大白法・平成29年10月1日刊(第966号)より転載 御書解説(212)―背景と大意

観心本尊抄副状(御書662頁)

別名『観心本尊抄送状』

 一、御述作の由来

 本抄は、文永十(1273)年四月二十六日、大聖人様が五十二歳の時に御述作された御書です。御真蹟は中山法華寺(日蓮宗)に蔵されています。
 本抄は、大聖人様が同年四月二十五日(本抄御述作の前日)、佐渡一谷で『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』(以下『観心本尊抄』)の御述作を終えられ、下総(現在の千葉県)に住んでいた富木常忍殿へ送られた際に副えられた書状です。
 

 二、本抄の大意

 冒頭、大聖人様は富木殿からの帷・墨・筆の御供養に対する御礼を述べられます。
 次に、観心の法門を述べた『観心本尊抄』を著して、富木殿並びに太田殿・曽谷殿等に送るとの旨が述べられます。
 そして、その『観心本尊抄』は「日蓮当身の大事」であるから、秘匿して容易く他者に見せず、無二の志のある者、すなわち信心強盛の者のみ、これを披見せしめるように仰せられます。
 また、『観心本尊抄』には問難が多く、答えが少ない上、前代未聞のことを記しているので、読む人の耳目を驚かすことであろう、たとえ他人に見せるとしても、三人四人と座を並べて『観心本尊抄』を読むことがあってはならないと誡められます。
 そして、仏滅後二千二百二十余年が経過するが、未だに『観心本尊抄』の観心の法門は顕されていないので、国難をも顧みず、末法の初めの五百年である五五百歳を期してこの法門を説き明かしたことを述べられます。
 最後に、願わくば『観心本尊抄』を読了し、御本尊様への強盛な信心を確立した者、すなわち我が門下は師弟共に霊山浄土に詣で、三仏(釈迦如来・多宝如来・十方分身の諸仏)の顔貌(御姿)を拝見させていただこうと述べられて、本抄を結ばれています。

 

 三、拝読のポイント

 観心の法門

 大聖人様は、本抄において「観心の法門少々之を註し」と仰せです。
 観心に対する語として教相という語があり、観心が実修・実践を、教相は仏の教説の理論的な究明を意味します。
 なお、『本因妙抄』に、
 「今要を以て之を言はゞ、迹・本・観心同名異義なり。始終本末共に、修行も覚道も時機も感応も皆勝劣なり。(中略)彼の観心は此の教相」(御書 一六八二頁)
と御教示のように。像法の天台大師が立てた観心の法門は、末法の御本仏宗祖日蓮大聖人の寿量文底下種の仏法からみれば教相となります。
 総本山第二十六世日寛上人は『観心本尊抄文段』に、観心の法門と、当家所立の教相・観心について、
 「『一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底に秘し沈め給ヘり』と云云。当に知るべし、『一念三千の法門』とは即ちこれ観心の法門なり。既に文底を以て観心の法門と名づく。故に知んぬ、文上の法門は皆教相に属するなり。(中略)文底下種の法門を以て観心と名づく。故に知んぬ、爾前・迹・本は通じて教相に属するなり。」(御書文段 一九三頁)
と、文底下種の仏法をもって観心の法門とし、文上熟脱(爾前・迹門・本門)の仏法を教相とすることを教示されています。
 したがって、ここで仰せの「観心の法門」とは、大聖人様が初めて明らかに示された、末法の一切衆生が即身成仏を遂げるべき、文底本因下種の観心の法門ということです。これは『観心本尊抄』において、釈尊一代五十年の教法を従浅至深して五重に括り、在世と末法との種脱の異なりを判じて、末法の衆生が尊崇すべき本尊を示された「五重三段」の教判によって明らかであり、そこには、末法の衆生が修行すべき観心修行と、その対境となる本門の大曼荼羅御本尊が説き示されています。

