松野殿御消息 建治二年 五五歳

 

(★1073㌻)
 昔乃往(むかし)過去の(いにしえ)珊提嵐(さんだいらん)国と申す国あり。彼の国に大王あり、()(じょう)念王(ねんおう)と申しき。彼の王に千の王子あり。又彼の王の第一の大臣を宝海梵(ほうかいぼん)()と申す。彼の梵志に子あり、法蔵と申す。彼の無諍念王の千の太子は穢土(えど)を捨てゝ浄土を取り給ふ。其の故は此の娑婆世界は何なる所と申せば、十方の国土に父母を殺し、正法を誹謗し、聖人を殺せる者、彼の国々より此の娑婆世界へ追ひ入れられて候。例せば此の日本国の人大科ある者の獄に入れらるヽが如し。我が力に叶はざれば哀愍(あいみん)せずして捨て給ふ。宝海梵志一人()け取りて、娑婆世界の人の師と成り給ふ。宝海梵志の願に云はく「我未来世の穢悪土の中に於て正に作仏することを得べし。即ち十方浄土より擯出(ひんずい)せる衆生を集めて我(まさ)に之を度すべし」と誓ひ給ひき。無諍念王と申すは阿弥陀仏なり。其の千の太子は今の観音・勢至・普賢・文殊等なり。其の宝海梵志と申すは今の釈迦如来なり。此の娑婆世界の一切衆生は十方の諸仏に抜き捨てられしを、釈迦一人計りして(たす)けさせ給ふを唯我一人と申すなり。
  日蓮 花押
 松野殿
   
 むかし、釈迦が過去世において因位の修行をしていたときのことである。珊提嵐国という国があった。その国に大王がおり、名を無諍念王といった。その王に千人の王子がいた。また、王の第一の大臣を宝海梵志といい、その梵志に子がいて、名を法蔵といった。
 ところで無諍念王の千人の太子はみな、この娑婆世界を嫌って捨て去り、浄土を求めたのである。そのわけは、この娑婆世界はどんなところであるかといえば、十方の国土で、父母を殺し、正法を誹謗し、聖人を殺した者がそれぞれの国からこの娑婆世界へ追いやられてきて住むところだからである。たとえば、この日本国の人は、大罪を犯した者が牢獄に入れられているようなものである。それゆえ、自分の力ではおよばないので、千人の太子は憐れみをかけずに、穢土を捨ててしまわれたのである。ところが、宝海梵志一人がこの難事をひきうけて、娑婆世界の人々の導師となられた。宝海梵志の願いにいうには「我は未来世の悪穢土の中において、必ず成仏するであろう。そのときには、十方浄土から追い出された衆生を集めて、必ず、これらの衆生を成仏へ導く」と誓われた。このときの無諍念王と申すは阿弥陀仏でり、その千人の太子とは今の観音・勢至・普賢。文殊等である。また宝海梵志というのは今の釈迦如来である。この娑婆世界の一切の衆生は悪心強盛で、十方の諸仏から抜き捨てられたのを、釈迦仏がただ一人だけで、これらの衆生を仏道に導くことを扶けられたのである。このことを法華経譬喩品には「唯我れ一人のみ能く救護を為す」と説かれているのである。
  日蓮 花押
 松野殿