八宗違目抄  文永九年二月一八日  五一歳

 

第一章 諸経に三身常住の義なし

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 記の九に云はく「若し其れ未だ開せざれば法報は迹に非ず、若し顕本し已はれば本迹各三なり」と。文句の九に云はく「仏三世に於て等しく三身有り、諸教の中に於て之を秘して伝へず」と。
 
 法華文句記巻九に「もし、まだ開迹顕本していないならば、法身・報身は迹ではなく本体であり、もし寿量品で顕本しおわれば、地にも垂迹にもおのおの三身があるのである」とあり、法華文句の巻九には「仏は三世において等しく三身が具わっているが、法華以前の諸教のなかではこれを秘して伝えない」とある。これを図示すると以下のようになる。

      ┌法身如来          ┌正因仏性
    仏─┼報身如来       衆生─┼了因仏性
      └応身如来          └縁因仏性

      ┌小乗経には仏性の有無を論ぜず
 衆生の仏性┼華厳・方等・般若・大日経等には衆生本より正因仏性有って了因・縁因無し
      └法華経には本より三因仏性有り

 文句の十に云はく「正因仏性は 法身の性なり 本当に通亘す。縁了仏性は種子本有にして今に適むるに非ざるなり」と。    法華文句巻十に「正因仏性=法身の理性は本有と当為とに通じ、縁因・了因の仏性もその種子は本有であり、今はじめて修して得たものではない」とある。

 

第二章 釈尊は三徳具備・三身相即の仏

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 法華経第二に云はく「今此の三界は皆是我が有なり」主・国王・世尊なり。「其の中の衆生は悉く是吾が子なり」親父なり。「而も今此の処は諸の患難多し。唯我一人のみ能く救護を為す」導師。寿量品に云はく「我も亦これ世の父」文。 
    
 法華経第二に云く、「今此の三界は皆我が有なり」主国王世尊なり。「其の中の衆生は悉く是れ我が子なり」親父なり。「而も今此の処は諸の患難多し。唯我一人のみ能く救護をなす。」導師なり。寿量品に云く、「我もまたこれ世の父」文。

    ┌主─国王──報身如来
    │
    ├師─────応身如来
    │
    └親─────法身如来

 五百問論に云はく「若し父の寿の遠きを知らざれば復父統の邦に迷はん。徒に才能と謂ふとも全く人の子に非ず」と。又云はく「但恐らくは才一国に当たるとも父母の年を識らざらんや」と。
 古今仏道論衡 道宣の作 に云はく「三皇已前は未だ文字有らず。○但其の母を識って其の父を識らず。禽獣 鳥等なり に同じ」等云云 慧遠法師周の武帝を詰る語なり。
   妙楽大師の五百間論には「若し父の寿命の長遠なることを知らないような者は、また父の統治している国に迷うであろう。そのようでは、いかに才能があるといっても、全く人の子ではない」と、また「ただ、おそらくは才能が一国全体の人に匹敵するほどであっても、父母の年をしらないようなものである」とある。
 道宣の古今仏道論衛に「三皇已前はまだ文字がなく、人々はただ、その母を識っていたが、その父を識らない禽獣のようであった」とある。これは慧遠法師が周の武帝を詰った語である。

 

第三章 八宗所立の本尊を破す

  倶舎宗┐
     │
  成実宗┼ 一向に釈尊を以て本尊と為す。爾りと雖も但応身に限る。
     │
 
 律 宗┘

  華厳宗┐
     │
  三論宗┼ 釈尊を以て本尊と為すと雖も法身は無始無終、報身は有始無終、応身は有始有終なり。
     │
  法相宗┘

  真言宗─ 一向に大日如来を以て本尊と為すに二義有り。一義に云はく、大日如来は釈迦の法身なり。
       一義に云はく、大日如来は釈迦の法身には非ず。
       但し大日経には大日如来は釈迦牟尼仏なりと見えたり、人師よりの僻見なり。
  浄土宗─ 一向に阿弥陀如来を以て本尊と為す。

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 法華宗より外の真言等の七宗並びに浄土宗等は、釈迦如来を以て父と為すことを知らず。例せば三皇已前の人禽獣に同ずるが如し。鳥の中に鷦鷯鳥も鳳凰鳥も父を知らず。獣の中には兎も師子も父を知らず。三皇以前は大王も小民も共に其の父を知らず。天台宗よりの外真言等の諸宗の大乗宗は師子と鳳凰の如く、小乗宗は鷦鷯と兎等の如く、共に父を知らざるなり。
 
