最蓮房御返事 文永九年四月一三日 五一歳

別名『供物書』

第一章 供養の謝辞を述べる

(★585㌻)
 御札の旨委細承り候ひ畢んぬ。都よりの種々の物慥かに給び候ひ畢んぬ。鎌倉に候ひし時こそ常にかゝる物は見候ひつれ。此の島に流罪せられし後は未だ見ず候。是体の物は辺土の小島にてはよによに目出度き事に思ひ候。
 
 御手紙の趣旨は詳しく承った。都からの種々の品物は、たしかにいただきました。鎌倉にいた時には、常にこのような物は見ていたが、この島に流罪された後は、いまだ見ていない。このような品物は、都から遠く離れた小島ではたいそう珍しいことと思われる。

 

第二章 妙法の信受、師弟の結縁を喜ぶ

 御状に云はく、去ぬる二月の始めより御弟子となり、帰伏仕り候上は、自今以後は人数ならず候とも、御弟子の一分と思し食され候はゞ、恐悦に相存ずべく候云云。経の文には「在々諸仏の土に、常に師と倶に生まれん」とも、或は「若し法師に親近せば速やかに菩薩の道を得ん。是の師に随順して学せば恒沙の仏を見たてまつることを得ん」とも云へり。釈には「本此の仏に従って初めて道心を発こし、亦此の仏に従って不退地に住せん」とも、或は云はく「此の仏菩薩に従って結縁し、還って此の仏菩薩に於て成就す」とも云へり。此の経釈を案ずるに、過去無量劫より已来師弟の契約有りしか。我等末法濁世に於て生を南閻浮提大日本国にうけ、忝くも諸仏出世の本懐たる南無妙法蓮華経を口に唱へ心に信じ身に持ち手に翫ぶ事、是偏に過去の宿習なるか。
   御手紙には、去る二月の始めから御弟子となり帰伏したうえは、今から後は人並ではないけれども、御弟子の一分とお思いくだされば恐悦に存じます、とあった。
 法華経には「あらゆる諸仏の国土に常に師とともに生まれるであろう」とも、あるいは「もし法師に親しく交わるならば、速やかに菩薩の道を得るであろう。この師にしたがって学ぶならば無数の仏を拝見することができるであろう」とも説いている。
 法華玄義には「もとこの仏に従って初めて仏道を求める心を起こし、またこの仏に従って不退の境地に住するであろう」とも、あるいは法華文句記には「初めこの仏菩薩に従って結縁し、還ってこの仏菩薩のもとで成就する」ともいっている。
 この経や釈を考えてみるに、過去の計り知れない昔から師弟の約束があったのであろうか。我らが末法濁世において生を南閻浮提の大日本国に受け、恐れ多くも諸仏出世の本懐である南無妙法蓮華経を口に唱え、心に信じ、身にもてあそぶことは、ひとえに過去の宿習であろうか。

 

第三章 邪師を捨て正師につくべきを示す

 予日本の体を見るに、第六天の魔王智者の身に入りて、正師を邪師となし善師を悪師となす。経に「悪鬼其の身に入る」とは是なり。日蓮智者に非ずと雖も、第六天の魔王我が身に入らんとするに、兼ねての用心深ければ身によせつけず。故に天魔力及ばずして、王臣を始めとして、良観等の愚癡の法師原に取り付ひて日蓮をあだむなり。然るに今時は師に於て正師・邪師・善師・悪師の不同ある事を知って、邪悪の師を遠離し、正善の師に親近すべきなり。設ひ徳は四海に斉しく、智慧は日月に同じくとも、法華経を誹謗するの師をば悪師・邪師と知って、是に親近すべからざる者なり。或経に云はく「若し誹謗の者には共に住すべからず、若し親近し共に住せば即ち阿鼻獄に趣かん」と禁め給ふ是なり。
(★586㌻)
いかに我が身は正直にして、世間出世の賢人の名をとらんと存ずれども、悪人に親近すれば、自然に十度に二度三度其の教へに随ひ以て行くほどに、終に悪人になるなり。釈に云はく「若し人本悪無きも、悪人に親近すれば後必ず悪人と成り、悪名天下に遍からん」云云。
   私が日本の姿を見るに、第六天の魔王が智者の身に入って正師を邪師となし、善師を悪師となしている。法華経に「悪鬼其の身に入る」と説かれているのはこれである。
 日蓮は智者ではないけれども、第六天の魔王が我が身に入ろうとしても、かねてからの用心が深いので身に寄せつけない。ゆえに天魔は力及ばずに王や臣下をはじめとして良観等の愚かな法師達に取りついて、日蓮を怨むのである。
 しかしながら、今の時代は正師と邪師・善師と悪師の違いがあることを知って、邪悪の師を遠ざけ、正善の師に近ずき親しむべきである。たとえば徳は全世界に行きわたり、智慧は日月のように輝いていたとしても、法華経を誹謗する師は悪師であり邪師であると知って、これに近づき親しむべきではないのである。
 ある経に「もし誹謗する師がいたならば、ともに住んではならない。もし近づき親しんでともに住むならば、無間地獄に堕ちるであろう」と戒められているのはこれである。
 どんなに自身は正直で世間・出世間の賢人の名を得ようと思っても、悪人に近づき親しめば、自然に十度に二度・三度その教えに従っていって、ついには悪人になってしまうのである。
 止観輔行弘決には「もし人がもとは悪くなくも悪人に近づき親しめば後は必ず悪人となり、悪名は天下に広くゆきわたるであろう」とある。

