法華題目抄 文永三年一月六日 四五歳

別名『法華経題目抄』

第一章 信心口唱の功徳を挙げる

(★353㌻)

根本大師門人 日蓮 撰

 南無妙法蓮華経
 問うて云はく、法華経の意をもしらず、義理をもあぢはゝずして、只南無妙法蓮華経と計り五字七字に限りて、一日に一(ぺん)、一月(ない)()一年十年一期生の間に只一返なんど唱へても軽重の悪に引かれずして四悪趣(あくしゅ)におもむかず、つひに不退の位にいたるべしや。答へて云はく、しかるべきなり。
 

根本大師門人 日蓮 撰

 南無妙法蓮華経
 問うて言う。法華経の意味も知らず、ただ南無妙法蓮華経とだけ五字七字の題目のみを、一日に一遍、一月あるいは一年、十年、一生の間に只一遍だけ唱えたとしても、軽重の悪業に引かれずに、四悪趣に堕ちないで、ついには不退転の位に到達することができるのか。
 答えて言う。いかにもそのとおりである。

 

第二章 仏道に入る根本を示す

 問うて云はく、火々といへども手にとらざればやけず、水々といへども、口にのまざれば水のほしさもやまず。只南無妙法蓮華経と題目(ばか)りを唱ふとも、義趣をさとらずば悪趣をまぬかれん事、いかゞあるべかるらん。答へて云はく、師子の筋を琴の(いと)として、一度(そう)すれば余の絃(ことごと)くきれ、梅子(うめのみ)()()をきけば口に()たまりうるを()う。世間の不思議是くの如し。況んや法華経の不思議をや。小乗の四(たい)の名計りをさやづ()(おう)()なを天に生ず。三()計りを持つ人、大魚の難をまぬかる。何に況んや法華経の題目は八万聖教の肝心、一切諸仏の眼目なり。汝等(なんだち)此をとなへて四悪趣をはな()るべからずと疑ふか。(しょう)(じき)(しゃ)方便(ほうべん)の法華経には「信を以て入ることを()」と云ひ、双林(そうりん)最後の涅槃経には「是の菩提の因は(また)無量なりと(いえど)も、()し信心を説けば、(すなわ)(すで)摂尽(しょうじん)す」等云云。
   問うて言う。ただ口で火火といっても燃えているその火を手にして用いなければ実際に物を焼くことはできない。また水水といっても実際に飲まなければ水の欲しさもやまない。ただ南無妙法蓮華経と題目ばかりを唱えてもその義趣を理しなければ、悪趣を免れることがどうしてできようか。
 答えて言う。師子の筋を琴の絃にしてひとたび弾けば、他の動物の筋で作った絃はことごとく断ち切れてしまう。梅の実の酢っぱい名を聞けばそれだけで口に唾液がたまる。世間通途の不思議ですらこのようではないか。ましてや法華経の不思議はななおさらのことである。小乗教の四諦の法門は名ばかりをさえずる鸚鵡でさえも天界に生じた。仏・法・僧の三宝に帰依しただけの人は大魚の難を免れた。まして法華経の題目は八万聖教の肝心・一切諸仏の眼目である。それでも汝等は、この題目を唱えても四悪趣を離れることができないなどと疑うのか。
 正直に方便を捨てただ無上道を説く最極の法華経には「信を以って入ることができる」といい、雙林最後の涅槃経には「仏果に至る菩提の因行はまた無量であるが、若し信心を説けば、すでにそのなかに全ての菩提の因を摂め尽くすのである」といっている。
 (それ)仏道に()る根本は信をもて(もと)とす。五十二位の中には十信を本とす。十信の位には信心初めなり。たとひさと()りなけれども、信心あらん者は鈍根も正見(しょうけん)の者なり。たと()ひさとりあれども、信心なき者は誹謗闡提(せんだい)の者なり。善星(ぜんしょう)比丘は二百五十戒を持ちて四禅定を得、十二部経を(そら)にせし者なり。提婆達多は六万八万の宝蔵ををぼへ、十八変
(★354㌻)
を現ぜしかども、此等は有解無信の者なり。今に阿鼻大城にありと聞く。(また)鈍根第一の須梨(すり)槃特(はんどく)は、智慧もなく悟りもなし。(ただ)一念の信ありて普明(ふみょう)如来と成り給ふ。又迦葉・舎利弗等は無解有信の者なり。仏に授記を(こうむ)りて華光如来・光明如来といはれき。仏説きて云はく「疑ひを生じて信ぜざらん者は、即ち(まさ)に悪道に堕すべし」等云云。此等は有解無信の者を皆悪道に堕すべしと説き給ひしなり。
   このように抑も仏道に入る根本は信をもって本因とする。菩薩の五十二位のなかに十信位をその出発点とし、十信の位のなかでは信心が一番はじめなのである。故にたとえ理解はなくても信心のある者は、鈍根でも正見の者なのである。反対にたとえ理解はあっても、信心のない者は誹謗闡提の者なのである。
 その証拠に、善星比丘は二百五十戒を持って、四禅定を得、十二部経を全部記憶した者である。提婆達多は外道の六万蔵・仏法の八万宝蔵の教典を理解し、身に十八神通を現じさせたけれども、これらは有解無信の者であるために、今なお阿鼻大城にあると聞いている。一方、迦葉、舎利弗等は無解有信の者であるが、仏より授記されて華光如来、光明如来といわれたのである。仏が涌出品で説いていうには「疑いを生じて信じない者は、すなわち必ず悪道に堕ちる」等と。以上は有解無信の者について説かれたのである。

 