 法華宗以外の真言等の七宗ならびに浄土宗等は釈尊をもって父とすることを知らない。例えば三皇已前の人が父を知らず、禽獣と同じであったようなものである。鳥のなかに鷦鷯鳥のように劣ったもの、鳳凰鳥のように勝れたものもあるが、とも父を知らず、獣の中にも劣った兎も勝れた師子もあるが、ともに父を知らない。人も三皇以前は大王も小民もともにその父を知らなかった。天台宗以外の真言宗等の諸宗の大乗宗は師子と鳳凰のようであり、小乗宗は鷦鷯と兎等のようであるが、ともにその父、久遠実成の釈尊を知らないのである。

 

第四章 華厳・真言二宗の主張を挙ぐ

 華厳宗に十界互具一念三千を立つること澄観の疏に之有り。真言宗に十界互具一念三千を立つること大日経の疏に之を出だす、天台宗と同異如何。天台宗已前にも十界互具一念三千を立つるや。記の三に云はく「然るに衆釈を攅むるに、既に三乗及び一乗三一倶に性相等の十有りと許す。何すれぞ六道の十を語らざるや」[此の釈の如くんば天台已前五百余年の人師三蔵等の法華経に依る者一念三千の名目を立てざるか。]    真言宗で十界互具・一念三千を立てることは、善無畏が一行に口授で書かせた大日経疏に出ている。天台宗の十界互具・一念三千とはどう異なるのか。天台大師以前に十界互具・一念三千の法門を立てた人がいたかどうか。
 法華文句記三に「諸の論釈を見るに、すでに三乗を立てる宗旨も一乗を立てる宗旨も、三乗・一乗ともに性・相等の十如が具わっているとしている。それなのになぜ六道にも十如が具わっていることを言わないのか」この釈によると、天台大師以前の五百余年に出た人師・三蔵等ので法華経に依った者も、一念三千の名目を立てなかったということである。

 

第五章 華厳宗が主張する一念三千

 問うて云はく、華厳宗は一念三千の義を用ひるや[華厳宗は唐の則天皇后の御宇に之を立つ。] 答へて云はく、澄観の疏三十三 清涼国師 に云はく「止観の第五に十法成乗を明かす中の第二に真正発菩提心○釈して云はく然も此の経の上下の発心の義は文理淵博なれども、其の撮略を見る。故に取って之を用ひ、引きて之を証とす」と。二十九に云はく「法華経に云はく、唯仏与仏等と。天台云はく○便ち三千世間を成すと。彼の宗には此を以て実と為す○一家の意、理として通ぜざる無し」文。    問うて言う。華厳宗では一念三千の義を用いるのか。華厳宗というのは唐の則天皇后の代に成立したのである。
 答えて言う。清涼国師・澄観の華厳宗疏巻三十三に「止観の第五の巻に十法成乗の観法を明かしているなかの第二には、真正発菩提心である。これを釈していうには、この華厳経の上下の発心の義は、深くまた博くして、その観法の肝要を説いているから、天台もこれを引き用いて証拠としたのである」と、また二十九には「法華経には『唯仏与仏等』とあり、天台はそれで三千世間が成立すると言っており、天台宗では、この一念三千をもって根本とするのであるが、華厳宗の意も、その説く理はすべて通じている」と言っている。
 華厳経に云はく[旧訳には功徳林菩薩之を説くと、新訳には覚林菩薩之を説くと、弘決には如来林菩薩と引く]「心は工みなる画師の種々の五陰を画くが如く一切世間の中に法として造らざること無し。心の如く仏も亦爾なり、仏の如く衆生も然なり、心と仏と及び衆生と是の三差別無し。若し人三世一切の仏を了知せんと欲せば当に是くの如く観ずべし。心は諸の如来を造る」と。     華厳経にいわく、旧訳では功徳林菩薩が説いたことになっており、新訳では覚林菩薩が説いたとなっているが、妙楽の止観弘決には如来林菩薩の説として引いている「心は、工なる画師が種々の五陰を画くように、一切世間の中の諸法をことごとく造るのである。心と仏及び衆生との、この三つは全く差別がない。もし人が三世一切の仏をよく知ろうと思うならば、まさに心が諸仏を造るのであると観ずべきである」と説かれている。
 法華経に云はく 此は略開三の文なり仏の自説なり 「所謂諸法とは、如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等なり」と。又云はく「唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう。
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諸仏世尊は衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」と。
 蓮華三昧経に云はく「本覚心、法身常に妙法の心蓮台に住して、本より来三身の徳を具足し、三十七尊 金剛界の三十七尊なり 心城に住したまへるを帰命したてまつる。心王大日遍照尊、心数恒沙、諸の如来も普門塵数、諸の三昧、因果を遠離して法然として具す。無辺の徳海本より円満、還って我心の諸仏を頂礼す」と。仏蔵経に云はく「仏、一切衆生心中に皆如来有して結跏趺坐すと見そなわす」文。
   法華経方便品第二、これは略開三一の文であり、仏の自説である、には「仏と仏とのみが窮めた諸法の実相とは、いわゆる諸法の如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等である」と説かれ、また「諸仏世尊ははただ一大事の因縁をもって、世に出現されたのである。諸仏世尊は、衆生に仏知見を開かせようとされるのである」と説かれている。
 蓮華三昧経には「我等の本来覚った心は法身であり、常住の妙法蓮華経の宮殿に住しての心蓮台に住して、本来三身の徳を具足して、金剛界の三十七尊が心の城に住しておられるのに帰命したてまつるのである。心の本体である心王は、大日遍照尊であり、心の作用である心数は恒沙の諸仏である。この心は因果の修行を遠離して、普く衆生を救う諸の三昧を法然として具足しており、無辺の徳海を本より円満しているので、還って自心に具わる諸仏を頂礼するのである」と説かれ、仏蔵経には「仏は一切衆生の心の中にそれぞれ如来が坐っておられるすと見る」と説いている。

