妙法蓮華経五百弟子受記品第八

290
爾時富楼那弥多羅尼子。        爾の時に富楼那弥多羅尼子、
従仏聞是。智慧方便。随宜説法。    仏に従いたてまつりて是の智慧方便随宜の説法を聞き、   
又聞授諸大弟子。           又諸の大弟子に、
阿耨多羅三藐三菩提記。        阿耨多羅三藐三菩提の記を授けたもうを聞き、
復聞宿世。因縁之事。         復宿世因縁の事を聞き、
復聞諸仏。有大自在。神通之力。    復諸仏の、大自在神通の力有すことを聞きたてまつりて、
得未曽有。心浄踊躍。         未曽有なることを得、心浄く踊躍し、
即従座起。到於仏前。頭面礼足。    即ち座より起って仏前に到り、頭面に足を礼して、 
却住一面。瞻仰尊顔。         却って一面に住し、尊顔を瞻仰して、
目不暫捨。而作是念。         目暫くも捨てず、而も是の念を作さく、

291
世尊甚奇特。所為希有。         世尊は甚だ奇特にして、所為希有なり。
随順世間。若干種性。以方便知見。    世間若干の種性に随順して、方便知見を以て、
而為説法。抜出衆生。処処貪著。     為に法を説いて、衆生の処処の貪著を抜出したもう。
我等於仏功徳。言不能宣。        我等、仏の功徳に於て、言をもって宣ぶること能わず。
唯仏世尊。能知我等。深心本願。     唯仏世尊のみ、能く我等が深心の本願を知ろしめせり。
爾時仏告。諸比丘。          爾の時に、仏諸の比丘に告げたまわく、
汝等見是。富楼那弥多羅尼子不。     汝等、是の富楼那弥多羅尼子を見るや不や。
我常称其。於説法人中。最為第一。    我常に其を説法人の中に於て、最も為れ第一なりと称し、
亦常歎其。種種功徳。          亦常に其の種種の功徳を歎ず。
精勤護持。助宣我法。能於四衆。     精勤して我が法を護持し助宣し、能く四衆に於て、
示教利喜。具足解釈。仏之正法。     示教利喜し、具足して仏の正法を解釈して、
而大饒益。同梵行者。自捨如来。     大いに同梵行者を饒益す。如来を捨いてよりは、  
無能尽其。言論之弁。          能く其の言論の弁を尽すもの無けん。
汝等勿謂。富楼那。           汝等、富楼那は、
但能護持。助宣我法。          但能く我が法を護持し、助宣すと謂うこと勿れ。  

292
亦於過去。九十億諸仏所。        亦、過去九十億の諸仏の所に於ても、
護持助宣。仏之正法。          仏の正法を護持し、助宣し、
於彼説法人中。亦最第一。        彼の説法人の中に於ても、亦最も第一なりき。
又於諸仏。所説空法。明了通達。     又、諸仏所説の空法に於て、明了に通達し、
得四無礙智。常能審諦。         四無礙智を得て、常に能く審諦に、
清浄説法。無有疑惑。          清浄に法を説いて、疑惑有ること無く、
具足菩薩。神通之力。          菩薩神通の力を具足し、    
随其寿命。常修梵行。          其の寿命に随って、常に梵行を修しき。
彼仏世人。咸皆謂之。実是声聞。     彼の仏世の人、咸く皆、之を実に是れ声聞なりと謂えり。 
而富楼那。以斯方便。          而も富楼那は、斯の方便を以て、
饒益無量。百千衆生。          無量百千の衆生を饒益し、 
又化無量。阿僧祇人。          又、無量阿僧祇の人を化して、
令立阿耨多羅三藐三菩提。        阿耨多羅三藐三菩提を立てしむ。
為浄仏土故。常作仏事。教化衆生。    仏土を浄めんが為の故に、常に仏事を作し衆生を教化しき。
諸比丘。富楼那。亦於七仏。説法人中。  諸の比丘、富楼那は亦、七仏の説法人の中に於て、
而得第一。今於我所。          第一なることを得、今我が所の、

