聖愚問答抄 下

 

第一章 禅宗の教義を挙げる

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 爰に愚人聊和いで云はく、経文は明鏡なり、疑慮をいたすに及ばず。但し法華経は三説に秀で一代に超ゆるといへども、言説に拘はらず経文に留まらざる我等が心の本分の禅の一法にはしくべからず。凡そ万法を払遣して言語の及ばざる処を禅法とは名づけたり。されば跋提河の辺り沙羅林の下にして、釈尊金棺より御足を出だし、拈華微笑して此の法門を迦葉に付嘱ありしより已来、天竺二十八祖系も乱れず、唐土には六祖次第に弘通せり。達磨は西天にしては二十八祖の終はり、東土にしては六祖の始めなり。相伝をうしなはず教網に滞るべからす。爰を以て大梵天王問仏決疑経に云はく「吾に正法眼蔵・涅槃妙心・実相無相・微妙の法門有り、教外に別に伝ふ。文字を立てず摩訶迦葉に付嘱す」とて、迦葉に此の禅の一法をば教外に伝ふと見えたり。都て修多羅の経教は月をさす指、月を見て後は指何かはせん。心の本分禅の一理を知って後は仏教に心を留むべしや。されば古人の云はく、十二部経は総て是閑文字と云云。仍って此の宗の六祖慧能の壇経を披見するに実に以て然なり。言下に契会して後は教は何かせん、此の理如何が弁へんや。
 
 そこで愚人は少し顔色を和げていう。経文は明鏡であるから疑いをはさむことはできなお。ただし、法華経は已・今・当の三説に秀で一代聖教の中で最も勝れているといっても、言説に制約されず経文に留まらない我らの心の本分を究める禅の一法にもかなうものではない。およそ万法を払い棄て、言語の及ばない境界を禅法と名づけたのである。
 それゆえ跋提河の辺り、沙羅林の下で、釈尊が金棺から出て、拈華微笑してこの法門を迦葉に付属してからこれまで、インドでは二十八祖の系統の乱れなく継承し、中国にあっては六祖の始めである。相伝を失わず、経網に滞ってはならない。
 このゆえに大梵天王問仏決疑経には「私には正法眼蔵涅槃妙心実相無相微妙の法門がある。教外に別に伝え、文字を立てず、摩訶迦葉に付属する」とあり、迦葉にこの禅の一法を教外に伝えたと見えている。すべて仏の経教は月をさす指であり、月を見て後では指は不用である。心の本分たる禅の一理を知った後は、仏の教えに心を留めるべきであろうか。それゆえ、古人は「十二部経はすべて無用の文字である」といっている。したがって、この宗の六祖慧能の壇経を開いて見ると、まことにそのとおりであり、一言の下に心性にかない真理を会得した後は、教は不用である。この理をどう考えればよいのか。

 

第二章 教外別伝・不立文字の邪義を破る

 聖人示して云はく、汝先づ法門を置いて道理を案ぜよ。抑我一代の大途を伺はず十宗の淵底を究めずして、国を諫め人を教ふべきか。汝が談ずる所の禅は我最前に習ひ極めて、其の至極を見るに甚だ以て僻事なり。禅に三種あり。所謂如来禅と教禅と祖師禅となり。汝が言ふ所の祖師禅等の一端之を示さん、聞いて其の旨を知れ。若し教を離れて之を伝ふといはゞ、教を離れて理無く、理を離れて教無し。理全く教、教全く理と云ふ道理、汝之を知らざるや。拈華微笑して迦葉に付嘱し給ふと云ふも是教なり。不立文字と云ふ四字も即ち教なり文字なり。
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此の事和漢両国に事旧りぬ。今いへば事新しきに似たれども、一両の文を勘へて汝が迷ひを払はしめん。補註十一に云はく「又復若し言説に滞ると謂はゞ、且く娑婆世界には何を将て仏事と為るや。禅徒豈言説をもて人に示さざらんや。文字を離れて解脱の義を談ずること無し、豈聞かざらんや」と。乃至次下に云はく「豈達磨西来して直指人心・見性成仏すと。而るに華巌等の諸大乗経に此の事無からんや。嗚呼世人何ぞ其れ愚かなるや。汝等当に仏の所説を信ずべし。諸仏如来は言虚妄無し」と。此の文の意は若し教文にとゞこほり言説にかゝはるとて、教の外に修行すといはゞ、此の娑婆世界にはさて如何がして仏事善根を作すべき。さやうに云ふところの禅人も、人に教ふる時は言を以て云はざるべしや。其の上仏道の解了を云ふ時、文字を離れて義なし。又達磨西より来たって直ちに人心を指して仏なりと云ふ。是程の理は華厳・大集・大般若等の法華已前の権大乗経にも在々処々に之を談ぜり。是をいみじき事とせんは無下に云ひがひなき事なり。嗚呼今世の人何ぞ甚だひがめるや。只中道実相の理に契当せる妙覚果満の如来の誠諦の言を信ずべきなり。又妙楽大師の弘決の一に此の理を釈して云はく「世人教を蔑ろにして理観を尚ぶは誤れるかな、誤れるかな」と、此の文の意は今の世の人々は観心観法を先として経教を尋ね学ばず、還って教をあなづり経をかろしむる、是誤れりと云ふ文なり。
   聖人は諭していう。あなたはまず法門をさし置いて、道理を考えてみなさい。いったい、釈尊一代の大網を学ばず、十宗の奥義を究めないで、国を諌め、人を教えることができるだろうか。あなたの語った禅については、私が前々から習い極めており、その至極の道理を見ると、はなはだしく誤っている。禅に三種ある。すなわち如来禅と教禅と祖師禅である。あなたの語った祖師禅の一端を示すから、よく聞いてその大旨を知りなさい。
 もし教を離れて法門を伝えるというならば、教を離れて理はなく、理を離れて教はない。理はそのまま教であり、教はそのまま理であるという道理をあなたは知らないのか。「拈華微笑して迦葉に付属した」というのも教である。「不立文字」という四字もまさしく教であり、文字である。このことは日本でも中国でも言い古されていて、今いうと、ことさらめいているようであるが、一・二の文を示してあなたの迷いを払うことにしよう。
 補註十一には「またもし言説にこだわることがいけないというならばしばらくの間も娑婆世界は何によって仏事をなすのか。禅徒も言説によって人に教えを示さないのであろうか。文字を離れて解脱の義を語ることはできないし、どうして聞くこたができようか」といい、また次に「達磨がインドから来て、直指人心・見性成仏と説いたという。しかし華厳等の諸大乗経にこの事が明かされていないというのか。ああ、世人はなんと愚かなのであろう。あなたたちは必ず仏の所説を信ずべきである。諸仏如来の言葉に虚妄はない」とある。
 この文の意味は、もし教文にこだわり、言説にとらわれるなといって、教えの外に修行するというのであれば、この娑婆世界はどうして仏事・善根をなすことができるだろうか。そのようにいう禅宗の者でさえことばを用いずに教えることはできないであろう。さらに仏道の悟りを伝えるとき、文字を離れてその義を説くことはできない。また達磨がインドから来て、直ちに人心を指して仏であるといった。これくらいの理は華厳経・大集経・大般若経等の法華已前の権大乗経にもいろいろなところに説かれている。これをとくに勝れたとするのは、全くいうだけの価値のないことである。ああ、今の世の人はどうしてこうもひどくゆがんだ見方をするのか。ただ中道実相の理を体得した妙覚果満の如来の真実のことばを信ずべきである。
 また妙楽大師の弘決の一には、この道理を説いて「世人が仏の教えを軽視したただ理観を尊ぶのは誤りである」と述べている。この文の意味は、今の世の人々は観心・観法を主体として、経教を尋ね学ぼうとしないで、かえって教をあなどり、経を軽んじている。これは誤りであるという文である。

 

