128
爾時舎利弗。踊躍歓喜。即起合掌。 爾の時に舎利弗、踊躍歓喜して、即ち起って合掌し、
瞻仰尊顔。而白仏言。 尊顔を瞻仰して、仏に白して言さく、
今従世尊。聞此法音。心懐踊躍。 今世尊に従いたてまつりて、此の法音を聞いて心に踊躍を懐き、
得未曽有。所以者何。 未曽有なることを得たり。所以は何ん。
我昔従仏。聞如是法。 我昔、仏に従いたてまつりて、是の如き法を聞き、
見諸菩薩。受記作仏。而我等不予斯事。 諸の菩薩の受記作仏を見しかども、而も我等は斯の事に予らず。
甚自感傷。失於如来。無量知見。 甚だ自ら、如来の無量の知見を失えることを感傷しき。
世尊。我常独処。山林樹下。 世尊、我常に独山林樹下に処して、
若坐若行。毎作是念。 若しは坐し若しは行じて、毎に是の念を作しき。
我等同入法性。云何如来。 我等も同じく法性に入れり。
以小乗法。而見済度。 云何ぞ如来は、小乗の法を以て済度せらると。
129
是我等咎。非世尊也。所以者何。 是れ我等が咎なり。世尊には非ず。所以は何ん。
若我等待説所因。 若し我等、所因の
成就阿耨多羅三藐三菩提者。 阿耨多羅三藐三菩提を成就することを説きたもうを待たば、
必以大乗。両得度脱。 必ず大乗を以て度脱せらるることを得ん。
然我等不解方便。随宜所説。 然るに我等、方便随宜の所説を解せずして、
初聞仏法。遇便信受。思惟取証。 初め仏法を聞いて、遇便ち信受し、思惟して証を取れり。
世尊。我従昔来。終日竟夜。毎自剋責。 世尊、我昔より来、終日竟夜、毎に自ら剋責しき。
而今従仏。聞所未聞。 而るに今、仏に従いたてまつりて、未だ聞かざる所の
未曽有法。断諸疑悔。自意泰然。 未曽有の法を聞いて、諸の疑悔を断じ、身意泰然として、
快得安穏。今日乃知。真是仏子。 快く安穏なることを得たり、今日乃ち知んぬ。真に是れ仏子なり。
従仏口生。従法化生。得仏法分。 仏口より生じ、法の化より生じて、仏法の分を得たり。
130
爾時舎利弗。欲重宣此義。而説偈言 爾の時に舎利弗、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言さく、
我聞是法音 得所未曽有 我是の法音を聞いて 未曽有なる所を得て
心懐大歓喜 疑網皆已除 心に大歓喜を懐き 疑網皆已に除こりぬ
昔来蒙仏教 不失於大乗 昔より来仏の教を蒙って 大乗を失わず
仏音甚希有 能除衆生悩 仏の音は甚だ希有にして 能く衆生の悩を除きたもう
我已得漏尽 聞亦除憂悩 我已に漏尽を得れども 聞いて亦憂悩を除く
我処於山谷 或在林樹下 我山谷に処し 或は林樹の下に在って
若坐若経行 常思惟是事 若しは坐し若しは径行して 常に是の事を思惟し
嗚呼深自責 云何而白欺 嗚呼して深く自ら責めき 云何ぞ而も自ら欺ける
我等亦仏子 同入無漏法 我等も亦仏子にして 同じく無漏の法に入れども
不能於未来 演説無上道 未来に 無上道を演説すること能わず
金色三十二 十力諸解脱 金色三十二 十力諸の解脱
131
同共一法中 而不得此事 同じく共に一法の中にして 此の事を得ず
八十種妙好 十八不共法 八十種の妙好 十八不共の法
如是等功徳 而我皆已失 是の如き等の功徳 而も我皆已に失えり
我独経行時 見仏在大衆 我独経行せし時 仏大衆に在して
名聞満十方 広饒益衆生 名聞十方に満ち 広く衆生を饒益したもうを見て
自惟失此利 我為自欺誑 自ら惟わく此の利を失えり 我為れ自ら欺誑せりと
我常於日夜 毎思惟是事 我常に日夜に 毎に是の事を思惟して
欲以問世尊 為失為不失 以て世尊に問いたてまつらんと欲す 失えると為すや失わずと為すや
我常見世尊 称讃諸菩薩 我常に世尊を見たてまつるに 諸の菩薩を称讃したもう
以是於日夜 籌量如此事 是を以て日夜に 此の如き事を籌量しき
今聞仏音声 随宜而説法 今仏の音声を聞きたてまつるに 宜しきに随って法を説きたまえり
無漏難思議 合衆至道場 無漏は思議し難し 衆をして道場に至らしむ
132
我本著邪見 為諸梵志師 我本邪見に著して 諸の梵志の師と為りき
世尊知我心 抜邪説涅槃 世尊我が心を知ろしめして 邪を抜き涅槃を説きたまいしかば
我悉除邪見 於空法得証 我悉く邪見を除いて 空法に於て証を得たり
爾時心自謂 得至於滅度 爾の時に心に自ら謂いき 滅度に至ることを得たりと
而今乃自覚 非是実滅度 而るに今乃ち自ら覚りぬ 是れ実の滅度に非ず
若得作仏時 具三十二相 若し作仏することを得ん時は 三十二相を具し
天人夜叉衆 龍神等恭敬 天人夜叉衆 龍神等恭敬せん
是時乃可謂 永尽滅無余 是の時乃ち謂うべし 永く尽滅して余無しと
仏於大衆中 説我当作仏 仏大衆の中に於て 我当に作仏すべしと説きたもう
聞如是法音 疑悔悉已除 是の如きの法音を聞きたてまつりて 疑悔悉く已に除りぬ
初聞仏所説 心中大驚疑 初め仏の所説を聞いて 心中大いに驚疑しき
将非魔作仏 悩乱我心耶 将に魔の仏と作って 我が心を悩乱するに非ずやと
133
仏以種種縁 譬喩巧言説 仏種種の縁 譬喩を以て巧みに言説したもう
其心安如海 我聞疑網断 其の心安きこと海の如し 我聞いて疑網断じぬ
仏説過去世 無量滅度仏 仏説きたまわく過去世の 無量の滅度の仏も
安住方便中 亦皆説是法 方便の中に安住して 亦皆是の法を説きたまえり
現在未来仏 其数無有量 現在未来の仏 其の数量り有ること無きも
亦以諸方便 演説如是法 亦諸の方便を以て 是の如き法を演説したもう
如今者世尊 従生及出家 今者の世尊の如きも 生じたまいしより及び出家し
得道転法輪 亦以方便説 得道し法輪を転じたもうまで 亦方便を以て説きたもう
世尊説実道 波旬無此事 世尊は実道を説きたもう 波旬は此の事無し
以是我定知 非是魔作仏 是を以て我定めて知りぬ 是れ魔の仏と作るには非ず
我堕疑網故 謂是魔所為 我疑網に堕するが故に 是れ魔の所為と謂えり
聞仏柔軟音 深遠甚微妙 仏の柔軟の音を聞きたてまつるに 深遠にして甚だ微妙なり
134
演暢清浄法 我心大歓喜 清浄の法を演暢したもうをもって 我が心太いに歓喜し
疑悔永已尽 安住実智中 疑悔永く已に尽き 実智の中に安住す
我定当作仏 為天人所敬 我定めて当に作仏して 天人に敬わるることを為
転無上法輪 教化諸菩薩 無上の法輪を転じて 諸の菩薩を教化すべし
爾時仏告舎利弗。 爾の時に仏、舎利弗に告げたまわく、
吾今於天。人。沙門。婆羅門等。 吾今、天、人、沙門、婆羅門等の
大衆中説。我昔曽於。二万億仏所。 大衆の中に於て説く。我昔曽て二万億の仏の所に於て、
為無上道故。常教化汝。 無上道の為の故に、常に汝を教化す。
汝亦長夜。随我受学。 汝亦、長夜に我に随って受学しき。
