女房たちが「主君の病気はいかがですか」と問われたならば、相手がどのような人であれ、膝をかがめ、手をあわせ、「私の力の及ぶような病気ではありませんが、どのように辞退申し上げても、強いての仰せでありますので、御奉行の身である故、このように御治療いたしております」といいなさい。鬢もかかず、直垂もかたく張ったものではなくとも、あざやかな小袖や、目立つような色物などは着ないで、当分は辛抱していてごらんなさい。 |
| 竜象と殿の兄とは殿の御ためには (★1173㌻) |
竜象房とあなたの兄は、あなたのためには悪い人であった。そこで天の御計らいによって、あなたの思う通りになったのである。しかるに、どうしてあなたは諸天の御心に背こうなどと思われるのであろうか。たとえ千万の財宝を得たとしても、主君に捨てられてしまえば、何の意味もないではないか。 すでにあなたは主君から親のように思われ、ちょうど水が器に随い、仔牛が母を慕い、また老人が杖をたよりにするように、主君からあなたのことを信頼されているのは、法華経の偉大な力に守られているからにほかならないではないか。同僚の人々は、定めて羨ましく思っていることであろう。早くこの四人と語りあって味方とし、その由を日蓮に聞かせなさい。そうするならば、日蓮もあなたのために、強盛に諸天の加護を祈りましょう。 またあなたのなき御父、御母のことも「左衛門尉が、非常に歎いております」と、諸天に申しいれてあります。必ず御本尊のおぼえもめでたいことであろう。 |
| 返す返す今に忘れぬ事は頚切られんとせし時、殿は |
返す返す今も忘れられぬ事は、文永八(1271)年九月十二日、竜の口で日蓮が首を切られようとした時、あなたが私の供をし、馬の口にとりついて、泣き悲しまれたことである。これはいかなる世にも忘れることはできない。もし、あなたの罪が深くて地獄に堕ちるようなことがあれば、日蓮を仏になれと、どんなに釈迦仏がいざなわれようとも、従うことはないであろう。あなたと一緒に地獄に入ろう。日蓮とあなたと共に地獄に入るならば、釈迦仏も法華経も必ずや地獄におられるにちがいない。そうすれば、ちょうど闇の中に月が入って輝くようなものであり、また湯に水を入れさますようなものであり、氷に火をたいてとかしてしまうようなものであり、また太陽に闇を投げつければ闇が消えてしまうようなもので、地獄即寂光の浄土となるであろう。 | |
| 若しすこしも此の事を |
もしこのことを少しでもたがえて取り返しのつかないことになったならば、日蓮をお恨みになってはなりません。 | |
| 此の世間の疫病はとのゝ |
今、世間に流行している疫病は、あなたのいわれるとおり、年が改まれば、身分の高い人々にまで及ぶことでしょう。今しばらくは、世間の様子をごらんなさい。 |
| 又世間の |
また世間が過ごしにくいようなことを嘆いて人に聞かせてはならない。もし、そのようなことをするならば、賢人にはあるべからざることである。もし、そんなことをすると、後に残された妻子が、自分で恥をいうつもりではないけれど、夫との別れの惜しさに、他人に向かって自分の夫の恥をみな語ってしまうようなことになるであろう。これは、ひとえに妻の失ではなく、むしろ夫の振舞いが賢明でなかったからである。 | |
| 人身は受けがたし、 |
人間として生まれてくることは、難しいことであり、爪の上の土のように、わずかな存在である。また、たとえ人間として生まれてきても、その身を持つことは難しく、太陽が昇れば、すぐ消えてしまう草の上の露のようにはかないものである。たとえ、百二十歳まで長生きしても、汚名を残して一生を終わるよりは、生きて一日でも名をあげる事こそ大切である。 | |
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中務三郎左衛門尉は、主君のためにも、仏法のためにも、世間に対する心がけについても、非常に立派であったと、鎌倉の人々にいわれるようになりなさい。穴賢穴賢、蔵にたくわれる財宝よりも、身の財がすぐれており、その身の財よりも、心に積んだ財が第一である。この文を御覧になってから以後は、こころの財を積んでいきなさい。 |