 

第六章 真言宗が主張する一念三千

 問うて云はく、真言宗は一念三千を用ひるや。答えて云はく、大日経の義釈 善無畏・金剛智・不空・一行 に云はく 此の文に五本有り十巻の本は伝教・弘法之を見ず智証之を渡す 「此の経は是法王の秘宝なり、妄りに卑賤の人に示さず。釈迦出世して四十余年、舎利弗の慇懃なる三請に因りて、方に為に略して妙法蓮華の義を説きたまひしが如し、今此の本地の身、又是妙法蓮華最深の秘処なるが故に寿量品に云はく「常在霊鷲山・及余諸住処・乃至我浄土不毀・而衆見焼尽」と、即ち此の宗の瑜伽の意ならくのみ。又補処の菩薩の慇懃三請に因って方に為に之を説けり」と。    問うて言う。真言宗は一念三千の法門を用いているのか。
 答えて言う。大日経の義釈は善無畏が釈して金剛智・不空が聴聞し、唐の一行が記したもので、この書に五本あるが、その中で十巻本は伝教も弘法も見なかったが、智証か日本へ渡したものであるが、この書に「大日経は、これ法王・大日如来の秘宝であって、妄りに卑賎の人には示してはならない。それは、ちょうど釈尊が出世して四十余年を経て、舎利弗が懇ろに、三たび請うたことによって、舎利弗のために略して妙法蓮華の義を説かれたようなものである。今この大日如来の本地の身は、これ妙法蓮華の最も深い秘密の処であるからである。寿量品の『仏は常に霊鷲山及び余の諸の住処に在り』『我が浄土は毀れざるに而も衆は焼けて尽きない』とあるのは、この真言宗の瑜伽の意である。また、釈尊は一生補処の弥勒菩薩が懇ろに三たび請うたから、はじめて仏の久遠実成をといたのである」とある。
 又云はく「又此の経の宗は横に一切の仏教を統ぶ、唯蘊無我、出世間心、住於蘊中と説くが如きは、即ち諸部の小乗三蔵を摂す。蘊の阿頼耶を観じて自心の本不生を覚ると説くが如きは、即ち諸経の八識・三性・無性の義を摂す。極無自性心と十縁生の句を説くが如きは、即ち華厳・般若の種々の不思議の境界を摂して皆其の中に入る。如実知自心を一切種智と名づくと説くが如きは、即ち仏性 涅槃経なり ・一乗 法華経なり ・如来秘蔵 大日経なり 皆其の中に入る。種々の聖言に於て其の精要を統べざること無し」と。毘盧遮那経の疏 伝教・弘法之を見る 第七の下に云はく「天台の誦経は是円頓の数息なり」と謂ふ是此の意なり。     また、「またこの真言経の宗は、横に一切の仏教を統括している。諸法は唯五蘊の因縁和合したもので無我であって世間の心を出で、蘊の阿頼耶を観じて自心は本来不生であると覚ると説いているのは、すなわち諸経の八識・三性・無性の義を統べたものである。また、一切諸法に自性はなく、縁に従って生起すると説いているのは、すなわち華厳・般若等の種々の不思議の境界を皆その中に入れたものである。実の如く自心を知ることを仏の一切種智と名づけると説いているのは、涅槃経の仏性、法華経の一乗、大日経の如来秘蔵等を皆その中に統べたものである。このように種々の聖言の精要をことごとく統べているのである。
また、伝教大師・天台大師も知っている毘盧遮那経の疏の第七の下巻に「天台宗における誦経は円頓における数息観である」とあるが、これもその意味である。