我以方便。引導汝故。生我法中。 我方便を以て、汝を引導せしが故に、我が法の中に生ぜり。
舎利弗。我昔教汝。志願仏道。 舎利弗、我昔、汝をして仏道を志願せしめき、
汝今悉忘。而便自謂。己得滅度。 汝今悉く忘れて、便ち自ら已に滅度を得たりと謂えり。
我今還欲。令汝憶念。本願所行道故。 我今還って、汝をして本願所行の道を憶念せしめんと欲するが故に、
135
為諸声聞。説是大乗経。名妙法蓮華。 諸の声聞の為に、是の大乗経の妙法蓮華・
教菩薩法。仏所護念。 教菩薩法・仏所護念と名づくるを説くなり。
舎利弗。汝於未来世。 舎利弗、汝未来世に於て、
過無量無辺。不可思議劫。 無量無辺不可思議劫を過ぎて、
供養若干。千万億仏。奉持正法。 若干千万億の仏を供養し、正法を奉持し、
具足菩薩。所行之道。当得作仏。 菩薩所行の道を具足して、当に作仏することを得べし。
号曰華光如来。応供。正遍知。明行足。 号を華光如来・応供・正遍知・明行足・
善逝。世間解。無上士。調御丈夫。 善逝・世間解・無上士・調御丈夫・
天人師。仏世尊。国名離垢。 天人師・仏世尊と曰い、国を離垢と名づけん。
其土平正。清浄厳飾。安穏豊楽。 其の土平正、清浄厳飾、安穏豊楽にして、
天人熾盛。瑠璃為地。有八交道。 天、人熾盛ならん。瑠璃を地と為して、八つの交道有り、
黄金為縄。以界其側。 黄金を縄と為して、以て其の側を界い、
136
其傍各有。七宝行樹。常有華菓。 其の傍に各、七宝の行樹有って、常に華菓有らん。
華光如来。亦以三乗。教化衆生。 華光如来、亦三乗を以て衆生を教化せん。
舎利弗。彼仏出時。雖非悪世。 舎利弗、彼の仏出でたまわん時は、悪世に非ずと雖も、
以本願故。説三乗法。 本願を以ての故に、三乗の法を説かん。
其劫名大宝荘厳。 其の劫を大宝荘厳と名づけん。
何故名曰。大宝荘厳。 何が故に、名づけて大宝荘厳と曰う。
其国中。以菩薩。為大宝故。 其の国の中には、菩薩を以て大宝と為すが故なり。
彼諸菩薩。無量無辺。不可思議。 彼の諸の菩薩、無量無辺不可思議にして、
算数譬喩。所不能及。 算数譬喩も及ぶこと能わざる所ならん。
非仏智力。無能知者。 仏の智力に非ずんば、能く知る皆無けん。
若欲行時。宝華承足。 若し行かんと欲する時には、宝華足を承く。
此諸菩薩。非初発意。 此の諸の菩薩は、初めで意を発せるに非ず。
皆久殖徳本。於無量百千万億仏所。 皆、久しく徳本を殖えて、無量百千万億の仏の所に於て、
浄修梵行。恒為諸仏。之所称歎。 浄く梵行を修し、恒に諸仏の称歎する所と為り、
常修仏慧。具大神通。 常に仏慧を修し、大神通を具し、
137
善知一切。諸法之門。 善く一切の諸法の門を知り、
質直無偽。志念堅固。 質直無偽にして、志念堅固ならん。
如是菩薩。充満其国。 是の如き菩薩、其の国に充満せん。
舎利弗。華光仏寿。十二小劫。 舎利弗、華光仏は寿、十二小劫ならん。
除為王子。未作仏時。 王子と為りて、未だ作仏せざる時をば除く。
其国人民。寿八小劫。 其の国の人民は、寿八小劫ならん。
華光如来。過十二小劫。 華光如来十二小劫を過ぎて、
授堅満菩薩。阿耨多羅三藐三菩提。記。 堅満菩薩に阿耨多羅三藐三菩提の記を授け、
告諸比丘。 諸の比丘に告げん。
是堅満菩薩。次当作仏。 是の堅満菩薩、次に当に作仏すべし。
号曰華足安行。多陀阿伽度。阿羅訶。 号を華足安行・多陀阿伽度・阿羅訶・
三藐三仏陀。其仏国土。亦復如是。 三藐三仏陀と曰わん。其の仏の国土も、亦復是の如くならん。
舎利弗。是華光仏。滅度之後。 舎利弗、是の華光仏の滅度の後、
正法住世。三十二小劫。 正法世に住すること三十二小劫、
像法住世。亦三十二小劫。 像法世に住すること、亦三十二小劫ならん。
138
爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言 爾の時に世尊、重ねて此の義を宣へんど欲して、偈を説いて言わく、
舎利弗来世 成仏普智尊 舎利弗来世に 仏普智尊と成って
号名曰華光 当度無量衆 号を名づけて華光と曰わん 当に無量の衆を度すべし
供養無数仏 具足菩薩行 無数の仏を供養し 菩薩の行
十力等功徳 証於無上道 十力等の功徳を具足して 無上道を証せん
過無量劫已 劫名大宝厳 無量劫を過ぎ己って 劫を大宝厳と名づけ
世界名離垢 清浄無瑕穢 世界を離垢と名づけん 清浄にして瑕穢無く
以瑠璃為地 金縄界其道 瑠璃を以て地と為し 金縄其の道を界い
七宝雑色樹 常有華菓実 七宝の雑色の樹に 常に華菓実有らん
彼国諸菩薩 志念常堅固 彼の国の諸の菩薩 志念常に堅固にして
神通波羅蜜 皆已悉具足 神通波羅蜜 皆已に悉く具足し
於無数仏所 善学菩薩道 無数の仏の所に於て 善く菩薩の道を学せん
139
如是等大士 華光仏所化 是の如き等の大士 華光仏の所化ならん
仏為王子時 棄国捨世栄 仏王子為らん時 国を棄て世の栄を捨てて
於最末後身 出家成仏道 最末後の身に於て 出家して仏道を成ぜん
華光仏住世 寿十二小劫 華光仏世に住する 寿十二小劫
其国人民衆 寿命八小劫 其の国の人民衆の 寿命八小劫ならん
仏滅度之後 正法住於世 仏の滅度の後 正法世に住すること
三十二小劫 広度諸衆生 三十二小劫 広く諸の衆生を度せん
正法滅尽已 像法三十二 正法滅尽し已って 像法三十二
舎利広流布 天人普供養 舎利広く流布して 天人普く供養せん
華光仏所為 其事皆如是 華光仏の所為 其の事皆是の如し
其両足聖尊 最勝無倫匹 其の両足聖尊 最勝にして倫匹無けん
彼即是汝身 宜応自欣慶 彼即ち是れ汝が身なり 宜しく応に自ら欣慶すべし
140
爾時四部衆。比丘。比丘尼。優婆塞。 爾の時に四部の衆、比丘、比丘尼、優婆塞、
優婆夷。天。龍。夜叉。乾闥婆。 優婆夷と、天、龍、夜叉、乾闥婆、
阿修羅。迦楼羅。緊那羅。 阿修羅、迦楼羅、緊那羅、
摩睺羅伽等大衆。見舎利弗。 摩睺羅伽等の大衆、舎利弗が仏前に於て、
於仏前受。阿耨多羅三藐三菩提記。 阿耨多羅三藐三菩提の記を受くるを見て、
心大歓喜。踊躍無量。 心大いに歓喜し、踊躍すること無量なり。
各各脱身。所著上衣。以供養仏。 各各に、身に著たる所の上衣を脱いで、以て仏に供養す。
釈提桓因、梵天王等。与無数天子。 釈提桓因、梵天王等、無数の天子と、
亦以天妙衣。天曼陀羅華。 亦天の妙衣、天の曼陀羅華、
摩訶曼陀羅華等。供養於仏。 摩訶曼陀羅華等を以て、仏に供養す。
所散天衣。住虚空中。而自廻転。 所散の天衣、虚空の中に住して、自ら廻転す。
諸天伎楽。百千万種。於虚空中。 諸天の伎楽百千万種、虚空の中に於て、
一時倶作。雨衆天華。而作是言。 一時に倶に作し、衆の天華を雨らして、是の言を作さく、
