|
(★826㌻) 去ぬる弘長元年太歳辛酉五月十二日に御勘気をかをほりて、伊豆国伊東の郷というところに流罪せられたりき。兵衛介頼朝のながされてありしところなり。さりしかどもほどもなく同じき三年太歳癸亥二月に召し返されぬ。又文永八年太歳辛未九月十二日重ねて御勘気を蒙りしが、忽ちに頚を刎ねらるべきにてありけるが、子細ありけるかの故にしばらくのびて、北国佐渡の島を知行する武蔵前司の預かりにて、其の内の者どもの沙汰として彼の島に行き付きてありしが、彼の島の者ども因果の理をも弁へぬあらゑびすなれば、あらくあたりし事は申す計りなし。然れども一分も恨むる心なし。其の故は日本国の主として少しも道理を知りぬべき相模殿だにも、国をたすけんと云ふ者を子細も聞きほどかず、理不尽に死罪にあてがう事なれば、いわうやそのすへの者どものことはよきもたのまれず、あしきもにくからず。 |
去る弘長元年五月十二日に御勘気をこうむって、伊豆の国・伊東の郷というところへ流罪された。そこは兵衛介頼朝が流されていたところである。しかし、ほどなく、同三年二月二十二日に赦され鎌倉に返された。 又文永八年九月十二日、再び御勘気をこうむり、すぐに頚をはねられるべきところを、何の事情があったのか、しばらく延びて、北国・佐渡の嶋を知行する武蔵前司・北条宣時に預けられ、その家来達の計らいとして、佐渡の国へ流された。 かの島の者達は、因果の理もわきまえぬ粗暴な人々であったので、日蓮に荒々しくしたことは、申すまでもない。しかしながら、少しも恨む心はない。 その故は日本国の主人として、少しは道理を知っているはずの執権・北条時宗殿でさえも、法華経をもって国を救おうとする者を、詳しく事情をよく聞きもせず、理不尽にも死罪に処するところであるから、ましてや、その下々の者達のことは、善い人でも頼りにできず、悪くされても憎くはないのである。 |
|
此の法門を申し始めしより命をば法華経に奉り、名をば十方世界の諸仏の浄土にながすべしと思ひ儲けしなり。弘演といゐし者は、主衛の懿公の肝を取りて我が腹を割きて納めて死にき。予譲といゐし者は主の智伯がはぢをすゝがんがために剣をのみて死せしぞかし。此はたゞわづかの世間の恩をほうぜんがためぞかし。 |
この法門を申し始めてから、命を法華経に差し上げ、名を十方世界の諸仏の住所である浄土に流そうと覚悟していた。 弘演という者は、主君・衛国の懿公の肝を取って、自分の腹をさいて、その中に肝を入れて死んだ。予譲という者は、主君の知伯の恥をそそぐために、剣に伏して死んだのである。これは、ただ少しばかりの世間の恩を報ずるためなのである。 |
|
| いわうや無量劫より已来六道に沈淪して仏にならざることは、法華経の御ために身ををしみ命をすてざるゆへぞかし。されば喜見菩薩と申せし菩薩は、千二百歳が間身をやきて日月浄明徳仏を供養し、七万二千歳が間ひぢをやきて法華経を供養し奉る。其の人は今の薬王菩薩ぞかし。不軽菩薩は法華経の御ために多劫が間罵詈毀辱・杖木瓦礫にせめられき。今の釈迦仏に有らずや。されば仏になる道は時によりてしなじなにかわりて行ずべきにや。 |
ましてや、無量劫からこのかた、六道に深く沈んで仏にならないことは、法華経の御ために身を惜しみ、命を捨てなかった故である。 それゆえ、喜見菩薩は、千二百歳の間、わが身を焼いて日月浄明徳仏を供養し、七万二千歳の間、臂を焼いて法華経を供養申し上げた。その人は、今の薬王菩薩なのである。不軽菩薩は法華経の御ために、多劫の間、罵られたりはずかしめられたり、杖木で打たれたり瓦石をなげられたりして責め苦にあった。その人こそ今の釈迦仏ではないか。 それゆえ、仏になる道は、その時によってさまざまにかわって修行すべきなのであろう。 |
|