 

第四章 経証ならびに邪師の名を挙げる

 所詮其の邪悪の師とは今の世の法華誹謗の法師なり。涅槃経に云はく「菩薩、悪象等に於ては心に恐怖すること無かれ、悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ。悪象の為に殺されては三趣に至らず、悪友の為に殺されては必ず三趣に至らん」と。法華経に云はく「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に」等云云。先々申し候如く、善無畏・金剛智・達磨・慧可・善導・法然、東寺の弘法、園城寺の智証、山門の慈覚、関東の良観等の諸師は、今経の「正直捨方便」の金言を読み候には「正直捨実教但説方便教」と読み、或は「於諸経中最在其上」の経文をば「於諸経中最在其下」と、或は「法華最第一」の経文をば「法華最第二第三」と読む。故に此等の法師原を邪悪の師と申し候なり。
   結局、其の邪悪の師とは、今の世の法華誹謗の法師である。涅槃経には「菩薩よ、悪象等に対しては心に恐れることはない。悪智識に対しては恐れの心を生じなさい。悪象のために殺されたときは三趣に至らない。悪友のために殺されたときは必ず三趣に至るであろう」とあり、 法華経には「悪世のなかの比丘は邪智で、心がひねくれ」等とある。
 前々から申し上げているように善無畏・金剛智・達磨・慧可・善導・法然・東寺の弘法・園城寺の智証・山門の慈覚・関東の良観等の諸師は、今の「正直に方便を捨て」の金言を読むのに「正直に実教を捨て、但、方便の教えを説く」と読み、あるいは「法華経最も第一なり」の経文を「法華経最も第二なり、第三なり」等と読んでいる。ゆえにこれらの法師達を邪悪の師というのである。

 

第五章 大聖人こそ末法正善の師と明かす

 さて正善の師と申すは、釈尊の金言の如く、諸経は方便、法華は真実と正直に読むを申すべく候なり。華厳の七十七の入法界品之を見るべし云云。法華経に云はく「善知識は是大因縁なり。所謂化導して仏を見たてまつり阿耨菩提を発こすことを得せしむ」等云云。仏説の如きは、正直に四味・三教・小乗・権大乗の方便の諸経、念仏・真言・禅・律等の諸宗並びに所依の経を捨て、但唯以一大事因縁の妙法蓮華経を説く師を正師・善師とは申すべきなり。然るに日蓮末法の初めの五百年に生を日域に受け、如来の記文の如く三類の強敵を蒙り、種々の災難に相値ひて、身命を惜しまずして南無妙法蓮華経と唱へ候は正師か邪師か。能く能く御思惟之有るべく候。
   さて、正善の師とうのは釈尊の金言のとおり、諸経は方便であり法華経は真実であると正直に読む者をいうべきである。
 華厳経のの七十七の入法界品を見るべきでる。法華経には「善知識は、これ大因縁である。所謂、化導して、仏を拝見し無上の悟りを求める心を起させる」等とある。
 仏説によれば、正直に四味三教・小乗・権大乗の方便の諸経と念仏・真言・禅・律等の諸宗ならびに所依の経を捨てて、ただ唯以一大事因縁の妙法蓮華経を説く師を正師・善師というべきである。
 ところで日蓮が末法の初めの五百年に生を日本に受け、如来の予言のとおり三類の強敵による迫害を受け、種々の災難にあって身命を惜しまずに南無妙法蓮華経と唱えているのは正師か邪師か、よくよくお考えいただきたい。

 