 

第七章 天台の教法賛嘆した史実示す

 大宋の高僧伝巻の第二十七の含光の伝に云はく「代宗、光を重んずること 玄宗・代宗の御宇に真言わたる含光は不空三蔵の弟子なり 不空を見るが如し、勅委して五台山に往いて功徳を修せしむ。時に天台の宗学湛然 妙楽、天台第六の師なり 禅観を解了して深く智者 天台なり の膏腴を得たりと。嘗て江淮の僧四十余人と清涼の境界に入る。湛然、光と相見えて西域伝法の事を問ふ。光の云はく、
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一国の僧空宗を体解する有りと。問うて知者の教法に及ぶ。梵僧云はく、曽て聞く、此の教邪正を定め偏円を暁り、止観を明かして功第一と推す。再三光に嘱す。或は因縁あって重ねて至らば、為に唐を翻じて梵と為して附し来たれ。某願はくは受持せんと屡々手を握って叮嘱す。詳らかにするに其の南印土には多く竜樹の宗見を行ずる故に此の流布を願ふこと有るなり」と。
   大宋の高僧伝巻二十七の含光の伝に「代宗が含光を重んじたことは(真言宗は玄宗代宗の時代に中国にわたったものであり、含光は不空三蔵の弟子である)不空を見るがようである。勅命により五台山に行って、講義してその功徳を修しめた。時に天台宗の宗学者湛然妙楽は天台宗第六祖となり、坐禅観法を解了して、智者天台の意を深く得ていたが、かつて江淮の僧四十余人と共に清涼山に入り、含光に会ってインドの伝法弘伝のことを問うた。
 含光のいうには『大乗の空宗を体得した一国の僧がいた。その僧が智者・天台大師の教法について問うてきた。そのインドの僧がいうのに、かつて自分は天台の教えはよく邪正を定め、偏教と円教とを明らかにし、止観の法を明かして、その功績は第一と聞いているが、どうか因縁あって再び来る時には、その唐本を梵語に翻訳して持ちたいと願っているといって、再三そのことを含光にたのみ、幾度も手を握って丁寧に頼んだ』と。今、そのことをくわしくすると、その頃、南インドには竜樹の教えを信ずる者が多かったから、天台の教法の流布を願ったものであろう」とある。 
 菩提心義の三に云はく「一行和上は元是天台一行三昧の禅師なり能く天台円満の宗趣を得たり、故に凡そ説く所の文言義理、動もすれば天台に合す。不空三蔵の門人含光、天竺に帰るの日、天竺の僧問はく、伝へ聞く、彼の国に天台の教有りと。理致須ゆべくば、翻訳して此の方に将来せんや云云、此の三蔵の旨も亦天台に合す。今或阿闍梨の云はく、真言を学せんと欲せば、先づ共に天台を学せよと。而して門人皆瞋る」云云。    菩提心義三に「一行和上は、もともと天台一行三昧を修行していた禅師である。よく天台の円満の趣意を得ていたから、その説くところの文辞や意義が、ややもすれば天台と合するものがある。不空三蔵の門人・含光がインドに帰った時、インドの僧が問うには『聞くところによれば、中国には天台の教えがあって、その法門は用いるべきだということであるが、それを翻訳してインドへ伝えたらどうか云々』といったようであるが、この三蔵の説く趣意も、天台の教えと合しているのである。近頃ある阿闍梨がいうことには、『真言を学ぼうと欲するならば、まず共に天台を学べといったので、門人たちが皆怒った」云云とある。