仏昔於波羅奈。初転法輪。 仏昔波羅奈に於て、初めて法輪を転じ、
141
今乃復転。無上最大法輪。 今乃ち復、無上最大の法輪を転じたもう。
爾時諸天子。欲重宣此義。 爾の時に諸の天子、重ねて此の義を宣へんど欲して、
而説偈言 偈を説いて言さく、
昔於波羅奈 転四諦法輪 昔波羅奈に於て 四諦の法輪を転じ
分別説諸法 五衆之生滅 分別して諸法 王衆の生滅を説き
今復転最妙 無上大法輪 今復最妙 無上の大法輪を転じたもう
是法甚深奥 少有能信者 是の法は甚だ深奥にして 能く信ずる者有ること少し
我等従昔来 数聞世尊説 我等昔より来 数世尊の説を聞きたてまつるに
未曽聞如是 深妙之上法 末だ曽て是の如き 深妙の上法を聞かず
世尊説是法 我等皆随喜 世尊是の法を説きたもうに 我等皆随喜す
大智舎利弗 今得受尊記 大智舎利弗 今尊記を受くることを得たり
我等亦如是 必当得作仏 我等亦是の如く 必ず当に作仏して
於一切世間 最尊無右上 一切世間に於て 最尊にして上有ること無きことを得べし
142
仏道叵思議 方便随宜説 仏道は思議し叵し 方便して宜しきに随って説きたもう
我所有福業 今世若過世 我が所有の福業 今世若しは過世
及見仏功徳 尽廻向仏道 及び見仏の功徳 尽く仏道に廻向す
面時舎利発。白伝言。 爾の時に舎利発、仏に白して言さく、
世尊。我今無復疑悔。親於仏前。 世尊、我今、復疑悔無し。親り仏前に於て、
得受阿耨多羅三藐三菩提記。 阿耨多羅三藐三菩提の記を受くることを得たり。
是諸千二百。心自在者。 是の諸の千二百の心の自在なる者、
昔住学地。仏常教化言。 昔学地に住せしに、仏常に教化して言わく、
我法能離。生老病死。究竟涅槃。 我が法は、能く生老病死を離れて、涅薬を究竟す。
是学無学人。亦各自以離我見。 是の字無学の人、亦各自ら我見、
及有無見等。謂得涅槃。 及び有無の見等を離れたるを以て、涅槃を得たりと謂えり。
而今於世尊前。聞所未聞。 而るに今世尊の前に於て、未だ聞かざる所を聞いて、
皆堕疑惑。善哉世尊。 皆疑惑に堕せり。善哉世尊、
143
願為四衆。説其因縁。令離疑悔。 願わくは四衆の為に、其の因縁を説いて、疑悔を離れしめたまえ。
爾持仏告。舎利弗。 爾の時に仏、舎利弗に告げたまわく、
我先不言。諸仏世尊。以種種因縁。 我先に、諸仏世尊の種種の因縁、譬喩、
譬喩言辞。方便説法。 言辞を以て、方便して法を説きたもうは、
皆為阿耨多羅三藐三菩提耶。 皆、阿耨多羅三藐三菩提の為なりと言わずや。
是諸所説。皆為化菩薩故。 是の諸の所説は、皆、菩薩を化せんが為の故なり。
然舎利弗。今当復以譬喩。更明此義。 然も舎利弗、今当に復譬喩を以て、更に此の義を明すべし。
諸有智者。以譬喩得解。 諸の智有らん者、譬喩を以て解ることを得ん。
舎利弗。若国邑聚落。有大長者。 舎利弗、国邑聚落に大長者有るが若し。
其年衰邁。財富無量。 其の年衰邁して、財富無量なり。
多有田宅。及諸僮僕。 多く田宅及び諸の僮僕有り。
其家広大。唯有一門。 其の家広大にして、唯一門有り。
多諸人衆。一百二百。 諸の人衆多くして、一百、二百、
乃至五百人。止住其中。 乃至五百人、其の中に止住せり。
堂閣朽故。牆壁頽落。 堂閣朽ち故り、牆壁頽れ落ち、
144
柱根腐敗。梁棟傾危。 柱根腐ち敗れ、梁棟傾き危し。
周帀倶時。火起。焚焼舎宅。 周帀して倶時に、欻然に火起って、舎宅を焚焼す。
長者諸子。若十。二十。 長者の諸子、若しは十、二十、
或至三十。在此宅中。 或は三十に至るまで、此の宅の中に在り。
長者見是大火。従四面起。 長者、是の大火の四面より起るを見て、
即大驚怖。而作是念。 即ち大いに驚怖して、是の念を作さく、
我雖能於。此所焼之門。安穏得出。 我、能く此の所焼の門より、安穏に出ずることを得たりと雖も、
而諸子等。於火宅内。楽著嬉戯。 而も諸子等、火宅の内に於て、嬉戯に楽著して、
不覚不知。不驚不怖。入来逼身。 覚えず、知らず、驚かず、怖じず。火来って身を逼め、
苦痛切己。心不厭患。無求出意。 苦痛己を切むれども、心厭患せず、出ずることを求むる意無し。
舎利弗。是長者。作是思惟。 舎利弗、是の長者、是の思惟を作さく、
我身手有力。当以衣裓。 我、身手に力有り。当に衣裓を以てや、
若以几案。従舎出之。 若しは几案を以てや、舎より之を出すべき。
復更思惟。 復、更に思惟すらく、
145
是舎唯有一門。而復狭小。 是の舎は唯一門有り、而も復、狭小なり。
諸子幼稚。未有所識。恋著戯処。 諸子幼稚にして、未だ識る所有らず、戯処に恋著せり。
或当堕落。為火所焼。 或は当に堕落して火に焼かるべし。
我当為説。怖畏之事。此舎已焼。 我、当に為に怖畏の事を説くべし。此の舎已に焼く。
宜時疾出。無令為火。之所焼害。 宜しく時に疾く出でて、火の焼害せられしむること無かるべし。
作是念已。如所思惟。具告諸子。 是の念を作し已って、思惟する所の如く、具に諸子に告ぐ、
汝等速出。 汝等速かに出でよ。
父雖憐愍。善言誘喩。而諸子等。 父憐愍して、善言をもって誘喩すと雖も、而も諸子等、
楽著嬉戯。不肯信受。不驚不畏。 嬉戯に楽著し、肯えて信受せず、驚かず、畏れず、
了無出心。亦復不知。何者是火。 了に出ずる心無し。亦復、何者か是れ火、
何者為舎。云何為失。 何者か為れ舎、云何なるをか失うと為すを知らず。
但東西走戯。視父而已。 但、東西に走り戯れて、父を視る而已。
爾時長者。即作是念。 爾の時に長者、即ち是の念を作さく、
146
此舎已為。大火所焼。 此の舎、已に大火に焼かる。
我及諸子。若不時出。 我及び諸子、若し時に出でずんば、
必為所焚。我今当設方便。 必ず焚かれん。我今当に方便を設けて、
令諸子等。得免斯害。 諸子等をして、斯の害を免るることを得せしむべし。
父知諸子。失心各有所好。種種珍玩。 父、諸子の先心に、各好む所有る種種の珍玩、
奇異之物。情必楽著。而告之言。 奇異の物には、情必ず楽著せんと知って、之に告げて言わく、
汝等所可玩好。希有難得。 汝等が玩好すべき所は希有にして得難し。
汝若不取。後必憂悔。 汝、若し取らずんば後に必ず憂悔せん。
如此種種。羊車。鹿車。牛車。 此の如き種種の羊車、鹿車、牛車、
今在門外。可以遊戯。 今門外に在り。以て遊戯すべし。
汝等於此火宅。宜速出来。 汝等比の火宅より、宜しく速かに出で来るべし。
随汝所欲。皆当与汝。 汝が所欲に随って、皆、当に汝に与うべし。
爾時諸子。聞父所説。珍玩之物。 爾の時に諸子、父の所説の珍玩の物を聞くに、
適其願故。心各勇鋭。 其の願に適えるが故に、心各勇鋭して、
147
互相推排。競共馳走。争出火宅。 互に相推排し、競うて共に馳走し、争うて火宅を出ず。
