大白法・平成14年4月1日刊(第594号より転載)御書解説(103)―背景と大意
本抄は、文永十(1273)年、大聖人様が五十二歳の時、佐渡
本抄御述作の前年に当たる文永九(1972)年二月に、人本尊開顕の『開目抄』が著され、また本抄と同じ文永十年には、四月に法本尊開顕の『観心本尊抄』が著されています。
『開目抄』は金吾殿に託された書ですが、本抄の冒頭には、
「御
とあることから、金吾殿が『開目抄』などの重要な御法門について、大聖人様にお尋ねしたことに対する御返事と考えられます。
御法主日顕上人猊下は、本抄と『開目抄』及び『観心本尊抄』との関係について、
「『開目抄』の、法華経の行者としての凡夫の上からのお振る舞いと、それから上行菩薩の出現、そしてその妙法蓮華経の御所持の御姿、弘通の姿というものは、この『呵責謗法滅罪抄』にずっとお示しになっております」(大白法525号)
と述べられ、さらに『開目抄』『観心本尊抄』御述作の後に認められた本抄には、大聖人様御自身の深い妙法弘通の御境界の上から、両御書の意義をお示しになられているとされています。また、本抄のもう一つの重要な意義として、
「正嘉元年太歳丁巳八月二十三日
等の本抄中にお述べの天変地災について、
「一つは邪宗の興起による謗法の現証として、さらに二つには釈尊の脱益の法華経から末法における地涌の出現によるところの久遠元初の法華経に移り変わるところの瑞相として、はっきりこれが存するということです。(乃至)正法を受持する者、謗法に走る者、それらのいろいろな意味での報い等も含めて、その大きな内容を
と、御述作の由来を御指南されています。
また本抄には、
「
とあり、四条金吾殿が亡母の追善供養を願い出たことに対して、法華経の信仰に励むことが第一の孝養であると勧められています。
題号の『呵責謗法滅罪抄』は「謗法を呵責し罪を滅する抄」との意味で、後の人が本抄の内容を拝してこのように名付けたものです。
本抄を認められるに当たり、はじめに、
「法華経の御ゆへに已前に伊豆国に流され候ひしも、かう申せば
と仰せられ、法華経の故に流人になることは喜ばしいことであると御心境を明かされます。
次に、
「五逆と謗法とを病に対すれば、五逆は
と、謗法の罪は五逆罪よりも重いことを挙げられた後、その謗法呵責により起こった大難について、
「かゝる事出来せば無量劫の重罪一生の内に消え(乃至)かゝる身となれば所願も満足なるべし」
と、大難を受けることにより、過去遠々劫からの無量の謗法罪障が消滅することをお示しになられています。
また、大聖人様が苛烈な大難を受け、佐渡へ配流となられた後も、少しも
そして次に、
「寿量品にして本果本因の蓮華の二字を説き顕はし」
と、妙法五字が『寿量品』において初めて説き顕されたこと。次いで、
そして、正嘉の大地震等は、一国謗法に対する諸天の怒りの現証であると共に、末法に妙法が流布する大吉瑞であると仰せられます。さらに、
「日蓮は法華経並びに章安の釈の如くならば、日本国の一切衆生の慈悲の父母なり」
と、御自身こそが末法に妙法を弘通され、一切衆生を救済あそばされる地涌の菩薩、即、内証久遠元初の御本仏にましまされることを明かされます。
さらにまた、四条金吾殿をはじめとする信徒の真心の御供養により、謗法者充満の佐渡の地において今日まで命をたもつことができたと述べられ、今、金吾殿が主君の寵愛を受けることは慈父慈母の加護によるものと、孝養は自らの功徳となることを教えられます。
また、兄弟・姉妹を大切にすべきことを述べられるなど、金吾殿の身辺を案じられる御慈悲
「各々をば法華経・
と、信徒方の安穏と信行の増進を力強く激励あそばされ、本抄を結ばれています。
一つは、謗法を呵責して難に遭うことは、過去の罪障を消滅するということです。
竜の口から佐渡
「日蓮は日本国の諸人に主師父母なり」(御書577頁)
と示された大境界は、まさに法華経の行者の不自惜身命の御修行により、凡夫日蓮の御内証を末法一切衆生救済の本仏と開かれた明証です。
この大聖人の御振る舞いこそ、末法の一切衆生の罪障消滅と成仏の方途が、謗法呵責にあることを示されているのです。
また大聖人様は本抄において、目先のことに心を奪われ、人生の大事な目的を見失い、一生を
「度々かゝる事出来せば無量劫の重罪一生の内に消えなんと謀てたる大術少しも違ふ事なく、かゝる身となれば所願も満足なるべし」
と、大難を忍ぶ法華経の行者の御振る舞いこそが、一生成仏の道であると大慈悲の御教示をくださっています。私たちは、
「難来たるを以て安楽と意得べきなり」(御書1763頁)
「魔競はずば正法と知るべからず」(同986頁)
等の諸々の御金言を拝し、どのような大きな難が競い起ころうとも、正直に大聖人様の仰せを守り、信仰に邁進することが大切です。
二つには、国士に起こる天変地災と仏法とが深い関係にあることを知ることです。
本抄において大聖人様は、大地震等の現証の意味するところが、謗法の厳罰であると共に、大法流布の
今日の世の状況と比べてまことに符合する点が多いと言わねばなりません。
私たちは、本抄を拝して、現代社会の災難と混迷は、創価学会をはじめとする謗法が一国に充満することに対する、諸天の怒りの現証であると正しく認識すべきです。
そしてそれと共に、宗旨建立七百五十年、「法礎建立の年」の本年から、僧俗一致の真の広宣流布の闘いが本格的に展開され、全世界へ正法が流布する瑞相であると、大勇猛心を奮い起こそうではありませんか。
宗門は、御法主日顕上人猊下の御指南のもと、
その宗旨建立七百五十年の大佳節も、三月二十八日に「開宣大法要」が奉修され、ついに開幕となりました。いよいよ今月からは、「特別大法要」と、引き続く十月七日までの六十日六十回に及ぶ「法華講三十万総登山大法要」が始まります。
私たちは、末法一切衆生救済の
その強盛な祈りをもって折伏・育成に精進し、大歓喜をもって法華講三十万総登山を必ずや達成し、もって広大な仏恩に報謝奉りましょう。