 

第八章 華厳宗も一念三千を明かさず

 問うて云はく、華厳経に一念三千を明かすや。答えて云はく「心仏及衆生」等云云。止観の一に云はく「此の一念の心は、縦ならず横ならず不可思議なり。但己のみ爾るに非ず、仏及び衆生も亦復是くの如し。華厳に云はく、心と仏と及び衆生と是の三差別無しと。当に知るべし己心に一切の法を具することを」文。    問うて云う。華厳経には一念三千が明かされているか。
 答えて云う。華厳経に「心と仏と及び衆生と是の三差別無し」とある。摩訶止観の巻一に云は「此の一念の心は縦ならず、横ならず、思議すべからざるものである。そして己心がそうであるばかりでなく、仏もおよび衆生も、またそうである。華厳には『心と仏と衆生の三つは差別がない』と説かれている。これにより我が心に一切の法を具足していることが分かる」とある。
 弘の一に云はく「華厳の下は引いて理の斉しきことを証す。故に華厳に初住の心を歓じて云はく、心の如く仏も亦爾なり、仏の如く衆生も然り。心と仏と及び衆生と是の三差別無し。諸仏は悉く一切は心に従って転ずと了知したまえり。若し能く是くの如く解すれば、彼の人真に仏を見たてまつる。身亦是心に非ず、心も亦是身に非ず、一切の仏事を作すこと自在にして未曽有なり。若し人、三世一切の仏を知らんと欲求せば応に是くの如き観を作すべし。心、諸の如来を造すと。若し今家の諸の円文の意無くんば、彼の経の偈の旨、理として実に消し難からん」と。    弘決の巻一には「天台が華厳経の文をは引いたのは、心と仏と衆生の三つが無差別であることを通じ、法理が同じであることを証明するためである。故に華厳経には初住の菩薩の心をほめて、「心の如く仏もまたそのようであり、仏の如く衆生もそのようである。心と仏と及び衆生との三つは差別がなく、諸仏は一切のものが心から生じることを知りつくしている。もし能くこのように理解すれば、その人は真に仏を見たてまつることができるのである。身は心ではなく、心もまた身ではない。そして、自在に一切の仏事をなすことは、未曾有のことである。もし人が三世一切の仏を知りたいと願うならば、まさに心が諸の如来を造ったのであると観じなければならない』と説かれているが、もしわが天台一家における諸の円文の意趣がなかったら、彼の華厳経の偈の義理を解了することはできない」といわれている。

 

第九章 止観で初めて一念三千明かす

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     小乗・四阿含経
    ┌三蔵教──────心生の六界 心具の六界を明かさず。
    │
    │
大乗
    ├通 教──────心生の六界 亦心具を明かさず。
    │
    ├別 教──────心生の十界 心具の十界を明かさず。
    │
    │思議の十界
    │爾前・華厳等の円
    └円 教──────不思議の十界互具。
     法華の円