(★827㌻) 今の世には法華経はさる事にてをはすれども、時によて事ことなるならひなれば、山林にまじわりて読誦すとも、将又里に住して演説すとも、持戒にて行ずとも、臂をやひてくやうすとも仏にはなるべからず。日本国は仏法盛んなるやうなれども仏法について不思議あり。人是を知らず。譬へば虫の火に入り鳥の蛇の口に入るが如し。真言師・華厳宗・法相・三論・禅宗・浄土宗・律宗等の人々は我も法をえたり、我も生死をはなれなんとはをもへども、立てはじめし本師等依経の心をわきまへず、但我が心のをもひつきてありしまゝに、その経をとりたてんとおもうはかなき心ばかりにて、法華経にそむけば仏意に叶はざる事をばしらずしてひろめゆくほどに、国主万民これを信じぬ。又他国へわたりぬ。又年もひさしくなりぬ。末々の学者等は本師のあやまりをばしらずして、師のごとくひろめならう人々を智者とはをもへり。源にごりぬればながれきよからず。身まがればかげなをからず。真言の元祖善無畏等はすでに地獄に堕ちぬべかりしが、或は改悔して地獄を脱れたる者もあり。或は只依経計りをひろめて法華経の讃歎をもせざれば、生死は離れねども悪道に堕ちざる人もあり。而るを末々の者此の事を知らずして諸人一同に信をなしぬ。譬へば破れたる船に乗りて大海に浮かび、酒に酔へる者の火の中に臥せるが如し。 |
今の時代は、法華経が最高であることは、当然であるが、修行のあり方が時によって異なるものであるから、山林に入って読誦しても、あるいはまた、人里に住んで演説しても、戒を持って修行しても、臂を焼いて供養しても仏になることはできない。 日本国は仏法が盛んであるようであるが、仏法については不思議なことがある。人はこれを知らずにいる。譬えば、虫が飛んで火に入り、鳥が蛇の口に入るようなものである。 真言師・華厳宗・法相・三論・禅宗・浄土宗・律宗などの人々は、我も法を悟ることができた。我も生死のくるしみから度脱したとは思っている。だが、その宗を立てたを本師達は、依経の心を知らず、ただ、自分の心の思いついたままに、その経をとりたてようと思う浅はかな心ばかりで、法華経に背いているので、また、仏の本意にも叶わないのである。それを知らずに、自宗を弘めてくいうちに、国主も万民も、これを信ずるようにまったのである。また、他国へ渡り、また年月も久しくなった。末々の学者達は、こうした本師の誤りを知らずに、師のように弘め、修行する人々を智者であると思っている。 源が濁っていれば、その流れは清くない。身体が曲がればその影も真っすぐではない。 真言の元祖・善無畏達は、すでに地獄に堕ちるべきところであったが、あるいは改悔して、地獄をまぬかれた者もおり、あるいは、ただ依経だけを弘めて、法華経の讃歎もそしりもしなかったので、生死の苦は離れられないが、悪道に堕ちなかった者もあった。 ところが末々の者は、こうしたことを知らないので、多数の人々が、一同にその教えを信じている。譬えば、破損した船に乗って大海に浮かび、酒に酔った者が火の中で寝ているようなものである。 |
|
日蓮是を見し故に忽ちに菩提心を発こして此の事を申し始めしなり。世間の人々いかに申すとも信ずることはあるべからず。かへりて死罪流罪となるべしとはかねて知りてありしかども、今の日本国は法華経をそむき、釈迦仏をすつるゆへに、後生に阿鼻大城に堕つることはさてをきぬ。今生に必ず大難に値ふべし。所謂他国よりせめきたりて、上一人より下万民に至るまで一同の歎きあるべし。譬へば千人の兄弟が一人の親を殺したらんに、此の罪を千に分けては受くべからず。一々に皆無間大城に堕ちて同じく一劫を経べし。此の国も又々是くの如し。娑婆世界は五百塵点劫より已来教主釈尊の御所領なり。大地・虚空・山海・草木一分も他仏の有ならず。又一切衆生は釈尊の御子なり。譬へば成劫の始め一人の梵王下りて六道の衆生をば生みて候ひしぞかし。 (★828㌻) 梵王の一切衆生の親たるが如く、釈迦仏も又一切衆生の親なり。又此の国の一切衆生のためには教主釈尊は明師にておはするぞかし。父母を知るも師の恩なり。黒白を弁ふるも釈尊の恩なり。 |