第三章 重ねて唱題の妙用を顕わす

 而るに今の代の世間の学者の云はく、只信心計りにて解心なく、南無妙法蓮華経と唱ふる計りにて、争でか悪趣をまぬかるべき等云云。此の人々は経文の如くならば、阿鼻大城をまぬかれがたし。さればさせる解はなくとも、南無妙法蓮華経と唱ふるならば、悪道をまぬかるべし。譬へば蓮華は日に随ひて回る、蓮に心なし。芭蕉は雷によりて増長す、是の草に耳なし。我等は蓮華と芭蕉との如く、法華経の題目は日輪と雷との如し。犀の生角を身に帯して水に入りぬれば、水五尺の身に近づかず。栴檀の一葉開きぬれば、四十由旬の伊蘭変ず。我等が悪業は伊蘭と水との如く、法華経の題目は犀の生角と栴檀の一葉との如し。金剛は堅固にして一切の物に破られざれども、羊の角と亀の甲に破らる。尼倶類樹は大鳥にも枝をれざれども、かのまつげにすくう小れう鳥にやぶらる。我等が悪業は金剛のごとし、尼倶類樹のごとし。法華経の題目は羊角のごとくせいれう鳥の如し。琥珀は塵をとり磁石は鉄をすう。我等が悪業は塵と鉄との如く、法華経の題目は琥珀と磁石との如し。    ところが今日の世間の学者がいうには、「ただ信心ばかりで法門を理解しようとする心がなく、南無妙法蓮華経と題目を唱えるばかりでどうして悪趣を免れることができようか」と。これらの世間の学者は、経文に説かれているところによると阿鼻大城を免れがたい。それゆえ、そうした法門の理解はなくても南無妙法蓮華経とさえ唱えるならば自然に悪道を免れることができるのである。
 たとえば蓮華は日照に随って順々に開花しゆくが別に蓮華に解心があるわけではない。芭蕉は雷鳴によって成長するが芭蕉に耳があるわけではない。われらは蓮華や芭蕉のようなもので、法華経の題目は太陽や雷鳴のようなものである。犀の生角を身につけて水のなかに入るならば、水が身から五尺離れて近づかない。栴檀の一葉が開くならば、四十由旬の範囲にある全ての伊蘭が悪臭を芳しい薫りへと変えてしまう。われらの悪業は伊蘭と水のようなものであり、法華経の題目は犀の生角と栴檀の一葉とのようなものである。金剛石は堅固で、どんなものをしても破ることはできない。しかしながら羊の角と亀の甲にだけは破られる。尼倶類樹は大鳥にもその枝を折られないが、蚊の睫に巣をつくるという鷦鷯鳥にだけは破壊されるのである。われらの悪業は金剛石や尼倶類樹のようなものである。法華経の題目は羊の角や鷦鷯鳥のようなものである。琥珀は塵を吸い取り、磁石は鉄を吸いつける。われら悪業はこの塵と鉄とのようなもので、法華経の題目は琥珀と磁石のようなものである。
 かくをもひて常に南無妙法蓮華経と唱へさせ給ふべし。法華経の第一の巻に云はく「無量無数劫にも是の法を聞くこと亦難し」と。第五の巻に云はく「是の法華経は無量の国中に於て、乃至名字をも聞くことを得べからず」等云云。法華経の御名をきく事は、をぼろげにもありがたき事なり。されば須仙多仏、多宝仏は世にいでさせ給ひたりしかども、法華経の御名をだにもとき給わず。釈迦如来は法華経のために世にいでさせ給ひたりしかども、四十二年が間は名を秘してかたりいださゞりしかども、仏の御年七十二と申せし時、はじめて妙法蓮華経ととなえいださせ給ひたりき。
(★355㌻)
しかりといえども摩訶尸那日本等の辺国の者は御名をもきかざりき。一千余年すぎて、三百五十余年に及んでこそ、纔かに御名計りをば聞きたりしか。さればこの経に値ひたてまつる事をば、三千年に一度花さく優曇華、無量無辺劫に一度値ふなる一眼の亀にもたとへたり。大地の上に針を立てゝ、大梵天王宮より芥子をなぐるに、針のさきに芥子のつらぬかれたるよりも、法華経の題目に値ふことはかたし。此の須弥山に針を立てゝ、かの須弥山より大風つよく吹く日、いとをわたさんに、いたりてはりの穴にいとのさきのいりたらんよりも、法華経の題目に値ひ奉る事はかたし。さればこの経の題目をとなえさせ給はんにはをぼしめすべし。生盲の始めて眼あきて父母等をみんよりもうれしく、強きかたきにとられたる者のゆるされて妻子を見るよりもめづらしとをぼすべし。
   このように考えて、深く信じて、つねに南無妙法蓮華経と唱えていきなさい。
 法華経第一の巻の方便品には「無量無数劫においてもこの経の題目を聞くことはさらにむずかしい」と、第五の巻の安楽行品には「この法華経は無量の国中において、すなわちその題名を聞くことができない」等と述べられているように、法華経の題名を聞くということは、並み大抵ではできないことである。さて、昔、須仙多仏や多宝仏は世に出現されたけれども、法華経の名前さえも説かれなかった。インド応誕の釈迦如来は、法華経を説く目的で世に出現されたのであったが、四十二年の間はその名を秘して語り出されず御年七十二歳のときに初めて妙法蓮華経と唱えだされたのであった。しかしながら当時は中国や日本のような辺国に住む者は、妙法蓮華経の名前さえも聞かなかったのである。中国では仏滅後一千余年過ぎてから、日本ではその後さらに三百五十余年もたってから、やっと妙法蓮華経という題名だけを聞いたのであった。そえゆえ、この法華経に値うことを三千年に一度華の咲く優曇華や無量無辺劫に一度栴檀の浮木に値う一眼の亀にもたとえている。また大地の上に針を立てて大梵天王宮から一粒の芥子を投げ落として、それが針のさきにあたって貫き通すよりも法華経の題目に値うことはむずかしい。またこちらの須弥山に針を立てて、向こうの須弥山から大風が強く吹く日に糸をわたすのに、正確にとどいて、その針の穴に糸の先が通るよりも、なお、法華経の題目に値うことは至難である。したがって、この経の題目を唱えるについては次のように信じなさい、生まれつき盲目の者が初めて眼があいて父母等を見るよりもなおうれしいことであり、また、強敵に捕らえられていた者が許されて妻子に再開するよりも、法華経の題目に値うことはきわめてまれであると思いなさい。

 

第四章 唱題の功力を論証

 問うて云はく、題目計りを唱ふる証文これありや。答へて云はく、妙法華経の第八に云はく「法華の名を受持せん者、福量るべからず」と。正法華経に云はく「若し此の経を聞きて名号を宣持せば、徳量るべからず」と。添品法華経に云はく「法華の名を受持せん者、福量るべからず」等云云。此等の文は題目計りを唱ふる福計るべからずとみへぬ。    問うて言う。その所信所行の妙法蓮華経の五字とは一体どれほどの功徳を納めているのか。答えて言う。羅什三蔵の訳した妙法華経の第八陀羅尼品にいわく「法華経の名を受持する者の福は量り知ることができない」と、また竺法護の訳した正法華経の総持品に「若しこの法華経を聞いて名号を宣持するならば、その功徳は量ることができないほどである」と、また闡那崛多と達磨笈多の共訳である添品法華経の陀羅尼品に「法華経の名を受持する者のその福は量ることができない」等と、述べている。これらの経文には唯法華経だけを信じて題目ばかりを唱える福は計ることができないと説かれている。
 一部八巻二十八品を受持読誦し、随喜護持等するは広なり。方便品寿量品等を受持し乃至護持するは略なり。但十四句偈乃至題目計りを唱へとなうる者を護持するは要なり。広略要の中には題目は要の内なり。     さて法華経修行の仕方を分別してみると、一部・八巻・二十八品を受持・読誦し、随喜・護持等するのは広略要のうち広の修行である。経中の要品である方便品・寿量品等を受持し、乃至、護持するのは、略の修行である。但一四句偈、乃至、題目だけを唱え、又唱える者を護持するのは要の修行である。結論として、広略要のなかで、五字七字の題目は要中の要であり、信行の唱題こそ最も肝要なのである。