第三章 当世の禅宗が派祖の意に反するを指摘す

 其の上当世の禅人自宗に迷へり。続高僧伝を披見するに、習禅の初祖達磨大師の伝に云はく「教に藉って宗を悟る」と。如来一代の聖教の道理を習学し、法門の旨、宗々の沙汰を知るべきなり。又達磨の弟子六祖の第二祖慧可の伝に云はく「達磨禅師四巻の楞伽を以て可に授けて云はく、我漢の地を観るに唯此の経のみ有り。仁者依行せば自ら世を度することを得ん」と。此の文の意は達磨大師天竺より唐土に来たって、四巻の楞伽経をもて慧可に授けて云はく、我此の国を見るに是の経殊に勝れたり、汝持ち修行して仏に成れとなり。此等の祖師既に経文を前とす。若し之に依って経に依ると云はゞ大乗か小乗か、権教か実教か、能く能く弁ふべし。或は経を用ゆるには禅宗も楞伽経・首楞厳経・
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金剛般若経等による。是皆法華已前の権教覆蔵の説なり。只諸経に是心即仏・即心是仏等の理の方を説ける一両の文と句とに迷ふて、大小・権実・顕露・覆蔵をも尋ねず、只不二を立てゝ而二を知らず。謂己均仏の大慢を成せり。彼の月氏の大慢が迹をつぎ、此の尸那の三階禅師が古風を追ふ。然りと雖も大慢は生きながら無間に入り、三階は死して大蛇と成りぬ、をそろしをそろし。釈尊は三世了達の解了朗らかに、妙覚果満の智月潔くして未来を鑑みたまひ、像法決疑経に記して云はく「諸の悪比丘或は禅を修する有って経論に依らず、自ら己見を逐ふて非を以て是と為し、是邪・是正と分別すること能はず。遍く道俗に向かって是くの如き言を作さく、我能く是を知り、我能く是を見ると。当に知るべし、此の人は速やかに我が法を滅す」と。此の文の意は諸の悪比丘あて禅を信仰して経論をも尋ねず、邪見を本として、法門の是非をば弁へずして、而も男女・尼法師等に向かって、我よく法門を知れり、人はしらずと云ひて此の禅を弘むべし。当に知るべし、此の人は我が正法を滅すべしとなり。此の文をもて当世を見るに宛も符契の如し。汝慎むべし汝畏るべし。
   そのうえ、今の世の禅宗の人は、自分の宗旨にさえ迷っている。続高僧伝を開いて見ると、禅宗の初祖達磨大師の伝記には「教によって宗を悟る」とあり、釈尊一代の聖教の道理を習学して法門の趣旨や各宗の法門を知らなければならないということである。また、達磨の弟子である六祖の中で第二祖慧可の伝記には「達磨禅師が四巻の楞伽経を慧可に授けて『私がこの中国の地相を観ると、ただこの経のみ適している。あなたがこれによって修行するならば、おのずから世を済度することができるであろう』といった」とある。この文の意味は、達磨大師がインドから中国に来て、四巻の楞伽経を慧可に授けていうには、自分がこの国をみると、この経がとりわけて勝れている。あなたはこれを受持し修行して仏に成りなさい、ということである。
 これらの祖師はすでに経文を第一としている。もしこのことから、経文に依るというならば、その経は大乗か小乗か、権教か実教かをよくよく弁別すべきである。あるいは経を用いる場合には、禅宗も楞伽経・首楞厳経・金剛般若経等によっている。しかしこれはみな法華已前の権教であり、真実を覆い隠した経説である。ただ諸経に「是心即仏・即心是仏」等の理の一面を説いた一・二の文と句とに迷って、大乗と小乗・権教と実教・顕露と覆蔵などの相違をすこしも尋ねず、ただ不二の義だけを立てて而二を知らず、「自分を仏と等しいと思う」大慢心を起こしているのである。これはインドの大慢バラモンの跡を継ぎ、中国の三階禅師が古風を追うものである。そうではあるが、大慢バラモンは生きなが無間地獄に堕ち、三階禅師は死んでから大蛇となった。まことに恐ろしいことである。
 釈尊は三世を了達された明らかな智解と、妙覚果満の清らかな智慧の光でもって未来を鑒みられ、像法決疑経に「諸の悪比丘あるいは禅を修行する者は、経論によらずに、自分だけの見解に執着して非を是とし是を非として正邪を分別することができず、あまねく道俗に向かって、自分だけが正しい法門を知り、悟っているという。正しく知りなさい。この人はすみやかに我が法を滅ぼすのである」と記されている。この文の意味は、諸の悪比丘が禅を信仰して、経論をも尋ねず、邪見を根本として、法門の是非を弁えないで、しかも男女・尼法師等に向かって、自分こそはよく法門を知っているが他の人は知らない、といってこの禅を弘めるであろう。正しく知りなさい。この人は我が正法を滅ぼすであろう。ということである。この文によって当世を見る時、ちょうど符契のように合うのである。あなたも慎み畏れなければならない。

 

第四章 二十八粗の系譜の偽造をただす

 先に談ずる所の天竺に二十八祖有りて、此の法門を口伝すと云ふ事、其の証拠何に出でたるや。仏法を相伝する人二十四人、或は二十三人と見えたり。然るを二十八祖と立つる事所出の翻訳何にかある、全く見えざるところなり。此の付法蔵の人の事、私に書くべきにあらず、如来の記文分明なり。其の付法蔵伝に云はく「復比丘有り名を師子と曰ふ。賓国に於て大いに仏事を作す。時に彼の国王をば弥羅掘と名づけ、邪見熾盛にして心に敬信無く、賓国に於て塔寺を毀壊し衆僧を殺害す。即ち利剣を以て用ひて師子を斬る。
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頚の中血無く唯乳のみ流出す。法を相付する人是に於て便ち絶えん」と。此の文の意は仏我入涅槃の後に我が法を相伝する人二十四人あるべし。其の中に最後弘通の人に当たるをば師子比丘と云はん。罽賓国と云ふ国にて我が法を弘むべし。彼の国の王をば檀弥羅王と云ふべし。邪見放逸にして仏法を信ぜず、衆僧を敬はず、堂塔を破り失ひ、剣をもて諸僧の頚を切るべし。即ち師子比丘の頚をきらん時に、頚の中に血無く、只乳のみ出づべし。是の時に仏法を相伝せん人絶ゆべしと定められたり。案の如く仏の御言違はず師子尊者頚をきられ給ふ事、実に以て爾なり。王のかいな共につれて落ち畢んぬ。二十八祖を立つる事、甚だ以て僻事なり。禅の僻事是より興るなるべし。今慧能が壇経に二十八祖を立つる事は、達磨を高祖と定むる時、師子と達磨との年紀遥かなる間、三人の禅師を私に作り入れて、天竺より来たれる付法蔵系乱れずと云ひて、人に重んぜさせん為の僻事なり。此の事異朝にして事旧りぬ。補註の十一に云はく「今家は二十三祖を承用す。豈誤り有らんや。若し二十八祖を立つるは未だ所出の翻訳を見ざるなり。近来更に石に刻み版に鏤ばめ、七仏二十八祖を図状し、各一偈を以て伝授相付すること有り。嗚呼仮託何ぞ其れ甚だしきや。識者力有らば宜しく斯の幣を革むべし」と。是も二十八祖を立て、石にきざみ版にちりばめて伝ふる事、甚だ以て誤れり。此の事を知る人あらば此の誤りをあらためなをせとなり。祖師禅甚だ僻事なる事是にあり。先に引く所の大梵天王問仏決疑経の文を教外別伝の証拠に汝之を引く、既に自語相違せり。其の上此の経は説相権教なり、又開元・貞元の両度の目録にも全く載せず、是録外の経なる上権教と見えたり。然れば世間の学者用ゐざるところなり、証拠とするにたらず。
   さきほど語ったインドに二十八祖があって、この禅の法門を口伝したということだが、その証拠は何に出でいるのか。仏法を相伝する人は二十四人、あるいは二十三人と経文に見えている。それを二十八祖と立てることは、その出所の翻訳はどこにあるのあ、まったく見当たらないことである。この付法蔵の人のことは勝手に書くべきことではない。仏が明らかに記されているところである。
 その付法蔵経に「また比丘があり、名づけて師子という。罽賓国で大いに法を弘める。その時の国王を弥羅掘と名づけ、邪見が盛んで、敬信の心がなく、罽賓国の塔寺を破壊し、衆僧を殺害する。
 ついに利剣でもって師子を斬るが、頚の中なかは血はなく、ただ乳のみ流出する。法を相伝する人はここに絶えるであろう」とある。
 この文の意味は、仏が私が涅槃に入った後に、仏法を相伝する人が二十四人ある。その中で最後に弘通に当たる人を師子比丘というであろう。罽賓国という国において我が法を弘める。その国の王を檀弥羅王という。邪見、放逸であって、仏法を信ぜず、衆僧を敬わず、堂塔を破壊し、剣でもって諸僧の頚を切るであろう。そして師子比丘の頚を切ろうとする時、頚の中には血はなく、ただ乳のみ出るであろう。この時に仏法を相伝する人は絶えるであろう、と定められたのである。
 仏の予言に違わず、師子尊者が頚を切られたときはまさにそのとおりであり、王の腕も、ともに落ちてしまった。二十八祖を立てたことは非常に誤った見解である。禅宗の誤りはこれから起こったのである。今、慧能が壇経に二十八祖を立てたことは、達磨を高祖と定める時、師子と達磨との年代が遠くはなれているために、三人の禅師を勝手に作り入れて、インドから伝わる付法蔵の系統は乱れないといって、人に重んじさせるために偽っているのである。
 この非難は中国でいいふるされたことである。補註の十一に「我が天台宗は二十三祖を相承して用いている。これは誤りのあるわけがない。もし二十八祖を立てることは、まだ所出の翻訳を見ていない。近来、さらに石に刻み、版にほり、七仏二十八祖を図にあらわし、各々一偈ずつを伝授相付することがある。ああ、偽りのなんとはなはだしいことであろう。識者は力があるならばこの弊害を改めるべきである」とある。これも二十八祖を立て、石に刻み、版にほって伝えることは大変な誤りであり、この事を知る人があるならば、この誤りを改め直せという意味である。祖師禅が大変な偽り事である理由がここにある。
 前に引いた大梵天王問仏決疑経の文を教外別伝の証拠にあなたは引いたのであるが、すでに自語相違している。そのうえ、この経は説相が権教である。また開元釈教録、貞元釈教録の二つの目録にも全く載せていない。これは録外の経であるうえ、権教と思われるのである。それゆえ世間の学者は用いないのであり、証拠とすることはできない。

 

