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(★950㌻) 法華経第七の巻薬王品に云はく「衆星の中に 今此を案ずるに経文の如く申さんとすれば (★951㌻) 年なり。先一千四百余年が間は日本国の人、国王・大臣乃至万民一人も此の事を知らず。 |
みかん一篭・そのほか種々の物をお送りいただいた。 法華経第七巻薬王品第二十三にいうには「多くの星の中で、月天子の光が最第一である。この法華経もまたこのようなものである。千万億種類といわれる膨大な経法の中において、最もその光が明らかである」と。この文の意味は、天空の星は、あるいは半里、あるいは一里、あるいは八里、あるいは十六里といわれている。天の満月は八百里といわれている。 一代聖教のうち、華厳経六十巻あるいは八十巻・般若経六百巻・方等経六十巻・涅槃経四十巻あるいは三十六巻・大日経・金剛頂経・蘇悉地経・観経・阿弥陀経などの無量無辺の諸経は、ちょうど星のようなものであり、法華経は月のようなものであると説かれている経文なのである。これは竜樹菩薩・無著菩薩・天台大師・善無畏三蔵などの論師や人師の言葉ではない。教主釈尊の御金言なのである。たとえば天子の一言のようなものである。 また法華経の薬王品にいうには「よくこの経典を受持すること有る者も、また、このようであって、すべての衆生の中において、これまた第一である」と。 文の意味は、法華経を持つ人は、男ならばどんな身分の低い一庶民であっても、三界の主である大梵天王・帝釈天・四大天王・転輪聖王または中国・日本の国主よりも勝れている。ましてや日本一国の大臣や公卿・源氏や平氏の侍、または百姓などに勝れていることはいうにおよばない。女性ならば憍尸迦女・吉祥天女・あるいは漢の李夫人・楊貴妃などの無量無辺のいっさいの女人に勝れていると説かれているのである。 考えてみるのに、この経文を信じて、その通りに仏法を説こうとするならば、難が競い起こり、大変なありさまである。人々が信じることもむずかしい。だからといって、この経文を信じまいと思うと、仏の金言を疑うことになる。その失は、法華経の文に明らかに、阿鼻地獄へ堕ちると説かれている。経文のように信じていくか、どうするか、進退きわまってしまう。どのようにすべきであろうか。この法門を、教主釈尊は四十余年間というものは、胸の内にかくして説かれなかった。そのままでは不憫と思って御年七十二にいたって、南閻浮提のうちの中インドの王舎城の東北、耆闍崛山において初めて明かされたのである。 今、日本国には、釈迦仏が入滅されて一千四百余年という時に仏法が渡ってきたのである。それより、現在は七百余年たっているが、先きの一千四百余年の間は、日本国の人は、国王・大臣をはじめとして万民にいたるまで一人もこの法華経の由来を知る者はなかった。 |
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| 今此の法華経わたらせ給へども、或は念仏を申し、或は真言にいとまを入れ、禅宗・ |
今日、このように法華経が渡って来たけれども、あるいは念仏を称えたり、あるいは真言に懸命となり、禅宗や持斎などを信じ、あるいは法華経を読む人はあっても、その文底の南無妙法蓮華経と唱える人は日本国に一人もいなかった。 日蓮が初めて建長五年夏の始めから二十余年の間、誰一人、当時の人のほとんどが念仏を称えているように、法華経の題目を唱えたところが、人は皆、あざけり笑い、遂には、ののしり、あるいは打ったり、斬つたり、流罪したり、頸をはねようとさえした。これは、一日・二日・一ヶ月・二ヶ月あるいは一年・二年などというものではなかったので、とても堪えきれるとは思わなかったけれど、法華経の文を見れば、須頭檀王という王は正法を求めるために千歳の間、阿私仙人に責めつかわれ、身を牀のごとくして給仕をしたのである。不軽菩薩という僧は、正法を弘めるために多年の間、あらゆる人達から悪口をいわれ、ののしられ、刀や杖や瓦礫の難を受けた。薬王菩薩という菩薩は、仏を供養するために、千二百年とい間、身を焼き、七万二千歳という間肘を焼いたとある。これらの経文を見るにつけ、どのような難があっても、どのように責められようとも、どうして、法華弘通の志を止めることができようかと思う心で今まで退転しなかったのである。 |