| 第一秘蔵の物語あり、書きてまいらせん。日本始まって国王二人、人に殺され給ふ。其の一人は |
最も大事な秘蔵の物語がある。ここに書いて差し上げよう。日本国が始まってから、二人の国王が臣下に殺されている。その一人は崇峻天皇である。 | |
| 此の王は欽明天皇の御太子、聖徳太子の (★1174㌻) ひて、なにと云ふ証拠を以て此の事を信ずべき。太子申させ給はく、御眼に赤き筋とをりて候。人に |
この崇峻天皇は、欽明天皇の太子であられ、聖徳太子の伯父である。第三十三代の天皇であられたが、ある時、聖徳太子を召して「汝は聖者であると聞く。朕の相を占ってみよ」と仰せつけになられた。聖徳太子は三度までも辞退されたが、是非との仰せつけにやむをえず、つつしんで相を占われた。そして「陛下は、人に殺される相がおありです」と申し上げた。 すると天皇の顔の表情がかわられ、「いかなる証拠をもって、この事を信ずべきか」と仰せになった。太子は「御眼に赤い筋がとおっております。それは、人にあだまれる相でございます」と申された。 |
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| 皇帝勅宣を重ねて下し、いかにしてか此の難を脱れん。太子の云はく、 |
天皇は重ねて「どのようにすれば、この難をのがれることができるのか」と仰せられた。太子は「まぬがれることは困難です。ただし、仁・義等の五常という兵があります。それを御身からはなさなければ、難をまぬかれることができるでしょう。この兵を仏典では、忍辱の行といって、六波羅蜜の修行の一つとしております」と答えられた。 | |
| 且くは此を持ち給ひてをはせしが、やゝもすれば腹あしき王にて是を破らせ給ひき。有る時、人 |
天皇は、それからしばらくは、忍辱を持っておられたが、ややもすれば、気の短い御方であったので、これを破られた。ある時、猪の子を献上した人がいたが、その時天子は、笄をぬいで、猪の子の眼をぶつぶつとつきさし「いつの日か憎いと思う奴を、このようにしてやろう」と仰せられた。聖徳太子はその座におられたが「ああ、なげかわしいことである。陛下は、必ずや人に恨まれることでしょう。今のこの御言葉は、自分を害する剣です」といわれて、多くの財宝を取り寄せて、そのとき天皇の前にいてこの言葉を聞いた人々に、このことを口外しないようにと引き出物として与えられた。しかし、ある人が、大臣の蘇我馬子にこの事を語ったので、馬子は自分のことであると思い東漢直磐井という者の子、直駒に命じて、天皇を殺害させてしまったのである。 されば、天皇の御身であっても思っている事を、たやすく言わぬものである。 |
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| 孔子と申せし賢人は九思一言とて、 |
孔子という賢人は九思一言といって九度思索して後に、一度語ったという。また周の文王の子、公旦という人は、髪を洗っている時、客人があれば、途中でも髪をにぎって迎え、また食事中であれば、食事を中止(口中の食を吐く)しても、客を待たせず、対応した。このことをしっかりとお聞きなさい。仏法というのは、このことをいうのです。 |
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一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひしはいかなる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ。穴賢穴賢。賢きを人と云ひ、はかなきを畜という。 九月十一日 日蓮花押 四条左衛門尉殿御返事 |
釈迦一代の説法の肝心は法華経である。そして、法華経の修行という点で、その肝心をいえば、それは不軽品である。不軽菩薩が人ごとに敬ったということは、どういうことをいうのであろうか。教主釈尊の出世の本懐は、人として振る舞う道を説くことであった。穴賢穴賢。振舞いにおいて、賢いものを人といい、愚かなものを畜生というのである。 建治三年丁丑九月十一日 日蓮花押 四条左衛門尉殿御返事 |