大白法・平成28年12月1日刊(第946号)より転載 御書解説(204)―背景と大意

得受職人功徳法門抄(589頁)

 

 一、御述作の由来

 本抄は、文永九(1272)年四月十五日、大聖人様が御年五十一歳の時、佐渡の一谷(いちのさわ)において述作され、最蓮房日浄に与えられた法門書です。

 本抄は二日前の『最蓮房御返事』に、

(とく)(じゅ)(しょく)(にん)功徳法門(くわ)しく御申し候はん」(御書588頁)

と記されていることから、最蓮房から受職に関する質問があり、それに対する御教示です。()真蹟(しんせき)は現存していません。

 対告衆(たいごうしゅ)の最蓮房は、十七歳で出家した京都出身の天台宗の僧侶ですが、どのような罪で佐渡流罪となったのかは不明です。

 前掲の『最蓮房御返事』に、

二月の始めより御弟子となり」(同585頁)

との記述があることから、最蓮房は、大聖人様が佐渡に御入りになられた翌年、文永九年二月には、既にお弟子となっていたことが判ります。弟子入り後間もないにもかかわらず、大聖人様より『生死一大事血脈抄』や『草木成仏口決』を賜り、さらには『諸法実相抄』『当体義抄』『立正観抄』などの重要法門書を賜っていることから、最蓮房が深い学識を持っていた人物であることは間違いありません。

 最蓮房は、大聖人様が身延に入られた後に赦免(しゃめん)となって京都に帰りましたが、後に下山(しもやま)(山梨県身延町)に移って本国寺(現在は日蓮宗)を開き、(えん)(きょう)元(1308)年、八十七歳で亡くなったとされています。

 本抄が述作された当時の佐渡は、念仏の信仰が蔓延し、その門徒が権勢を握る土地であったため、念仏を強く破折する大聖人様に対して、憎悪の念を抱く者や感情を(あらわ)にする者も多く、『種々御振舞御書』の、

阿弥陀仏の大怨敵、一切衆生の悪知識の日蓮房此の国にながされたり。(中略)打ちころしたれども、御とがめなし」(同1064頁)

といった殺気が(ただよ)う状況でした。

 文永九年一月十六日、塚原(つかはら)三昧堂(さんまいどう)には数百人もの諸宗の僧俗が押し寄せ、大聖人様と問答しましたが、所詮、大聖人様の相手ではなく、彼らの邪義・邪難は(かん)()なきまでに破折されてしまったのです。

 この問答の一部始終を見聞した最蓮房は、大聖人様の崇高なる御人格と理路整然とした衆生救済の教えに深く感動し、自ら進んで念仏を捨てて帰伏したのです。そして、同年二月に大聖人様に弟子入りし、四月八日の夜半、(とら)の時(午前四時頃)に妙法の本円戒をもって(じゅ)(しょく)(かん)(じょう)を受けました。本抄は、その七日後の御書です。

 

 二、本抄の大意

 本抄は、題号が示すように、「受職を得る人の功徳」について明かされた法門書です。ここで言う「受職」とは、「受職潅頂」を略したものです。

 そもそも、「受職潅頂」は、インドの王位継承の儀式に由来するもので、インドでは王位を授受する儀式の時、前王が新王の(いただき)に四大海の水を(そそ)いで、「一天四海を()げて(なんじ)()(ぞく)する意志」を表わしました。

 仏は「法王」としての立場から、新たに法王の位に登るべき行者の頂に智水を(そそ)ぎ、その職位を授受する儀式としました。すなわち、「等覚の菩薩」が「妙覚の(ごく)()」に登ることを「受職」と言うのです。

 この一般仏教における「受職」の意義を踏まえて、大聖人様は、本抄の冒頭に、

受職とは因位の極際(ごくさい)に始めて仏位を成ずるの義なり。此の受職に於て諸経と今経との異なり有り

と示されます。

 等覚に限って受職潅頂することは諸経(法華経以前の()(ぜん)権教)において説く法門であるのに対して、今経(法華実教)においては等覚以外の位にある未断煩悩の凡夫も含めた一切衆生に受職を許す法門であると、その相異を示されます。

 次いで、爾前経の受職と法華経の受職について述べられ、爾前経は等覚の菩薩でなけれは妙覚の職位を(さず)けないのに対し、法華経は煩悩を断じ切れていない凡夫であっても、一切衆生救済の仏の実意の上から「妙法を信受する時」には妙覚の職位を授けることを明かされます。

 続いて、法華経の受職には、道門(出家の比丘(びく))と俗衆(在俗の衆生)の二があり、さらに、道俗それぞれの受職に「(しゅう)(がく)()(りょう)の受職」と「信行の受職」の二種があることを示されます。そして、比丘は()く悪を忍ぶ徳が俗衆よりも(すぐ)れているので俗衆の上に位を()めること、さらに修学解了の受職の比丘は他を(きょう)()する徳を持っているため、自己の成仏を求めることを主とする信行の比丘や俗衆よりも上に位することなどを示され、上下の功徳の違いを(わきま)えて混乱してはならないと、御教示されます。