 

第五章 妙法五字の具徳を示す

 問うて云はく、妙法蓮華経の五字にはいくばくの功徳をおさめたるや。答へて云はく、大海は衆流を納め、大地は有情非情を持ち、如意宝珠は万宝を雨らし、梵王は三界を領す。妙法蓮華経の五字も亦復是くの如し。一切の九界の衆生並びに仏界を納めたり。十界を納むれば亦十界の依報の国土を收む。    問うて言う。その所信所行の妙法蓮華経の五字とは一体どれほどの功徳を納めているのか。
 答えて言う。大海はあらゆる河川の流水を納めており、大地は有情・非情にわたりて全てを包み持っており、如意宝珠は、あらゆる財宝をふらし、大梵天王は欲界・色界・無色界の三界の全てを治領する。
 妙法蓮華経の五字も全く同様であり、一切の九界の衆生も仏界とともに十界互具して妙法蓮華経に納めている。正報である十界の衆生が妙法蓮華経に納まっているならば、また十界の依報である国土も当然妙法に収まり、したがって三千の万法を全て収めているのである。

 

第六章 通じて五字の具徳を明かす

 先づ妙法蓮華経の五字に一切の法を納むる事をいはゞ、経の一字は諸経の中の王なり。一切の群経を納む。仏世に出でさせ給ひて五十余年の間八万聖教を説きをかせ給ひき。仏は人寿百歳の時、壬申の歳、二月十五日の夜半に御入滅あり。其の後四月八日より七月十五日に至るまで一夏九旬の間、一千人の阿羅漢結集堂にあつまりて一切経をかきをかせ給ひき。
(★356㌻)
其の後正法一千年の間は五天竺に一切経ひろまらせ給ひしかども、震旦国には渡らず。像法に入りて一十五年と申せしに、後漢の孝明皇帝永平十年丁卯の歳、仏教始めて渡りて、唐の玄宗皇帝開元十八年庚午の歳に至るまで、渡れる訳者一百七十六人、持ち来たる経律論一千七十六部・五千四十八巻・四百八十帙。是皆法華経の経の一字の眷属の修多羅なり。
   まず妙法蓮華経の五字の妙名にいっさいの法をことごとく納めている事を述べるならば、妙法蓮華経の経の一字は諸経のなかの王でありいっさいの群経を納めているのである。仏は世に出現して五十余年の間、八万聖教を説き遺されたのであった。そして人寿・百歳の時代の壬申の歳に八十歳で二月十五日の夜半に入滅されたのである。その後四月八日から七月十五日に至るまでの一夏九十日の間、一千人の阿羅漢が結集堂に集まって一切経を書き残したのであった。その後正法一千年の間は、五天竺に一切経がひろまったけれども震旦国には渡らなかった。その後像法に入って十五年、つまり釈迦滅後一千十五年、後漢の孝明皇帝の永平十年・丁卯の歳に仏像と経文が初めて中国に渡り、以来、唐の玄宗皇帝の開元十八年・庚午の歳に至るまで、両国の間を行き来した訳者は百七十六人、インド等から中国へ持ち来った経・律・論は一千七十六部・五千四十八巻・四百八十帙という。これらは皆法華経の経の一字の眷属である修多羅なのである。
 先づ妙法蓮華経の以前、四十余年の間の経の中に大方広仏華厳経と申す経まします。竜宮城には三本あり。上本は十三世界微塵数の品、中本は四十九万八千八百偈一千二百品、下本は十万偈四十八品。此の三本の外に震旦・日本には僅かに八十巻・六十巻・四十巻等あり。阿含小乗経・方便般若の諸大乗経等。大日経は梵本には阿・・訶の五字計りをもて三千五百の偈をむすべり。況んや余の諸尊の種子・尊形・三摩耶其の数をしらず。而るに漢土には但纔かに六巻七巻なり。涅槃経は双林最後の説、漢土には但四十巻なり。是も梵本之多し。此等の諸経は皆釈迦如来の所説の法華経の眷属の修多羅なり。此の外過去の七仏千仏・遠々劫の諸仏の所説、現在十方の諸仏の諸経も皆法華経の経の一字の眷属なり。されば薬王品に仏、宿王華菩薩に対して云はく「譬へば一切の川流江河の諸水の中に海為れ第一なるが如く、衆山の中に須弥山為れ第一、衆星の中に月天子最も為れ第一」等云云。妙楽大師の釈に云はく「已今当説最為第一」等云云。此の経の一字の中に十方法界の一切経を納めたり。譬へば如意宝珠の一切の財を納め、虚空の万象を含めるが如し。経の一字は一代に勝る。故に妙法蓮華の四字も又八万法蔵に超過するなり。    まず妙法蓮華経の以前の四十余年の間に説かれた爾前経のなかに、大方広仏華厳経とという経がある。この経は竜宮城には上中下の三本あって上本は十三世界の微塵の数ほどの品数があり、中本は四十九万八千八百偈、下本は十万偈四十八品ある。この三本のほかに、中国・日本にはわずかに新訳八十巻、旧訳六十巻等があるのみである。また阿含の小乗経、方等・般若の諸大乗経等があり、そのなかで大日経は、梵本には阿バラ訶怯の五字の真言を三千五百の偈頌をもってむすんでおり、まして、このほか諸尊の種子・尊形三摩耶はその数を知らないほどである。しかしながら漢土・中国にはわずかに本経が六巻、供養経を加えて七巻である。また涅槃経は雙林最後の説で、漢土にはただ四十巻であるが、これも梵本では膨大なものである。これらの諸経は皆・釈迦如来の真実の所説たる法華経の眷属の経文なのである。このほか過去の七仏・千仏・遠遠劫の諸仏の所説の経々も、現在の十方世界の諸仏の説経も、皆法華経の経の一字の眷属なのである。
 それゆえ薬王品で仏が宿王華菩薩に対していうのには「譬えばいっさいの川流江河の諸水に対すれば海が第一であり、衆山のなかでは須弥山が第一であり、衆星に対しては月が第一であるように、諸経のなかでは法華経が最もすぐれている」といっている。この意をうけて妙楽大師はの「仏が已に説き、今説き、当に説く。そのなかで法華経が最も為れ第一」であると釈している。
 この法華経の経の一字の徳のなかに十方法界の一切経が納まっている。譬えば如意宝珠がいっさいの財を納め、虚空がいっさいの万象を含んでいるようなものである。
 妙法蓮華経の経の一字が一代聖教のなかで最も勝れている故に妙法蓮華の四字の徳もまた八万法蔵の徳に超過するのである。