是時長者。見諸子等。安穏得出。 是の時に長者、諸子等の安穏に出ずることを得て、
皆於四衢道中。露地而坐。無復障礙。 皆四衢道の中の、露地に於て坐して、復障礙無きを見て、
其心泰然。歓喜踊躍。 其の心泰然として、歓喜踊躍す。
時諸子等。各白父言。 時に諸子等、各父に白して言さく、
父先所許。玩好之具。羊車。 父先に許す所の、玩好の具の羊車、
鹿車。牛車。願時賜与。 鹿車、牛車、願わくば時に賜与したまえ。
舎利弗。爾時長者。 舎利弗、爾の時長者、
各賜諸子。等一大車。 各諸子に等一の大車を賜う。
其車高広。衆宝壮校。周帀欄楯。 其の車、高広にして衆宝荘校し、周帀して欄楯あり。
四面懸鈴。又於其上。張設幰蓋。 四面に鈴を懸け、又其の上に於て、幰蓋を張り設け、
亦以珍奇雑宝。而厳飾之。宝縄絞絡。 亦珍奇の雑宝を以て、之を厳飾し、宝縄絞絡して、
垂諸華櫻。重敷蜿綖。 諸の華瓔を垂れ、蜿綖を重ね敷き、
安置丹枕。駕以白牛。 丹枕を安置し、駕するに白牛を以てす。
148
膚色充潔。形体姝好。有大筋力。 膚色充潔に、形体姝好にして、大筋力有り。
行歩平正。其疾如風。 行歩平正にして、其の疾きこと風の如し。
又多僕従。而侍衛之。所以者何。 又僕従多くして、之を侍衛せり。所以は何ん。
是大長者。財富無量。種種庫蔵。 是の大長者、財富無量にして、種種の庫蔵、
悉皆充溢。而作是念。 悉く皆充溢せり。而も是の念を作さく、
我財物無極。不応以下劣小車。 我が財物極まり無し。下劣の小車を以て、
与諸子等。今此幼童。 諸子等に与うべからず。今此の幼童は、
皆是吾子。愛無偏党。 皆是れ吾が子なり。愛するに偏党無し。
我有如是。七宝大車。其数無量。 我、是の如き七宝の大車有って、其の数無量なり。
応当等心。各各与之。 応当に等心にして、各各に之を与うべし。
不宜差別。所以者何。 宜しく差別すべからず。所以は何ん。
以我此物。周給一国。 我が此の物を以て、周く一国に給うも、
猶尚不匱。何況諸子。 猶尚匱しからじ。何に況んや諸子をや
是時諸子。各乗大車。 是の時に諸子、各大車に乗って、
得未曽有。非本所望。 未曽有なることを得るは、本の所望に非ざるなり。
149
舎利弗。於汝意云何。 舎利弗、汝が意に於て云何。
是長者。等与諸子。 是の長者、等しく諸子に、
珍宝大車。寧有虚妄不。 珍宝の大車を与うること、寧ろ虚妄有りや不や。
舎利弗言。 舎利弗の言さく、
不也。世尊。 不なり、世尊。
是長者。但令諸子。得免火難。 是の長者、但諸子をして、火難を免れ、
全其躯命。非為虚妄。 其の躯命を全うすることを得せしむとも、為れ虚妄に非ず。
何以故。若全身命。 何を以ての故に。若し身命を全うすれば、
便為已得。玩好之具。 便ち為れ已に玩好の具を得たるなり。
況復方便。於彼火宅。而抜済之。 況んや復、方便して、彼の火宅より、而も之を抜済せるをや。
世尊。若是長者。 世尊、若し是の長者、
乃至不与。最小一車。猶不虚妄。 乃至最小の一車を与えざるも、猶虚妄ならじ。
何以故。是長者。先作是意。 何を以ての故に。是の長者、先に是の意を作さく、
我以方便。令子得出。 我、方便を以て、子をして出ずることを得せしめん。
以是因縁。無虚妄也。 是の因縁を以て、虚妄無し。
何況長者。自知財富無量。 何に況んや、長者自ら財富無量なりと知って、
150
欲饒益諸子。等与大車。 諸子を饒益せんと欲して、等しく大車を与うるをや。
仏告舎利弗。 仏、舎利弗に告げたまわく、
善哉善哉。如汝所言。 善哉善哉、汝が所言の如し。
舎利弗。如来亦復如是。 舎利弗、如来も亦復是の如し。
則為一切。世間之父。 則ち為れ一切世間の父なり。
於諸怖畏。衰悩憂患。無明暗蔽。 諸の怖畏、衰悩、憂患、無明、暗蔽に於て、
永尽無余。而悉成就。無量知見。 永く尽して余無し。而も悉く無量の知見、
力。無所畏。有大神力。及智慧力。 力、無所畏を成就し、大神力及び智慧力有って、
具足方便。智慧波羅蜜。 方便・智慧波羅蜜を具足す。
大慈大悲。常無懈倦。 大慈大悲、常に懈倦無く、
恒求善事。利益一切。 恒に善事を求めて、一切を利益す。
而生三界。朽故火宅。 而も三界の朽ち故りたる火宅に生ずるは、
為度衆生。生老病死。憂悲苦悩。 衆生の生老病死、憂悲苦悩、
愚癡暗蔽。三毒之火。 愚癡暗蔽、三毒の火を度し、
教化令得。阿耨多羅三藐三菩提。 教化して、阿耨多羅三藐三菩提を得せしめんが為なり。
151
見諸衆生。為生老病死。 諸の衆生を見るに、生老病死、
憂悲苦悩。之所焼煮。 憂悲苦悩の焼煮する所と為る。
亦以五欲財利故。受種種苦。 亦、五欲財利を以ての故に、種種の苦を受く。
又以貪著追求故。現受衆苦。 又貪著し追求するを以ての故に、現には衆苦を受け、
後受地獄。畜生。餓鬼之苦。 後には地獄、畜生、餓鬼の苦を受く。
若生天上。及在人間。 若し天上に生れ、及び人間に在っては、
貧窮困苦。愛別離苦。怨憎会苦。 貧窮困苦、愛別離苦、怨憎会苦、
如是等種種諸苦。 是の如き等の種種の諸苦あり。
衆生没在其中。歓喜遊戯。 衆生其の中に没在して、歓喜し遊戯して、
不覚不知。不驚不怖。 覚えず知らず、驚かず怖じず。
亦不生厭。不求解脱。 亦、厭うことを生さず、解脱を求めず。
於此三界火宅。東西馳走。 此の三界の火宅に於て、東西に馳走して、
雖遭大苦。不以為患。 大苦に遭うと雖も、以て患と為ず。
舎利弗。仏見此已。便作是念。 舎利弗、仏此を見已って、便ち是の念を作さく、
我為衆生之父。応抜其苦難。 我は為れ衆生の父なり。其の苦難を抜き、
与無量無辺。仏智慧楽。令其遊戯。 無量無辺の仏智慧の楽を与え、其をして遊戯せしむべし。
舎利弗。如来復作是念。 舎利弗、如来復是の念を作さく、
152
若我但以神力。及智慧力。 若し我、但神力及び智慧力を以て、
捨於方便。為諸衆生。 方便を捨てて、諸の衆生の為に、
讃如来知見。力。無所畏者。 如来の知見、力、無所畏を讃めば、
衆生不能。以是得度。 衆生、是を以て得度すること能わじ。
所以者何。是諸衆生。未免生老病死。 所以は何ん。是の諸の衆生、未だ生老病死、
憂悲苦悩。而為三界。火宅所焼。 憂悲苦悩を免れずして、三界の火宅に焼かる。
何由能解。仏之智慧。 何に由ってか、能く仏の智慧を解らん。
舎利弗。如彼長者。 舎利弗、彼の長者の、
雖復身手有力。而不用之。 後身手に力有りと雖も、而も之を用いず。
但以慇懃方便。勉済諸子。火宅之難。 但慇懃の方便を以て、諸子の火宅の難を勉済して、
然後各与。珍宝大車。 然して後に、各に珍宝の大車を与うるが如く、
如来亦復如是。雖有力無所畏。 如来も亦復是の如し。力、無所畏有りと雖も、
而不用之。但以智慧方便。 而も之を用いず。但、智慧・方便を以て、
