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(★487㌻) 此の比は十一月の下旬なれば、相州鎌倉に候ひし時の思ひには、四節に転変は万国皆同じかるべしと存じ候ひし所に、此の北国佐渡国に下著候ひて後、二月は寒風頻りに吹いて、霜雪更に降らざる時はあれども、日の光をば見ることなし。八寒を現身に感ず。人の心は禽獣に同じく、主師親を知らず。何に況んや仏法の邪正、師の善悪は思ひもよらざるをや。此等は且く之を置く。 |
このごろは十一月の下旬であるから、相州国の鎌倉に居た時の思には、季節の移り変わりはどこの国でもすべて同じであると思っていたが、この北国・佐渡の国に来てから二ヵ月の間、寒風がしきりに吹き、霜や雪が降らない時はあっても太陽の光をば見る日はない。八寒地獄の苦しみを現身に感じている。そのうえ、佐渡の人々の心は禽獣のようで主君や師匠、親を弁まえない。ましてや仏法の邪正、それを弘める師匠の善悪などは思いもよらないことである。これらはしばらくおくことにしよう。 |
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去ぬる十月十日に付けられ候ひし入道、寺泊より還し候ひし時、法門を書き遣はし候ひき。推量候らむ。已に眼前なり。仏滅後二千二百余年に、月氏・漢土・日本・一閻浮提の内に「天親・竜樹、内鑑冷然たり、外は時の宜しきに適ふ」云云。天台・伝教は粗釈し給へども、之を弘め残せる一大事の秘法を、此の国に初めて之を弘む。 (★488㌻) 日蓮豈其の人に非ずや。前相已に顕はれぬ。去ぬる正嘉の大地震は前代未聞の大瑞なり。神世十二、人王九十代、仏滅後二千二百余年未曽有の大瑞なり。神力品に云はく「仏滅度の後に於て、能く是の経を持つが故に、諸仏皆歓喜して無量の神力を現ず」等云云。「如来の一切の所有の法」云云。但し此の大法弘まり給ふならば、爾前・迹門の経教は一分も益なかるべし。伝教大師云はく「日出でて星隠る」云云。遵式の記に云はく、末法の初め西を照らす等云云。法已に顕はれぬ。前相先代に超過せり。日蓮粗之を勘ふるに、是時の然らしむる故なり。経に云はく「四導師有り、一を上行と名づく」云云。又云はく「悪世末法の時、能く是の経を持たん者」と。又云はく「若し須弥を接って、他方に擲げ置かん」云云。 |
去る十月十日に日蓮に付けられた入道を寺泊から還した時に書き送った法門で推量されたであろうが、大法興隆はすでに眼前の事実である。仏滅後二千二百余年の間ににインド・中国・日本そして一閻浮提の内で「天親・竜樹は内鑑冷然にして、外には時の宜しきに適う」とあり、天台大師、伝教大師は、少しはこの大法を釈されたが、弘められなかった。こうした人々は弘通されずに残された一大事の秘法を、この日本国に初めて弘通するのである。 日蓮こそ、その弘通の人ではないだろうか。 前相はすでに顕れている。去る正嘉元年(1257年)の大地震は前代未聞の大瑞であった。それは神の世十二代、人王九十代、仏滅後二千二百余年の間にかってなかった大瑞である。 法華経神力品第二十一には「仏の滅後に、能くこの妙法を持つが故に、諸仏は皆歓喜して無量の神力を現ずる」と説かれ、また「如来の一切の所有するところの妙法を上行菩薩に付嘱する」と説かれている。この大法が弘まったならば、爾前経や迹門の経教は一分も利益がなくなるのである。伝教大師は「日が出て星は隠れる」といい、遵式の南獄禅師止観序には「末法の初め西を照らす」と述べられている。大白法はすでに顕れたのである。その仏法出現の瑞相は先代を超過している。日蓮はこのことを勘えるのに、大法が広まる時がきたためである。従地涌出品第十五に「地涌の菩薩には四導師がいる。その第一を上行という」と。また分別功徳品第十七には「悪世末法の時、能くこの経を持つ者」とあり、見宝搭品第十一には「若し須弥山を接って他の世界に擲げ置くことより、この法華経を持つ事は難しい」と説かれている。 |
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又貴辺に申し付けし一切経の要文、智論の要文、五帖一処に取り集めらるべく候。其の外論釈の要文、散在あるべからず候。又小僧達談義あるべしと仰せらるべく候。流罪の事、痛く歎かせ給ふべからず。勧持品に云はく、不軽品に云はく。命限り有り、惜しむべからず。遂に願ふべきは仏国なり云云。 文永八年十一月二十三日 日蓮花押 富木入道殿御返事 小僧達少々還し候。此の国の為体、在所の有り様、御問ひ有るべく候。筆端に載せ難く候。 |
また、あなたに頼んであった一切経の要文、大智度論の要文の五帖を一か処に取り集めてもらいたい。それ以外の論釈の要文も散失しないようにお願いしたい。また小僧達の学問談義を怠らないように伝えてもらいたい。 私の流罪のことはけっして歎いてはならない。勧持品や常不軽品にあるとおり、法華経の行者は大難にあうのである。命は限りあるものである。これを惜しんではならない。願うところは寂光土である。 文永八年十一月二十三日 日蓮花押 富木入道殿御返事 小僧達を何人か還した。この佐渡の国のようす、居るところの塚原三昧堂のありさまをたずねられたい。筆には尽くすことはできない。 |