第六章 法華経身読の事実を挙ぐ

 上に挙ぐる所の諸宗の人々は我こそ法華経の意を得て法華経を修行する者よと名乗り候へども、予が如く弘長には伊豆国に流され、文永には佐渡島に流され、或は竜口の頚の座等、此の外種々の難は数を知らず。経文の如くならば予は正師なり善師なり。諸宗の学者は悉く邪師なり悪師なりと覚し食し候へ。此の外善悪二師を分別する経論の
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文等是広く候へども、兼ねて御存知の上は申すに及ばず候。 
   先に挙げた諸宗の人々は、自分こそ法華経の意を心得て法華経を修行する者であると名乗っているけれども、日蓮が受けたような難にはあっていない。日蓮は弘長元年には伊豆の国に流され、文永八年には佐渡の島に流され、あるいは竜の口で斬首刑の座にすわる等、このほか種々の難は数えきれないほどである。
 経文のとおりであるならば、自分こそ正師であり善師である。諸宗の学者はことごとく邪師であり、悪師であるとお考えなさい。
 このほか善悪の二師を区別する経論の文等は多くあるけれども、あらかじめ御存知であるので申し上げるまでもない。

 

第七章 師弟の因縁を述べ、行化を励ます

 只今の御文に自今以後は日比の邪師を捨て偏に正師と憑むとの仰せは不審に覚へ候。我等が本師釈迦如来法華経を説かんが為に出世ましませしには、他方の仏菩薩等来臨影響して釈尊の行化を助け給ふ。されば釈迦・多宝・十方の諸仏等の御使ひとして来たって化を日域に示し給ふにもやあるらん。経に云はく「我於余国遣化人、為其集聴法衆、亦遣化、随順不逆」と。此の経文に比丘と申すは貴辺の事なり。其の故は聞法信受、随順不逆、眼前なり。争でか之を疑ひ奉るべきや。設ひ又「在々諸仏土、常与師倶生」の人なりとも、三周の声聞の如く下種の後に退大取小して五道六道に沈輪し給ひしが、成仏の期来至して順次に得脱せしむべきゆへにや。念仏・真言等の邪法・邪師を捨てゝ日蓮が弟子となり給ふらん、有り難き事なり。    ただいまの御手紙に、今後は日ごろの邪師を捨てて、ひとえに日蓮大聖人を正師として帰依していくといわれているのは、いぶかしく思われる。我らの本師である釈迦如来が法華経を説くために、出世されたときには、他方の仏や菩薩等がやってこられて、釈尊の振る舞いや化導を助けられた。それゆえ、釈迦・多宝・十方の諸仏等のお使いとしてきて、化導を日本に示されることであろう。法華経に「我、余国に於いて化の人を遣わして、其の為に聴法の衆を集め、亦化を遣わして随順して逆らわじ」とある。この経文に比丘というのは、あなたのことである。そのゆえは「法を聞いて信受し、随順して逆わじ」というのは眼前に明らかである。どうしてこれを疑うことができようか。
 たとえまた「在在、諸の仏土に、常に師と倶に生ぜん」という人でも、三周の声聞のように、下種された後に大乗を退転し小乗に堕ちて五道・六道に深く沈んできたのが、成仏の時がきて順次に得脱されるゆえであろうか、念仏・真言等の邪法・邪師を捨てて日蓮の弟子となられたのであろう、ありがたいことである。
 何れの辺に付いても、予が如く諸宗の謗法を責め彼等をして捨邪帰正せしめ給ふて、順次に三仏座を並べ常寂光土に詣りて、釈迦・多宝の御宝前に於て、我等無始より已来師弟の契約有りけるか、無かりけるか。又釈尊の御使ひとして来たりて化し給へるか、さぞと仰せを蒙りてこそ我が心にも知られ候はんずれ。何様にもはげませ給へ、はげませ給へ。    いずれにしても、日蓮と同じように、諸宗の謗法を責め、彼らを、邪法を捨てて正法に帰依させて、順次に三仏が座を並べられているように常寂光土に詣でて、釈迦・多宝の御前で「私達は無始以来、師弟の約束があったのでしょうか。なかったのでしょうか。また、釈尊のお使いとして来て、化導してくださったのでしょうか」と尋ねたときに、「そのとおりである」との仰せを受けてこそ、自身の心も納得されるであろう。なんとしても励まれるがよい、励まれるがよい。

 

