観心本尊得意抄 建治元年一一月二三日 五四歳

 

第一章 商那和修と供養の功徳を示す

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 鵞目一貫文、厚綿の白小袖一つ、筆十管、墨五丁給び畢んぬ。
 身延山は知ろし食す如く冬は嵐はげしく、ふり積む雪は消えず、極寒の処にて候間、昼夜の行法もはだうすにては堪へ難く辛苦にて候に、此の小袖を著ては思ひ有るべからず候なり。商那和修は付法蔵の第三の聖人なり。此の因位を仏説いて云はく「乃往過去に病の比丘に衣を与ふる故に、生々世々に不思議自在の衣を得たり」と。今の御小袖は彼に似たり。此の功徳は日蓮は之を知るべからず。併ら釈迦仏に任せ奉り畢んぬ。

第二章 迹門不読の疑心を正す

 (そもそも)今の御状に云はく、教信の御房、観心本尊抄の「未得」等の文字に付いて迹門を()まじと疑心の候なる事、不相伝の(びゃっ)(けん)にて候か。()ぬる文永年中に此の書の相伝は整足して貴辺に奉り候ひしが、其の通りを以て御教訓有るべく候。所詮、在々処々に迹門を捨てよと書きて候事は、今我等が読む所の迹門にては候はず、叡山(えいざん)天台宗の過時の迹を破し候なり。設ひ天台・伝教の如く法のまゝありとも、今末法に至っては去年の暦の如し。
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何に況んや慈覚より己来、大小権実に迷ひて大謗法に同ずるをや。然る間像法の時の利益も之無し。増して末法に於てをや。

第三章 爾前諸経を引証する所以を示す

 一 北方の能化難じて云はく、爾前の経をば未顕真実と捨て乍ら、安国論には爾前の経を引き、文証とする事自語相違と。不審の事前々申せし如し。総じて一代聖教を大に分かって二と為す。一には大綱、二には網目なり。初めの大綱とは成仏得道の教なり。成仏の教とは法華経なり。次に網目とは法華己前の諸経なり。彼の諸経等は不成仏の教なり。成仏得道の文言、之を説くと雖も但名字のみ有って其の実義は法華に之有り。伝教大師の決権実論に云はく「権智の所作は唯名のみ有って実義有ること無し」云云。但し権教に於ても成仏得道の外は説相空しかるべからず、法華の為の網目なるが故に。所詮成仏の大綱を法華に之を説き、其の余の網目は衆典に明かす。法華の為の網目なるが故に法華の証文に之を引き用ふべきなり。其の上法華経にて実義有るべきを、爾前の経にして名字計りのゝしる事全く法華の為なり。然る間尤も法華の証文となるべし。

第四章 法華大網・爾前網目の文証を挙ぐ

 問ふ、法華を大綱とする証如何。答ふ、天台は「当に知るべし、此の経は唯如来説教の大綱を論じて網目を委細にせざるなり」となり。問ふ、爾前を網目とする証如何。答ふ、妙楽云はく「皮膚毛綵衆典に出在せり」云云。問ふ、成仏は法華に限ると云ふ証如何。答ふ、経に云はく「唯一乗の法のみ有って二も無く亦三も無し」文。
 問ふ、爾前は法華の為との証如何。答ふ、経に云はく「種々の道を示すと雖も其の実は仏乗の為なり」と。委細に申し度く候と雖も、心地違例して候程に省略せしめ候。恐々謹言。

  十一月二十三日    日蓮 花押
 富木殿御返事
 師殿の物語りしは、下総に目連樹と云ふ木の候よし申し候ひし。其の木の根をほりて十両ばかり、
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両方の切目には焼金を宛てゝ、紙にあつくつゝみて風ひかぬ様にこしらへて、大夫次郎が便宜に給び候べきよし御伝へあるベく候。