大白法・平成11(1999)年5月1日刊(第524号より転載)御書解説(073)―背景と大意
本抄は、建治二(1276)年四月、大聖人様が五十五歳の御時に身延において、池上兄弟に対して与えられた御書です。
本書の御真蹟は、大部分が現存し、池上本門寺などに蔵されています。
池上兄弟は、兄は
本姓は藤原氏で、当時の名門であり、
この兄弟は、建長八(1256)年の頃に大聖人様に帰依したと伝えられ、四条金吾と共に鎌倉の
しかし、父の康光は律宗の極楽寺良観の熱心な帰依者であり、大聖人様がつねづね律宗を国賊と破折し、良観をエセ(似非)聖者と断言されていたことから、大聖人様に対しては憎しみをいだき、子息が大聖人様に帰依することには大反対でした。
建治二年のはじめ、悪僧良観の策謀により、父康光が兄宗仲を
しかし、兄弟にとって最大の悩みは、法華経の信仰をこのまま貫き通すか、あるいは親の命に従うかということでした。大聖人様は兄弟二人の心中を察して、
「一切はをやに随ふべきにてこそ候へども、仏になる道は随はぬが孝養の本にて候か」
と仰せられて、仏道修行を遂げて、自分自身が仏の境界を得てこそ、はじめて親をも救い、真実の報恩ができるのであると指導されました。そして、
さらに兄弟の女房たちに対しても、一層の信心を
折伏の縁は様々ですが、親、兄弟、夫婦等、特に身近な人が信心していないことは、信仰者にとって大変な悩みです。「大切な人だからこそ折伏したい」、それは私たち日蓮正宗の僧俗の本心であり、悲願です。しかし、相手はそんなことにはお構いなしで、なかなか入信しない。それどころか話を聞きもしない。挙げ句の果てには、
世間でも「忠言耳に逆らう」といいますが、折伏は大忠言なるが故に、逆らう力もまた大きいのです。そのようなときに、私たちはどのような信心をすべきでしょうか。またどのような助言が適切なのでしょうか。そのような問題に対する格好の指針が、本抄および池上兄弟の信仰の姿に示されています。その要点を挙げてみましょう。
一に、大聖人様に信伏随従できる清浄な信心を
「殿の御心賢くして日蓮がいさめを御もちゐ有りしゆへに(中略)兄弟の御力にて親父を法華経に入れまいらせさせ給ひぬる御計らひ、偏に貴辺の御身にあり」(御書1270頁)
との讃辞を送られています。
二に、地涌の眷属たる境界を開く、自行唱題の精進があったことです。のちに大聖人様は、兄に対して、
「貴辺も上行菩薩の化儀をたすくる人なるべし」(同1435頁)
と仰せられています。宗仲が地涌の眷属としての境界を開くことができた鍵は、言うまでもなく不断の唱題行にあります。
三に、折伏化他・忍難弘教に、覚悟と勇気をもっていたことです。本抄の、
「此の法門を申すには必ず魔出来すべし。魔競はずば正法と知るべからず。第五の巻に云はく「
との御指南のように、折伏をすれば三障四魔が紛然として競い起こるのです。そのとき、これに随ったり畏れたりすれば、ついに信心退転して悪道に堕ちてしまいます。しかし、兄弟は大聖人の御指南によって、忍難弘教を覚悟し、勇気ある折伏を貫徹し、ついに二十年猛反対し続けた父親を、良観の魔手から取り戻し、大聖人様に帰依させることができたのです。
四に、異体同心の信心を確立したことです。世間では仲の良かった兄弟が財産を巡って対立するという悲しい話がありますが、宗長は大聖人様の、
「わどの兄をすてゝあにがあとをゆづられたりとも、千万年のさかへかたかるべし」(同1185頁)
との厳しい御指南を信心で受け止めました。兄宗仲の不動の信心と弟の賢明な信心により、兄弟だけでなく、女房たちも心をひとつにするという異体同心の信心を確立したのです。
五に、真心からの御供養を怠らなかったことが挙げられます。一から四に見られるような兄弟の純信は、外護の志も篤く、下種三宝様への真心からの御供養となって顕れています。池上邸が大聖人様の御遷化の地となったことも、深い因縁が拝されます。
これらの要点は、いずれも誰もが知っている信心の基本ですが、池上兄弟はこれを忠実に実践して、その魔に打ち勝ち、難を乗り越える信行の方途が正しいことを証明されたのです。また本抄の最後には、
「始めは信じてありしかども、世間の
とありますが、池田大作・創価学会が世間の恐ろしさに信心を捨てて、御法主上人猊下をはじめ日蓮正宗を強盛に
大聖人様は本抄において、
「魔競はずば正法と知るべからず」
と仰せです。現在、日蓮正宗には、三障四魔が競い起こっています。これはひとえに御法主日顕上人猊下が、
「あの池田創価学会の教義的にも誤り、また宗門を支配せんとするような信徒にとって大それた誤りの考えを、ある時期からはっきりと糾してまいりました。それが私が行ってきた折伏の意義に当たると思うのであります」(大白法 517号)
と御指南のように、御法主上人猊下御
そして、
「一切を開く鍵は唱題行にある」(大日蓮 635号)
との御指南を心肝に染めて御題目を心ゆくまで唱え、異体同心の団結で御法主上人猊下の