日蓮は、このありさまを見たゆえに、たちまちに菩提心をおこして、この法門を申し始めたのである。しかし、世間の人々は、どのようにいっても、日蓮が法門を信ずることはできないであろう。かえって流罪・死罪となるであろうとは、かねて承知していた。今の日本国は、法華経に背き、釈迦仏を捨てたゆえに、後生には阿鼻地獄に堕ちることはいうまでもないこととして、今生にも必ず大難にあうであろう。つまり、他国から攻めて来て、上一人から下万民にいたるまで、一同に嘆くことが起きるであろう。 譬えば、千人の兄弟が一人の親を殺した場合、この罪を千人に分けて受けるということではない。一人一人皆、無間地獄に堕ちて同じように一劫の間苦しむでありう。この日本国も、またこれと同じようなものである。娑婆世界は、五百塵点劫以来、教主釈尊の御所領である。大地・虚空・山海・草木も、ごくわずかでも、他の仏のものではない。また一切衆生は、みな釈尊の御子である。譬えば、成劫の始め、一人の大梵天王が天から下ってきて、六道の衆生を生んだという。 ゆえに大梵天王が一切衆生の親であるように、釈迦仏も、また一切衆生の親である。またこの国の一切衆生のためには、教主釈尊は、明師でいらっしゃる。父母を知ることができるのも師の恩のおかげである。物の黒白を弁えるのも、釈尊のおかげである。 |
| 而るを天魔の身に入りて候善導・法然なんどが申すに付けて、国土に阿弥陀堂を造り、或は一郡・一郷・一村等に阿弥陀堂を造り、或は百姓万民の宅ごとに阿弥陀堂を造り、或は宅々人々ごとに阿弥陀仏を書き造り、或は人ごとに口々に或は高声に唱へ、或は一万遍或は六万遍なんど唱ふるに、少しも智慧ある者は、いよいよこれをすゝむ。譬へば火にかれたる草をくわへ、水に風を合はせたるに似たり。此の国の人々は一人もなく教主釈尊の御弟子御民ぞかし。而るに阿弥陀等の他仏を一仏もつくらず、かゝず、念仏も申さずある者は悪人なれども釈迦仏を捨て奉る色は未だ顕はれず。一向に阿弥陀仏を念ずる人々は既に釈迦仏を捨て奉る色顕然なり。彼の人々の墓無き念仏を申す者は悪人にてあるぞかし。父母にもあらず主君・師匠にてもおはせぬ仏をば、いとをしき妻の様にもてなし、現に国主・父母・明師たる釈迦仏を捨て、乳母の如くなる法華経をば口にも誦し奉らず。是豈不孝の者にあらずや。此の不孝の人々、一人二人、百人千人ならず、一国二国ならず、上一人より下万民にいたるまで、日本国皆こぞて一人もなく三逆罪のものなり。 |
ところが、天魔が身に入った善導・法然などがいうことにしたがって、国土に阿弥陀堂を造り、あるいは一郡・一郷・一村などに阿弥陀堂を造り、あるいは百姓万民の家ごとに阿弥陀堂を造り・あるいは家々・人々ごとに阿弥陀仏を書き造り、あるいは人ごとに口々に、あるいは高声に念仏を唱へ、あるいは一万遍、あるいは六万遍など唱えているところに、少し智慧ある人は、ますます念仏をすすめている。譬えば、火の中に枯れ草を加え、水を風に吹かせ、より波立たせることに似ている。 この国の人々は一人の例外もなく、教主釈尊の御弟子、御民である。したがって、阿弥陀等の他の仏を一仏も造らず、書かず、念仏もいわずにいる者は、悪人であっても、釈迦仏を捨てるという姿はまだ顕れない。ひたすら阿弥陀仏を念ずる人々は、すでに釈尊仏を捨てた姿が、明らかに顕われている。かの人々のように、はかない念仏を唱える者こそ悪人なのである。 父母でもなく、主君・師匠でもない他の仏を、いとおしい妻のように大切に扱い、現に国主・父母・明師である釈迦仏を捨て、乳母のような法華経を、口に誦えることもしない。これがどうして、不孝の者でないことがあろうか。 この不孝の人々が一人・二人・百人・千人ではない。一国・二国ではない。上一人から下万民にいたるまで、日本国の人々は皆こぞって一人も残らず三逆罪の者である。 |