 日蓮当身の大事

 また、大聖人様は本抄において、『観心本尊抄』を「日蓮当身の大事」であると明言されています。
 日寛上人は『観心本尊抄文段』に、
 「夫れ当抄に明かす所の観心の本尊とは、一代諸経の中には但法華経、法華経二十八品の中には但本門寿量品、本門寿量品の中には但文底深密の大法にして本地唯密の正法なり。この本尊に人あり法あり。人は謂く、久遠元初の境智冥合、自受用報身。法は謂く、久遠名字の本地難思の境智の妙法なり。法に即してこれ人、人に即してこれ法、人法の名は殊なれども、その体は恒に一なり。その体は一なりと雖も、而も人法宛然なり。」(同 一八九頁)
と仰せられ、さらに、
 「当抄は人即法の本尊の御抄なるのみ。これ則ち諸仏諸経の能生の根源にして、諸仏諸経の帰趣せらるる処なり。故十方三世の恒妙の諸仏の功徳、十方三世の微塵の経々の功徳、皆咸くこの文底下種の本尊に帰せざるなし。(中略)此れ則ち蓮祖出世の本懐、本門三大秘法の随一、末法下種の正体、行人所修の明鏡なり。故に宗祖云く『此の書は日蓮が身に当る一期の大事なり』等云云。」(同)
と、『観心本尊抄』に明かされるところの本尊は、法華経本門寿量品文底深秘の大法にして本地唯密の正法、諸仏所経能生の根源、宗祖日蓮大聖人出世の本懐、本門三大秘法の随一、末法下種の正体、行人所修の明鏡である故に、「日蓮が当身の大事」となることを明示されています。

 五五百歳を期して之を演説す

 本宗における『観心本尊抄』の題号の正しい読み方について、日寛上人は、
 「『如来滅後後五百歳』とは、これ上行出世の時を明かす。『始』の字はこれ上行始めて弘むる義を明かし、『観心』はこれ文底所被の機縁の観心を明かし、『本尊』はこれ人即法の本尊を明かす。故に『如来滅後後五百歳』は時に約し、『始』の字は応に約し、『観心』は機に約し、『本尊』は法に約するなり。故に今点じて云く『如来の滅後後五百歳に始む観心の本尊抄』と云云。故に題意に謂く、如来滅後後五百歳に上行菩薩始めて弘む観心の本尊抄なりと。」(同 一九〇頁)
と、血脈相伝の上から、時・応・機・法に約して「如来の滅後五五百歳に始む観心の本尊抄」と読むべきことを御教示です。
 他門下による題号の読み方を見ると、「始」について「五五百歳の初め」としたり、また「五五百歳に始めて」、あるいは「五五百歳に始まりたる」や「五五百歳に始まる」等と読んでいます。特に近年の日蓮宗の学者には、当抄の「五五百歳を期して之を演説す」の「期して」と合致するから「始めて」と副詞的に読むのが適当だとする主張もあります。
 しかし、当抄の本文によれば、「期して」は「五五百歳」の時を特定する語ですから、「五五百歳」に含む語と見なさなければなりません。また「之を演説す」の「之」は、題号の「観心の本尊」や当抄の「観心の法門」と合致するのですから、「演説す」こそ「始」と合致するのであり、「始む」と読むのが最も適当であると判るのです。また、そうでなければ、時・応・機・法の意義が整いません。
 本宗の血脈相伝に基づく教義解釈が、こうした点に表われていることを知りましょう。

 国難を顧みず正法を説く

 また、本抄に「国難を顧みず」と、佐渡配流という国難に身を置かれていることをものともせず、末法の初めという時を深く鑑みて意を決し、『観心本尊抄』を御認めになったことを仰せられています。
 また『秋元御書』に、
 「謗国の失を脱れんと思はゞ、国主を諌暁し奉りて死罪か流罪かに行なはらるべきなり。(中略)過去遠々劫より今に仏に成らざりける事は、加様の事に恐れて云ひ出ださゞりける故なり。未来も亦復是くの如くなるべし。今日蓮が身に当たりてつみ知られて候。」(御書 一四五二頁)
とあるように、過去遠々劫よりの重罪を消滅して成仏の境界を得るためには、大難を恐れることなく、謗法を呵責することが大事です。

 

 四、結  び

 御法主日如上人猊下は、
 「私どもが正しい信心をしているからこそ、様々な魔が蠢動し、難が襲ってくるのであります。(中略)私どもは『魔競わずば正法と知るべからず』との御金言をしっかりと心肝に染め、いかなる大難が競い起ころうが、それを奇貨とし、決然として障魔を打ち払い、折伏を行じていく時、必ず転迷開悟の大功徳を享受し、即身成仏の本懐を遂げることができるのであります」(大白法 九四一号)
と指南されています。
 各支部とも決然として魔を打ち払い、さらなる折伏弘通に邁進してまいりましょう。