293
説法人中。亦為第一。          説法人の中に於ても、亦為れ第一なり。
於賢劫中。当来諸仏。説法人中。     賢劫の中、当来の諸仏の説法人の中に於ても、
亦復第一。而皆護持。助宣仏法。     亦復第一にして、皆仏法を護持し、助宣せん。
亦於未来。護持助宣。無量無辺。     亦未来に於ても、無量無辺の諸仏の法を護持し、助宣し、 
諸仏之法。教化饒益。無量衆生。     無量の衆生を教化し、饒益して、
令立阿耨多羅三藐三菩提。        阿耨多羅三藐三菩提を立てしめん。
為浄仏土故。常勤精進。教化衆生。    仏土を浄めんが為の故に、常に勤め精進し、衆生を教化せん。
漸漸具足。菩薩之道。          漸漸に菩薩の道を具足して、
過無量。阿僧祇劫。           無量阿僧祇劫を過ぎて、 
当於此土。得阿耨多羅三藐三菩提。    当に此の土に於て、阿耨多羅三藐三菩提を得べし。
号曰法明如来。応供。正遍知。      号を法明如来・応供・正遍知・
明行足。善逝。世間解。無上士。     明行足・善逝・世間解・無上士・
調御丈夫。天人師。仏世尊。       調御丈夫・天人師・仏世尊と曰わん。  

294
其仏以恒河沙等。三千大千世界。     其の仏、恒河沙等の三千大千世界を以て、
為一仏土。七宝為地。          一仏土と為し、七宝を地と為し、
地平如掌。               地の平かなること、掌の如くにして、
無有山陵。谿澗溝壑。          山陵、谿澗、溝壑有ること無けん。
七宝台観。充満其中。          七宝の台観、其の中に充満し、
諸天宮殿。近処虚空。          諸天の宮殿、近く虚空に処し、
人天交接。両得相見。          人、天交接して、両つながら相見ることを得ん。 
無諸悪道。亦無女人。          諸の悪道無く、亦女人無くして、
一切衆生。皆以化生。無有婬欲。     一切衆生、皆以て化生し、婬欲有ること無けん。  
得大神通。身出光明。飛行自在。     大神通を得て、身より光明を出し、飛行自在ならん。
志念堅固。精進智慧。          志念堅固に、精進、智慧あって、 
普皆金色。三十二相。而自荘厳。     普く皆金色に、三十二相をもって自ら荘厳せん。
其国衆生。常以二食。          其の国の衆生は、常に二食を以てせん。
一者法喜食。二者禅悦食。        一には法喜食、二には禅悦食なり。
有無量阿僧祇。千万億那由他。      無量阿僧祇千万億那由他の
諸菩薩衆。得大神通。四無礙智。     諸の菩薩衆有り、大神通、四無礙智を得て、

295
善能教化。衆生之類。          善能く衆生の類を教化せん。
其声聞衆。算数校計。所不能知。     其の声聞衆は、算数校計すとも知ること能わざる所ならん。
皆得具足。六通三明。及八解脱。     皆六通、三明、及び八解脱を具足することを得ん。
其仏国土。有如是等。          其の仏の国土は、是の如き等の
無量功徳。荘厳成就。          無量の功徳有って、荘厳し成就せん。
劫名宝明。国名善浄。          劫を宝明と名づけ、国を善浄と名づけん。
其仏寿命。無量阿僧祇劫。        其の仏の寿命、無量阿僧祇劫にして、
法住甚久。仏滅度後。          法住すること、甚だ久しからん。仏の滅度の後、 
起七宝塔。遍満其国。          七宝の塔を起てて、其の国に遍満せん。
爾時世尊。欲重宣此義。        爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、
而説偈言               偈を説いて言わく、
 諸比丘諦聴 仏子所行道        諸の比丘諦かに聴け 仏子所行の道は
 善学方便故 不可得思議        善く方便を学せるが故に 思議すること得べからず
 知衆楽小法 而畏於大智        衆小法を楽って 大智を畏るることを知れり
 是故諸菩薩 作声聞縁覚        是の故に諸の菩薩 声聞縁覚と作り

296
 以無数方便 化諸衆生類        無数の方便を以て 諸の衆生類を化して
 自説是声聞 去仏道甚遠        自ら是れ声聞なり 仏道を去ること甚だ遠しと説く
 度脱無量衆 皆悉得成就        無量の衆を度脱して 皆悉く成就することを得せしむ
 雖小欲懈怠 漸当令作仏        小欲懈怠なりと雖も 漸く当に作仏せしむべし
 内秘菩薩行 外現是声聞        内に菩薩の行を秘し 外に是れ声聞なりと現ず
 少欲厭生死 実自浄仏土        小欲にして生死を厭えども 実には自ら仏土を浄む
 示衆有三毒 又現邪見相        衆に三毒有りと示し 又邪見の相を現ず
 我弟子如是 方便度衆生        我が弟子是の如く 方便して衆生を度す
 若我具足説 種種現化事        若し我具足して 種種の現化の事を説かば
 衆生聞是者 心則懐疑惑        衆生の是を聞かん者 心に則ち疑惑を懐かん
 今此富楼那 於昔千億仏        今此の富楼那は 昔の千億の仏に於て
 勤修所行道 宣護諸仏法        所行の道を勤修し 諸仏の法を宣護し