 

第七章 別して妙の一字の具徳を明かす

 妙とは法華経に云はく「方便の門を開きて真実の相を示す」云云。章安大師の釈に云はく「秘密の奥蔵を発く之を称して妙と為す」云云。妙楽大師此の文を受けて云はく「発とは開なり」等云云。妙と申す事は開と云ふ事なり。世間に財を積める蔵に鑰なければ開く事かたし。開かざれば蔵の内の財を見ず。華厳経は仏説き給ひたりしかども、彼の経を開く鑰をば仏、彼の経に説き給はず。阿含・方等・般若・観経等の四十余年の経々も仏説き給ひたりしかども、
(★357㌻)
彼の経々の意をば開き給はず。門を閉じてをかせ給ひたりしかば、人彼の経々をさとる者一人もなかりき。たとひさとれりとをもひしも僻見にてありしなり。而るに仏、法華経を説かせ給ひて諸経の蔵を開かせ給ひき。此の時に四十余年の九界の衆生始めて諸経の蔵の内の財をば見しりたりしなり。譬へば大地の上に人畜草木等あれども、日月の光なければ眼ある人も人畜草木の色かたちをしらず。日月いで給ひてこそ始めてこれをばしることには候へ。爾前の諸経は長夜のやみのごとし。法華経の本迹二門は日月のごとし。諸の菩薩の二目ある、二乗の眇目なる、凡夫の盲目なる、闡提の生盲なる、共に爾前の経々にてはいろかたちをばわきまへずありし程に、法華経の時迹門の月輪始めて出で給ひし時、菩薩の両眼先にさとり、二乗の眇目次にさとり、凡夫の盲目次に開き、生盲の一闡提も未来に眼の開くべき縁を結ぶ事、是偏に妙の一字の徳なり。
   妙とは法華経の法師品にいうには「爾前方便の権門を開いて真実の相すなわち如来所証の本法を示すのである」と。章安大師は釈して「秘密の奥蔵を開いて法体法爾の本妙を顕示することを妙というのである」といい、妙楽大師はこの文を受けて玄義釈籤の第一に「発とは開くことである」といっている。すなわち妙ということは開くということである。
 一般的にいうと財を積んである蔵も、鑰がなければ開くことはできない。開かなければ当然蔵の内の財を見ることはできない。はじめに、華厳経を仏は説いたけれども、その経蔵を開く鑰を仏は華厳経自体には説かなかったのである。次に阿含・方等・般若・観経等の四十余年の爾前の経々も仏は説いたけれども、これらの経々の本意を開かないで門を閉じたままにしておかれたので、衆生は彼の爾前経の真意を悟る者が一人もいなかったのである。たとえ「われ悟れり」と思う者があってもそれは僻見にすぎなかった。ところが終わりに仏は法華経を説いて諸経の蔵を開いたのであった。このとき四十余年の九界の衆生は初めて諸経の蔵の内にある財を見、知ることができたのである。たとえていえば大地の上には人畜・草木などが生存するけれども太陽や月の光がなければ、眼のある者でも人畜・草木の色や形を知ることができない。太陽や月が出てこそ初めて万物の姿を知ることができる道理である。爾前の諸経は長夜の闇のようなもので法華経の本門と迹門の二門は太陽と月のようなものである。両眼ある諸の菩薩も眇目の二乗も盲目の凡夫も生盲の一闡提も共に爾前の経々では色も形も分別できずにいたが、法華経が説かれたとき、すなわち、迹門の月輪が初めて出たときに両眼の菩薩が先ず悟り、眇目の二乗が次に悟り、盲目の凡夫が次に開き、生盲の一闡提も未来に成仏の眼の開き得る縁を結んだのである。これは偏に妙法蓮華経の妙の一字の功徳によるのである。
 迹門十四品の一妙、本門十四品の一妙、合せて二妙。迹門の十妙、本門の十妙、合せて二十妙。迹門の三十妙、本門の三十妙、合せて六十妙。迹門の四十妙、本門の四十妙、観心の四十妙、合せて百二十重の妙なり。六万九千三百八十四字一々の字の下に一の妙あり。総じて六万九千三百八十四の妙あり。妙とは天竺には薩と云ひ、漢土には妙と云ふ。妙とは具の義なり。具とは円満の義なり。法華経の一々の文字、一字一字に余の六万九千三百八十四字を納めたり。譬へば大海の一。の水に一切の河の水を納め、一の如意宝珠の芥子計りなるが一切の如意宝珠の財を雨らすが如し。    さて、以上の妙の一字の徳を詳論するならば、迹門十四品の妙の一字と本門十四品の妙の一字を合わせて二妙、迹門の十妙と本門の十妙と合せて二十妙、迹門の三十妙と本門の三十妙と合わせて六十妙、迹門の四十妙と本門の四十妙と観心の四十妙とを合わせて百二十重の妙である。
 法華経の全文字・六万九千三百八十四字の一字一字の根下に各々一つの妙があり、総じて六万九千三百八十四の妙は、ことごとく妙の功徳、勝能を含んでいるのである。さて、妙とは天竺では薩といい、漢土では妙という。妙とは具足の義で、具足の具とは円満という意である。すなわち、法華経の一つ一つの文字に、六万九千三百八十四字の徳が欠けることなく納まっているのである。譬えば大海の一渧の水にはいっさいの河の水が納まり、芥子ほどの大きさのたった一つの如意宝珠が、いっさいの如意宝珠の財を降らすようなものである。

 