| 然るに在家の御身として皆人にくみ候に、 |
しかるにあなたは、在家の身でありながら、人々が皆日蓮を憎んでいるのに、しかも、いまだ一度もお目にかかったこともないのに、なぜこのようにご信用なされるのであろう。これは、ひとえに、過去に妙法の仏種を植えられた因縁によるものであろう。来生に必ず仏に成られる時がきたので、このように仏法を求める心が起きたのであろう。 その上、経文には、鬼神が、その身に入る者は、この経を信ずることができない。釈迦仏の御魂が鬼神と入りかわった人は、この法華経を信ずるこができると説かれているから、月が水の影に映れば、水が清らかにすむように、あなたの心の水に教主釈尊という月の影が入られたのであろうかと、たのもしく思えるのである。 |
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| 法華経の第四法師品に云はく「人有って仏道を求めて一劫の中に於て合掌して、我が前に在って無数の |
法華経第四の巻の法師品第十に「仏法を求める人があって、一劫の間、合掌して、仏の前にあって無数の偈をもって讃めたたえるならば、この仏を讃めたことによって無量の功徳を得るであろう。また、この経を持つ人を讃歎するならば、その福はまた、それにも勝るのである」と。文の意味は、一劫という長い間、教主釈尊を供養するよりも、末代の智慧の浅い法華経の行者で、上下万人に迫害され、餓死しようとしている僧などを供養する功徳の方が、勝るのであるという経文なのである。 |
| 一劫と申すは八万里なんど候はん青めの石を、 (★952㌻) の行者を供養したらん功徳はまさるべきと申す文なり。此の事、信じがたき事なれども、法華経はこれていに、をびたゞしく、まことしからぬ事どもあまたはんべり。又信ぜじとをもえば多宝仏は証明を加へ、教主釈尊は正直の金言となのらせ給ふ。諸仏は |
一劫というのは、八万里ほどもある青い石を、やすりでもって、長い間、磨っても磨ってもつくすことができないものを、天人が梵天の三銖の衣といって、非常にうすく、美しい天の羽衣をもって、三年に一度天から下って撫でていって、ついに磨滅しつくしてしまう間を一劫というのである。このように長い間無量の財宝をもって、仏を供養するよりも、末法濁悪の世の法華経の行者を供養する功徳は勝れているという文なのである。 この事は信じがたい事ではあるけれども、法華経にはこのように、はなはだしく、仰々しいことが沢山書かれている。また信じまいと思えば、多宝如来が真実であるとの証明を加え、教主釈尊は正直の金言であると、自らいわれている。諸仏は広長舌を梵天につけて真実を証明している。それは父親の譲り状に母の状をそえて賢王の命令に下ったようなものである。三つの証明が同じであり、これだけそろったものを誰がこれを疑うことができようか。 |
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| されば是を疑ひし |
だからこそ、これを疑ったインドの無垢論師は舌が五つにさけ、中国の嵩法師は、舌がただれ、三階禅師は現身に大蛇となり、わが国の徳一は、舌が八つにさけたのである。それのみではなく、この法華経および法華経の行者を用いないで、身をほろぼし、家を失い、国をも亡ぼした人々は、インド・中国に数えきれないほどである。 その第一として、太陽が朝、東に大光明を放って、天眼を開き、世界を見られる時に、法華経の行者がいれば、心から歓喜し、法華経の行者を憎むがあれば、天は眼を怒らしてその国をにらみつけ、法華経の行者をいつまでも用いないので、国の人が迫害するならば、おのずからいくさが起こり、他国からその国は必ず破られるであろうと経文には見えている。 |
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| 昔 二月十七日 日蓮 花押 松野殿御返事 |
昔、徳勝童子と者は、土の餅を釈迦仏に供養して、阿育大王と生まれて、閻浮提の主となり、最後には仏になったのである。 いま、あなたは菓子などをもって法華経を供養された。どれほど十羅刹女等も悦ばれるであろう。全ては、申しつくしがたいものがある。南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。 二月十七日 日蓮花押 松野殿御返事 |