於三界火宅。抜済衆生。 三界の火宅より、衆生を抜済せんとして、
為説三乗。声聞。辟支仏。仏乗。 為に三乗の声聞、辟支仏、仏乗を説く。
153
而作是言。 而して是の言を作さく、
汝等莫得。楽住三界火宅。 汝等、楽って三界の火宅に住することを得ること莫れ。
勿貪麁弊。色声香味触也。 麁弊の色・声・香・味・触を貪ること勿れ。
若貪著生愛。則為所焼。 若し貪著して愛を生せば、則ち為れ焼かれん。
汝等速出三界。 汝等速かに三界を出でて、
当得三乗。声聞。辟支仏。仏乗。 当に三乗の声聞、辟支仏、仏乗を得べし。
我今為汝。保任此事。 我今汝が為に、此の事を保任す。
終不虚也。汝等但当。勤修精進。 終に虚しからず。汝等、但当に勤修精進すべし。
如来以是方便。誘進衆生。復作是言。 如来、是の方便を以て衆生を誘進す。復是の言を作さく、
汝等当知。此三乗法。 汝等当に知るべし。此の三乗の法は、
皆是聖所称歎。自在無繋。 皆是れ聖の称歎したもう所なり。
無所依求。乗是三乗。 自在無繋にして、依求する所無し。
以無漏。根。力。覚。道。禅定。 是の三乗に乗じて、無漏の根、力、覚、道、禅定、
解脱。三昧等。而自娯楽。 解脱、三昧等を以て、自ら娯楽して、
便得無量。安穏快楽。 便ち無量の安穏快楽を得べし。
舎利弗。若有衆生。 舎利弗、若し衆生有って、
内有智性。従仏世尊。 内に智性有り、仏世尊に従いたてまつりて、
154
聞法信受。慇懃精進。 法を聞いて信受し、慇懃に精進して、
欲速出三界。自求涅槃。 速かに三界を出でんと欲して、自ら涅槃を求む。
是名声聞乗。 是を声聞乗と名づく。
如彼諸子。為求羊車。出於火宅。 彼の諸子の、羊車を求めんが為に、火宅を出ずるが如し。
若有衆生。従仏世尊。 若し衆生有って、仏世尊に従いたてまつりて、
聞法信受。慇懃精進。 法を聞いて信受し、慇懃に精進して、
求自然慧。楽独善寂。深知諸法因縁。 自然慧を求め、独善寂を楽い、深く諸法の因縁を知る。
是名辟支仏乗。 是を辟支仏乗と名づく。
如彼諸子。為求鹿車。出於火宅。 彼の諸子の、鹿車を求めんが為に、火宅を出ずるが如し。
若有衆生。従仏世尊。 若し衆生有って、仏世尊に従いたてまつりて、
聞法信受。勤修精進。 法を聞いて信受し、勤修精進して、
求一切智。仏智。自然智。無師智。 一切智、仏智、自然智、無師智、
如来知見。力。無所畏。 如来の知見、力、無所畏を求め、
愍念安楽。無量衆生。利益天人。 無量の衆生を愍念し安楽して、天、人を利益し、
度脱一切。是名大乗。 一切を度脱する、是を大乗と名づく。
菩薩求此乗故。名為摩詞薩。 菩薩此の乗る求むるが故に、名づけて摩訶薩と為す。
155
如彼諸子。為求牛車。出於火宅。 彼の諸子の、牛車を求めんが為に、火宅を出ずるが如し。
舎利弗。如彼長者。 舎利弗、彼の長者の、
見諸子等。安穏得出火宅。 諸子等の安穏に火宅を出ずることを得て、
到無畏処。自惟財富無量。 無畏の処に到るを見て、自ら財富の無量なることを惟いて、
等以大車。而賜諸子。 等しく人車を以て諸子に賜えるが如し。
如来亦復如是。為一切衆生之父。 如来も亦復是の如し。為れ一切衆生の父なり。
若見無量。億千衆生。以仏教門。 若し無量億千の衆生の、仏教の門を以て、
出三界苦。怖畏険道。得涅槃楽。 三界の苦、怖畏の険道を出でて、涅槃の楽を得るを見ては、
如来爾時。便作是念。 如来爾の時に、便ち是の念を作さく、
我有無量無辺智慧。力。無畏等。 我無量無辺の智慧、力、無畏等の
諸仏法蔵。是諸衆生。皆是我子。 諸仏の法蔵有り。是の諸の衆生は、皆是れ我が子なり。
等与大乗。不令有人。独得滅度。 等しく大乗を与うべし。人として独滅度を得ること有らしめじ。
皆以如来滅度。而滅度之。 皆如来の滅度を以て之を滅度せん。
是諸衆生。脱三界者。 是の諸の衆生の三界を脱れたる者には、
悉与諸仏。禅定解脱等。娯楽之具。 悉く諸仏の禅定、解脱等の娯楽の具を与う。
156
皆是一相一種。聖所称歎。 皆是れ一相一種にして、聖の称歎したもう所なり。
能生浄妙。第一之楽。 能く浄妙第一の楽を生ず。
舎利弗。如彼長者。 舎利弗、彼の長者は、
初以三車。誘引諸子。 初め三車を以て諸子を誘引し、
然後但与大車。宝物荘厳。安穏第一。 然して後に、但大車の宝物荘厳し、安穏第一なるを与うるに、
然彼長者。無虚妄之咎。 然も彼の長者、虚妄の咎無きが如し。
如来亦復如是。無有虚妄。 如来も亦復是の如く、虚妄有ること無し。
初説三乗。引導衆生。 初め三乗を説いて衆生を引導し、
然後但以大乗。両度脱之。 然して後に、但大乗を以て之を度脱す。
何以故。如来。有無量智慧。 何を以ての故に。如来は無量の智慧、
力。無所畏。諸法之蔵。 力、無所畏、諸法の蔵有って、
能与一切衆生。大乗之法。 能く一切衆生に大乗の法を与う。
但不尽能受。舎利弗。 但尽くは受くること能わず。舎利弗、
以是因縁。当知諸仏。方便力故。 是の因縁を以て当に知るべし。諸仏方便力の故に、
於一仏乗。分別説三。 一仏乗に於て、分別して三と説きたもう。
仏欲重宣此義。而説偈言 仏重ねて此の義を宣へんと欲して、偈を説いて言わく、
157
譬如長者 有一大宅 譬えば長者 一の大宅有るが如し
其宅久故 而復頓弊 其の宅久しく故りて 復頓弊し
堂舎高危 柱根摧朽 堂舎高く危く 柱根摧け朽ち
梁棟傾斜 基陛頽毀 梁棟傾き斜み 基陛頽れ毀れ
牆壁圮坼 泥塗褫落 牆壁圮れ坼け 泥塗褫け落ち
覆苫乱墜 掾梠差脱 覆苫乱れ墜ち 掾梠差い脱け
周障屈曲 雑穢充遍 周障屈曲して 雑穢充遍せり
有五百人 止住其中 五百人有って 其の中に止住せり
鵄梟鵰鷲 烏鵲鳩鴿 鵄梟鵰鷲 烏鵲鳩鴿
蚖蛇蝮蠍 蜈蚣蚰蜒 蚖蛇蝮蠍 蜈蚣蚰蜒
守宮百足 鼬貍鼷鼠 守宮百足 鼬貍鼷鼠
諸悪虫輩 交横馳走 諸の悪虫の輩 交横馳走す
158
屎尿臭処 不浄流溢 屎尿の臭き処 不浄流れ溢ち
蜣蜋諸虫 而集其上 蜣蜋諸虫 而も其の上に集まり
狐狼野干 咀嚼践蹹 狐狼野干 咀嚼践蹹し
嚌齧死屍 骨肉狼藉 死屍を嚌齧して 骨肉狼藉し
由是群狗 競来搏撮 是に由って群狗 競い来って搏撮し
飢羸慞惶 処処求食 飢羸慞惶して 処処に食を求め
闘諍摣掣 啀喍嘷吠 闘諍摣掣し 啀喍嘷え吠す
其舎恐怖 変状如是 其の舎の恐怖 変ずる状是の如し
処処皆有 魑魅魍魎 処処に皆 魑魅魑魎
夜叉悪鬼 食噉人肉 夜叉悪鬼有り 人肉
毒虫之属 諸悪禽獣 毒虫の属を食噉す 諸の悪禽獣
孚乳産生 各自蔵護 孚乳産生して 各自ら蔵し護る
159
夜叉競来 争取食之 夜叉競い来り 争い取って之を食す
食之既飽 悪心転熾 之を食して既に飽きぬれば 悪心転熾んにして
闘争之声 甚可怖畏 闘争の声 甚だ怖畏すべし