 止の五に云はく「華厳に云はく、心は工みなる画師の種々の五陰を造るが如く、一切世間の中に心より造らざること莫しと。種々の五陰とは前の十法界の五陰の如きなり」と。又云はく「又十種の五陰、一々に各十法を具す。謂はく、如是相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等なり」文。又云はく「夫一心に十法界を具す。一法界に又十法界を具すれば百法界なり。一界に三十種の世間を具すれば、百法界には即ち三千種の世間を具す。此の三千、一念の心に在り」文。    摩訶止観巻五に「華厳経に『心は、ちょうど工なる画師が種々の五陰を造るよいに、一切世間の法は、すべて心から造られてものではない』とあるが、種々の五陰とは、前述の十界の衆生の身心を造っている五陰のことでる」とある。
 また、「十種の五陰は一々に各十法を具えている。その十法とはいわゆる如是相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等である」とある。
 また、「それ一心に十法界を具え、その一法界それぞれに十法界を具しているから百法界となり、一界に各十如三世間相乗の三十種の世間を具ているから百法界には即ち三千種の世間を具えていることになる。この三千は一念の心にある」と説かれている。
 弘の五に云はく「故に大師、覚意三昧・観心食法及び誦経法・小止観等の諸の心観の文に、但自他等の観を以て三仮を推せり、並びに未だ一念三千具足を云はず。乃至観心論の中に、亦只三十六の問ひを以て四心を責むれども、亦一念三千に渉らず。唯四念処の中に、略して観心の十界を云ふのみ。故に止観に正しく観法を明かすに至って、並びに三千を以て指南と為せり。乃ち是終窮究竟の極説なり。故に序の中に、説己心中所行法門と云ふ。良に以有るなり。請ふ、尋ね読まん者心に異縁無かれ」と。    止観輔行伝弘決巻五に「故に天台大師は覚意三昧・観心食法及び誦経法・小止観等の諸の観心の法門を述べた文には、但自他等の観を以って、三仮を推し考える方法を明かしてはいるが、ともにまだ一念に三千を具足することを明かしていない。あるいは観心論の中にも、また三十六の問いを以って自生・他生・共生・無生の四心を追求してあるが、まだ一念三千は明かしていない。ただ四念処の中に、略して観心の十界をいっているだけである。故に止観の巻五に正しく観法を明かす段に至って、それとともに三千を以って指南としたのである。すなわちこの一念三千の法門は、天台大師の一期究極の極説であり、それ故に章安大師は序の中に於いて『この止観の法門は、大師が己心中に行じた法門である』と述べられたのはまことに深い所以があることである。止観を読む者は、この他に別伝の法門があるなどと心に思ってはならない」とある。 

 

第十章 一念三千は法華経のみに明かす

 止の五に云はく「此の十重の観法は横竪に収束し微妙精巧なり。初は則ち境の真偽を簡び、中は則ち正助相添ひ、後は則ち安忍無著なり。意円かに法巧みに該括周備して初心に規矩たり。将に行者を送して彼の薩雲に到らしむ 初住なり。 
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闇証の禅師・誦文の法師の能く知る所に非ざるなり。蓋し如来積劫の懃求したまへる所、道場の妙悟したまへる所、身子の三たび請する所、法譬の三たび説きたまふ所、正しく茲に在るに由るか」と。
   摩訶止観巻五に「この十重の観法は、次第順序を経て収束した微妙精巧なものである。初はすなわち対境の真偽を明らかにし、なかごろはすなわち正行と助行とが相添い、後にはすなわち安然とくて執着のない状態になることができる。心は円かに法は巧みにことごとくくくり、完備しているから、初心の者には規則となり、まさに行者をこれによって進ませて、薩雲すなわち初住位に到らせる。教義に闇い禅師や、また.誦文の法師のよく知るところではない。おそらく如来が長い間、修行を積んで求められたところ、菩提道場で悟られたところ、舎利弗が方便品で三たび請うたところ、法説・譬説・因縁説の三周に説かれたところの法門等が、まさしくこのことである」とある。

 