第八章 変毒為薬の原理

 譬へば秋冬枯れたる草木の、春夏の日に値ひて枝葉華果出来するが如し。爾前の秋冬の草木の如くなる九界の衆生、法華経の妙の一字の春夏の日輪にあひたてまつりて、菩提心の華さき成仏の菓なる。竜樹菩薩の大論に云はく「譬へば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」云云。此の文は大論に法華経の妙の徳を釈する文なり。妙楽大師の釈に云はく「治し難きを能く治す、所以に妙と称す」等云云。総じて成仏往生のなりがたき者四人あり。第一には決定性の二乗、第二には一闡提人、第三には空心の者、第四には謗法の者なり。
(★358㌻)
此等を法華経にをいて仏になさせ給ふ故に法華経を妙とは云ふなり。
   譬えていえば、秋冬のあいだ枯れていた草木が春夏になって太陽のあたたかい光を浴びて枝葉や花や実が出てきるようなものである。爾前四十余年のあいだは秋冬の草木のようであった九界の衆生が、法華経の妙の一字という春夏の太陽にあって、菩提心の花が咲いて成仏往生の実がなるのである。このことを竜樹菩薩の大智度論第百には「譬えば大薬師がじょうずに毒を用いて薬とするようなものである」と述べている。この文は、大智度論で法華経の妙の功徳を解釈した文なのである。妙楽大師は弘決に解釈して「爾前経で治し難い衆生をよく治して成仏させる。この理由によって法華経を妙というのである」と述べている。総じて成仏往生のでき難い者に四種類の人がいる。第一は決定性の二乗であり、第二は法華経誹謗の一闡提人であり、第三は外道の空心の者であり、第四は謗法の者である。これらの人々すら法華経においては成仏させたのである。このゆえに法華経を妙というのである。

 

第九章 悪人提婆の成仏を挙げる

 提婆達多は斛飯王の第一の太子、浄飯王にはをひ、阿難尊者がこのかみ、教主釈尊にはいとこ、南閻浮提にかろからざる人なり。須陀比丘を師として出家し、阿難尊者に十八変をならひ、外道の六万蔵・仏の八万蔵を胸にうかべ、五法を行じて殆ど仏よりも尊きけしきなり。両頭を立てゝ破僧罪を犯さんがために象頭山に戒壇を築き、仏弟子を招き取り、阿闍世太子をかたらいて云はく、我は仏を殺して新仏となるべし。太子は父の王を殺して新王となり給へ。阿闍世太子すでに父の王を殺せしかば提婆達多又仏をうかゞい、大石をもちて仏の御身より血をいだし、阿羅漢たる華色比丘尼を打ちころし、五逆の内たる三逆をつぶさにつくる。其の上瞿伽梨尊者を弟子とし、阿闍世王を檀那とたのみ、五天竺十六の大国、五百の中国等の一逆二逆三逆等をつくれる者、皆提婆が一類にあらざる事これなし。譬へば大海の諸河をあつめ、大山の草木をあつめたるがごとし。智慧の者は舎利弗にあつまり、神通の者は目蓮にしたがひ、悪人は提婆にかたらいしなり。されば厚さ十六万八千由旬、其の下に金剛の風輪ある大地すでにわれて、生身に無間大城に堕ちにき。第一の弟子瞿伽梨も又生身に地獄に入る。旃遮婆羅門女もをちにき。波瑠璃王もをちぬ。善星比丘もをちぬ。此等の人々の生身に堕ちしをば五天竺十六の大国・五百の中国・十千の小国の人々も皆これをみる。六欲・四禅・色・無色・梵王・帝釈・第六天の魔王も閻魔法王等も皆御覧ありき。三千大千世界十方法界の衆生も皆聞きしなり。されば大地微塵劫はすぐとも無間大城を出づべからず。劫石はひすらぐとも阿鼻大城の苦はつきじとこそ思ひ合ひたりしに、法華経の提婆品にして、教主釈尊の昔の師天王如来と記し給ふ事こそ不思議にはをぼゆれ。爾前の経々実ならば法華経は大妄語、法華経実ならば爾前の諸経は大虚誑罪なり。提婆が三逆罪を具に犯して、其の外無量の重罪を作りしも天王如来となる。況んや二逆一逆等の諸の悪人の得道疑ひなき事、譬へば大地をかへすに草木等のかへるがごとく、
(★359㌻)
堅石をわる者軟草をわるが如し。故に此の経をば妙と云ふなり。
   提婆達多は斛飯王の第一の太子で、浄飯王は甥に、阿難には兄で、釈迦には従弟にあたり、南閻浮提においては決して軽い身分ではない人である。須陀比丘を師匠として出家し、阿難尊者から十八変の神術を習い、外道の六万蔵、仏の説く八万法蔵を胸にうかべ、五法の修行を行じて、ほとんど仏よりも尊いかにみえたのである。ところが仏と相対立して破僧罪を犯すことを企んで象頭山に戒壇を築き、仏弟子を招き味方にひき入れ、阿闍世太子をかたらっていうには「自分は釈迦を殺して新仏となろう。太子は父の頻婆娑羅王を殺して新王となり給え」と。その後阿闍世太子は父の王を殺したので、提婆達多もまた釈迦を殺そうとつけねらい、あるとき大石をもって釈迦の身体から血を出させた。また阿羅漢である華色比丘尼を打ち殺し、五逆罪のうち三逆罪を犯したのである。そのうえ瞿伽梨を弟子とし、阿闍世王を檀那とたのんで勢いを張ったので、五天竺・十六の大国・五百の中国等の一逆・二逆・三逆罪を作った者は皆ことごとく提婆達多の眷属でない者はなかった。そのありさまは譬えば大海が諸河の水をあつめ、大山の草木をあつめたようなものであった。智慧ある者は智慧第一の舎利弗の下にあつまり、神通力を会得した者は目連に従い、悪人は提婆達多の下にかたらうことになったのである。その結果、厚さ十六万八千由旬もあり、その下には、最も堅い金剛の風輪さえある堅固な大地が裂けて、提婆は生きながら無間大城に堕ちてしまった。第一の弟子瞿伽梨もまた生身のまま地獄に入り、旃遮婆羅門女も地獄へ堕ち、波瑠璃王も善星比丘も堕ちたのである。一方これらの人々が生身のまま地獄に堕ちたのを、五天竺・十六の大国・五百の中国・十千の小国の人々も皆これを見た。六欲天の者も、四禅天の者も、色界の者も、無色界の者も、梵天・帝釈・第六天の魔王も、閻魔法王も皆これを御覧になったのである。三千大千世界の衆生も十方法界の衆生も皆この事件を聞いたのである。したがって、あらゆる人々が「これはどの逆罪を犯した提婆とその一類は、大地微塵劫という長い期間を過ぎても無間大城を出ることができるはずがない。天女の羽衣を磨り削って劫石が削られて薄くなるくらい長い期間が過ぎても阿鼻大城の苦しみは尽きるまい」と思い合っていたところが、法華経の提婆品において「提婆達多は釈尊の昔の師匠・阿私仙人で、未来には成仏して天王如来となるであろう」と授記された事こそ全く不思議なことであった。これを考えてみると、爾前の経々が真実であるならば法華経は大妄語の経であり、法華経が真実であるならば爾前の諸経は大虚誑罪にあたる。しかし法華経の方が真実なのである。提婆達多がつぶさに三逆罪を犯し、そのほかに無量の重罪を作りながらも、天王如来となったのである。まして二逆や一逆罪を犯した諸の悪人の成仏得道は疑いないことは、譬えていえば、大地を覆せば、その上の草木等も覆るように、また堅い石を割ることができる力もちが柔らかい草を破ることなど当然できるのと同じである。ゆえにいっさいの悪人を成仏させるこの法華経の力用を妙というのである。