鳩槃荼鬼 蹲踞土埵 鳩槃荼鬼 土埵に蹲踞せり
或時離地 一尺二尺 或時は地を離るること 一尺二尺
往返遊行 縦逸嬉戯 往返遊行し 縦逸に嬉戯す
捉狗両足 撲令失声 狗の両足を捉って 撲って声を失わしめ
以脚加頸 怖狗自楽 脚を以て頸に加えて 狗を怖して自ら楽しむ
復有諸鬼 其身長大 復諸鬼有り 其の身長大
裸形黒痩 常住其中 裸形黒痩にして 常に其の中に住せり
発大悪声 叫呼求食 大悪声を発して 叫呼して食を求む
復有諸鬼 其咽如針 復諸鬼有り 其の咽針の如し
160
復有諸鬼 首如牛頭 復諸鬼有り 首牛頭の如し
或食人肉 或復噉狗 或は人の肉を食い 或は復狗を噉う
頭髪蓬乱 残害兇険 頭髪蓬乱し 残害兇険なり
飢渇所逼 叫喚馳走 飢渇に逼られて 叫喚馳走す
夜叉餓鬼 諸悪鳥獣 夜叉餓鬼 諸の悪鳥獣
飢急四向 窺看窓牖 飢急にして四に向い 窓牖を窺い看る
如是諸難 恐畏無量 是の如き諸難 恐畏無量なり
是朽故宅 属于一人 是の朽ち故りたる宅は 一人に属せり
其人近出 未久之間 其の人近く出でて 未だ久からざるの間
於後宅舎 忽然火起 後に宅舎に 忽然として火起る
四面一時 其燄倶熾 四面一時に 其の燄倶に熾んなり
棟梁掾柱 爆声震裂 棟梁掾柱 爆声震裂し
161
摧折堕落 牆壁崩倒 摧折堕落し 牆壁崩倒す
諸鬼神等 揚声大叫 諸の鬼神等 声を揚げて大いに叫ぶ
鵰鷲諸鳥 鳩槃荼等 鵰鷲諸鳥と 鳩槃荼等
周章惶怖 不能自出 周章惶怖し 自ら出ずること能わず
悪獣毒虫 蔵竄孔穴 悪獣毒虫 孔穴に蔵竄し
毘舎闍鬼 亦住其中 毘舎闍鬼 亦其の中に住せり
薄福徳故 為火所逼 福徳薄きが故に 火に逼まられ
共相残害 飲血噉肉 共に相残害して 血を飲み肉を噉う
野干之属 並已前死 野干の属 並びに已に前に死す
諸大悪獣 競来食噉 諸の大悪獣 競い来って食噉す
臭煙蓬馞 四面充塞 臭煙蓬馞して 四面に充塞す
蜈蚣蚰蜒 毒蛇之類 蜈蚣蚰蜒 毒蛇の類
162
為火所焼 争走出穴 火に焼かれ 争い走って穴を出ず
鳩槃荼鬼 随取而食 鳩槃荼鬼 取るに随って食う
又諸餓鬼 頭上火燃 又諸の餓鬼 頭上に火燃え
飢渇熱悩 周章悶走 飢渇熱悩して 周章悶走す
其宅如是 甚可怖畏 其の宅是の如く 甚だ怖畏すべし
毒害火災 衆難非一 毒害火災 衆難一に非ず
是時宅主 在門外立 是の時に宅主 門外に在って立って
聞有人言 汝諸子等 有人の言うを聞く 汝が諸子等
先因遊戯 来入此宅 先に遊戯せしに因って 此の宅に来入し
稚小無知 歓娯楽著 稚小無知にして 歓娯楽著せり
長者聞已 驚入火宅 長者聞き已って 驚いて火宅に入る
方宜救済 令無焼害 方に宜しく救済して 焼害無からしむべし
163
告喩諸子 説衆患難 諸子に告喩して 衆患難を説く
悪鬼毒虫 災火蔓莚 悪鬼毒虫 災火蔓莚なり
衆苦次第 相続不絶 衆苦次第に 相続して絶えず
毒蛇蚖蝮 及諸夜叉 毒蛇蚖蝮 及び諸の夜叉
鳩槃荼鬼 野干狐狗 鳩槃荼鬼 野干狐狗
鵰鷲鵄梟 百足之属 鵰鷲鵄梟 百足の属
飢渇悩急 甚可怖畏 飢渇の悩急にして 甚だ怖畏すべし
此苦難処 況復大火 此の苦すら処し難し 況んや復大火をや
諸子無知 雖聞父誨 諸子知ること無ければ 父の誨を聞くと雖も
猶故楽著 嬉戯不已 猶故楽著して 嬉戯すること已まず
是時長者 而作是念 是の時に長者 而も是の念を作さく
諸子如此 益我愁悩 諸子此の如く 我が愁悩を益す
164
今此舎宅 無一可楽 今此の舎宅は 一の楽しむべき無し
而諸子等 湎嬉戯 而るに諸子等 嬉戯に湎して
不受我教 将為火害 我が教を受けず 将に火に害せられんとす
即便思惟 設諸方便 即便思惟して 諸の方便を設けて
告諸子等 我有種種 諸子等に告ぐ 我に種種の
珍玩之具 妙宝好車 珍玩の具 妙宝の好車有り
羊車鹿車 大牛之車 羊車鹿車 大牛の車なり
今在門外 汝等出来 今門外に在り 汝等出で来れ
吾為汝等 造作此車 吾汝等が為に 此の車を造作せり
随意所楽 可以遊戯 意の所楽に随って 以て遊戯すべし
諸子聞説 如此諸車 諸子 此の如き諸の車を説くを聞いて
即時奔競 馳走而出 即時に奔競し 馳走して出で
165
到於空地 離諸苦難 空地に到って 諸の苦難を離る
長者見子 得出火宅 長者子の 火宅を出ずることを得て
住於四衢 坐師子座 四衢に住するを見て 師子の座に坐せり
而自慶言 我今快楽 而して自ら慶んで言わく 我今快楽なり
此諸子等 生育甚難 此の諸子等 生育すること甚だ難し
愚小無知 而入険宅 愚小無知にして 険宅に入れり
多諸毒虫 魑魅可畏 諸の毒虫 魑魅多くして畏るべし
大火猛焔 四面倶起 大火猛焔 四面に倶に起れり
而此諸子 貪楽嬉戯 而るに此の諸子 嬉戯に貪楽せり
我已救之 令得脱難 我已に之を救いて 難を脱るることを得せしめつ
是故諸人 我今快楽 是の故に諸人 我今快楽なり
爾時諸子 知父安坐 爾の時に諸子 父の安坐せるを知って
166
皆詣父所 而白父言 皆父の所に詣でて 父に白して言さく
願賜我等 三種宝車 願わくは我等に 三種の宝車を賜え
如前所許 諸子出来 前に許したもう所の如き 諸子出で来れ
当以三車 随汝所欲 当に三車を以て 汝が所欲に随うべしと
今正是時 唯垂給与 今正しく是れ時なり 唯給与を垂れたまえ
長者大富 庫蔵衆多 長者大いに富んで 庫蔵衆多なり
金銀瑠璃 硨磲碼碯 金銀瑠璃 硨磲碼碯あり
以衆宝物 造諸大車 衆の宝物を以て 諸の大車を造れり
荘校厳飾 周帀欄楯 荘校厳飾し 周帀して欄楯あり
四面懸鈴 金縄絞絡 四面に鈴を懸け 金縄絞絡して
真珠羅網 張施其上 真珠の羅網 其の上に張り施し
金華諸纓 処処垂下 金華の諸纓 処処に垂れ下せり
167
衆綵雑飾 周帀囲遶 衆綵雑飾し 周帀囲遶せり
柔軟繒纊 以為茵蓐 柔軟の繒纊 以て茵蓐と為し
上妙細氎 価直千億 上妙の細氎 価直千億にして
鮮白浄潔 以覆其上 鮮白浄潔なる 以て其の上を覆えり
有大白牛 肥壮多力 大白牛有り 肥壮多力にして
形体姝好 以駕宝車 形体姝好なり 以て宝車に駕せり
多諸儐従 而侍衛之 諸の儐従多くして 之を侍衛せり
以是妙車 等賜諸子 是の妙車を以て 等しく諸子に賜う
諸子是時 歓喜踊躍 諸子是の時 歓喜踊躍して
乗是宝車 遊於四方 是の宝車に乗って 四方に遊び
嬉戯快楽 自在無礙 嬉戯快楽して 自在無礙なり
告舎利弗 我亦如是 舎利弗に告ぐ 我も亦是の如し
168
衆聖中尊 世間之父 衆聖の中の尊 世間の父なり
一切衆生 皆是吾子 一切衆生 皆是れ吾が子なり
深著世楽 無有慧心 深く世楽に著して 慧心有ること無し
三界無安 猶如火宅 三界は安きこと無し 猶火宅の如し
衆苦充満 甚可怖畏 衆苦充満して 甚だ怖畏すべし