| されば日月色を変じて此をにらみ、大地もいかりてをどりあがり、大せいせい天にはびこり、大火国に充満すれども僻事ありともおもはず、我等は念仏にひまなし、其の上念仏堂を造り、阿弥陀仏を持ち奉るなんど自讃するなり。是は賢き様にて墓無し。譬へば若き夫妻等が夫は女を愛し、女は夫をいとおしむ程に、父母のゆくへをしらず。父母は衣薄けれども我はねや熱し。父母は食せざれども我は腹に飽きぬ。是は第一の不孝なれども彼等は失ともしらず。況んや母に背く妻、父にさかへる夫、逆重罪にあらずや。阿弥陀仏は十万億のあなたに有りて、此の娑婆世界には一分も縁なし。なにと云ふとも故もなきなり。馬に牛を合はせ、犬に猿をかたらひたるが如し。 |
それゆえ、日月は色を変えてこれをにらみ、大地は怒っておどりあがり、大彗星は天に一杯に広がり、大火が国に充満しても、自身に間違いがあるとも思わず「我らは、ひまなく念仏を称えている。そのうえ、念仏堂を造り 阿弥陀仏を受持し奉っている」などと自讃しているのである。これは賢いようであって、実ははかないことである。譬えば若い夫妻達がいて、夫は妻を愛し、妻は夫をいとおしんで、父母を忘れ、父母は薄い衣でふるえているけれども、自分たちの床は温かく、父母は食べていけないけれども、自分達は食に飽きているようなものである。 これは第一の不孝であるが、彼等はそれを誤りであるとも知らない。まして母に背く妻や、父に逆らう夫は、重い逆罪を犯しているではないか。阿弥陀仏は十万億の彼方にいて、この娑婆世界には、わずかの縁もない。なんと言い立てようと、その根拠もないのである。馬に牛をかけ合わせ、犬に猿をめあわすようなものである。 |
|
(★829㌻) 但日蓮一人計り此の事を知りぬ。命を惜しみて云はずば国恩を報ぜぬ上教主釈尊の御敵となるべし。是を恐れずして有りのまゝに申すならば死罪となるべし。設ひ死罪は免るとも流罪は疑ひなかるべしとは兼ねて知りてありしかども、仏恩重きが故に人をはゞからず申しぬ。案にたがはず両度まで流されて候ひし中に、文永九年の夏の比、佐渡国石田郷一谷と云ひし処に有りしに、預かりたる名主等は、公と云ひ私と云ひ、父母の敵よりも宿世の敵よりも悪げにありしに、宿の入道といゐ、めといゐ、つかうものと云ひ、始めはおぢをそれしかども先世の事にやありけん、内々不便と思ふ心付きぬ。預かりよりあづかる食は少なし。付ける弟子は多くありしに、僅かの飯の二口三口ありしを、或はおしきに分け、或は手に入れて食せしに、宅主内々心あて、外にはをそるゝ様なれども内には不便げにありし事何の世にかわすれん。我を生みておはせし父母よりも、当時は大事とこそ思ひしか。何なる恩をもはげむべし。まして約束せし事たがうべしや。 |
ただ日蓮一人だけが、この事を知っているのである。その日蓮が自分の生命を惜しんでいわないならば、国恩を報じないうえに、教主釈尊の御敵となるであろう。 これをを恐れずに、ありのままにいうならば、必ず死罪となるであろう。たとい死罪はまぬかれても、流罪は疑いないことと、かねて知っていたが、仏の御恩が重い故に、人を憚ることなくいったのである。 案にたがわず、二度まで流罪された中で、文永九年の夏の頃、佐渡の国・石田郷の一谷というところにいたところに、預った名主達は、公にも、私事のも、父母の敵よりも、宿世の敵よりも、憎げに取り扱ったのに、宿の入道といい、その妻と使用人といい、初めはおじ恐れていたが、前世からの縁であろうか、内々に不便と思う心が生じてきた。 預りの名主から渡される食は少ない。付き添っている弟子は多かったので、わずかの飯の二口・三口ばかりのものを、あるいは折敷に分け、あるいは、手のひらに入れて食べていたところ、家の主人が、内々に心を配り、外には恐れる様子であったが、内には不便の気持ちをもっていたことは、いつの世に忘れることがあろうか。 私を生んで下さった父母よりも、この時にあたっては大切な人と思ったのである。どのようにしても、この恩には報じなければならない。まして、約束した事をたがえてよいものであろうか。 |
|