 

第十章 女人の成仏を明かす

 女人をば内外典に是をそしり、三皇五帝の三墳五典にも諂曲者と定む。されば災ひは三女より起こると云へり。国の亡び人の損ずる源は女人を本とす。内典の中には初成道の大法たる華厳経には「女人は地獄の使ひなり。能く仏の種子を断つ。外面は菩薩に似て内心は夜叉の如し」文。双林最後の大涅槃経には「一切の江河必ず回曲有り。一切の女人必ず諂曲有り」文。又云はく「所有三千界の男子の諸の煩悩合集して一人の女人の業障と為る」等云云。大華厳経の文に「能断仏種子」と説かれて候は、女人は仏になるべき種子をいれり。譬へば大旱魃の時、虚空の中に大雲をこり大雨を大地に下すに、かれたるが如くなる無量無辺の草木花さき菓なる。然りと雖もいりたる種はをひずして、結句雨しげければくちうするが如し。仏は大雲の如く、説教は大雨の如く、かれたるが如くなる草木を一切衆生に譬へたり。仏教の雨に潤ひて五戒・十善・禅定等の功徳を得るは花さき菓なるが如し。雨ふれども、いりたる種のをひずして、かへりてくちうするは、女人の仏教に遇へども、生死をはなれずして、かへりて仏法を失ひ、悪道に堕つるに譬ふ。是を「能断仏種子」とは申すなり。涅槃経の文に、一切の江河のまがれるが如く、女人も又まがれりと説かれたるは、水はやわらかなる物なれば、石山なんどのこわき物にさへられて水の先ひるむゆへに、かしここゝへ行くなり。女人も亦是くの如し。女人の心をば水に譬へたり。心よわくして水の如くなり。道理と思ふ事も男のこわき心に値ひぬればせかれてよしなき方へをもむく。又水にゑがくにとゞまらざるが如し。女人は不信を体とするゆへに、只今さあるべしと見る事も、又しばらくあればあらぬさまになるなり。仏と申すは正直を本とす。故にまがれる女人は仏になるべきにあらず。五障三従と申して五つのさはり三つしたがふ事あり。されば銀色女経には「三世の諸仏の眼は大地に落つとも、女人は仏になるべからず」と説かれ、大論には「清風はとると云ふとも女人の心はとりがたし」と云へり。    女人は仏教でも外道でも典籍においても誹られている。中国の三皇五帝の徳行を記した三墳五典には「女人は諂曲の者」と定めている。故に古くから災いは三女より起こるといわれ、国が滅びる源は女人に根本があるといっている。仏教のなかでは釈迦初成道の大法である華厳経には「女人は地獄の使いであり、よく仏になる種子を断つ、外面は菩薩に似ているが、内心は夜叉のようなものである」といい、雙林最後の大般涅槃経には「いっさいの江河は必ず曲がっている。同様にいっさいの女人も必ず諂曲を懐いている」と説いている。また涅槃経には「あらゆる三千大千世界の男子の諸の煩悩を合集して、一人の女人の業障となっている」と述べている。大華厳経の文に「よく仏になる種子を断つ」と説かれているのは、女人は仏になるべき種子を焦ってしまったという意味である。譬えば大旱魃の時に空中に大雲ができて大雨を大地に降らすと、枯れたようになっていた無量無辺の草木が蘇り、花が咲いて実がなる。しかしながら焦れる種は芽を出さないのみか、結局雨が繁くふれば、腐って無くなってしまうようなものである。この譬えでは、仏は大雲にあたり、説教は大雨、枯れていたような草木は一切衆生に譬えたのである。衆生が、仏教の雨に潤い、五戒・十善戒・禅定などの功徳を修める姿は花が咲き実がなるようなものである。ところがせっかくの慈雨が降っても焦った種子からは芽が出ないばかりかかえって朽ち失せるのは、女人の仏教に巡りあえても生死の果縛を離れず、逆に仏法を失い、悪道に堕ちていくことを譬えたのである。これを「よく仏になる種子を断つ」というのである。涅槃経の文に「いっさいの江河が曲がっているように女人の心もまた曲がっている」と説かれているのは、水はやわらかいものであるから、石や山などの堅い物に遮られて水のさきがひるむために、向こうへこちらへと曲がりくねって流れて行く。女人もまたこれと同じで、女人の心を水に譬えたのである。すなわち、心が弱くて水のようである。これが正しいと思ったことも男の強い心にあってしまうと、塞き止められて、自分の思ってもいない方向へと趣くのである。また水の上になにかを描いても、それが残り止まらないようなものである。女人は不信をもって心の本体とする故に、現在は、こうだと考えていることも、また、しばらくたつと全然ちがった状態に変わってしまうのである。仏は正直をその本体とする故に、曲がる心を持つ女人は仏になることができない。また女人には五障三従といって五つの障りと従わねばならぬ三つのことがある。それゆえ銀色女経には 「三世の諸仏の眼が大地に落ちるというあり得ない事が起ころうとも女人は絶対に仏になることはない」と説かれ、大智度論には「たとえ、吹いている風を捉えることができても女人の心は捉えがたい」といっている。
(★360㌻)
 此くの如く諸経に嫌はれたりし女人を文殊師利菩薩の妙の一字を説き給ひしかば、忽ちに仏になりき。あまりに不審なりし故に、宝浄世界の多宝仏の第一の弟子智積菩薩・釈迦如来の御弟子の智慧第一の舎利弗尊者、四十余年の大小乗経の意をもって竜女の仏になるまじき由を難ぜしかども、終に叶はずして仏になりにき。初成道の「能断仏種子」も双林最後の「一切江河必有回曲」の文も破れぬ。銀色女経並びに大論の亀鏡も空しくなりぬ。又智積・舎利弗は舌を巻き口を閉ぢ、人天大会は歓喜のあまりに掌を合はせたりき。是偏に妙の一字の徳なり。此の南閻浮提の内に二千五百の河あり。一々に皆まがれり。南閻浮提の女人、心のまがれるが如し。但し娑婆耶と申す河あり。縄を引きはえたるが如くして直ちに西海に入る。法華経を信ずる女人も亦復是くの如く、直ちに西方浄土へ入るべし。是妙の一字の徳なり。
   このように諸経に嫌われた女人であるが、文殊師利菩薩が妙法蓮華経の妙の一字を説いたところ八歳の竜女は忽に仏になったのである。あまりに不審である故に宝浄世界に住する多宝仏の第一の弟子智積菩薩と釈迦十大弟子のうち智慧第一の舎利弗尊者が、四十余年の大小乗経の経文の意をもって竜女が成仏するはずがないと論難したけれども、ついに疑難は叶わずに仏になったのである。この事実によって、初成道の時の教えである華厳経の「よく仏の種子を断つ」雙林最後の涅槃経の「いっさいの江河には必ず回曲が有り、女人の心も同じである」の経文は破れてしまった。銀色女経ならびに大智度論の女人不成仏の亀鏡もことごとく空文になってしまった。智積菩薩と舎利弗は舌を巻いて口を閉じ、霊山会に集まった人界・天界の衆生は歓喜のあまり合掌して拝んだ。これ偏に妙法蓮華経の妙の一字の偉大なる徳用によるのである。この南閻浮提のなかには二千五百の河があり、一つ一つことごとく曲がっている。ちょうどに南閻浮提に住む女人の心が曲がっているようなものである。但し娑婆耶という河があり、この河だけは、縄を引いて延ばしたようにまっすぐに西海に流れ込んでいる。法華経を信ずる女人だけはこの河と同じようにまっすぐに西方浄土・すなわち成仏の境涯に入ることができる。これこそ偏に妙法蓮華経の妙の一字の徳用によるのである。 