297
 為求無上慧 而於諸仏所        無上慧を求めんが為に 諸仏の所に於て
 現居弟子上 多聞有智慧        弟子の上に居し 多聞にして智慧有りと現じ
 所説無所畏 能令衆歓喜        所説畏るる所無くして 能く衆をして歓喜せしめ
 未曽有疲倦 而以助仏事        末だ曽て疲倦有らずして 以て仏事を助く
 已度大神通 具四無礙慧        已に大神通に度り 四無礙慧を具し
 知衆根利鈍 常説清浄法        衆根の利鈍を知って 常に清浄の法を説き
 演暢如是義 教諸千億衆        是の如き義を演暢して 諸の千億の衆を教え
 令住大乗法 而自浄仏土        大乗の法に住せしめて 自ら仏土を浄め
 末来亦供養 無量無数仏        末来にも亦 無量無数の仏を供養し
 護助宣正法 亦自浄仏土        正法を護り助宣して 亦自ら仏土を浄め
 常以諸方便 説法無所畏        常に諸の方便を以て 法を説くに畏るる所無く
 度不可計衆 成就一切智        不可計の衆を度して 一切智を成就せしめん

298
 供養諸如来 護持法宝蔵        諸の如来を供養し 法の宝蔵を護持して
 其後得成仏 号名曰法明        其の後に成仏することを得ん 号を名づけて法明と曰わん
 其国名善浄 七宝所合成        其の国を善浄と名づけ 七宝の合成せる所ならん
 劫名為宝明 菩薩衆甚多        劫を名づけて宝明と為ん 菩薩衆甚だ多く
 其数無量億 皆度大神通        其の数無量億にして 皆大神通に度り
 威徳力具足 充満其国土        威徳力具足して 其の国土に充満せん
 声聞亦無数 三明八解脱        声聞亦無数にして 三明八解脱あって
 得四無礙智 以是等為僧        四無礙智を得たる 是等を以て僧と為ん
 其国諸衆生 婬欲皆已断        其の国の諸の衆生は 婬欲皆已に断じ
 純一変化生 具相荘厳身        純一に変化生にして 相を具し身を荘厳せん
 法喜禅悦食 更無余食想        法喜禅悦食にして 更に余の食想無けん
 無有諸女人 亦無諸悪道        諸の女人有ること無く 亦諸の悪道無けん

299
 富楼那比丘 功徳悉成満        富楼那比丘 功徳悉く成満して
 当得斯浄土 賢聖衆甚多        当に斯の浄土の 賢聖の衆甚だ多きを得べし
 如是無量事 我今但略説        是の如き無量の事 我今但略して説く
爾時千二百阿羅漢。心自在者。     爾の時に、千二百の阿羅漢の心自在なる者、
作是念。               是の念を作さく、
我等歓喜。得未曽有。          我等、歓喜して、未曽有なることを得つ。
若世尊。各見授記。           若し世尊、各授記せらるること、           
如余大弟子者。不亦快乎。        余の大弟子の如くならば、亦快からざらんや。  
仏知此等。心之所念。告摩訶迦葉。   仏、此等の心の所念を知ろしめして、摩訶迦葉に告げたまわく、
是千二百阿羅漢。我今当現前。      是の千二百の阿羅漢に、我今、当に現前に、
次第与授。阿耨多羅三藐三菩提記。    次第に阿耨多羅三藐三菩提の記を与え授くべし。
於此衆中。我大弟子。憍陳如比丘。    此の衆の中に於て、我が大弟子憍陳如比丘、
当供養。六万二千億仏。         当に六万二千億の仏を供養し、 
然後得成為仏。             然して後に、成して仏に為ることを得べし。

300
号曰普明如来。応供。正遍知。      号を普明如来、応供、正遍知、 
明行足。善逝。世間解。無上士。     明行足、善逝、世間解、無上士、  
調御丈夫。天人師。仏世尊。       調御丈夫、天人師、仏世尊と曰わん。
其五百阿羅漢。優楼頻螺迦葉。      其の五百の阿羅漢、優楼頻螺迦葉、 
伽耶迦葉。那提迦葉。迦留陀夷。     伽耶迦葉、那提迦葉、迦留陀夷、
優陀夷。阿㝹樓駄。離婆多。       優陀夷、阿㝹楼駄、離婆多、
劫賓那。薄拘羅。周陀。莎伽陀等。    劫賓那、薄拘羅、周陀、莎伽陀等、
皆当得阿耨多羅三藐三菩提。       皆、当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。
尽同一号。名曰普明。          尽く同じく一号にして、名づけて普明と曰わん。
爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言    爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
 憍陳如比丘 当見無量仏        憍陳如比丘 当に無量の仏を見たてまつりて
 過阿僧祇劫 乃成等正覚        阿僧祇劫を過ぎて 乃ち等正覚を成ずべし
 常放大光明 具足諸神通        常に大光明を放ち 諸神通を具足し

