大白法・令和4年3月1日刊(第1072より転載)御書解説(251)―背景と大意

報恩抄(999頁)

 

 一、御述作の由来

 本抄は、建治(けんじ)二(1276)年七月ニ十一日、日蓮大聖人様が御年五十五歳の時、身延において(したた)め、出家時の兄弟子である安房国(あわのくに)清澄寺(千葉県鴨川市)の浄顕房(じょうけんぼう)義浄房(ぎじょうぼう)に送られた御書です。その縁由(えんゆ)は、同年三月に出家時の師匠、道善房(どうぜんぼう)が逝去し、その訃報が六月に届いたことによるもので、大聖人様は四恩のうち、特に師匠への報恩を遂げるため、わずか一カ月の短期間で一気(いっき)呵成(かせい)なさったのです。

 同年七月ニ十六日付の『報恩抄送文』によれば、浄顕房・義浄房のニ人に対し、使いの民部(みんぶ)日向(にこう)を読み手として、本抄を(かさ)が森の(いただき)にてニ・三遍、また故道善房の墓前にて一遍読み上げるよう指示されています。

 本抄の御真蹟(上下ニ巻)は、明治八年の身延の大火(たいか)で焼失しましたが、断簡(だんかん)七紙が池上本門寺(日蓮宗)ほか五カ所に蔵されています。また、大聖人御入滅八十年後の下御坊日舜(にっしゅん)師筆の写本(下巻)が総本山に蔵されています。

 本抄の題号について、総本山第ニ十六世日寛上人は、

 「この抄の題号は即ち二意を含む。所謂(いわゆる)通別なり。通は()わく、四恩報謝の報恩抄、別は謂く、師恩報謝の報恩抄なり」(御書文段 379頁)

と御教示です。題号は御著述の主旨を表すもので、本抄には通別の二意があります。それは、通じて四恩全体への報謝を表す意と、別して道善房への師恩に報謝を表す意です。

 四恩について『四恩抄』には、一切衆生の恩・父母の恩・国主の恩・三宝の恩を挙げられますが、本抄では、

 「これはひとへに父母の恩・師匠の恩・三宝の恩・国恩をほう()ぜんがため

と、「一切衆生の恩」を「師匠の恩」と示されています。これは、本抄の別意が師恩報謝にあることによるもので、梵網(ぼんもう)経等の意により、一切衆生の恩を一括して父母の恩に込められたということです。

 本抄は、五大部・十大部に数えられる重要御書です。伊豆流罪時の『四恩抄』に対応し、当時の課題を本抄で実証し、証明されたところに意義があります。

 特に『報恩抄送文』には、本抄について、

 「随分大事の大事どもをかきて候ぞ」(御書1038頁)

と記されています。

 これについて日寛上人は、通じて諸宗の謗法を破し、別して真言宗(東密(とうみつ))と天台宗の密教(台密(たいみつ))の誑惑(おうわく)を破して、『立正安国論』『開目抄』『観心本尊抄』『撰時抄』の他の五大部にも明かさなかった正法、すなわち本門の三大秘法 (本門の本尊、本門の戒壇、本門の題目) の名義を明かされたことによると教示されています。

 

 二、本抄の大意

 初めに仏弟子は、必ず父母・師匠・国主・仏法僧の三宝の四恩を知って、その恩に報いるべきことを述べられます。

 次いで、大恩に報いるためには、父母・師匠・国主の心に(そむ)いてでも、真実の仏法を習い(きわ)めるべきであるとし、その事例として、釈尊が父浄飯王(じょうぼんのう)に背いて出家・成道(じょうどう)し、三界第一の孝行の者となったことを示されます。

 次いで、報恩の要術は不借身命にあるとし、その内容を大きく二点に分けて示されます。


 第一は、邪法を対治することが報恩であると明かされます。

 まず釈尊の一代聖教(しょうぎょう)を悟る明鏡として、倶舎(くしゃ)成実(じょうじつ)(りつ)法相(ほつそう)・三論・真言・華厳・浄土・禅・天台法華の十宗を()げ、このうち小乗の三宗(倶舎・成実・律)はさておき、大乗の七宗を見ると、いずれも自宗を自讃して他宗と責め争うばかりであると述べられます。