然れども入道の心は後世を深く思ひてある者なれば、久しく念仏を申しつもりぬ。其の上阿弥陀堂を造り、田畠も其の仏の物なり。地頭も又をそろしなんど思ひて直ちに法華経にはならず。 是は彼の身には第一の道理ぞかし。然れども又無間大城は疑ひ無し。設ひ是より法華経を遺はしたりとも、世間もをそろしければ念仏すつべからずなんど思はゞ、火に水を合はせたるが如し。謗法の大水、法華経を信ずる小火をけさん事疑ひなかるべし。入道地獄に堕つるならば還って日蓮が失になるべし。如何がせん如何がせんと思ひわづらひて今まで法華経を渡し奉らず。渡し進らせんが為にまうけまいらせて有りつる法華経をば、鎌倉の焼亡に取り失ひ参らせて候由申す。旁入道の法華経の縁はなかりけり。約束申しける我が心も不思議なり。又我とはすゝまざりしを、鎌倉の尼の還りの用途に歎きし故に、口入有りし事なげかし。本銭に利分を添へて返さんとすれば、又弟子が云はく、御約束違ひなんど申す。旁進退極まりて候へども、人の思はん様は誑惑の様なるべし。力及ばずして法華経を一部十巻渡し奉る。 (★830㌻) 入道よりもうばにてありし者は内々心よせなりしかば、是を持ち給へ。 |
しかしながら、入道は心に、後世を深く思っている人であるから、長い間、念仏を称え続けてきた。そのうえ、阿弥陀堂を造り、田畠も、その仏のものとして、供養している。また地頭に対しても、恐ろしいなどという思いを抱いて、直ちに法華経の信者にはならなかった。 これは、彼の身としては、第一の道理である。しかしながら、また無間大城に堕ちることは疑いない。たとえ、こちらから法華経を差し上げたとしても、世間がおそろしいので、念仏を捨てることはできないなどと思うならば、火に水を合わせたようなものである。謗法の大水が、法華経を信ずる小さな火を消してしまうことは、疑いないことである。 入道が地獄に堕ちるならば、かえって日蓮の罪になってしまうであろう。どうすればよいのか、どうすればよいのかと思い悩んで、今まで法華経をお渡ししなかった。 お渡ししようと思って用意しておいた法華経は、鎌倉の火事の時に失ってしまったと知らせがあった。いずれにせよ入道は法華経に縁がなかったのである。約束した私の心も不思議である。 また自分からは気の進まなかったのを、鎌倉の尼が、帰りの路用に困っていたので、用立ててもらうよう口添えしたことを後悔している。 本銭に利分をつけて返し、それですまそうとすれば、また弟子が「それでは御約束が違います」などという。あれやこれや、進退極まったが、人は、私が偽りをいったと思うであろう。やむをえず法華経を一部十巻を、お渡しすることにした。入道よりも、祖母の方が、内内心を法華経に寄せていたようなので、この経を所持されるがよい。 |
| 日蓮が申す事は愚かなる者の申す事なれば用ひず。されども去ぬる文永十一年太歳甲戌十月に蒙古国より筑紫によせて有りしに、対馬の者かためて有りしに宗の総馬尉逃げければ、百姓等は男をば或は殺し、或は生け取りにし、女をば或は取り集めて手をとをして船に結ひ付け、或は生け取りにす。一人も助かる者なし。壱岐によせても又是くの如し。船おしよせて有りけるには、奉行入道豊前の前司は逃げて落ちぬ。松浦党は数百人打たれ、或は生け取りにせられしかば、寄せたりける浦々の百姓ども壱岐・対馬の如し。又今度は如何が有るらん。彼の国の百千万億の兵、日本国を引き回らして寄せて有るならば如何に成るべきぞ。此の手は先づ佐渡の島に付きて、地頭・守護をば須臾に打ち殺し、百姓等は北山へにげん程に、或は殺され、或は生け取られ、或は山にして死ぬべし。抑是程の事は如何として起こるべきぞと推すべし。前に申しつるが如く、此の国の者は一人もなく三逆罪の者なり。是は梵王・帝釈・日月・四天の、彼の蒙古国の大王の身に入らせ給ひて責め給ふなり。 |