301
 名聞遍十方 一切之所敬        名聞十方に遍じ 一切の敬う所として
 常説無上道 故号為普明        常に無上道を説かん 故に号けて普明と為ん
 其国土清浄 菩薩皆勇猛        其の国土清浄にして 菩薩皆勇猛ならん
 咸昇妙楼閣 遊諸十方国        咸く妙楼閣に昇って 諸の十方の国に遊び
 以無上供具 奉献於諸仏        無上の供具を以て 諸仏に奉献せん
 作是供養已 心懐大歓喜        是の供養を作し已って 心に大歓喜を懐き
 須臾還本国 有如是神力        須臾に本国に還らん 是の如き神力有らん
 仏寿六万劫 正法住倍寿        仏の寿大万劫ならん 正法住すること寿に倍し
 像法復倍是 法滅天人憂        像法も復是に倍せん 法滅せば天人憂えん
 其五百比丘 次第当作仏        其の五百の比丘 次第に当に作仏すべし
 同号曰普明 転次而授記        同じく号けて普明と曰い 転次して授記せん
 我滅度之後 某甲当作仏        我が滅度の後に 某甲当に作仏すべし

302
 其所化世間 亦如我今日        其の所化の世間 亦我が今日の如くならん
 国土之厳浄 及諸神通力        国土の厳浄 及び諸の神通力
 菩薩声聞衆 正法及像法        菩薩声聞衆 正法及び像法
 寿命劫多少 皆如上所説        寿命劫の多少 皆上の所説の如くならん
 迦葉汝已知 五百自在者        迦葉汝已に 五百の自在者を知りぬ
 余諸声聞衆 亦当復如是        余の諸の声聞衆も 亦当に復是の如くなるべし
 其不在此会 汝当為宣説        其れ此の会に在らざるには 汝当に為に宣説すべし
爾時五百阿羅漢。於仏前。       爾の時に五百の阿羅漢、仏前に於て、
得受記已。歓喜踊躍。         受記を得已って歓喜踊躍す。
即従座起。到於仏前。         即ち座より起って仏前に到り、 
頭面礼足。悔過自責。         頭面に足を礼し、過を悔いて自ら責む。
世尊。我等常作是念。         世尊、我等常に是の念を作して、
自謂已得。究竟滅度。         自ら已に究竟の滅度を得たりと謂いき。

303
今乃知之。如無智者。所以者何。    今乃ち之を知りぬ。無智の者の如し。所以は何ん。
我等応得。如来智慧。         我等、応に如来の智慧を得べかりき。
而便自以。小智為足。         而るを便ち自ら小智を以て足れりと為しき。
世尊。譬如有人。           世尊、譬えば人有り。
至親友家。酔酒而臥。         親友の家に至って、酒に酔いて臥せるが如し。 
是時親友。官事当行。         是の時に、親友、官事の当に行くべきあって、
以無価宝珠。繋其衣裏。与之而去。   無価の宝珠を以て、其の衣の裏に繋け、之を与えて去りぬ。
其人酔臥。都不覚知。         其の人酔い臥して、都て覚知せず。
起已遊行。到於他国。         起き已って遊行し、他国に到りぬ。 
為衣食故。勤力求索。甚大艱難。    衣食の為の故に、勤力して求索すること、甚だ大いに艱難なり。
若少有所得。便以為足。        若し少し得る所有れば、便ち以て足りぬと為す。
於後親友。会遇見之。而作是言。    後に親友会い遇いて、之を見て是の言を作さく、
咄哉。丈夫。              咄哉、丈夫。
何為衣食。乃至如是。          何ぞ衣食の為に、乃ち是の如くなるに至る。
我昔欲令。汝得安楽。          我昔、汝をして安楽なることを得、