第五章 法華の得益を示し、捨邪帰正を勧む

 抑今の法華経を説かるゝ時益をうる輩、迹門界如三千の時敗種の二乗仏種を萌す。四十二年の間は永不成仏と嫌はれて、在々処々の集会にして罵詈誹謗の音をのみ聞き、人天大会に思ひうとまれて既に飢え死ぬべかりし人々も、今の経に来たって舎利弗は華光如来、目連は多摩羅跋栴檀香如来、阿難は山海慧自在通王仏、羅・羅は踏七宝華如来、五百の羅漢は普明如来、二千の声聞は宝相如来の記に予る。顕本遠寿の日は微塵数の菩薩、増道損生して位大覚に隣る。されば天台大師の釈を披見するに、他経には菩薩は仏になると云ひて、二乗の得道は永く之無し。善人は仏になると云ひて悪人の成仏を明かさず、男子は仏になると説いて女人は地獄の使ひと定む。人天は仏になると云ひて畜類は仏になるといはず。然るを今の経は是等が皆仏になると説く、
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たのもしきかな。末代濁世に生を受くといへども提婆が如くに五逆をも造らず三逆をも犯さず。而るに提婆猶天王如来の記を得たり。況んや犯さゞる我等が身をや。八歳の竜女既に蛇身を改めずして南方に妙果を証す。況んや人界に生を受けたる女人をや。只得難きは人身、値ひ難きは正法なり。汝早く邪を翻し正に付き、凡を転じて聖を証せんと思はゞ、念仏・真言・禅・律を捨てゝ此の一乗妙典を受持すべし。若し爾らば妄染の塵穢を払ひて、清浄の覚体を証せん事、疑ひなかるべし。
   いったい、今の法華経を説かれた時に、利益を受けた人々の中で、迹門の百界千如・一念三千が明かされた時に、敗種の二乗は仏種を萠した。四十二年の間は永不成仏と嫌われて、いたるところの集会で、罵詈誹謗の声のみを聞き、人界や天界の衆生に大会に疎まれて、既に飢え死にするばかりであった人々も、今の経に来て舎利弗は華光如来・目連は多摩羅跋旃檀香如来・阿難は山海慧自在通王仏・羅睺羅は謆七宝華如来・五百の阿羅漢は普明如来・二千の声聞は宝相如来の記別を受けたのである。本門で顕本遠寿が明かされた時には無数の菩薩が悟りを深めて等覚の位にのぼった。
 それゆえ、天台大師の釈を開き見ると、「他経には菩薩は仏になると説いて二乗の得道は永遠にない。善人は仏になると説いて悪人の成仏を明かさない。男子は仏になると説いて女人は地獄の使いと定めている。人天は仏になると説いて畜類は仏になるとは説かない。ところが今の経はこれらが皆仏になると説く」とある。たのもしいことである。末代濁世に生を受けたけれども、提婆達多のように五逆罪も造らず、三逆罪も犯さない。しかしそれを犯した提婆達多でさえなお天王如来の記別を得たのである。まして犯さない我等の成仏は疑いないのである。八歳の竜女はすでに蛇身を改めないで南方に妙果を証得した。まして人界に生を受けた女人の成仏はまちがいない。 
 ただ得難いのは人身であり、値い難いのは正法である。あなたも早く邪法への信を翻して正法に付き、凡夫を転じて聖果を証得したいと思うならば念仏・真言・禅・律を捨てて、この一乗妙典である法華経を受持すべきである。もしそうであるならば、虚妄に染められた生命の塵芥を払つて清浄の覚体を証ることは疑いないのである。

 

第六章 愚人、逡巡の情を述べる

 爰に愚人云はく、今聖人の教誡を聴聞するに、日来の矇眛忽ちに開けぬ。天真発明とも云ひつべし。理非顕然なれば誰か信仰せざらんや。但し世上を見るに上一人より下万民に至るまで、念仏・真言・禅・律を深く信受し御坐す。さる前には国土に生を受けながら争でか王命を背かんや。其の上我が親と云ひ祖と云ひ、旁念仏等の法理を信じて他界の雲に交はり畢んぬ。又日本には上下の人数幾か有る。然りと雖も権教権宗の者は多く、此の法門を信ずる人は未だ其の名をも聞かず。仍って善処悪処をいはず、邪法正法を簡ばず、内典五千七千の多きも、外典三千余巻の広きも、只主君の命に随ひ、父母の義に叶ふが肝心なり。されば教主釈尊は天竺にして孝養報恩の理を説き、孔子は大唐にして忠功孝高の道を示す。師の恩を報ずる人は肉をさき身をなぐ。主の恩をしる人は弘演は腹をさき、予譲は剣をのむ。親の恩を思ひし人は丁蘭は木をきざみ、伯瑜は杖になく。儒・外・内、道は異なりといへども報恩謝徳の教は替はる事なし。然れば主・師・親のいまだ信ぜざる法理を、我始めて信ぜん事、既に違背の過に沈みなん。法門の道理は経文明白なれば疑網都て尽きぬ。後生を願はずば来世苦に沈むべし。進退惟谷れり、我如何せんや。    そこで愚人がいう。今、聖人の教誡を聞いて、日ごろの迷いはたちまちに晴れた、天性の発する智明とでもいうべきであろう。理非が明らかであるから、だれが信仰しないでいられようか。ただし世間をみると上一人より下万民にいたるまで念仏・真言・禅・律を深く信受している。しかも、この国土に生を受けながら、どうして王命を背くことができようか。そのうえ、私の親も先祖も、みな念仏等の法理を信じて亡くなったのである。 
 また日本には上下の人数がどれほどあろうとも、権教権宗の者は多く、この法門を信ずる人はまだその名さえ聞いていない。したがって死後の世界の善悪はともかく、法の邪法はしばらくさしおいて、仏典の五千・七千の多きも、外典三千余巻の広きも、ただ主君の命に従い、父母の心に叶うことが肝要とされている。それゆえ教主釈尊はインドに出現して孝養報恩の理を説き、孔子は中国に生れて忠孝を尊崇する道を示した。師の恩を報ずる人は肉を割り、身を投げた。主の恩をしる人は、たとえば弘演は腹を割き、予譲は剣を呑んだ。親の恩を思う人は、たとえば丁蘭は木像に刻み、伯瑜は打たれた杖に母の衰えるのを知って泣いた。儒教・外道・内道と道は異なるけれども、報恩謝徳の教えはかわることはない。
 それゆえ、主師親のまだ信じていない法理を、自分が初めて信ずることは確かに違背の過に陥るであろう。しかし、法門の道理は経文に明白であるから、疑いはすでになくなった。後生を願はなければ、来世は悪道の苦悩に沈むであろう。進退はまったくきわまってしまった。自分はどうしたらよいのであろうか。

 

第七章 真の報恩・孝養を教える

 聖人云はく、汝此の理を知りながら猶是の語をなす。理の通ぜざるか意の及ばざるか。我釈尊の遺法をまなび、仏法に肩を入れしより已来、知恩をもて最とし報恩をもて前とす。世に四恩あり、之を知るを人倫となづけ、
(★400㌻)
知らざるを畜生とす。予父母の後世を助け、国家の恩徳を報ぜんと思ふが故に、身命を捨つる事敢へて他事にあらず、唯知恩を旨とする計りなり。先づ汝目をふさぎ心を静めて道理を思へ。我は善導を知りながら親と主との悪道にかゝらんを諫めざらんや。又愚人の狂い酔ひて毒を服せんを我知りながら是をいましめざらんや。其の如く法門の道理を存じて火・血・刀の苦を知りながら、争でか恩を蒙る人の悪道におちん事を歎かざらんや。身をもなげ命をも捨つべし。諫めてもあきたらず歎きても限りなし。今生に眼を合はする苦しみ猶是を悲しむ。況んや悠々たる冥途の悲しみ豈痛まざらんや。恐れても恐るべきは後世、慎みても慎むべきは来世なり。而るを是非を論ぜず親の命に随ひ、邪正を簡ばず主の仰せに順はんと云ふ事、愚癡の前には忠孝に似たれども、賢人の意には不忠不孝是に過ぐべからず。
   聖人はいう。あなたはこの法理を知りながら、まだこのことをいう。道理がつうじないのか、心が及ばないのか。私は釈尊の遺法を学び、仏法を身に入れたときからこれまで、恩を知ることを最高とし、恩を報ずることを第一としてきた。
 世の中には四恩がある。これを知る者を人倫と名づけ、知らない者を畜生という。私は父母の後生を助け、国家の恩徳を報じようと思うゆえに身命を捨てることは、他のためではなくただ知恩を大切に思うからにほかならない。 
 まずあなたは目を閉じ、心を静めて道理を思いなさい。自分は善道を知りながら、親と主君とが悪道に堕ちるのを諌めないであろうか。また愚心が狂うほどに酔って、毒を飲もうとするの知りながらこれを制止しないであろうか。そのように法門の道理を知り、火・血・刀の苦を知りながら、どうして恩を受けた人が悪道に堕ちるのを嘆かないでいられようか。身をも投げ、命をも捨てて諌めるべきである。あれほど諌めても十分ではなく、嘆いても限りはない。今世に眼に映る苦しみさえなお悲しむ。まして永劫にわたる冥途の悲しみを嘆かないでいられようか。まことに恐れるべきは後世であり、まことに慎むべきは来世である。
 そうであるのに、是非を説かないで、親の命に随い、邪正を簡ばないで、主君の仰せに従うということは、愚癡の者には忠孝のように見えても、賢人の心によれば、これに過ぎる不忠不孝はない。

 