 そして、天台大師が経文を師として一代聖教の勝劣を判じたように、一切経を開き見ると、涅槃経には、

 「法に()って人に依らざれ

 「了義経に依って不了義経に依らざれ

と説かれ、また法華経には、

 「此の法華経は、諸仏如来の秘密の蔵なり。諸経の中に於て、最も其の其の(かみ)に在り」(法華経399頁)

等と説かれることから、了義経である法華経が明鏡であり、 一切経の頂上にあると確定されます。

 その上で、大乗の諸宗について、広く詳細にその謗法邪義を破折されます。

 中国華厳宗の澄観(ちょうかん)、三論宗の嘉祥(かじょう)、法相宗の慈恩(じおん)、真言宗の(ぜん)無畏(むい)ないし日本東密の弘法(こうぼう)、台密の慈覚(じかく)智証(ちしょう)など、法華経よりも勝れた経があるという人は、どのような人も謗法(ほうぼう)罪は(まぬか)れず、仏敵以外の何ものでもないこと。そして、日蓮がこれを知りながら人々を恐れて言わなければ、涅槃経の「身命を(うしな)ったとしても、教えを(かく)してはならない」という、仏の諫暁(かんぎょう)を破る者になると述べられます。

 続いて、印度(インド)の釈尊、中国の天台大師・妙楽大師、日本の伝教大師が、いかに誹謗(ひぼう)・迫害を乗り越えて法華経を説き弘通(ぐつう)したかを述べられます。それは法華経の行者としての実践が、真実の知恩報恩となるとの意です。

 さらに、この点を基軸に、大乗七宗の中でも真言の東密・台密について、その伝来、伝承や教義の立て方、また元祖である諸師、特に弘法・慈覚・智証の事蹟を精査し、諸宗が法華経に背く邪義であることを検証されます。そして天台・真言の密教は、現実に国を(ほろ)ぼす大悪法であると破折し、法華経こそが仏の真実本懐の教えであると結論づけられます。

 次いで、

 「此の事日本国の中に但日蓮一人計りしれり

として、このことを言い出せば、末法の法華経の行者として種々の大難に値うけれども、今世で自ら成仏を遂げるため、また父母・師匠を救うために、覚悟して言い始めたのであると述べられます。

 その結果、所を(おわ)われ、(ののし)られ、打たれ、(きず)を負わされ、弘長元(1261)年五月十ニ日には幕府の御勘気により伊豆国伊東に流され、さらに文永八(1271)年九月十ニ日には竜口(たつのくち)(くび)の座と、それに続く佐渡配流に処されたこと。さらに文永十一年ニ月の赦免(しゃめん)後、四月八日に平左衛門尉(へいのさえもんのじょう)に見参して再三の国主諌暁を遂げてから、身延に入山されたことを述べられます。

 そして、こうして邪法を対治することが、第一の父母の恩・師匠の恩・三宝の恩・国恩を報ずることに当たるため、この功徳によって父母や故道善房の聖霊(しょうりょう)(たす)かるに違いないと述べられます。


 次に、報恩の要術の第ニとして、正法を弘通することが報恩謝徳であると明かされます。

 まず、法華経一部八巻ニ十八品の中にはいずれが肝心かとの問いに対し、「如是(にょぜ)我聞(がもん)」の上の妙法蓮華経の五字が肝心であり、それはまた一切経の肝心であり、一切の諸仏等の頂上の正法であると示されます。その理由として、南無妙法蓮華経こそ一代の教法を収め、あらゆる功徳が帰趨(きすう)する肝心の法体(ほつたい)である旨を明かされます。

 さらに、天台・伝教が未だ弘通していない正法はあるのか、との問いを設けられ、仏が末法のために秘して留めおかれた正法として、一に本門の本尊、ニに本門の戒壇、三に本門の題目、の三大秘法の名羲を明かされます。

 次いで、日蓮の慈悲が曠大(こうだい)であるなら、この南無妙法蓮華経は万年のほか末来までも流れるとし、ここに日本国の一切衆生の盲目を開く功徳があり、また人々が無間(むけん)地獄へ()ちる道を(ふさ)ぐ功徳があると述べられます。

 そしてこの功徳は伝教・天台にも超え、竜樹(りゅうじゅ)迦葉(かしょう)にもすぐれると仰せられ、これはひとえに日蓮の智が賢いからではなく、時のしからしむる故であると述べられます。