304
五欲自恣。於某年日月。         五欲に自ら恣ならしめんと欲して、某の年日月に於て、
以無価宝珠。繋汝衣裏。今故現在。    無価の宝珠を以て、汝が衣の裏に繋けぬ。今故、現に在り。
而汝不知。勤苦憂悩。          而るを汝知らずして勤苦、憂悩して、
以求自活。甚為癡也。          以て自活を求むること、甚だ為れ癡なり。
汝今可以此宝。貿易所須。        汝今、此の宝を以て所須に貿易すべし。 
常可如意。無所乏短。          常に意の如く、乏短なる所無かるべし。
仏亦如是。為菩薩時。         仏も亦是の如し。菩薩為りし時、
教化我等。令発一切智心。       我等を教化して、一切智の心を発さしめたまいき。 
而尋廃忘。不知不覚。         而るを尋いで廃忘して知らず覚らず。
既得阿羅漢道。自謂滅度。       既に阿羅漢道を得て、自ら滅度せりと謂い、
資生艱難。得小為足。         資生艱難にして、少しきを得て足りぬと為す。
一切智願。猶在不失。         一切智の願、猶在って失せず。  
今者世尊。覚悟我等。作如是言。    今者世尊、我等を覚悟して、是の如き言を作したまわく、
諸比丘。汝等所得。非究竟滅。      諸の比丘、汝等が得たる所は、究竟の滅に非ず。

305
我久令汝等。種仏善根。         我は久しく汝等をして仏の善根を種えしめたれども、
以方便故。示涅槃相。          方便を以ての故に涅槃の相を示す。
而汝謂為。実得滅度。          而るを汝、為れ実に滅度を得たりと謂えり。
世尊。我今乃知。実是菩薩。       世尊、我今乃ち知んぬ。実に是れ菩薩なり。
得授阿耨多羅三藐三菩提記。       阿耨多羅三藐三菩提の記を授けたもうことを得つ。  
以是因縁。甚大歓喜。得未曽有。     是の因縁を以て、甚だ大いに歓喜して、未曽有なることを得たり。
爾時阿若憍陳如等。欲重宣此義。    爾の時に阿若憍陳如等、重ねて此の義を宣べんと欲して、
而説偈言               偈を説いて言さく、
 我等聞無上 安穏授記声        我等無上 安穏の授記の声を聞きたてまつり
 歓喜未曽有 礼無量智仏        未曽有なりと歓喜して 無量智の仏を礼したてまつる
 今於世尊前 自悔諸過咎        今世尊の前に於て 自ら諸の過咎を悔い
 於無量仏宝 得少涅槃分        無量の仏宝に於て 少しき涅槃の分を得

306
 如無智愚人 便自以為足        無智の愚人の如くして 便ち自ら以て足れりと為しき
 譬如貧窮人 往至親友家        譬えば貧窮の人 親友の家に往き至るが如し
 其家甚大富 具設諸肴膳        其の家甚だ大いに富んで 具に諸の肴膳を設け
 以無価宝珠 繋著内衣裏        無価の宝珠を以て 内衣の裏に繋著し
 黙与而捨去 時臥不覚知        黙し与えて捨て去りぬ 時に臥して覚知せず
 是人既已起 遊行詣他国        是の人既已に起きて 遊行して他国に詣り
 求衣食自済 資生甚艱難        衣食を求めて自ら済り 資生甚だ艱難にして
 得少便為足 更不願好者        少しきを得て便ち足りぬと為して 更に好き者を願わず
 不覚内衣裏 有無価宝珠        内衣の裏に 無価の宝珠有ることを覚らず
 与珠之親友 後見此貧人        珠を与えし親友 後に此の貧人を見て
 苦切責之已 示以所繋珠        苦切に之を責め已って 示すに繋けし所の珠を以てす
 貧人見此珠 其心大歓喜        貧人此の珠を見て 其の心大いに歓喜し

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 富有諸財物 五欲而自恣        富んで諸の財物有って 五欲に而も自ら恣にす
 我等亦如是 世尊於長夜        我等も亦是の如し 世等長夜に於て
 常愍見教化 令種無上願        常に愍れんで教化せられ 無上の願を種えしめたまえり
 我等無智故 不覚亦不知        我等無智なるが故に 覚らず亦知らず
 得少涅槃分 自足不求余        少しき涅槃の分を得て 自ら足りぬとして余を求めず
 今仏覚悟我 言非実滅度        今仏我を覚悟して 実の滅度に非ず
 得仏無上慧 爾乃為真滅        仏の無上慧を得て 爾して乃ち為れ真の滅なりと言う
 我今従仏聞 授記荘厳事        我今仏に従って 授記荘厳の事
 及転次受決 身心遍歓喜        及び転次に受決せんことを聞きたてまつりて 身心遍く歓喜す