日蓮のいう事は、愚かな者のいうことであるから、世間では用いようとしない。しかし、去る文永十一年十月に、蒙古国から筑紫に攻め寄せてきた時に、対馬の者は、かたく守っていたが、宗の総馬尉が逃げたので、蒙古軍は百姓達の男を、あるいは殺し、あるいは生け取りにし、女を、あるは一所に集めて手に縄を通して船にゆわいつけ、あるいは生け取りにした。一人も助かった者はいない。壱岐に攻めてきた時も、またこれと同様であった。蒙古の船が筑紫へ押し寄せてきた時には、奉行の入道、豊前の前司は逃げ落ちてしまった。 松浦党は数百人も打たれ、あるいは生け取にされたので、攻め寄せられた浦浦の百姓達は、壱岐・対馬のようであった。また今度は、どうなるであろうか、蒙古の百千万億の兵が、日本国を取り巻いて押し寄せてくるならば、北方の軍勢は、まず佐渡の島に押し寄せて、地頭・守護をたちまちに打ち殺し、百姓達は、北山へ逃げるうちに、あるいは殺され、あるいは生け取られ、あるいは山で死ぬであろう。 そもそも、これほどの事が、どうして起こるのかを考えてみるべきである。前にいったように、この国の者は、一人として三逆罪を犯していない者はいないのである。これは梵王・帝釈・日月・四天が、かの蒙古国の大王の身に入られて、この国を責められているのである。 |
| 日蓮は愚かなれども、釈迦仏の御使ひ・法華経の行者なりとなのり候を、用ひざらんだにも不思議なるべし。其の失に依って国破れなんとす。況んや或は国々を追ひ、或は引っぱり、或は打擲し、或は流罪し、或は弟子を殺し、或は所領を取る。現の父母の使ひをかくせん人々よかるべしや。日蓮は日本国の人々の父母ぞかし、主君ぞかし、明師ぞかし。是を背かん事よ。念仏を申さん人々は無間地獄に堕ちん事決定なるべし。たのもしたのもし。 |
日蓮は愚かであるが、釈迦仏の御使い、法華経の行者と名乗ってるのを、用いないことでさえ、不思議なことである。その過ちによって、国が破れようとしているのである。まして、あるいは国々を追い払い、あるいは引き回し、あるいは打ちすえ、あるいは流罪に処し、あるいは弟子を殺し、あるいは、その所領を取り上げたりする。 まのあたりにいる父母の使いを、このようにした人々に、良いことがあろうか。日蓮は日本国の人々の父母である。主君である。明師である。これに背いて、よいわけがない。念仏を称える人々は無間地獄に堕ちる事は決定的である。仏法の厳然たる法理は、まことに頼もしいことである。頼もしいことである。 |
|
抑蒙古国より責めん時は如何がせさせ給ふべき。此の法華経をいたゞき、頚にかけさせ給ひて北山へ登らせ給ふとも、年比念仏者を養ひ念仏を申して、釈迦仏・法華経の御敵とならせ給ひて有りし事は久しゝ。又若し命ともなるならば法華経ばし恨みさせ給ふなよ。又閻魔王宮にしては何とか仰せあるべき。をこがましき事とはおぼすとも、其の時は日蓮が檀那なりとこそ仰せあらんずらめ。又是はさてをきぬ。此の法華経をば学乗房に常に開かさせ給ふべし。 (★831㌻) 人如何に云ふとも、念仏者・真言師・持斎なんどにばし開かさせ給ふべからず。又日蓮が弟子となのるとも、日蓮が判を持たざらん者をば御用ひあるべからず。恐々謹言。 五月八日 日 蓮 花押 一谷入道女房 |
そもそも蒙古国から攻めてきた時には、どのようにされるであろうか。この法華経を頭にいただき、頚にかけられて、北山に登られようとも、あなたは数年の間、念仏者を供養し、念仏を称えて、釈迦仏・法華経の御敵となられてきた事は、久しい期間になる。 また、もし命を失うことになったとしても、決して法華経を恨んではなりません。また閻魔王宮に行ったとき、何と仰せになるであろうか。おこがましいこととはお思いになろうとも、その時は「日蓮の檀那である」と仰せになることであろう。また、この事はさておくとして、この法華経を、学乗房に開かせ、お聞きになられるがよい。 人がどのようにいおうとも、念仏者・真言師・持斎などには、決して開かせてはなりません。 また日蓮の弟子と名乗るとも、日蓮の判を持たない者を、信用されてはなりません。恐恐謹言。 五月八日 日蓮花押 一谷入道女房 |