当体義抄送状  文永一〇年  五二歳

 

(★703㌻)
 問ふ、当体蓮華解し難し。故に譬喩を仮りて之を顕はすとは、経文に証拠有るか。答ふ、経に云はく「世間の法に染まざること、蓮華の水に在るが如し、地より涌出す」云云。地涌の菩薩の当体蓮華なり。譬喩は知んぬべし。以上後日に之を改め書すべし。此の法門は妙経所詮の理にして釈迦如来の御本懐、地涌の大士に付嘱せる末法に弘通せん経の肝心なり。国主信心あらんの後始めて之を申すべき秘蔵の法門なり。日蓮より最蓮房に伝へ畢んぬ。
         日 蓮 花押
 
 問う、当体の蓮華ということは、理解しがたい。そこで譬喩を仮りて、これをあらわしたというのが、その証拠の経文にあるか。
 答う、法華経従地湧出品第十五に「本化の菩薩は、世間の法に染まらないこと、あたかも蓮華が泥水の中にありながら、清浄であるのと同じである。しかも、この本化の菩薩は大地から湧出した」と説かれている。これは、まさしく地湧の菩薩が当体蓮華であることを示している。譬喩はおのずと明瞭であろう。これについては後日、改めて書くことにする。
 この当体蓮華の法門は、法華経の究極の理であり、釈尊の出世の本懐であって、地湧の菩薩に付嘱したところの、末法に弘通すべき肝心である。このことは国主が信心した後に、はじめていい出すべき秘蔵の法門である。日蓮はこれを最蓮房に伝えたのである。
          日蓮花押