常有生老 病死憂患 常に生老 病死の憂患有り
如是等火 熾然不息 是の如き等の火 熾然として息まず
如来已離 三界火宅 如来は已に 三界の火宅を離れて
寂然閑居 安処林野 寂然としで閑居し 林野に安処せり
今此三界 皆是我有 今此の三界は 皆是れ我が有なり
其中衆生 悉是吾子 其の中の衆生 悉く是れ吾が子なり
而今此処 多諸患難 而も今此の処 諸の患難多し
169
唯我一人 能為救護 唯我一人のみ 能く救護を為す
雖復教詔 而不信受 復教詔すと難も 而も信受せず
於諸欲染 貪著深故 諸の欲染に於て 貪著深きが故に
是以方便 為説三乗 是を以て方便して 為に三乗を説き
令諸衆生 知三界苦 諸の衆生をして 三界の苦を知らしめ
開示演説 出世間道 出世間の道を 開示演説す
是諸子等 若心決定 是の諸子等 若し心決定しぬれば
具足三明 及六神通 三明 及び六神通を具足し
有得縁覚 不退菩薩 縁覚 不退の菩薩を得ること有り
汝舎利弗 我為衆生 汝舎利弗 我衆生の為に
以此譬喩 説一仏乗 此の譬喩を以て 一仏乗を説く
汝等若能 信受是語 汝等若し能く 是の語を信受せば
170
一切皆当 得成仏道 一切皆当に 仏道を成ずることを得べし
是乗微妙 清浄第一 是の乗は微妙にして 清浄第一なり
於諸世間 為無有上 諸の世間に於て 為めて上有ること無し
仏所悦可 一切衆生 仏の悦可したもう所 一切衆生の
所応称讃 供養礼拝 称讃し 供養し礼拝すべき所なり
無量億千 諸力解脱 無量億千の 諸力解脱
禅定智慧 及仏余法 禅定智慧 及び仏の余の法あり
得如是乗 令諸子等 是の如き乗を得せしめて 諸子等をして
日夜劫数 常得遊戯 日夜劫数に 常に遊戯することを得
与諸菩薩 及声聞衆 諸の菩薩 及び声聞衆と
乗此宝乗 直至道場 此の宝乗に乗じて 直ちに道場に至らしむ
以是因縁 十方諦求 是の因縁を以て 十方に諦かに求むるに
171
更無条乗 除仏方便 更に余乗無し 仏の方便をば除く
告舎利弗 汝諸人等 舎利弗に告ぐ 汝諸人等は
皆是吾子 我則是父 皆是れ吾が子なり 我は則ち是れ父なり
汝等累劫 衆苦所焼 汝等累劫に 衆苦に焼かる
我皆済抜 令出三界 我皆済抜して 三界を出でしむ
我雖先説 汝等滅度 我先に 汝等滅度すと説くと雖も
但尽生死 而実不滅 但生死を尽して 而も実には滅せず
今所応作 唯仏智慧 今応に作すべき所は 唯仏の智慧なり
若有菩薩 於是衆中 若し菩薩有らば 是の衆の中に於て
能一心聴 諸仏実法 能く一心に 諸仏の実法を聴け
諸仏世尊 雖以方便 諸仏世尊は 方便を以てしたもうと雖も
所化衆生 皆是菩薩 所化の衆生は 皆是れ菩薩なり
172
若人小智 深著愛欲 若し人小智にして 深く愛欲に著せる
為此等故 説於苦諦 此等を為っての故に 苦諦を説きたもう
衆生心喜 得未曽有 衆生は心に喜んで 未曽有なることを得
仏説苦諦 真実無異 仏の説きたもう苦諦は 真実にして異ること無し
若有衆生 不知苦本 若し衆生有って 苦の本を知らず
深著苦因 不能暫捨 深く苦の因に著して 暫くも捨つること能わざる
為是等故 方便説道 是等を為っての故に 方便して道を説きたもう
諸苦所因 貪欲為本 諸苦の所因は 貪欲為れ本なり
若滅貪欲 無所依止 若し貪欲を滅すれば 依止する所無し
滅尽諸苦 名第三諦 請苦を滅尽するを 第三の諦と名づく
為滅諦故 修行於道 滅諦の為の故に 道を修行す
離諸苦縛 名得解脱 諸の苦の縛を離るるを 解脱を得と名づく
173
是人於何 両得解脱 是の人は何に於てか 而も解脱を得る
但離虚妄 名為解脱 但虚妄を離るるを 名づけて解脱と為す
其実未得 一切解脱 其れ實には未だ 一切の解脱を得ず
仏説是人 未実滅度 仏是の人は未だ 実に滅度せずと説きたもう
斯人未得 無上道故 斯の人未だ 無上道を得ざるが故に
我意不欲 令至滅度 我が意にも 滅度に至らしめたりと欲わず
我為法王 於法自在 我は為れ法王 法に於て自在なり
安穏衆生 放現於世 衆生を安穏ならしめんが 故に世に現ず
汝舎利弗 我此法印 汝舎利弗 我が此の法印は
為欲利益 世間故説 世間を利益せんと 欲するを為ての故に説く
在所遊方 勿妄宣伝 所遊の方に在って 妄りに宣伝すること勿れ
若有聞者 随喜頂受 若し聞くこと有らん者 随喜し頂受せん
174
当知是人 阿鞞跋致 当に知るべし是の人は 阿鞞跋致なり
若有信受 此経法者 若し此の経法を 信受すること有らん者
是人已曽 見過去仏 是の人は已に曽て 過去の仏を見たてまつりて
恭敬供養 亦聞是法 恭敬供養し 亦是の法を聞けるなり
若人有能 信汝所説 若し人能く 汝が所説を信ずること有らんは
則為見我 亦見於汝 則ち為れ我を見 亦汝
及比丘僧 并諸菩薩 及び比丘僧 并びに諸の菩薩を見るなり
斯法華経 為深智説 斯の法華経は 深智の為に説く
浅識聞之 迷惑不解 浅識は之を聞いて 迷惑して解らず
一切声聞 及辟支仏 一切の声聞 及び辟支仏は
於此経中 力所不及 此の経の中に於て 力及ばざる所なり
汝舎利弗 尚於此経 汝舎利弗 尚此の経に於ては
175
以信得入 況余声聞 信を以て入ることを得たり 況んや余の声聞をや
其余声聞 信仏語故 其の余の声聞も 仏語を信ずるが故に
随順此経 非己智分 此の経に随順す 己が智分に非ず
又舎利弗 憍慢懈怠 又舎利弗 憍慢懈怠
計我見者 莫説此経 我見を計する者には 此の経を説くこと莫れ
凡夫浅識 深著五欲 凡夫の浅識 深く五欲に著せるは
聞不能解 亦勿為説 聞くとも解すること能わじ 亦為に説くこと勿れ
若人不信 毀謗此経 若し人信せずして 此の経を毀謗せば
則断一切 世間仏種 則ち一切 世間の仏種を断ぜん
或復顰蹙 而懐疑惑 或は復顰蹙して 疑惑を懐かん
汝当聴説 此人罪報 汝当に 此の人の罪報を説くを聴くべし
若仏在世 若滅度後 若しは仏の在世 若しは滅度の後に
176
其有誹謗 如斯経典 其れ斯の如き経典を 誹謗すること有らん
見有読誦 書持経者 経を読誦し 書持すること有らん者を見て
軽賎憎嫉 而懐結恨 軽賎憎嫉して 而も結恨を懐かん
此人罪報 汝今復聴 此の人の罪報を 汝今復聴け
其人命終 入阿鼻獄 其の人命終して 阿鼻獄に入らん
具足一劫 劫尽更生 一劫を具足して 劫尽きなば更生れん
如是展転 至無数劫 是の如く展転して 無数劫に至らん
従地獄出 当堕畜生 地獄より出でては 当に畜生に堕つべし
若狗野干 其形痩 若し狗野干としては 其の形痩し
梨黮疥癩 人所触嬈 梨黮疥癩にして 人に触嬈せられ
又復為人 之所悪賎 又復人の 忌み賎しむ所と為らん
常困飢渇 骨肉枯竭 常に飢渇に困しんで 骨肉枯竭せん
177