 最後に総結として、花は根に帰り、(このみ)は土にどとまるように、邪法を対治し、正法を弘通する報恩の功徳は、故道善房の聖霊の身に集まるであろうと述べ、本抄を終えられます。

 

 三、拝読のポイント

 真実の報恩謝徳

 本抄は、大聖人様御自身の信念に基づき、師匠道善房に対する真の報恩謝徳の道が明かされたものです。しかし、同時に、それは門下僧俗全体に対し、真の報恩謝徳の道を御教示されたものでもあります。

 そこで、真の報恩謝徳を遂げるための道筋を、本抄の大段から拝してみましょう。

一には知恩報恩の(こころざし)を立てること。

ニには、報恩の要術として、不惜身命の精神で破邪顕正の行業(ぎょうごう)を実践すること。

三には、その実践の功徳は、自身の一生成仏として、また四恩報謝として成就するということです。

 このうち、特にニの報恩の要術について、日寛上人は『報恩抄文段』に、

 「問う、報恩の要術、其の意は如何(いかん)。答う、不惜(ふしゃく)身命(しんみょう)を名づけて要術と()す。謂わく、身命を()しまず邪法を退治し、正法を弘通する、則ち一切の恩として報せざること()きが故なり」(御書文段384頁)

と御教示です。

 このことは、私たちにとって、不断の勤行・唱題に基づく折伏実践にほかなりません。不惜身命の語には覚悟を要しますが、そこに私たち自身の一生成仏も、真の四恩報謝も結実することを知りましよう。 

 如是我聞の上の妙法蓮華経の五字

 本抄には、法華経一部八巻二十八品の肝心とは何か、との設問に対して、

 「如是我聞の上の妙法蓮華経の五字は即一部八巻の肝心、亦復一切経の肝心、一切の諸仏・菩薩・二乗・天人・修羅・竜神等の頂上の正法なり

と示し、さらに甚深な本門の題目の功徳が明かされます。

 「如是我聞(是の如きを、我聞きき)」とは『序品』第一の冒頭の一句ですから、「妙法蓮華経」は一応、法華経の経題を指します。

 日寛上人は『文底秘沈抄』において、当該の御文に重々の解釈を(ほどこ)し、本門の題目の真意を示されました(六巻抄71頁参照)。

 それは、1一住就法と2再往功帰の両面から拝して妙法の帰趨を見極めることです。

そのためには、

1一往就法について、
 ①一往名通と
 ②再往義別
を弁えること。さらに、

2再往功帰については、妙法の功徳が帰趨する根源として、
 ①一往脱益と
 ②再往下種
を知り、肝心たる妙法蓮華経の法格が、文底下種にあると確定するものです。

 すなわち、1一往就法とは、法相上・教相上における題目の位置です。「如是我聞の上の妙法」とは経題なので、

 ①一往、妙法の名は一部八巻に通じます。しかし、

 ②再往、義をもって判別すると、迹門の肝心は開権顕実の妙法、本門の肝心は開迹顕本の妙法であり、そこに勝劣浅深が存するのです。

 また、2再往功帰とは、それら題目の功徳が帰すべき根源の法格を定めることです。

 ①一往、印度出現、色相荘厳の釈尊が説いた法華経は、本門寿量品の発迹顕本に究まるので、文上の久遠本果脱益の妙法をもって根源の法格とします。しかし

 ②再往、さらに根源を突きつめると、それは法華経に(もん)()()があるうち、一部八巻の文でもなく、本迹ニ門の義でもなく、ただ意に行きつきます。その意の妙法とは、ただ寿量文底・本因下種本門に究まるのです。この構格から、一切の功徳が帰趨する根源の法格は、久遠元初本因下種の妙法にあると確定するのです。

 要するに、大聖人様は文底本因下種の妙法をもって本門の題目として開示し、末法即身成仏の行法とされたのです。

「本門の教主釈尊を本尊とすべし」の正意

 本抄には、本門の本尊について、

 「日本乃至一閻浮提(えんぶだい)一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂(いわゆる)宝塔の内の釈迦・多宝、(そのほか)の諸仏並びに上行等の四菩薩脇士(きょうじ)となるべし