 続いて、受職の法師の功徳を明かして、受職の法師に対する態度と心得を示されます。そして、受職の法師の徳分を弁(わきま)ずに(きょう)(せん)憎嫉(ぞうしつ)する者は種々の重罪を受けるのに対し、妙法弘通の僧に親近(しんごん)して浄心に供養・讃歎(さんだん)する者は莫大(ばくだい)な福徳を得ることを御教示されます。

 最後に、方便の極位の菩薩にも功徳が勝る五十展転(てんでん)(ずい)()の功徳と、さらに五十以前の化他の功徳をも(そな)えるような莫大な功徳を得るには、念仏・真言等の諸宗諸経を捨てて、ただ大聖人様が弘通せられる南無妙法蓮華経を信じて、至心に題目を唱えることを勧めて、本抄を結ばれています。

 

 三、拝読のポイント

 妙法の受職を受ける人の功徳

 本抄では、最蓮房に対して、

未断煩悩の凡夫も妙法を信受するの時、妙覚の職位を成ず

と、妙法の信受により功徳が得られることを明かされています。

 大聖人様が弟子の(さん)()(ぼう)に与えられた『教行証御書』には、

此の法華経の本門の肝心妙法蓮華経は、三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と()り。此の五字の内に(あに)万戒の功徳を納めざらんや。但し此の具足の妙戒は一度持って後、行者破らんとすれど破れず。是を金剛(こんごう)(ほう)()(かい)とや申しけんなんど立つべし」(御書1109頁)

と仰せられ、妙法蓮華経の戒は金剛宝器戒と言って、一度受持すれば永久に破られることなく、もし悪縁に触れて信心から退(しりぞ)き、悪道に()ちることになったとしても戒の功徳によって再び妙法に縁し、その人の生命に存続することが説かれています。つまり、入信時の御授戒において、一切の謗法を捨て、下種の本円戒の受持を誓うところに、その根本的な功徳の意義が存するのです。

 さらに『教行証御書』には、

三世の諸仏は此の戒を持って、法身(ほっしん)報身(ほうしん)(おうじん)身なんど(いず)れも無始無終の仏に成らせ給ふ。(中略)今末法当世の有智・無智、在家・出家、上下万人此の妙法蓮華経を持って説の如く修行せんに、豈仏果を得ざらんや」(同頁)

と仰せられ、三世の諸仏がこの妙法の戒を信受して仏に成られたことを示され、末法今時に妙法を信受して、説の如く自行化他の信行に励むところに、仏果を得ることを明かされています。

 本抄の最後の問答に、

問ふ、何が故ぞ妙法の受職を受くる人、是くの如く功徳を得るや。答ふ、此の妙法蓮華経は本地甚深の奥蔵(おうぞう)、一大事因縁の大白法なり。化導三説に勝れ功(いち)()に高く、一切衆生をして現当の悉地成就をせしむる法なるが故に、此の経受職の人は是くの如く功徳を得るなり

と仰せのように、「本地甚深の奥蔵」「一大事因縁の大白法」である妙法蓮華経を信受するところ、現当二世に亘り計り知れない功徳を得ることができるのです。

 

 四、結  び

 御法主日如上人猊下は、本抄の、

仏は衆生を引導すること自在神通力の故に此の経を説くこと(かた)からず。凡師は自在の三昧を得ざるが故に此の経を説くこと則ち難し。故に一劫讃仏の功徳に勝ると云ふなり。されば此の弘経の人は『如来と共に宿する』の人なり

の御文を引用されて、

自在神力をもってこの経を説く仏様とは異なり、自在力を持たない凡夫が法を弘めることは、はなはだ困難である。故に、その凡夫の弘通者を供養する功徳は、たやすく弘教することができる仏を一劫の間、供養する功徳よりも勝れており、したがって、末法に法華経を弘める者は、まさしく『如来と共に宿する』人であると仰せられているのであります。(中略)もちろん、ここで法華経と仰せられているのは、今時末法に約して申せば、文上の法華経ではなく、寿量品文底秘沈の南無妙法蓮華経・すなわち人法(にんぽう)(いっ)()の大御本尊様のことであります。(中略)この大御本尊様を受持信行する者は、大御本尊様の広大無辺なる功徳と、あらゆる仏、菩薩、二乗、諸天等の守護が必ずあることを忘れずに、勇気を持って、いよいよ折伏に励んでいただきたい」(大白法815号)

と御指南されています。

 本宗僧俗は、妙法受戒の尊い意義を再確認し、折伏誓願目標の完遂に向けて、いよいよ折伏に励んでまいりましょう。