第八章 教主釈尊を範として真の孝養を示す

 されば教主釈尊は転輪聖王の末、師子頬王の孫、浄飯王の嫡子として五天竺の大王たるべしといへども、生死無常の理をさとり出離解脱の道を願ひて世を厭ひ給ひしかば、浄飯大王是を歎き、四方に四季の色を顕はして太子の御意を留め奉らんと巧み給ふ。先づ東には霞たなびくたえまより、かりがねこしぢに帰り、窓の梅の香玉簾の中にかよひ、でうでうたる花の色、もゝさへづりの鶯春の気色を顕はせり。南には泉の色白たへにして、かの玉川の卯の華、信太の森のほとゝぎす夏のすがたを顕はせり。西には紅葉常葉に交はればさながら錦をおり交へ、荻ふく風閑かにして松の風ものすごし。過ぎにし夏のなごりには、沢辺に見ゆる蛍の光、あまつ空なる星かと誤まり、松虫鈴虫の声々涙を催せり。北には枯野の色いつしかものうく、池の汀につらゝゐて谷の小川もをとさびぬ。かゝるありさまを造りて御意をなぐさめ給ふのみならず、四門に五百人づつの兵を置きて守護し給ひしかども、終に太子の御年十九と申せし二月八日の夜半の比、車匿を召して金泥駒に鞍置かせ、伽耶城を出でて檀特山に入り十二年、高山に薪をとり深谷に水を結んで難行苦行し給ひ、三十成道の妙果を感得して、三界の独尊一代の教主と成りて、父母を救ひ群生を導き給ひしをば、さて不孝の人と申すべきか。
(★401㌻)
仏を不孝の人と云ひしは九十五種の外道なり。父母の命に背きて無為に入り、還りて父母を導くは孝の手本なる事、仏其の証拠なるべし。彼の浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王、外道の法に著して仏法に背き給ひしかども、二人の太子は父の命に背きて雲雷音王仏の御弟子となり、終に父を導きて沙羅樹王仏と申す仏になし申されけるは不孝の人と云ふべきか。経文には「恩を棄てゝ無為に入るは真実に恩を報ずる者」と説いて、今生の恩愛をば皆捨てゝ仏法の実の道に入る、是実に恩をしれる人なりと見えたり。
   それゆえ、教主釈尊は転輪聖王の末裔、師子頬王の孫、浄飯王の嫡子として五天竺の大王になるであろうといわれたけれども、生死無常の理を悟り、出離解脱の道を願って世を厭われたので、浄飯大王はこれを嘆き、四方に四季の有り様を造って太子の御心を引き留めようと考えられた。
 まず東には、霞たなびく絶え間から、雁が北の方へ帰り、窓の梅の香が玉簾の中に通い、美しい花の色、鶯のさえずる春の景色を顕した。南には、泉が白々と湧き、清らかな川辺には卯の花が咲き、信太の森のほととぎすでもって夏の景色を顕した。西には、紅葉が常葉に交わって、さながら錦を織りなし、荻の花を吹く風はのどかで、松を吹き渡る嵐はすさまじい。過ぎ去った夏の名残りには、沢辺に見える螢の光を天空の星かと思い誤り、松虫・鈴虫の鳴く声が涙をさそう。北には、いつしか冬景色となって枯野の色が物憂く、池の汀には氷が張って、谷の小川の音も寂しい。
 このような有り様を造って、御心を慰めようとされただけでなく、四門に五百人ずつの兵士を置いて守護されていたけれども、ついに太子の十九という年の二月八日の夜半のころ、車匿を召して、金泥駒に鞍を置かせ、伽耶城を出で檀特山に入り、十二年間、高山に薪をとり、深谷に水汲んで難行苦行をなされ、三十歳の時、仏道を成就し、妙果を感得して三界の独尊、一代五十年の教主となって、父母を救い、衆生を導かれたのであるが、この釈尊を不孝の人といえようか。仏を不孝の人といったのは九十五種の外道である。父母の命に背いて無為の道に入り、還って父母を導くのが孝の手本であることは仏がその証拠である。
 かの浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王が外道の法に執著して仏法にそむかれていたけれども、父の命にそむいて、雲雷音王仏の御弟子になり、ついに父を導いて沙羅樹王仏という仏に成したことは不孝の人というべきであろうか。経文には「恩を棄てて無為に入るのが真実の報恩の者である」と説いて、今生の恩愛を皆すてて、仏法の真実の道に入るならば、この人はまことに恩を知っている人であるといわれている。

     

 

九章 真の忠君のあり方を教える

 又主君の恩の深き事汝よりも能くしれり。汝若し知恩の望あらば深く諫め強ひて奏せよ。非道にも主命に随はんと云ふ事、佞臣の至り不忠の極まりなり。殷の紂王は悪王、比干は忠臣なり。政事理に違ひしを見て、強ひて諫めしかば即ち比干は胸を割かる。紂王は比干死して後、周の王に打たれぬ。今の世までも比干は忠臣といはれ、紂王は悪王といはる。夏の桀王を諫めし竜蓬は頭をきられぬ。されども桀王は悪王、竜蓬は忠臣ぞと云ふ。主君を三度諫むるに用ゐずば山林に交はれとこそ教へたれ。何ぞ其の非を見ながら黙せんと云ふや。古の賢人世を遁れて山林に交はりし先蹤を集めて、聊汝が愚耳に聞かしめん。殷の代の太公望は渓と云ふ谷に隠る。周の代の伯夷・叔斉は首陽山と云ふ山に篭る。秦の綺里季は商洛山に入り、漢の厳光は孤亭に居し、晋の介子綏は綿上山に隠れぬ。此等をば不忠と云ふべきか。愚かなり、汝忠を存ぜば諫むべし、孝を思はゞ言ふべきなり。    また主君の恩の深いことは、あなたもよく知っている。あなたにもし知恩の志があるならば、どこまでも深く諌め、強く申し上げなさい。非道であっても主命に従おうとすることは、臣下としてへつらいの限りであり、不忠の極みである。
 殷の紂王は悪王であるが比干は忠臣である。政治が道理に反しているのを見て強て諌めたので、即座に比干は胸を割かれて殺された。紂王は比干が死んだ後に周の武王に滅ぼされた。今の世までも比干は忠臣といわれ、紂王は悪王といわれる。夏の桀王を諌めた竜蓬は頭を斬られた。けれども桀王は悪王といわれ、竜蓬は忠臣といわれる。主君を三度諌めても用いないならば山林に隠れよという教えがあるではないか。どうして、その非道を見ながら黙ったままでいようというのか。
 古の賢人が世をのがれて山林に隠れた先例を集めて、少々あなたの耳に聴かせよう。殷の代の太公望は皤渓という谷に隠れた。周の代の伯夷・叔斉は首陽山という山に籠り、秦の綺里季は商洛山に入り、漢の厳光は孤亭に住み、晋の介子綏は緜上山に隠れた。これらの人々を不忠というべきか、いうも愚かである。あなたに忠義の志があれば諌むべきであり、孝行を思うならばいわなければならない。

 

第十章 数の大小にとらわれる愚を諭す

 先づ汝権教権宗の人は多く此の宗の人は少なし、何ぞ多きを捨て少なきに付くと云ふ事、必ず多きが尊くして少きが卑きにあらず。賢善の人は希に愚悪の者は多し。麒麟・鸞鳳は禽獣の奇秀なり。然れども是は甚だ少なし。牛羊烏鴿は畜鳥の拙卑なり。されども是は転多し。必ず多きがたっとくして少なきがいやしくば、麒麟をすてゝ牛羊をとり、鸞鳳を閣いて烏鴿をとるべきか。摩尼金剛は金石の霊異なり。此の宝は乏しく、瓦礫土石は徒物の至り、是は又巨多なり。汝が言の如くならば、玉なんどをば捨てゝ瓦礫を用ゆべきか。はかなしはかなし。聖君は希にして千年に一たび出で、賢佐は五百年に一たび顕はる。 
(★402㌻)
摩尼は空しく名のみ聞く、麟鳳誰か実を見たるや。世間・出世善き者は乏しく悪き者は多き事眼前なり。然れば何ぞ強ちに少なきをおろかにして多きを詮とするや。土沙は多けれども米穀は希なり。木皮は充満すれども布絹は些少なり。汝只正理を以て前とすべし。別して人の多きを以て本とすることなかれ。
   あなたが前に、権教・権宗の人は多いがこの法華経の宗の人は少少ない。どうして多数を捨てて少数に付くのかといったことについて答えよう。
 かならずしも数が多いから尊くて少ないから卑しいのではない。賢善の人は希で、愚悪の者は多い。麒麟や鸞鳳は禽獣のなかでも珍しく秀れたものである。しかし、これは非常に少ない。牛・羊・烏・鳩は鳥獣のなかでは卑しいものである。しかし、これは非常に多い。かならず多数が尊く少数が卑しいならば、麒麟を捨ててす牛や羊をとり、鸞鳳をさしおいて烏や鳩をとるべきであろうか。摩尼・金剛は金石の中で霊宝であるが乏しく、瓦礫・土石は無用のものであるが非常に多い。あなたのいうとおりであれば、玉を捨てて瓦礫をとるのであろうか。まことにはかないことである。
 聖人の出現は希で千年に一度であり、賢人は五百年に一度である。摩尼珠は空しく名前を聞くのみである。麒麟や鸞鳳はだれも実際に見た者はいない。世間でも出世間でも善人は少なく、悪人のき多いことは眼前である。それゆえ、どうして一概に少ないからといって卑しみ、多いからといって尊いとするのか。土沙は多いけれども米穀は希である。木皮は豊富であるけれども布絹はわずかである。あなたはた正理を第一とすべきであり、ことに人数の多いことを根本として判断してはならない。

 

