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(★914㌻) 鵞目一貫文、厚綿の白小袖一つ、筆十管、墨五丁給び畢んぬ。 身延山は知ろし食す如く冬は嵐はげしく、ふり積む雪は消えず、極寒の処にて候間、昼夜の行法もはだうすにては堪へ難く辛苦にて候に、此の小袖を著ては思ひ有るべからず候なり。商那和修は付法蔵の第三の聖人なり。此の因位を仏説いて云はく「乃往過去に病の比丘に衣を与ふる故に、生々世々に不思議自在の衣を得たり」と。今の御小袖は彼に似たり。此の功徳は日蓮は之を知るべからず。併ら釈迦仏に任せ奉り畢んぬ。 |
鵞目一貫文、厚綿の白小袖一枚、筆十管、墨五丁をいただいた。 身延山はご存知のように、冬は嵐が激しく、降り積もる雪はなかなか消えない。極寒の所なので昼夜の修行も薄着では耐え難く、辛く苦しく思っていたところにこの小袖を着てはなんの辛いこともない。 商那和修は付法蔵の第三の聖人である。この因位について仏は「過去の世に病の比丘に衣を与えた功徳によって生生・世世に自由自在になる不思議の衣を得たのである」と説かれている。今、あなたがお送りくださった御小袖は、ちょうど商那和修の過去の因行に似ている。この功徳は日蓮は凡夫だから知らないが、ただ釈迦仏におまかせ申し上げてある。 |
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抑今の御状に云はく、教信の御房、観心本尊抄の「未得」等の文字に付いて迹門をよまじと疑心の候なる事、不相伝の僻見にて候か。去ぬる文永年中に此の書の相伝は整足して貴辺に奉り候ひしが、其の通りを以て御教訓有るべく候。所詮、在々処々に迹門を捨てよと書きて候事は、今我等が読む所の迹門にては候はず、叡山天台宗の過時の迹を破し候なり。設ひ天台・伝教の如く法のまゝありとも、今末法に至っては去年の暦の如し。 (★915㌻) 何に況んや慈覚より己来、大小権実に迷ひて大謗法に同ずるをや。然る間像法の時の利益も之無し。増して末法に於てをや。 |
さて、この御状によれば教信の御房が観心本尊抄の未得等の文字について、迹門は(得道できない教えであるから)読まないという疑問の心を起こしたとのこと、これは日蓮が相伝しない間違った考えである。去る文永年中にこの書(観心本尊抄)についての相伝は詳しく書いてあなたにお送りしたが、(教信御房には)そのとおり教訓されるがよい。 要するに日蓮があちこちに「迹門を捨てよ」と書いたのは、今、我々が読むところの迹門ではなく、比叡山天台宗の、過去、像法時代における法華経迹門の意である。たとえ天台・伝教のように経文とおりに受持して弘めても、今末法に至っては去年の暦のようなものである。 まして慈覚以後は大乗・小乗、権教・実教の区別に迷って正法を謗り、大謗法の者と同じになってしまっているのであるから、像法の利益さえなくなっており、まして末法における利益などあるはずがない。 |
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| 一 北方の能化難じて云はく、爾前の経をば未顕真実と捨て乍ら、安国論には爾前の経を引き、文証とする事自語相違と。不審の事前々申せし如し。総じて一代聖教を大に分かって二と為す。一には大綱、二には網目なり。初めの大綱とは成仏得道の教なり。成仏の教とは法華経なり。次に網目とは法華己前の諸経なり。彼の諸経等は不成仏の教なり。成仏得道の文言、之を説くと雖も但名字のみ有って其の実義は法華に之有り。伝教大師の決権実論に云はく「権智の所作は唯名のみ有って実義有ること無し」云云。但し権教に於ても成仏得道の外は説相空しかるべからず、法華の為の網目なるが故に。所詮成仏の大綱を法華に之を説き、其の余の網目は衆典に明かす。法華の為の網目なるが故に法華の証文に之を引き用ふべきなり。其の上法華経にて実義有るべきを、爾前の経にして名字計りのゝしる事全く法華の為なり。然る間尤も法華の証文となるべし。 |
(お手紙には)北方の能化が「(日蓮は)、法華経以前の諸経は未顕真実であると捨てながら、安国論で爾前の経を引き文証としているのは自語相違である」と非難しているとのこと。これは前々にも申したとおりである。 およそ釈尊の一代聖教を大略二分することができる。一つには大綱、二つには網目である。初めの大綱とは成仏得道の教えであり、成仏の教とは法華経である。つぎに網目とは法華已前の諸経であり、それらの諸経は不成仏の教えである。たとえ文言のなかに成仏得道を説いてもそれは名字ばかりで、その実義は法華経にあるのである。伝教大師の決権実論には「仏の方便の説には唯名のみ説いて実義がない」といわれている。ただし爾前権教においても成仏得道の外は説かれた教えに偽りはない。法華経のための網目として説かれたものであるゆえである。すなわち成仏の大綱を法華経に説き、そのほかの網目は諸経に明かしたのである。法華経のための網目であるゆえに法華経を証す文に之として引き用いることができるのである。そのうえ法華経において実義があらわれることを、爾前の名字だけを説いたのはまったく法華経のためであるから、なおのこと法華経の証文となるのである。 |
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問ふ、法華を大綱とする証如何。答ふ、天台は「当に知るべし、此の経は唯如来説教の大綱を論じて網目を委細にせざるなり」となり。問ふ、爾前を網目とする証如何。答ふ、妙楽云はく「皮膚毛綵衆典に出在せり」云云。問ふ、成仏は法華に限ると云ふ証如何。答ふ、経に云はく「唯一乗の法のみ有って二も無く亦三も無し」文。 問ふ、爾前は法華の為との証如何。答ふ、経に云はく「種々の道を示すと雖も其の実は仏乗の為なり」と。委細に申し度く候と雖も、心地違例して候程に省略せしめ候。恐々謹言。 十一月二十三日 日蓮 花押 富木殿御返事 師殿の物語りしは、下総に目連樹と云ふ木の候よし申し候ひし。其の木の根をほりて十両ばかり、 (★916㌻) 両方の切目には焼金を宛てゝ、紙にあつくつゝみて風ひかぬ様にこしらへて、大夫次郎が便宜に給び候べきよし御伝へあるベく候。 |
問うて言う。法華経を一代聖教の大綱とする文証はあるのか。答えて言う。天台は法華玄義の第十で「法華経は仏が教を設ける大綱だけを明かして網目までは委細に説いていないことを知るべきである」といわれている。問うて言う。爾前経を網目とする文証はあるのか。 答えて言う。妙楽は法華文句記巻十上に「皮膚毛綵は諸経にある」といわれている。 問うて言う。成仏は法華に限るという文証はあるのか。答えて言う。法華経方便品第二には「唯一乗のみで二乗、三乗の教えなどはない」と説かれている。 問うて言う。爾前経が法華経のためという経文はあるのか。答えて言う。同じく方便品に「種々の教えを説いたが、皆一仏乗に引き入れるためであった」とある。 なおくわしく申し上げたいが、気分がすぐれないので、ここで省略する。恐恐謹言。 十一月二十三日 日蓮花押 富木殿御返事 帥阿闍梨日高がかつて話していたのは、下総に目連樹という木があるとのこと、その木の根を掘って十両ばかり、両方の切り口を焼き金をあてて焼いて、厚く紙につつみ、風にあたらぬようにこしらえて、大夫次郎が来る時、いただきたいと伝えてほしい。 |