 

第十一章 妙とは蘇生の義と説く

 妙とは蘇生の義なり。蘇生と申すはよみがへる義なり。譬へば黄鵠の子死せるに、鶴の母子安となけば死せる子還りて活り、鴆鳥水に入らば魚蚌悉く死す。犀の角これにふるれば死せる者皆よみがへるが如く、爾前の経々にて仏種をいりて死せる二乗・闡提・女人等、妙の一字を持ちぬれば、いれる仏種も還りて生ずるが如し。天台云はく「闡提は心有り猶作仏すべし。二乗は智を滅す、心生ずべからず。法華能く治す、復称して妙と為す」云云。妙楽云はく「但大と名づけて妙と名づけざるは、一には有心は治し易く無心は治し難し。治し難きを能く治す、所以に妙と称す」等云云。此等の文の心は、大方広仏華厳経・大集経・大般若経・大涅槃経等は題目に大の字のみありて妙の字なし。但生者を治して死せる者をば治せず。法華経は死せる者をも治す。故に妙と云ふ釈なり。    妙とは蘇生の義である。蘇生とは蘇るということである。譬えば、黄鵠の子が死んだときに鶴の母が子安・子安と鳴くと、死んだ子が蘇つとか、鴆鳥が水に入れば魚介類はことごとく死んでしまうが、その場合、犀の角に触れれば、死んだ魚介類が皆蘇るといわれているのがそれである。同様に、四十余年の爾前の経々で種子を焦って死んだ声聞・縁覚の二乗も一闡提人も、女人も、いずれも妙法蓮華経の妙の一字を受持するならば、焦って死んだ仏種が蘇って芽を生ずるのである。天台は止観の第六に「一闡提の者は心があるゆえにまだ菩提心を起こして仏になる可能性が残っている。爾前では二乗は灰身滅智して身も心も無に帰するので、菩提心の母体である心も生ずることはできない。だが法華経は一闡提人の重病も二乗の病もよく治すのでこの力用を称して妙というのである」と、妙楽は天台のこの釈を敷衍して弘決の第六に「爾前の諸経を、ただ大といって決して妙とは名づけない理由は、一つには有のある者は治しやすく、心のないすなわち死んだ者は実に蘇生し難いものである。だが法華経は、この無心の者さえもよく治す。故に妙と称するのである」と。これらの文の心は大方広仏華厳経・大集経・大品経・大涅槃経等は経題に大の字のみがあって決して妙の字を用いていない。したがって、ただ生きている者を治すが、死んだ者は治せない。法華経は死せる者まで蘇らせるゆえに妙と名づけるのであるとの釈である。

 

第十二章 妙法の具徳を結する

されば諸経にしては仏になるべき者も仏にならず、法華は仏になりがたき者すら尚仏になりぬ。仏になりやすき者は云ふにや及ぶと云ふ道理立ちぬれば、法華経をとかれて後は諸経にをもむく人一人もあるべからず。    それゆえ諸経においては仏になる者でも仏になることができない。それに対して法華経は仏になることが難しい者でさえもなお仏になった。ましてや仏になりやすい者はいうまでもないという道理が成り立つので、法華経が説かれてのちは、いっさいの衆生は、他の諸経に信ずる者が一人もいないのである。

 