第八章 本円戒受持の大功徳を明かす

 何となくとも貴辺に去ぬる二月の比より大事の法門を教へ奉りぬ。結句は卯月八日夜半寅の時に妙法の本円戒を以て受職灌頂せしめ奉る者なり。此の受職を得るの人争でか現在なりとも妙覚の仏を成ぜざらん。若し今生妙覚ならば後生豈等覚等の因分ならんや。実に無始曠劫の契約、常与師倶生の理ならば、日蓮今度成仏せんに貴辺豈相離れて悪趣に堕在したまふべきや。如来の記文・仏意の辺に於ては世出世に就きて更に妄語無し。然るに法華経には「我が滅後の後に於て応に斯の経を受持すべし。是の人仏道に於て決定して疑ひ有ること無けん」と。或は「速やかに為れ疾く無上仏道を得たり」等云云。此の記文虚しくして我等が成仏今度虚言ならば、諸仏の御舌もきれ、多宝の塔も破れ落ち、二仏並座は無間地獄の熱鉄の床となり、方・実・寂の三土は地・餓・畜の三道と変じ候べし。
(★588㌻)
争でかさる事候べきや。あらたのもしやたのもしや。
 是の如く思いつゞけ候へば、我等は流人なれども身心共にうれしく候なり。
   何ということはないけれども、あなたは去る二月のころから大事の法門を教へ申し上げた。そのうえ、四月八日の夜半、午前四時ごろに、妙法の本円戒をもって受職灌頂してさしあげた。
 この受職を得る人は、どうして現世であっても妙覚の仏とならないことがあろうか。もし今生が妙覚ならば、後生がどうして等覚等の因位の分際であることがあろうか。実に、無始の昔からの約束であり、「常に師とともに生ぜん」という理ならば、日蓮がこのたび成仏するのに、あなたがどうして離れて悪道に堕ちることがあろうか。
 如来の記した経文は、仏の本意からみるとき、出世間にあって全くうそはない。しかし、法華経には「我が滅度の後に必ずこの経を受持すべきである。この人は仏道において成仏することは疑いないであろう」とあり、あるいは「速やかに為れ疾く、無上の仏道を得たり」等とあるのに、この記文が事実でなくて私達の成仏がうそであるならば、諸仏の御舌も切れ、多宝の塔も破ち、二仏が並座しているところは無間地獄の焼けた鉄の床となり、方便土・実報土・寂光土の三土は地獄・餓鬼・畜生の三悪道と変じるであろう。どうして、そのようなことがあろうか。ああ、頼もしいでないか。頼もしいでないか。
 このように思い続けていると、我らは流人であっても身心ともにうれしいものである。

 

第九章 自在無碍なる成仏の境地を述べる

 大事の法門をば昼夜に沙汰し、成仏の理をば時々刻々にあぢはう。是くの如く過ぎ行き候へば、年月を送れども久しからず、過ぐる時刻も程あらず。例せば釈迦・多宝の二仏塔中に並座して、法華の妙理をうなずき合ひ給ひし時、五十小劫仏の神力の故に諸の大衆をして半日の如しと謂はしむと云ひしが如くなり。劫初より以来、父母・主君等の御勘気を蒙り遠国の島に流罪せらるゝの人、我等が如く悦び身に余りたる者よもあらじ。されば我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ、常寂光土の都たるべし。我等が弟子檀那とならん人は一歩を行かずして天竺の霊山を見、本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ事、うれしとも申す計り無し、申す計り無し。
   大事な法門を昼夜に思索し成仏の理をば時々時刻々に味わっている。このように過ごしているので、年月を送って長く感じず、過ぎた時間もそれほどたっているようには思えない。例えば釈迦・多宝の二仏が多宝塔の中に並座して法華経の妙理をうなずきあわれたとき、五十小劫という長遠の時間が経っていたにもかかわらず仏の神力によって諸々の大衆に半日のように思わせた、と法華経従地湧出品第十五に説かれているようなものである。
 この世界の初め以来、父母・主君のお咎めを受け遠国に流罪された人で、私達のように喜びが身にあふれている者はまさかいないであろう。
 それゆえ私達が住んで法華経を修行する所は、いずれの所であっても常寂光の都となるであろう。
私達の弟子檀那となる人は一歩と歩まないうちに天竺の霊鷲山を見、本有の寂光土へ昼夜のうちに往復されるということは、言いようがないほどうれしいことである。

 

第十章 赦免後の再会を約して励ます

 余りにうれしく候へば契約一つ申し候はん。貴辺の御勘気疾く疾く許させ給ひて都へ御上り候はゞ、日蓮も鎌倉殿はゆるさじとの給ひ候とも諸天等に申して鎌倉に帰り、京都へ音信申すべく候。又日蓮先立ちてゆり候ひて鎌倉へ帰り候はゞ、貴辺をも天に申して古京へ帰し奉るべく候。恐々謹言。
  四月十三日          日蓮花押
 最蓮房御返事
   あまりにうれしく思うので、約束を一つ申し上げよう。あなたの御流罪が早く許されて都へ上られたならば、日蓮も北条時頼は許さないと仰せられても、諸天等に申して鎌倉に帰り、京都にお手紙を差し上げよう。
 また日蓮が先に許されて鎌倉に帰ったならば、あなたを、諸天に申して故郷に帰られるようにしよう。恐恐謹言。
  四月十三日          日蓮花押
 最蓮房御返事
 夕さりは相構へ相構へて御入り候へ。得受職人功徳法門委しく御申し候はん。    夕方はよくよく用心して、おいでなさい。得受職人功徳法門を詳しく申し上げよう。