と教示されています。

 日寛上人は、末法の本尊としての標示「本門の教主釈尊」とは人本尊であり、「所謂宝塔」以下はその釈義であり、『観心本尊抄』の法本尊と同様の記述でなされているので、畢竟(ひっきょう)人法(にんぽう)は体一であると仰せです。法本尊とは寿量文底・事の一念三千の妙法大(まん)荼羅(だら)御本尊です。換言すると、本抄では人法が体一であることを前提に、本因下種の人本尊「本門の教主釈尊」を主体として、その出現を示されているということです。

 日寛上人は、教主釈尊に「多義有り」として六種の釈尊を示されます。小乗教の仏身から取意で挙げると、

 ①小乗三蔵教の教主釈尊は劣応身、

 ②大乗通教の教主釈尊は勝応身、

 ③別教の教主釈尊は他受用報身、また円教の仏身として、

 ④法華経迹門の教主釈尊は応即法身、

 ⑤在世本門の教主釈尊は久遠本果脱益・色相荘厳の応仏昇進の自受用身、

 ⑥本門寿量文底の教主釈尊は本因下種・名字凡身・久遠元初の自受用報身で、

⑤と⑥にはさらに相違点が挙げられています。

 これらを総合すると、末法下種の「本門の教主釈尊」とは、⑤在世本門の教主釈尊ではなく、⑥寿量文底・本因下種の教主釈尊にあることが判ります。理由は、「本門の教主釈尊」と文底下種の法本尊が法格上、一致する関係にあること、また妙法御本尊の相貌によって、末法出現の教主釈尊の当体が明かされたことです。そして、その御方こそ、末法下種の主師親三徳を兼備された、名字凡身の御本仏日蓮大聖人にましますのです。

 なお、御本尊の中央首題の直下にある「日蓮」の御名は、まさに「本門の教主釈尊」として人法体一の御境地を顕わされたものです。これに対し、「所謂宝塔の内の釈迦・多宝」とは、首題の左右の脇士である、釈迦牟尼仏・多宝如来に当たるのです。名が同じとはいえ、双方を同一視してはなりません。

三徳兼備の御本仏日蓮大聖人

 次の御文には、大聖人様の御身に、主師親の三徳を兼備されていることが拝されます。

 「日蓮が慈悲曠大(こうだい)ならば南無妙法蓮華経は万年の(ほか)未来までもながる(流布)べし。日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり。無間地獄の道をふさぎぬ。

 日寛上人は、「日蓮が慈悲」等とは親の徳、「日本国の一切衆生の盲目を開ける」とは師の徳、「無間地獄の道を塞きぬ」とは主君の徳に当たると示されました。

 その上で、さらに『報恩抄文段』に次のように御教示です。

 「(およ)そ主師親の三徳を本尊とすべしとは、諸抄の明文、(きょう)として目前に在り。然るに上に本因妙の教主釈尊を本尊とすべしと明かし()わって即ち自身の三徳を明かしたもう。故に知んぬ、本因妙の教主釈尊とは、(あに)蓮祖聖人に非ざらんや」(御書文段470頁)

 すなわち、諸御書に照らし、主師親の三徳兼備の方を本尊とするのは明白です。そして本抄では、本因妙の教主釈尊を末法下種の本尊と定められました。さらに、続く当該の御文において、大聖人様は御自身に兼備する主師親の三徳の相を明かされたのです。ならば、本因妙の教主釈尊とは、まさに大聖人様御自身のことであることが判ろう、との意です。

 私たち本宗僧俗は、こうして大聖人様を、久遠元初即末法における、主師親三徳兼備の下種御本仏と仰ぎ、帰依(きえ)し奉るのです。 

 

 四、結  び

 御法主日如上人猊下は、

 「本年は『報恩躍進の年』であります。
 即ち、各講中共に僧俗一致・異体同心の盤石なる体勢を構築し、仏祖三宝尊への御報恩謝徳のもと、尚一層の精進をもって一天広布へ向けて大きく躍進し、御奉公の誠を尽くしていかなければならない極めて大事な年であります
」(大白法 1068号)

と御指南されています。

 本抄の、

 「極楽百年の修行は穢土(えど)の一日の功に及ばす。正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか

との御教示を身に体し、折伏弘教に邁進することこそ御本仏大聖人様への御報恩であることを銘記し、誓願目標達成に向け精進してまいりましよう。