第十三章 重ねて女人成仏を説き誡勧する

 而るに正像二千年すぎて末法に入りて当世の衆生の成仏往生のとげがたき事は、在世の二乗・闡提等にも百千万億倍すぎたる衆生の、
(★361㌻)
観経等の四十余年の経々に値ひて生死をはなれんと思ふはいかゞ。はかなしはかなし。女人は在世正像末総じて一切の諸仏の一切経の中に法華経をはなれて仏になるべからざる事を、霊山の聴衆として道場開悟し給へる天台智者大師定めて云はく「他経は但男に記して女に記せず、今経は皆記す」等云云。釈迦如来・多宝仏・十方諸仏の御前にして、摩竭提国王舎城の艮霊鷲山と申す所にて、八箇年の間説き給ひし法華経を智者大師まのあたり聞こしめしけるに、我五十年の一代聖教を説きをく事は皆衆生利益のためなり。但し其の中に四十二年の経々には女人は仏になるべからずと説き、今法華経にして女人の成仏をとくとなのらせ給ひしを、仏滅後一千五百余年に当たりて、霊鷲山より東北十方八千里の山海をへだてゝ摩訶尸那と申す国あり。震旦国是なり。此の国に仏の御使ひとして出世し給ひ、天台智者大師となのりて女人は法華経をはなれて仏になるべからずと定めさせ給ひぬ。
   それなのに仏滅後正像二千年が過ぎて末法に入ったため、現在の衆生が成仏往生を遂げ難いことは釈迦在世の二乗・一闡提よりも百千万億倍すぎているのに、その末法の衆生が現に観無量寿経等の四十余年の爾前権経を頼って生死の果縛を離れようと思いこんでいるのは全くはかないことである。女人は釈迦在世も正像末も、総じていっさいの諸仏の一切経のなかで法華経を離れては絶対に仏になることはできない。霊鷲山の聴衆で、その後中国の光州大蘇山の法華の道場で開悟した天台智者大師は、文句の七で諸経と法華経とを相対し決定して「他経は但男子だけに成仏の記別を説き女人に授記していない。だが法華経において全てに成仏の記別を説いている」といっている。釈迦如来が多宝仏と十方諸仏を前にして、摩竭提国の王舎城の艮・霊鷲山という処で八箇年の間説いた法華経を天台智者大師はまのあたりに聞いたのである。そのとき仏は「自分が五十余年の一代聖教を説き遺すことは皆衆生を利益するためである。但しその中の四十二年の経経では女人は仏になることができない」と説いた。そして「今こそ法華経で女人の成仏を説く」と宣言したのを、仏滅後千五百余年の後に、霊鷲山より東北の方・十万八千里の山や海をへだてて摩訶尸那という国があり、震旦国がこれであるが、この是中国に仏の使いとして出現し、天台智者大師と名乗り、女人は法華経を離れて成仏できないと定められたのである。
 尸那国より三千里へだてゝ東方に国あり、日本国と名づけたり。漢土の天台大師御入滅二百余年と申せしに、此の国に生まれて伝教大師となのらせ給ひて、秀句と申す書を造り給ひしに「能化所化倶に歴劫無し妙法の経力にて即身成仏す」と竜女が成仏を定め置き給へり。而るに当世の女人は即身成仏こそかたからめ、往生極楽は法華を憑まば疑ひなし。譬へば江河の大海に入るよりもたやすく、雨の空より落つるよりもはやくあるべき事なり。    中国より三千里を隔てた東方に国があって日本国と名づけている。天台大師は中国で入滅されてのち二百余年後にまたこの日本に生まれて、伝教大師と名乗られて法華秀句という書を造られた。そしてこのなかに「真実の教法には能化も所化も共に歴劫修行はない。妙法蓮華経の偉大な功徳力によって即身成仏するのである」と竜女の女人成仏を定め置かれたのである。しかしながら現在の世の女人は即身成仏こそ難しいであろうが、臨終のときの往生極楽は法華経の功徳力をたよりとすれば疑いないのである。譬えば江河の流れが大海にそそぐよりもたやすく、また雨が空から降ってくるよりも速やかに成仏できるのである。
 而るに日本国の一切の女人は南無妙法蓮華経とは唱へずして、女人の往生成仏をとげざる双観経等によりて、弥陀の名号を一日に六万返十万返なんどとなうるは、仏の名号なれば巧みなるにはにたれども、女人不成仏不往生の経によれる故に、いたづらに他の財を数えたる女人なり。これひとえに悪知識にたぼらかされたるなり。されば日本国の一切の女人の御かたきは、虎狼よりも、山賊海賊よりも、父母の敵・とわり等よりも、法華経をばをしえずして念仏ををしうるこそ、一切の女人の第一の御かたきなれ。    ところが日本のいっさいの女人は成仏の最直道である南無妙法蓮華経と唱えないで、女人の往生成仏を遂げない無量寿経や観無量寿経などを信じて、阿弥陀仏の名号を一日に六万遍だの十万遍だのと唱えているのは、たしかに阿弥陀であっても仏の名号には違いないから、一見、いかにも善い修行のように見えるけれども、実は女人不成仏・不往生の経によっているのであるから、無駄に他人の財を数えるようなもので自分の身につかない修行をしている女人なのである。これはひとえに女人が悪知識である邪師にたぼらかされているのである。それ故日本国のいっさいの女人の敵は、虎狼よりも、山賊や海賊よりも、父母の敵や夫の妾などよりも、肝心の法華経を教えないで念仏を教える者こそ、いっさいの女人の最も悪い敵ではないか。
 女人の御身としては南無妙法蓮華経と一日に六万十万千万等も唱へて、
(★362㌻)
後に暇あらばと時々は弥陀等の諸仏の名号をも口ずさみなるやうに申し給はんこそ、法華経を信ずる女人にてはあるべきに、当世の女人は一期の間弥陀の名号をばしきりにとなへ、念仏の仏事をばひまなくをこなひ、法華経をばつやつや唱へず供養せず、或はわづかに法華経を持経者によますれども、念仏者をば父母兄弟なんどのやうにをもひなし、持経者をば所従眷属よりもかろくをもへり。かくしてしかも法華経を信ずる由をなのるなり。抑浄徳婦人は二人の太子の出家を許して法華経をひろめさせ、竜女は「我大乗の教を闡いて苦の衆生を度脱せん」とこそ誓ひしが、全く他経計りを行じて此の経を行ぜじとは誓はず。今の女人は偏に他経を行じて法華経を行ずる方をしらず。とくとく心をひるがへすべし。心をひるがへすべし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
     日蓮 花押
  文永三年丙寅正月六日
   南無妙法蓮華経と一日に六万遍・十万遍・千万遍も唱てから後に、もし余暇があるならばときどきは阿弥陀等の諸仏の名号であっても口ずさみのように軽い気持ちでとなえてこそ法華経を信ずる女人のあり方であるのに、当世の女人は一生の間、阿弥陀仏の名号だけをつねに唱えて念仏の仏事を暇なく行ない、法華経をいっこうに唱えず供養もしないありさまである。また、あるいはわずかに法華経を持経者に読ませはするけれども、念仏者の考え方をわが父母や兄弟のように親しみ、大事にして、反対に法華経の持経者に対しては、自分の所従や眷属よりも軽く考えている。それでいながら、それでも法華経を信じていると称しているありさまである。抑も女人成仏の手本である浄徳夫人は、浄蔵・浄眼の二人の太子の出家を許して法華経を弘めさせ、また同じく女人成仏の手本の竜女は「我れ大乗の教えを闡いて、苦の衆生を度脱せん」と誓ったが、二人とも全く法華経以外の経ばかりを修行して、この法華経を修行しないなどとは、誓ってはいない。ところが今の女人は一向に他の諸経だけを修行して、法華経を修行する正しい方法を知らない。これは大変なことである。往生成仏の最直道である法華経を信ずるよう、速やかに心を翻しなさい。翻しなさい。南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。 
    日蓮花押
   文永三年丙寅正月六日 清澄寺に於て未の時に書き畢りました。