第十一章 愚人・法華経修行のあり方を問う

 爰に愚人席をさり袂をかいつくろひて云はく、誠に聖教の理をきくに、人身は得難く、天上の糸筋の海底の針に貫けるよりも希に、仏法は聞き難くして、一眼の亀の浮木に遇ふよりも難し。今既に得難き人界に生をうけ、値ひ難き仏教を見聞しつ、今生をもだしては又何れの世にか生死を離れ菩提を証すべき。夫一劫受生の骨は山よりも高けれども、仏法の為にはいまだ一骨をもすてず。多生恩愛の涙は海よりも深けれども、尚後生の為には一滴をも落さず。拙きが中に拙く愚かなるが中に愚かなり。設ひ命をすて身をやぶるとも、生を軽くして仏道に入り、父母の菩提を資け、愚身が獄縛をも免るべし。能く能く教を示し給え。    このとき愚人席を下がり袂を正していう。まことに仏教の道理を承るのに、人として生まれることは難しく、天上界から下した糸を海底の針の穴に通すよりも希であり、仏法を聞くことは難しく、一眼の亀が浮木に出遇うよりも難しい。今、すでに得難い人界に生まれて、値い難き仏教を見聞することができたのに、今生を空しく過ごしたならば、またいつの世に生死の苦しみを離れ、菩提を証得することができるであろうか。そもそも一劫の間、多くの生を受け積み重ねた骨は山よりも高いけれども、仏法のためには、まだ一つの骨をも捨てていない。何度も生まれて来て、恩や愛情にひかれて流す涙は海よりも深くなっているけれども、これまで後世のためには一滴も落としたことはない。まことに拙く愚かであった。たとい身命を捨てようとも、今世の生を軽くして仏道に入り、父母の菩提を助け、わが身の地獄のくるしみをも免れたいと思う。よくよく教えを示していただきたい。
 抑法華経を信ずる其の行相如何。五種の行の中には先づ何れの行をか修すべき。丁寧に尊教を聞かんことを願ふ。    いったい、法華経を信ずるとは、どのように振る舞えばよいのか。五種の修行の中では、まず、どの行を修すべきか。くわしくあなたの教えを聞かせていただきたい。

 

第十二章 法華経弘通の態度を教える

 聖人示して云はく、汝蘭室の友に交はりて麻畝の性と成る。誠に禿樹禿に非ず春に遇ふて栄え華さく。枯草枯るに非ず夏に入りて鮮かに注ふ。若し先非を悔ひて正理に入らば、湛寂の潭に遊泳して無為の宮に優遊せん事疑ひなかるべし。抑仏法を弘通し群生を利益せんには、先づ教・機・時・国・教法流布の前後を弁ふべきものなり。所以は時に正像末あり、法には大小乗あり、修行に摂折あり。摂受の時折伏を行ずるも非なり。折伏の時摂受を行ずるも失なり。然るに今の世は摂受の時か折伏の時か先づ是を知るべし。摂受の行は此の国に法華一純に弘まりて、邪法邪師一人もなしといはん、此の時は山林に交はりて観法を修し、五種六種乃至十種等を行ずべきなり。折伏の時はかくの如くならず、経教のおきて蘭菊に、諸宗のおぎろ誉れを擅にし、邪正肩を並べ大小先を争はん時は、万事を閣いて謗法を責むべし、是折伏の修行なり。此の旨を知らずして摂折途に違はゞ得道は思ひもよらず、悪道に堕つべしと云ふ事、法華・
(★403㌻)
涅槃に定め置き、天台・妙楽の解釈にも分明なり。是仏法修行の大事なるべし。譬へば文武両道を以て天下を治むるに、武を先とすべき時もあり、文を旨とすべき時もあり。天下無為にして国土静かならん時は文を先とすべし。東夷・南蛮・西戎・北狄蜂起して、野心をさしはさまんには武を先とすべきなり。文武のよき事計りを心えて時もしらず、万邦安堵の思ひをなして世間無為ならん時、甲冑をよろひ、兵杖をもたん事も非なり。又王敵起こらん時、戦場にして武具をば閣いて、筆硯を提ん事、是も亦時に相応せず。摂受折伏の法門も亦是くの如し。正法のみ弘まて邪法邪師無からん時は、深谷にも入り、閑静にも居して、読誦書写をもし、観念工夫をも凝らすべし。
是天下の静なる時筆硯を用ゆるが如し。権宗謗法国にあらん時は、諸事を閣いて謗法を責むべし。是合戦の場に兵杖を用ゆるが如し。然れば章安大師涅槃の疏に釈して云はく「昔は時平かにして法弘まる、戒を持すべし杖を持すること勿れ。今は時嶮しくして法翳る。杖を持すべし戒を持すること勿れ。今昔倶に嶮しくば倶に杖を持すべし、今昔倶に平かならば倶に戒を持すべし。取捨宜きを得て一向にすべからず」と此の釈の意分明なり。昔は世もすなおに人もたゞしくして邪法邪義無かりき。されば威儀をたゞし、穏便に行業を積みて、杖をもて人を責めず、邪法をとがむる事無かりき。
   聖人が教えを示していうのは、あなたは善友に交わって、麻のように素直な人となった。まことに葉の落ちた木は春になれば栄えて花が咲き、枯草は夏に入れば鮮かな緑にうるおう。もし先非を悔いて正理に入るなら、静寂の深淵に遊泳して煩悩の波が騒がず、悟りの宮で安楽の境涯を送ることは疑いないであろう。
 さて、仏法を弘通し、衆生を救うためには、まず、教・機・時・国・教法流布の前後を弁えなければならない。つぎに、その理由を示そう。時には正法・像法・末法があり、教法には大乗・小乗があり、修行には摂受・折伏がある。摂受の時に折伏を行ずるのも誤りであり、折伏の時に摂受を行ずるのも誤りである。それでは今の世は摂受の時か折伏の時か、まずこれを知るべきである。
 摂受の修行は、この国に法華経だけが純一に弘まって、邪法邪師が一人もいない時のあり方であって、この時は山林に交わって観法を修し、五種・六種ないし十種等を行ずるのである。折伏の時はこのような時ではなく、諸経・諸宗の教義がさまざまに乱れ興り、それぞれが深遠な法門を立てて名声をほしいままにし、邪法と正法が肩を並べ、大乗と小乗が勝劣を争う時は、万事をさしおいて謗法を責めるべきである。これが折伏の修行である。
 この旨を知らないで、摂受・折伏の方法を誤るならば、成仏できないだけでなく、かえって悪道に堕ちつということは、法華経と涅槃経にたしかに説かれており、天台大師と妙楽大師の解釈にも明らかである。これこそ仏法を修行するうえの大事である。
 たとえば文武両道をもって天下を治めるには、武を第一とする時もあり、文を中心とする時もある。天下に何事もなく、国土の静かな時には文を第一とすべきである。東夷・南蛮・西戎・北狄が野心を抱いて蜂起した時には、武を第一とすべきである。しかし、文武の大切なことだけは知っていても、時を知らず、すべての国が平和であって世間に何事もない時、甲冑を着て武器を持つことも誤りである。また国を滅ぼそうとする敵の現れた時、戦場で武具を捨て置いて、筆や硯をたずさえることも、また時に相応しない。摂受・折伏の法門もまたこれと同じである。
 正法だけが弘まり、邪法・邪師のいない時には、深谷に入り、閑静なところに住んで、経典の読誦・書写をもし、あるいは観念観法に励むのもよい。これらは天下の静かな時に、筆や硯を用いるようなものである。しかし権宗・謗法の国にある時には諸事をさしおいて謗法を責めるべきである。これは合戦の場で武器を用いるようなものであろ。それゆえ章安大師は涅槃経疏巻八に「昔は時代が平和であり法が弘まったのであるが、そのような時には戒律を持つべきであり、武器を持ってはならない。今も昔も、時代が険悪ならば、ともに武器を持つべきである。今も昔も時代が平穏ならば、ともに戒律を持つべきである。その時にかなった取捨をすべきであって、一つだけを固定化してはならない」と記している。この釈の意味は明白である。
 昔は世の中も素直で、人も正しく、邪法邪義な無かった。したがって、威儀を正し、穏やかに修行業を積み、武器をもって人を責めることもなく、邪法をとがめることもなかったのである。

 

第十三章 謗法訶責の折伏行を勧める

 今の世は濁世なり、人の情もひがみゆがんで権教謗法のみ多ければ正法弘まりがたし。此の時は読誦・書写の修行も観念・工夫・修練も無用なり。只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき、又法門を以ても邪義を責めよとなり。取捨其の旨を得て一向に執する事なかれと書けり。今の世を見るに正法一純に弘まる国か、邪法の興盛する国か勘ふべし。然るを浄土宗の法然は念仏に対して法華経を捨閉閣抛とよみ、善導は法華経を雑行と名づけ、剰へ千中無一とて千人信ずとも一人得道の者あるべからずと書けり。真言宗の弘法は法華経を華厳にも劣り、大日経には三重の劣と書き、戯論の法と定めたり。正覚房は法華経は大日経のはきものとりにも及ばずと云ひ、釈尊をば大日如来の牛飼ひにもたらずと判ぜり。
(★404㌻)
禅宗は法華経は吐きたるつばき、月をさす指、教網なんど下す。小乗律等は法華経は邪教、天魔の所説と名づけたり。此等豈謗法にあらずや。責めても猶あまりあり、禁めても亦足らず。
   今の世は濁世である。人の心もひがみゆがんで、権教や謗法ばかりが多ので、正法は弘まりにくいのである。この時には、読誦・書写の修行も、観念・観法の工夫・修練も無用である。ただ折伏を行じて、力があれば威勢をもって謗法を破折し、また法門によって邪義を責めよということである。摂受・折伏の取捨についてはその趣旨を心得て一方に偏執してはならないと記している。
 今の世を見て、正法の一純に弘まっている国か、邪法の盛んな国か、よくよく考えなければならない。
 ところが浄土宗の法然は念仏に対して法華経を捨閉閣抛とよみ、善導は法華経を雑行と名づけ、そのうえ「千中無一」といって千人信じて一人も得道する者ははいと書いている。 
 真言宗の弘法は法華経を華厳にも劣る。大日経には三重の劣であると書き、戯論の法と定めている。正覚房は「法華経は大日経の履物取りにも及ばない」「釈尊は大日如来の牛飼いにもたりない」と批判している。
 禅宗は法華経を吐きすてたた唾、月をさす指、教えの網などとさげすんでいる。小乗律等は法華経は邪教、天魔の所説と名づけている。これらは謗法ではないか。ごこまで責めても責めたりないし、どれほど禁めてもたりないのである。