生受楚毒 死被瓦石 生きては楚毒を受け 死しては瓦石を被らん
断仏種故 受斯罪報 仏種を断ずるが故に 斯の罪報を受けん
若作馲駝 或生驢中 若しは馲駝と作り 或は驢の中に生れて
身常負重 加諸杖捶 身に常に重きを負い 諸の杖捶を加えられん
但念水草 余無所知 但水草を念うて 余は知る所無けん
謗斯経故 獲罪如是 斯の経を謗ずるが故に 罪を獲ること是の如し
有作野干 来入聚落 有は野干と作って 聚落に来入せば
身体疥癩 又無一目 身体疥癩にして 又一目無からんに
為諸童子 之所打擲 諸の童子の 打擲する所と為り
受諸苦痛 或時致死 諸の苦痛を受けて 或時は死を致さん
於此死已 更受蟒身 此に於て死し已って 更に蟒身を受けん
其形長大 五百由旬 其の形長大にして 五百由旬ならん
178
聾騃無足 踠転腹行 聾騃無足にして 踠転腹行し
為諸小虫 之所唼食 諸の小虫の 唼食する所と為りて
昼夜受苦 無有休息 昼夜に苦を受くるに 休息有ること無けん
謗斯経故 獲罪如是 斯の経を謗ずるが故に 罪を獲ること是の如し
若得為人 諸根暗鈍 若し人と為ることを得ては 諸根暗鈍にして
矬陋戀躄 盲聾背傴 矬陋戀躄 盲聾背傴ならん
有所言説 人不信受 言説する所有らんに 入信受せじ
口気常臭 鬼魅所著 口の気常に臭く 鬼魅に著せられん
貧窮下賎 為人所使 貧窮下賎にして 人に使われ
多病痟痩 無所依怙 多病痟痩にして 依怙する所無く
雖親附人 人不在意 人に親附すと雖も 人意に在かじ
若有所得 尋復忘失 若し所得有らば 尋いで復忘失せん
179
若修医道 順方治病 若し医道を修して 方に順じて病を治せば
更増他疾 或復致死 更に他の疾を増し 或は復死を致さん
若自有病 無人救療 若し自ら病有らば 人の救療すること無く
設服良薬 而復増劇 設い良薬を服すとも 而も復増劇せん
若他反逆 抄劫竊盗 若しは他の反逆し 抄劫し竊盗せん
如是等罪 横羅其殃 是の如き等の罪 横さまに其の殃に羅らん
如斯罪人 永不見仏 斯の如き罪人は 永く仏
衆聖之王 説法教化 衆聖の王の 説法教化したもうを見たてまつらじ
如斯罪人 常生難処 斯の如き罪人は 常に難処に生れ
狂聾心乱 永不聞法 狂聾心乱にして 永く法を聞かじ
於無数劫 如恒河沙 無数劫の恒河沙の如きに於て
生輒聾瘂 諸根不具 生れては輒ち聾瘂にして 諸根不具ならん
180
常処地獄 如遊園観 常に地獄に処すること 園観に遊ぶが如く
在余悪道 知己舎宅 余の悪道に在ること 己が舎宅の如く
駝驢猪狗 是其行処 駝驢猪狗 是れ其の行処ならん
謗斯経故 獲罪如是 斯の経を誇ずるが故に 罪を獲ること是の如し
若得為人 聾盲瘖瘂 若し人と為ることを得ては 聾盲瘖瘂にして
貧窮諸衰 以自荘厳 貧窮諸衰 以て自ら荘厳し
水腫乾痟 疥癩癰疽 水腫乾痟 疥癩癰疽
如是等病 以為衣服 是の如き等の病 以て衣服と為ん
身常臭処 垢穢不浄 身常こ臭きに処して 垢穢不浄に
深著我見 増益瞋恚 深く我見に著して 瞋恚を増益し
婬欲熾盛 不択禽獣 婬欲熾盛にして 禽獣を択ばじ
謗斯経故 獲罪如是 斯の経を謗ずるが故に 罪を獲ること是の如し
181
告舎利弗 謗斯経者 若し人恭敬して 異心有ること無く
若説其罪 窮劫不尽 諸の凡愚を離れて 独山沢に処せん
以是因縁 我故語汝 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
無智人中 莫説此経 又舎利弗 若し人有って
若有利根 智慧明了 悪知識を捨てて 善友に親近するを見ん
多聞強識 求仏道者 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
如是之人 乃可為説 若し仏子の 持戒清潔なること
若人曽見 億百千仏 浄明珠の如くにして 大乗経を求むるを見ん
殖諸善本 深心堅固 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
如是之人 乃可為説 若し人瞋無く 質直柔軟にして
若人精進 常修慈心 常に一切を愍み 諸仏を恭敬せん
不惜身命 乃可為説 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
182
若人恭敬 無有異心 若し人恭敬して 異心有ること無く
離諸凡愚 独処山沢 諸の凡愚を離れて 独山沢に処せん
如是之人 乃可為説 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
又舎利弗 若見有人 又舎利弗 若し人有って
捨悪知識 親近善友 悪知識を捨てて 善友に親近するを見ん
如是之人 乃可為説 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
若見仏子 持戒清潔 若し仏子の 持戒清潔なること
如浄明珠 求大乗経 浄明珠の如くにして 大乗経を求むるを見ん
如是之人 乃可為説 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
若人無瞋 質直柔軟 若し人瞋無く 質直柔軟にして
常愍一切 恭敬諸仏 常に一切を愍み 諸仏を恭敬せん
如是之人 乃可為説 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
183
復有仏子 於大衆中 復仏子 大衆の中に於て
以清浄心 種種因縁 清浄の心を以て 種種の因縁
譬喩言辞 説法無礙 譬喩言辞をもって 説法すること無礙なる有らん
如是之人 乃可為説 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
若有比丘 為一切智 若し比丘の 一切智の為に
四方求法 合掌頂受 四方に法を求めて 合掌し頂受し
但楽受持 大乗経典 但楽って 大乗経典を受持して
乃至不受 余経一偈 乃至 余経の一偈をも受けざる有らん
如是之人 乃可為説 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
如人至心 求仏舎利 人の至心に 仏舎利を求むるが如く
如是求経 得已頂受 是の如く経を求め 得已って頂受せん
其人不復 志求余経 其の人復 余経を志求せず
184
亦未曽念 外道典籍 亦未だ曽て 外道の典籍を念せじ
如是之人 乃可為説 是の如きの人に 乃ち為に説くべし
告舎利弗 我説是相 舎利弗に告ぐ 我是の相にして
求仏道者 窮劫不尽 仏道を求むる者を説かんに 劫を窮むとも尽きじ
如是等人 則能信解 是の如き等の人は 則ち能く信解せん
汝当為説 妙法華経 汝当に為に 妙法華経を説くべし