第十一章 止観に十法成乗観を引く

 弘の五に云はく「四教の一十六門乃至八教の一期の始終に遍せり。今皆開顕して束ねて一乗に入れ、遍く諸経を括りて一実に備ふ。若し当分を者、尚偏教の教主の知る所に非ず。況んや復世間暗証の者をや○蓋し如来の下は称歎なり。十法は既に是法華の所乗なり、是の故に還って法華の文を用ひて歎ず。迹の説に約せば、即ち大通智勝仏の時を指して以て積劫と為し、寂滅道場を以て妙悟と為す。若し本門に約せば、我本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し、本成仏の時を以て妙悟と為す。本迹二門只是此の十法を求め、悟るなり。    止観輔行伝弘決巻五に「蔵通別円の四教の、それぞれに説く有・空・亦有亦空・非有非空の四門や八教の一期の始終の化導すべてにわたっており、これらを今皆開顕して束ねて一乗に入れ、すべてにわたって諸経を括って一実に収めたのである。もし当分の立場でいえば偏った教えの教主も、十乗の観法を知ることはできない。まして世間の闇証の禅師の知るところではない。『まさしく如来が長年修行を積んで求めた所』以下は、一念三千をほめた言葉である。すなわち十乗観法は、法華経の悟りを得る法であるから、法華経の文を用いてほめられたのである。迹門の説に約していうならば、大通智勝仏の時以来を指して『積劫』といい、寂滅道場をもって『妙悟』とするのである。もし本門に約せば、我本行菩薩道の時以来を指して『積劫』とし、その五百塵点劫の時の成道を『妙悟』とするのである。本迹二門ともに、ただこの十法を求め、悟ったことを説いたものである。
 身子等とは、寂道にして説かんと欲するに物の機未だ宜しからず、其の苦に堕せん事を恐れて、更に方便を施す。四十余年種々に調熟し、法華の会に至って初めて略して権を開するに、動執生疑して慇懃に三請す。    『舎利弗が三たび仏に請うた所』とは、仏は寂滅道場において説こうとしたけれども、衆生の機根が末だ調わず、それを説いても信じないばかりか、かえって誹謗をなし、堕獄の苦を招かんことを恐れて、四十余年の間、方便を施し、種々に機根を調熟し、法華の会座に至って、初めてあらあら方便の門を開いたところ、動執生疑して、懇ろに三たび請い願ったのである。
 五千起ち去って方に枝葉無し。四一を点示して五仏の章を演べ、上根の人に被るを名づけて法説と為し、中根は未だ解せざれば猶譬喩を悕ひ、下根は器劣にして復因縁を待つ。仏意聯綿として茲の十法に在り。    その時、五千の増上慢の人は、その座を起ち去り、不純未熟の者は無くなったから、教・行・人・理の四方において悉く一仏法界に包摂されることを点示して、五仏の章を述べて上根の人のために説いたのを法説とし、それで理解できない中根の人には譬えを説いたのが譬説であり、なお機根が劣る下根の人のために因縁を説いたのが因縁説である。仏の意はどこまでも連綿として、この十乗観法にあったのである。
 故に十法の文の末に皆大車に譬へたり。今の文の憑る所、意此に在り、惑者は未だ見ず。尚華厳を指し、唯華厳円頓の名を知って而して彼の部の兼帯の説に昧し。全く法華絶待の意を失ひて妙教独顕の能を貶挫す。    それゆえに大師は十乗観法を明かして、その結末にこの十法を大白牛車に譬えているのである。したがって、止観の文の意は、実に法華経であるのである。しかし、華厳の澄観などの惑者は、このことを知らず、なお華厳が法華より勝れていると思っているのである。彼らは、ただ華厳円頓の名にとらわれて、華厳部は別教を兼ね具えた兼帯の説であることも知らないのであるこのため、全く法華経の絶待開会の意を失い、法華経特有の力用を貶し挫いているのである。
 迹本の二文を験べ五時の説を検ふれば円極謬らず、何ぞ須く疑を致すべけん。是の故に結して、正しく茲に在るかと曰ふ」と。    もし迹本の二門の教文をあきらめ、一代五時の説法をしらべて見れば、円頓至極の教えが法華経であることを間違えることはない。どうして疑いをなすことができようか。これ故に大師は結びの文で『正しく茲に在る』といわれたのである」とある。

 

第十二章 華厳“心造”の文は“心具”の義で用う

 又云はく「初めに華厳を引くことを者、重ねて初めに引いて境相を示す文を牒す。前に心造と云ふは即ち是心具なり、故に造の文を引いて以て心具を証す。彼の経第十八の中に、功徳林菩薩の偈を説いて云ふが如く、心は工みなる画師の種々の五陰を造るが如く、一切世界の中に法として造らざること無し。心の如く仏も亦爾なり、仏の如く衆生も然なり、心と仏と及び衆生と是の三差別無し。若し人三世の一切の仏を知らんと欲求せば、応に是くの如く観ずべし。心は諸の如来を造ると。今の文を解せずんば、
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如何ぞ偈の心造一切三無差別を消せん」文。
 諸宗の是非之を以て之を糾明すべきなり。恐々謹言。
   また、止観輔行伝弘決巻五に「初めに華厳経を引いたのは、観法の対境の相を示す文を挙げたので、前に華厳経に心造とあるのは今止観でいう心具の義を証したのである。華厳経巻十八の中には功徳林菩薩が偈を説いて『心は工なる画師が種々の五陰を造るように一切世界の中に法として造らないものはない、心のように仏もまた同じである。仏のように衆生もまた同じであう。心と仏と衆生とこの三つは差別はないのである。もし人が三世の一切の仏を知ろうと欲するならば、まさに、心が諸の如来を造るのであると観ずべきである』とあるが、今の文を了解することができなければ、どうして偈の心造一切三無差別の文意を解了することができようか」とある。
 諸宗の是非は、この一念三千の義の有無によって明らかにすることができるのである。恐恐謹言。