 

第十四章 折伏行が仏の勅命であると示す

 愚人云はく、日本六十余州人替はり法異なりといへども、或は念仏者或は真言師或は禅或は律、誠に一人として謗法ならざる人はなし。然りと雖も人の上沙汰してなにかせん。只我が心中に深く信受して、人の誤りをば余所の事にせんと思ふ。聖人示して云はく、汝が言ふ所実にしかなり。我も其の義を存ぜし処に、経文には或は不惜身命とも或は寧喪身命とも説く。何故にかやうには説かるゝやと存ずるに、只人をはゞからず経文のまゝに法理を弘通せば、謗法の者多からん世には必ず三類の敵人有りて命にも及ぶべしと見えたり。其の仏法の違目を見ながら我もせめず国主にも訴へずば、教へに背きて仏弟子にはあらずと説かれたり。涅槃経第三に云はく「若し善比丘あって法を壊らん者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、当に知るべし是の人は仏法中の怨なり。若し能く駈遣し呵責し挙処せば、是我が弟子真の声聞なり」と。此の文の意は仏の正法を弘めん者、経教の義を悪しく説かんを聞き見ながら我もせめず、我が身及ばずば国主に申し上げても是を対治せずば、仏法の中の敵なり。若し経文の如くに、人をもはゞからず、我もせめ、国主にも申さん人は、仏弟子にして真の僧なりと説かれて候。されば仏法中怨の責めを免れんとて、かやうに諸人に悪まるれども命を釈尊と法華経に奉り、慈悲を一切衆生に与へて、謗法を責むるを心えぬ人は口をすくめ眼を瞋らす。汝実に後世を恐れば身を軽しめ法を重んぜよ。是を以て章安大師云はく「寧ろ身命を喪ふとも教を匿さゞれとは、身は軽く法は重し身を死して法を弘めよ」と。此の文の意は身命をばほろぼすとも正法をかくさゞれ。其の故は身はかろく法はおもし、身をばころすとも法をば弘めよとなり。    愚人はいった。日本の六十余州、それぞれの国によって人は変わり法は異なっているといっても、あるいは念仏者、あるいは真言師、あるいは禅、あるいは律などに帰依しており、まことに一人として謗法でない人はいない。しかし他人のことをあれこれ非難してもしかたがない。ただ、自分の心中に深く正法を信受して、他人の誤りにはかかわらないことにしようと思う。
 聖人はさとしていう。あなたのいうことはまことにもっともである。私もそう思っていたが、経文には、あるいは「身命を惜しまず」とも、あるいは「むしろ身命を喪うとも」と説かれている。なぜこのように説かれるのかというと、他人を恐れず、経文のとおりに法理を弘通すれば、謗法の者の多い世には、かならず三類の敵人が現れて身命も危険になると書かれているのである。彼らの仏法の誤り見ながら、自らも責めず、また国主にも訴えないならば、仏の教えに背いて仏弟子ではないと説かれている。
 涅槃経巻三には「もし善比丘がいて仏法を壊る者を見て放置して、叱責せず、追放せず、処断しなければ、この人は仏法のなかの怨敵であると知るべきである。もし、よく追放し、叱責し、処断するならば、この人は、仏弟子であり、真の声聞である」と説かれている。
 この経み文の意味は、仏の正法を弘めようとする者は、経教の義を誤り説く者を聞き見なあら、自らもこれを責めず、もし、自身の力が足りなければ国主に申し上げてでも対処しなければ仏法中の敵である。もし経文のとおりに他人を恐れず、自らもこれを責め国主にも訴える人は仏弟子であり、まことの僧であると説かれている。
 それゆえ「仏法の中の怨敵」の罪をまぬかれようとして、このように諸人に憎まれても命を釈尊と法華経に奉り、慈悲を一切衆生に与えて謗法を責めるのであるが、この心を理解できない人はののしり眼をいからせるのである。あなたも、まことに後世を恐れるならば身命を軽んじ法を重んじなさい。このことを章安大師は「むしろ身命を喪うとも教を匿さざれとは、身は軽く法は重い。身を死して法を弘めよ」といっている。すなわち、身命は滅ぼしても、正法を滅ぼしてはならない。そのわけは身は軽く法は重い。身をころしても法をば弘めよという意味である。 

 

第十五章 身軽法重の折伏行を勧む

 悲しいかな生者必滅の習ひなれば、設ひ長寿を得たりとも終には無常をのがるべからず。今世は百年の内外の程を思へば夢の中の夢なり。悲想の八万歳未だ無常を免れず。・利の一千年も猶退没の風に破らる。 
(★405㌻)
況んや人間閻浮の習ひは露よりもあやうく、芭焦よりももろく、泡沫よりもあだなり。水中に宿る月のあるかなきかの如く、草葉におく露のをくれさきだつ身なり。若し此の道理を得ば後生を一大事とせよ。歓喜仏の末の世の覚徳比丘正法を弘めしに、無量の破戒の此の行者を怨みて責めしかば、有徳国王正法を守る故に、謗法を責めて終に命終して阿仏の国に生まれて彼の仏の第一の弟子となる。大乗を重んじて五百人の婆羅門の謗法を誡めし仙予国王は不退の位に登る。憑しいかな、正法の僧を重んじて邪悪の侶を誡むる人、かくの如くの徳あり。されば今の世に摂受を行ぜん人は、謗人と倶に悪道に堕ちん事疑ひ無し。南岳大師の四安楽行に云はく「若し菩薩ありて悪人を将護し治罰すること能はず。乃至其の人命終して諸悪人と倶に地獄に堕せん」と。此の文の意は若し仏法を行ずる人有って、謗法の悪人を治罰せずして観念思惟を専らにして邪正権実をも簡ばず、詐って慈悲の姿を現ぜん人は諸の悪人と倶に悪道に堕つべしと云ふ文なり。今真言・念仏・禅・律の謗人をたゞさず、いつはて慈悲を現ずる人此の文の如くなるべし。
   悲しいことには、生命のあるものはかならず死ぬときがくるのは世の習いであるから、たとい長寿を得たとしても、ついには無常をまぬかれることはできない。今世はせいぜい百年前後の命と思えば夢の中の夢のようなものである。非想天の八万歳の長寿でさえまだ無常をまぬかれていない。忉利天の一千年も、やはり無常の風に吹き破られる。まして人間と生まれて、この世に生れた定めとして露よりもはかなく、芭蕉よりももろく、泡沫よりもむなしい。水中に宿る月影のあるかないかのような存在であり、草葉にをく露の消えるのが、あとになるか先になるかほどの身である。
 もしこの道理をさとったならば、後世を一大事としなさい。歓喜仏の末の世の覚徳比丘が正法を弘めた時、無数の破戒の人々が覚徳比丘を憎んで殺害しようとしたので、有徳王は正法を守護するために、謗法の者と闘い、ついに命を終として阿閦仏の国に生まれ、かの仏の第一の弟子となった。また大乗を重んじて五百人のバラモンの謗法を誡めた仙予国王は、不退の位に登ったという。
 頼もしいことには、正法の僧を重んじて邪悪の教えを説く者を戒める人には、このような功徳がある。それゆえ、今の世で摂受を行ずる人は、謗法の者とともに悪道に堕ちることは疑いない。南岳大師の四安楽行には「もし菩薩がいて悪人を擁護して戒めようとしないならば。乃至。その人は命が終わって多くの悪人とともに地獄に堕ちる」とある。この文の意味は、もし仏法を行ずる人がいて観念や思惟だけを専ら修して邪正・権実を峻別せず謗法の悪人を戒めないで、偽りの慈悲の姿を現す人は、諸の悪人とともに悪道に堕ちるというのである。
 いま、真言・念仏・禅・律の謗法の人の誤りを糾明せず、偽りの慈悲の姿を現す人はこの文のとおりになるのである。

 

第十六章 唱題行の肝要を示す

 爰に愚人意を竊かにし言を顕はにして云はく、誠に君を諫め家を正しくする事先賢の教へ本文に明白なり。外典此くの如し、内典是に違ふべからず。悪を見ていましめず謗を知ってせめずば、経文に背き祖師に違せん。其の禁め殊に重し。今より信心を至すべし。但し此の経を修行し奉らん事叶ひがたし。若し其の最要あらば証拠を聞かんと思ふ。聖人示して云はく、今汝の道意を見るに鄭重慇懃なり。所謂諸仏の誠諦得道の最要は只是妙法蓮華経の五字なり。檀王の宝位を退き、竜女が蛇身を改めしも只此の五字の致す所なり。夫以れば今の経は受持の多少をば一偈一句と宣べ、修行の時刻をば一念随喜と定めたり。凡そ八万宝蔵の広きも一部八巻の多きも、只是の五字を説かんためなり。霊山の雲の上、鷲峰の霞の中に、釈尊要を結び地涌付嘱を得ることありしも法体は何事ぞ、只此の要法に在り。天台・妙楽の六千張の疏玉を連ぬるも、道邃・行満の数軸の釈金を並ぶるも、併ら此の義趣を出でず。

