大白法・平成30年5月1日刊(第980号)より転載 御書解説(218)―背景と大意

法華取要抄(731頁)

 

 一、御述作の由来

 本抄は、文永十一(1274)年五月二十四日、大聖人様が御年五十三歳の時、身延において述作され、下総(しもうさ)の富木常忍殿に与えられた御書です。

 本抄の題号について、総本山第二十六世日寛上人は『法華取要抄文段』に、

『法華取要抄』とは、『法華』の二字は一代経の中に爾前を(えら)び、『取要』の両字は法華経の中に広略を簡ぶ。()わく、一代経の中には(ただ)法華経、法華経の中には但肝要(かんよう)を取る、故に『法華取要抄』と名づくるなり。」(御書文段497頁)

と御教示されています。

 本抄において大聖人様は、一往、法華経は在世の衆生の成仏のために説かれたように見えるが、再往は末法の衆生のためであることを明かされ、多宝如来の証明や諸仏の(こう)(ちょう)舌相(ぜっそう)、釈尊が地涌(じゆ)の菩薩を召したのも、大聖人様御自身のためであることを、御本仏としての甚深の境界の上から御教示されてます。

 宗旨建立以来の忍難弘通によって、法華経を身読せられた大聖人様は、秘奥の法門である三大秘法を身延山の第一声として本抄に初めて説き出されました。そして、末法の衆生は、この法華経の肝要、末法弘通の法体たる三大秘法の南無妙法蓮華経に帰依すべきことが明かされています。

 

 二、本抄の大意

 本抄は、大きく三段に分けられます。

 まず第一段では、一代諸経の教法及びその教主に関して、諸経の勝劣浅深を論じ、諸宗の人師・論師の誤りを指摘され邪義を破折されます。そして、法華経こそ()今当(こんとう)の三説を超過した最勝の経であることを明かされます。

 また、法華経と諸経を比較すると二十の点で法華経が勝れており、そのち最も肝要な三千塵点劫(じんでんごう)と五百塵点劫の法門の意義を示され、仏の果位に約して、諸経で説かれる一切の仏は皆、久遠成道の教主釈尊の所従であり、娑婆世界の一切衆生にとって有縁の教主は釈尊であることを明示されます。

 次いで第二段では、釈尊が法華経を説いた目的が明かされます。

 初めに迹門に約して二意あることを示されます。

 すなわち、迹門正宗分八品を『方便品第二』から『授学無学人記品第九』へと順次に読めば、釈尊在世の菩薩・二乗・凡夫のために説かれたものとなるが、迹門()(つう)分の『安楽行品第十四』から『法師品第十』と逆次に読むならば、釈尊滅後の衆生のために説かれたものであること。滅後の中でも正法・像法の二時は傍意であり、末法が正意となること。また末法の中でも、日蓮大聖人様をもって正意とすることを明かされます。そして、末法正意の文証として「況滅度後」の文を()げられ、さらに、大聖人様を正意とする文証として『勧持品』二十行の()(もん)を挙げられます。

 続いて、本門に約しても二意があることを示されます。

 第一には、『従地涌出品第十五』に説かれる(りゃく)(かい)近顕遠(ごんけんのん)は、爾前・迹門で化導されてきた在世の衆生を説脱させるために説かれたこと。第二には、一品二半の広開近顕遠は、一向に釈尊滅後のために説かれたものであることを明かされ、広開近顕遠の『如来寿量品第十六』は初めから終わりまで滅後の衆生のために説かれたのであり、滅後の中でも末法御出現の大聖人様のために説かれた深義を明かされます。

 そして第三段では、末法に流通されるべき大法は、末法御出現の日蓮大聖人様所立の大法であることが説き明かされます。

 中でも、釈尊の滅後、(りゅう)(じゅ)天親(てんじん)・天台・(でん)(ぎょう)は弘めることなく残された秘法として「本門の本尊と戒壇と題目」という三大秘法の具体的な名目を披瀝されて、ここに初めて末法流通の正体を明らかにされます。

 次に、これまで三大秘法が正像二千年のうちに弘通されなかった理由について、もし正像の時代に弘通すれば小乗・権大乗・迹門の法門が滅尽してしまう故に弘めなかったことを述べられます。続いて、三大秘法を弘通する理由について、末法においては大小・権実・顕密のすべての法が教のみあって得道がなく、一切衆生が皆謗法となるためであることを明かされます。そして、この逆縁の衆生は、妙法蓮華経の五字に限ることを御教示されます。

