富木殿御返事  文永一〇年七月六日  五二歳

別名 『土木殿御返事』

 

(★679㌻)
 鵞目二貫給び候ひ了んぬ。太田殿と其れと二人の御心か。
 伊与殿は器量物にて候ぞ。今年留め候ひ了んぬ。御勘気ゆりぬ事御歎き候べからず候。当世日本国に子細有るべきの由之を存す。定めて勘文の如く候べきか。設ひ日蓮死生不定なりと雖も、妙法蓮華経の五字の流布は疑ひ無きものか。伝教大師は御本意の円宗を日本に弘めんとす。但し定慧は存生に之を弘め円戒は死後に之を顕はせり。事相たる故に一重の大難之有るか。仏滅後二千二百二十余年、今に寿量品の仏と肝要の五字とは流布せず。当時果報を論ずれば、恐らくは伝教・天台にも超え竜樹・天親にも勝れたるか。
(★680㌻)
 
 銭二文を受け取りました。太田殿とあなたとの二人の御心でしょうか。
 伊与房は器量者(才能や徳のすぐれている者)である。今年はこちらに留めおくことにしました。佐渡流罪が赦されないことを、お嘆きになってはならない。当世の日本国に面倒なことがあるであろうことは承知している。必ず立正安国論で述べたようになるであろう。たとえ日蓮の生き死にが定かでないとしても、妙法蓮華経の五字の流布は疑いないであろう。伝教大師は御本意の天台法華宗を日本に弘めようとなされた。ただし、円定と円慧(戒・定・慧の三学のうちの定・慧)は生存中に弘められ、円頓戒壇は死後に建立された。具体的な形をともなうものであるために、ひときわ大きな難があったのであろう。仏滅後二千二百二十余年の間、いまだに法華経寿量品文底の仏と肝要の五字は流布していない。現時の自身の果報を論ずれば、恐らくは伝教大師や天台大師にも超え、竜樹や天親よりも勝れているであろう。
 文理無くんば大慢豈之に過ぎんや。章安大師天台を褒めて云はく「天竺の大論すら尚其の類に非ず、真旦の人師何ぞ労はしく語るに及ばん、此誇耀に非ず法相の然らしむるのみ」等云云。日蓮又復是くの如し、竜樹・天親等尚其の類に非ず等云云。此誇耀に非ず法相の然らしむるのみ。故に天台大師、日蓮を指して云はく「後五百歳遠く妙道に沾はん」等云云。伝教大師当世を恋ひて云はく「末法太だ近きに有り」等云云。幸ひなるかな我が身「数々見擯出」の文に当たること、悦ばしいかな悦ばしいかな。諸人の御返事に之を申す故に委細は止め了んぬ。
 七月六日                  日  蓮 花押
土木殿御返事
   文証・現証がなければ、これに過ぎる大慢心があろうか。
 章安大師は天台大師を褒めて「インドの大智度論でさえ、それに肩を並べるものではない。中国の人師の書など、どうしてわずらわしく語る必要があろう。これは誇って見せびらかしているのではない。説かれた法理の内容がそうさせるのである」等といっている。日蓮もまた、そのとおりである。竜樹や天親でさえ肩を並べるものではない等と。これは誇って見せびらかしているのではない。法理の内容がそうさせているのである。ゆえに天台大師は日蓮を指して「後の五百歳にわたって遠く妙法によって利益されるであろう」と述べている。伝教大師は現在の世を恋い慕って「末法は非常に近くに有る」といっている。まことに幸せなことは、我が身が「しばしば所を追われる」という経文にあてはまっていることである。なんと悦ばしいことであろう、悦ばしいことであろう。諸人の御返事にこのことを述べておいたので委しくは略す。
七月六日    日蓮花押
土木殿御返事