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   ここで愚人は心を深く定め、決意をことばに顕していう、主君を諌め家を正しくすることは過去の賢人の教えであり、古書に明白に記されている。外典でさえこのようである。内典がこれに相違することを説くはずがない。悪を見て戒めず、謗法を知って責めなければ経文にそむき祖師に反するであろう。その罪はまかとに重い。今後は仰せに従って信心を励もう。ただし、この法華経を修行することはまことに難しい。もしその肝要の道があるなら聞きたいと思う。
 聖人はさとしていう。いまあなたの求道の志を見るとまことに殊勝であるからお答えしよう。すなわち諸仏の真実の覚りを得るための修行の肝要は、ただ妙法蓮華経の五字である。須頭檀王が王位を退き出家してついに成仏し、竜女が蛇身を改めて仏の相好を得たことも、この妙法蓮華経の五字の力用によるのである。
 思えば、この経は、経をいかほど受持するかについては一偈一句を受持すべきと述べ、その修行の長さについては一瞬一念の随喜によって成仏すると定めている。総じて八万法蔵の広大な教えも法華経一部八巻の多くの経文も、ただ、この妙法五字を説くためであった。霊鷲山の虚空会上で釈尊が一切の法門の肝要を結んで地涌の菩薩に付属したことも、その法体は何かというとただ妙法蓮華経である。天台大師・妙楽大師の玉を連ねたような六千帖の注疏も、道邃・行満の黄金を並べたような解説も、すべてこの根本の趣旨を越え出ることはないのである。 
 誠に生死を恐れ涅槃を欣ひ信心を運び渇仰を至さば、遷滅無常は昨日の夢、菩提の覚悟は今日のうつゝなるべし。只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福や有るべき。真実なり甚深なり、是を信受すべし。    まことに生死の苦しみを恐れ、涅槃を求め、信心を励み、仏道を渇仰するならば、天変して止まらない無常の姿は昨日の夢と消え、悟りは今日の現実となるのである。ただ南無妙法蓮華経とさえ唱えるならば、消滅しない罪業はなく、訪れて来ない幸もない。真実であって極めて深い法門である。これを信受すべきである。

 

第十七章 妙法五字の絶大なる功徳を明かす

 愚人掌を合はせ膝を折って云はく、貴命肝に染み、教訓意を動かせり。然りと雖も上能兼下の理なれば、広きは狭きを括り多は少を兼ぬ。然る処に五字は少く文言は多し、首題は狭く八軸は広し。如何ぞ功徳斉等ならんや。聖人云はく、汝愚かなり。捨少取多の執須弥よりも高く、軽狭重広の情溟海よりも深し。今の文の初後は必ず多きが尊く、少なきが卑しきにあらざる事、前に示すが如し。爰に又小が大を兼ね、一が多に勝ると云ふ事之を談ぜん。彼の尼拘類樹の実は芥子三分が一のせいなり、されども五百輌の車を隠す徳あり。是小が大を含めるにあらずや。又如意宝珠は一つあれども万宝を雨して欠くる処之無し。是又少が多を兼ねたるにあらずや。世間のことわざにも一は万が母といへり。此等の道理を知らずや。所詮実相の理の背契を論ぜよ。強ちに多少を執する事なかれ。汝至って愚かなり、今一の譬へを仮らん。夫妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり。仏性とは法性なり。法性とは菩提なり。所謂釈迦・多宝・十方の諸仏、上行・無辺行等、普賢・文珠・舎利弗・目連等、大梵天王・釈提桓因・日月・明星・北斗七星・二十八宿・無量の諸星・天衆・地類・竜神八部・人天大会・閻魔法王、上は悲想の雲の上、下は那落の炎の底まで、所有一切衆生の備ふる所の仏性を妙法蓮華経とは名づくるなり。されば一遍此の首題を唱へ奉れば、一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時、我が身の法性の法報応の三身ともにひかれて顕はれ出づる、是を成仏とは申すなり。例せば篭の内にある鳥の鳴く時、空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる、是を見て篭の内の鳥も出でんとするが如し。    愚人は掌を合わせ、膝を折り、居ずまいを正していう。あなたの仰せは肝に染まり、御教訓は心を打つのである。そうではあるが、上は下を兼ねるのが道理で、広は狭を納め、多は少を兼ねる。ところがいま五字は少なく、経も文は多い。題目は狭く、法華経の八巻は狭い。どうして功徳が斉しいことがあろうか。
 聖人はいう。あなたは愚かである。少を捨てて多をとる執着は、須弥山よりも高く、狭を軽んじて広を重んずる執情は大海よりも深い。今のことばの前後は、けっして多ければ尊く、少なければ卑しいのではないことは前に示したとおりである。ここでまた、又小が大を兼ね、一が多に勝るということを語ろう。
 かの尼拘類樹の実は芥子の三分の一の大きさであるあ、五百輛の車を隠す徳がある。これは小が大を含んでいることではないか。また、如意宝珠は一つであっても万宝をふらし、少しも欠けるところはない。これはまた少が多を兼ねている例ではないか。世間のことわざにも、一は万が母といっている。これらの道理を知らないのか。所詮は実相の理が契っているか、背いているかを論じなさい。けっして多少に執着してはならない。
 あなたが至って愚かでまだ納得できないならば、今、一つの譬を示そう。いったい、妙法蓮華経とは一切衆生の仏性である。仏性とは法性である。法性とは菩提である。すなわち釈迦・多宝・十方の諸仏・上行・無辺行等、普賢・文殊・舎利弗・目連等、大梵天王・釈提桓因、日・月・明星・北斗七星・二十八宿・無量の諸星、天衆・地類・竜神・八部・人界・天界の衆生、閻魔法王、上は非想の雲の上から、下は地獄の炎の底まであらゆる一切衆生の備えている仏性を妙法蓮華経と名づけるのである。
 それゆえ、一遍この妙法蓮華経と唱へ奉るならば、一切衆生の仏性が皆呼ばれて、ここに集まる時、我が身中の法・報・応の三身ともに引かれて顕れ出る。これをず成仏とはいうのである。
 たとえば籠の内いる鳥が鳴く時、空を飛ぶ多くの鳥が同時に集まる、これを見て、籠の中の鳥も出ようとするようなものである。

 

第十八章 妙法五字の受持唱題の文証を示す

 爰に愚人云はく、首題の功徳、妙法の義趣今聞く所詳らかなり。但し此の旨趣正しく経文に是をのせたりや如何。聖人云はく、
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其の理詳らかならん上は文を尋ぬるに及ばざるか。然れども請ひに随って之に示さん。法華経第八陀羅尼品に云はく「汝等但能く法華の名を受持せん者を擁護せんすら福量るべからず」と。此の文の意は仏、鬼子母神・十羅刹女の法華経の行者を守らんと誓ひ給ふを讃るとして、汝等法華の首題を持つ人を守るべしと誓ふ、其の功徳は三世了達の仏の知慧も尚及びがたしと説かれたり。仏智の及ばぬ事何かあるべき、なれども法華の題名受持の功徳ばかりは是を知らずと宣べたり。法華一部の功徳は只妙法等の五字の内に篭れり。一部八巻文々ごとに、二十八品生起かはれども首題の五字は同等なり。譬へば日本の二字の中に六十余州島二つ入らぬ国やあるべき、篭らぬ郡やあるべき。飛鳥とよべば空をかける者と知り、走獣といへば地をはしる者と心うる。一切名の大切なる事蓋し以て是くの如し。天台は名詮自性・句詮差別とも、名者大綱とも判ずる此の謂はれなり。又は名は物をめす徳あり、物は名に応ずる用あり。法華題名の功徳も亦以て是くの如し。
   そこで愚人はいう。首題の功徳・妙法の趣旨はいまうかがって明らかになったが、ただこのことは正しく経文にのっているのだろうか。
 聖人がいう。道理が明らかになったうえは、経文をたずねる必要はない。しかし、望みに従ってこれを示そう。
 法華経巻八陀羅尼品第二十六で釈尊は「あなたたちがただよく法華経の名を受持するものを擁護するのでさえ、その福は量りしれない」と説かれている。この経文の意味は鬼子母神・十羅刹女が法華経の行者を守護すると誓ったことを仏はい讃えて、あなたたちは法華経の首題を持つ人を守護しようと誓ったが、その功徳は三世了達の仏の智慧もなお及びがたいと説かれたのである。仏智の及ばないことは何もないはずであるが、しかし法華経の題目を受持する功徳ばかりは量りしれないと仰せられたのである。
 法華経一部の功徳はただ妙法等の五字の中に含まれている。一部八巻の文言はそれぞれ二十八品の内容とともに変わっても、首題の五字は同等である。譬えば、日本の二字のなかに六十余州と壱岐・対馬の二島、すなわちすべての国や郡が含まれているのである。
 飛鳥といえば空を飛ぶものと知り、走獣といえば地を走るものと心得る。総じて名の大切であることはこのとおりである。天台大師が「名は本性を表し、句は差別を表す」とも「名は大綱である」とも判じたのは、この意味である。また名は物を呼び寄せる徳があり、物は名に応ずる働きがある。法華経の題名の功徳もまた同じである。