 特にこの妙法蓮華経の五字は広略を捨ててただ肝要を取るもので、上行菩薩が釈尊から伝えられた要法たる妙法蓮華経の五字をもって、末法弘通の大法とすることを明かされます。
 さらに、この大法が弘まる時には必ず瑞相があることを経釈に照らして示され、天変(てんぺん)()(よう)などの災難が起こることは、法を滅する(あく)比丘(びく)(あが)め、聖人を失う世である(あかし)であり、同時に妙法流布の先相であることを明かされます。

 最後に門弟らに対して、この道理をしっかりと見定めて一層、法華経への強盛な信心を起こすよう仰せられ、国土が乱れた後に上行菩薩等の聖人が出現して三大秘法を建立し、一天四海に妙法蓮華経が広宣流布することは疑いないと断言されて、本抄を結ばれています。

 

 三、拝読のポイント

 末法こそ三大秘法流布の時

 仏滅後二千年を過ぎて到来する末法という時代は「闘諍言訟・白法隠没」と言われ、仏教の中に争いが生じて、釈尊の説かれた白法の功徳・修行法・現証のすべてが減損する時とされます。

 しかし、その一方で釈尊は法華経『薬王品』には、

我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん。」(法華経539頁)

とも説かれ、仏滅後の後五百歳の末法の濁世にこそ、真実の法華経が一閻浮提に広宣流布することを予証されています。

 このことを踏まえて、大聖人様は本抄に、

問うて云はく、如来滅後二千余年に竜樹・天親・天台・伝教の残したまへる所の秘法何物ぞや。答へて曰く、本門の本尊と戒壇と題目の五字となり。

と仰せられ、末法こそ正像未弘の妙法が一閻浮提に広宣流布すべき時であることを明かされています。

 また日寛上人は『法華取要抄文段』に、

末法今時は本門三箇の秘法広宣流布の時なり。当に知るべし、今末法に入り小大・権実・顕密共に皆悉く滅尽す」(御書文段535頁)

と仰せられ、広宣流布される妙法が「本門三箇の秘法」すなわち「三大秘法」であることを明確に御教示されています。

 つまり、末法こそ久遠元初の御本仏日蓮大聖人様が、文底独一本門の三大秘法を弘通される時なのです。

 三大秘法が流布される末法に生まれ合えた私たちは、濁悪の世相の原因が謗法にあることを見定め、大聖人様の三大秘法の広宣流布のために。妙法弘通に邁進することが肝要です。

 順逆共に救う折伏の大事

 本抄において大聖人様は、

我が門弟は順縁、日本国は逆縁なり

と仰せられています。

 本来、末法の衆生は、釈尊の化導に縁のない本未有善の衆生でありますが、そこに順縁と逆縁の別があることを示されています。

 この御文について日寛上人は、

当に知るべし、弘通の始めは一国皆逆縁なり。然るに妙法漸々に流布すれば、逆縁漸々に減じて、順縁漸々に増するなり。而る後、終には逆縁都て尽き、一国皆順縁と為るなり。」(御書文段551頁)

と仰せられています。

 さらに本抄の御文を順々に挙げられ、

『一閻浮提(みな)謗法と為り畢んぬ』というは、これ弘通の始めなり。今『門弟は逆縁なり』と云うは、是れ其の中間なり。下に『一四天・四海一同に妙法』[七三ハ]とは是れ其の終りなり」(同頁)

と、弘通の初めは逆縁の衆生が充満していても、妙法弘通の進展に応じて、次第に順縁の衆生が増え、未来には必ず順縁広布となることを御教示されています。

 

 四、結  び

 御法主日如上人猊下は、この逆縁の衆生を救う方途について、

妙法を耳に触れた者は、たとえ信ぜず反対する者であったとしても、その人の心田(しんでん)に仏種が植えられたことになり、それが(しゅ)となり、(じゅく)となり、必ず成仏に至ることができる(中略)末法当今(とうこん)(ほん)未有(みう)(ぜん)の衆生は、直接、法華経を誹謗していなくても、知らず知らずのうちに、謗法の害毒によって、法華誹謗の罪を犯しているわけでありますから、私どもは(中略)謗法を破折し、法華経を強いて説くことが大事なのであります」(大百法789号)

と御指南されています。

 私たちの地道な折伏の実践により、必ずや順縁公布の時が来ることを確信し、いよいよ僧俗異体同心して精進してまいりましょう。