 

第十九章 「信心」の二字の肝要なるを示す

 愚人云はく、聖人の言の如くば実に首題の功莫大なり。但知ると知らざるとの不同あり。我は弓箭に携はり、兵杖をむねとして末だ仏法の真味を知らず。若し然れば得る所の功徳何ぞ其れ深からんや。聖人云はく、円頓の教理は初後全く不二にして初位に後位の徳あり。一行一切行にして功徳備はらざるは之無し。若し汝が言の如くば、功徳を知って植えずんば、上は等覚より下は名字に至るまで得益更にあるべからず。今の経は唯仏与仏と談ずるが故なり。譬喩品に云はく「汝舎利弗尚此の経に於ては信を以て入ることを得たり。況んや余の声聞をや」と。文の心は大智舎利弗も法華経には信を以て入る、其の智分の力にはあらず。況んや自余の声聞をやとなり。されば法華経に来たって信ぜしかば、永不成仏の名を削りて華光如来となり。嬰児に乳をふくむるに、其の味をしらずといへども自然に其の身を生長す。医師が病者に薬を与ふるに、病者薬の根源をしらずといへども服すれば任運と病愈ゆ。若し薬の源をしらずと云ひて、医師の与ふる薬を服せずば其の病愈ゆべしや。
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薬を知るも知らざるも服すれば病の愈ゆる事以て是同じ。既に仏を良医と号し法を良薬に譬へ衆生を病人に譬ふ。されば如来一代の教法を擣和合して妙法一粒の良薬に丸せり。豈知るも知らざるも服せん者煩悩の病ひ愈えざるべしや。病者は薬をもしらず病をも弁へずといへども服すれば必ず愈ゆ。行者も亦然なり。法理をもしらず煩悩をもしらずといへども、只信ずれば見思・塵沙・無明の三惑の病を同時に断じて、実報寂光の台にのぼり、本有三身の膚を磨かん事疑ひあるべからず。されば伝教大師云はく「能化所化倶に歴劫無く、妙法経力即身成仏す」と。法華経の法理を教へん師匠も、又習はん弟子も、久しからずして法華経の力をもて倶に仏になるべしと云ふ文なり。
   愚人がいう。聖人のおことばのとおりであるならば、まことに題目の功徳は莫大である。しかし知ると知らないとでは差異がある。わたしは弓箭をたずさわり武器をとる武士として、まだ仏法の真実の内容を知らない。そうであるならば、どうして深い功徳をうけられようか。
 聖人がいう。円頓の教理は初めも後もまったく不二であって初心の位に後々の位の功徳が含まれる。一つの行に一切の行が含まれていて、功徳のそなわらないものはないのである。もし、あなたのことばのとおり功徳を知ってからでなければ植えないのであれば、上は等覚の菩薩から下は名字に至るまで得益は絶対にありえないことになる。なぜなら法華経には「ただ仏と仏とだけが知る」と説かれ、等覚以下の一切の人の知りうるところではないからである。
 譬喩品第三には「舎利弗でさえ、この経においては信によって入ることができた。まして他の声聞はなおさらである」とある。この経文の意味は、大智慧の舎利弗も法華経には信によって入ることができた。その智慧によってではない。ましてその他の声聞はいうまでもない、というのである。
 それゆえ、舎利弗は法華経にきて、信じたからこそ、永不成仏の名を削って華光如来となったのである。幼児に乳をふくませれば、その味を知らなくても自然に成長し、医師が病人に薬を与えれば、病人は薬の根源を知らなくても飲めば自然に病が治る。もし薬の源を知らないからといって医師の与える薬を飲まなければ、その病は治るだろうか。薬の内容を知っても知ららなくても、飲めば病の冶ること同じである。
 すでに法華経では仏を良医と名づけ、法を良薬に譬え、衆生を病人に譬えている。それゆえ釈尊一代の教法をつきふるい、まぜ合わせて、妙法という一粒の良薬をつくったのである。この良薬を知っても知らなくても、飲む者は煩悩の病が冶らない者はない。病人は薬をも知らず、病をもわきまえなくても、飲めばかならず愈るのである。
 法華経を行ずる者もまた同じである。法理をも知らず、煩悩の病を知らないとしても、ただ信ずれば見思・塵沙・無明の三惑の病を同時に断じて、実報・寂光の浄土に到り、本有の三身如来の生命を磨きあらわすことは疑いない。
 それゆえ伝教大師は法華秀句で「能化も所化もともに長劫にわたる修行を経ることなく、妙法蓮華経の力で即身成仏する」と説かれている。法華経の法理を教える師匠も、また学ぶ弟子も直ちに法華経の力でともに仏になる、との文である。

 

第二十章 釈を引き妙法五字の功徳を示す

 天台大師も法華経に付いて玄義・文句・止観の三十巻の釈を造り給ふ。妙楽大師は又釈籖・疏記・輔行の三十巻の末文を重ねて消釈す。天台六十巻とは是なり。玄義には、名体宗用教の五重玄を建立して妙法蓮華経の五字の功能を判釈す。五重玄を釈する中の宗の釈に云はく「綱維を提ぐるに目として動かざること無く、衣の一角を牽くに縷として来たらざること無きが如し」と。意は此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行に、功徳として来たらざる事なく、善根として動かざる事なし。譬へば網の目無量なれども、一つの大綱を引くに動かざる目もなく、衣の糸筋巨多なれども、一角を取るに糸筋として来たらざることなきが如しと云ふ義なり。
 さて文句には、如是我聞より作礼而去まで文々句々に因縁・約教・本迹・観心の四種の釈を設けたり。次に止観には、妙解の上に立つる所の観不思議境の一念三千、是本覚の立行本具の理心なり、今爰に委しくせず。
   天台大師も法華経について、法華玄義・法華文句・摩訶止観の三十巻の釈を造られている。妙楽大師は、また法華玄義釈籤・法華文句記・止観輔行伝弘決の三十巻の注釈を重ねて著した。天台六十巻というのはこれである。
 法華玄義には、名体宗用教の五重玄を立てて、妙法蓮華経の五字の功能を解明した。五重玄を解釈する中の宗の解釈のところで「大綱をひっぱればすべての網の目が動き、衣の一角を引けばすべての糸がたぐりよせられてくるようなものである」とある。文の意味は、この妙法蓮華経を信仰し奉る一つの行にいかなる功徳も集まってこないものはなく、いかなる善根も動かない者はない。譬えば、網の目は無量であっても一つの大綱を引けば動かない目はなく、衣の糸筋は多くあっても一角を引けば、糸筋としてたぐられてこないものはないとうようなものである。というのである。 
さて法華文句には、序品第一の如是我聞から普賢菩薩勧発品第二十八の作礼而去までの文々句々に、因縁・約教・本迹・観心の四種の解釈を設けている。つぎに摩訶止観には妙法の解了の上に立った観不思議境の一念三千の法門を説く、これは仏の本来の覚りに基づく修行であり、本より心に具わっている真理である。今はここではくわしく論じない。
 悦ばしいかな、生を五濁悪世に受くるといへども、一乗の真文を見聞する事を得たり。煕連恒沙の善根を致せる者、此の経にあひ奉りて信を取ると見えたり。汝今一念随喜の信を致す、函蓋相応・感応道交疑ひ無し。    まことに喜ばしいことである。生を五濁悪世に受けたとはいえ、法華一乗の真実の文を受持すつことができた。過去に無量の善根を積んだ者こそ、この経にあって信心をおこしたのである。函と蓋とが合うように、あなたの信力と仏の慈悲が感応して一道に交わることは疑いない。

 

第二十一章 不退転の信心を勧める

 愚人頭を低れ手を挙げて云はく、我今よりは一実の経王を受持し、三界の独尊を本師として、今身より仏身に至るまで此の信心敢へて退転すること無けん。設ひ五逆の雲厚くとも、乞ふ、提婆達多が成仏を続ぎ、十悪の波あらくとも、
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願はくは王子覆講の結縁に同じからん。聖人云はく、人の心は水の器にしたがふが如く、物の性は月の波に動くに似たり。故に汝当座は信ずといふとも後日は必ず翻へさん。魔来たり鬼来たるとも騒乱する事なかれ。夫天魔は仏法をにくむ、外道は内道をきらふ。されば猪の金山を摺り、衆流の海に入り、薪の火を盛んになし、風の求羅をますが如くせば、豈好き事にあらずや。
   愚人は頭をたれ掌を合わせていう。私は今から一乗真実の法華経を受持し、三界独尊の釈尊を師として、今の凡身から仏身に至るまで怠りく信心を続け、かならず退転することはない。たとい五逆を犯した罪は重いとしても、提婆達多の成仏を続ぎ、十悪の波はあらいとしても、十六王子の覆講に結縁した衆生のように、法華経に結縁したいと思う。
 聖人はいう。人の心は水の器の形にしたがって変わるようなものであり、物の性質は月影が波に動くのに似ている。ゆえにあなたはしばらくは信ずるといっても、後日になってからかならずこころを翻すであろう。しかし魔が来ても鬼が来ても、けっして心を乱してはならない。
 天魔は仏法を憎む。外道は内道を嫌う。それゆえ猪が金山をこすってもかえって金山が光をまし、衆流が大海に入っても大海はそれを包むように、薪がかえって火を盛んにし、風が求羅という虫をますます成長させるように、いよいよ信心を強盛にしていくならば、まことに望ましいことではないか。