妙法蓮華経安楽行品第十四

379
爾時文殊師利法王子。菩薩摩訶薩。   爾の時に文殊師利法王子菩薩摩訶薩、
白仏言。               仏に白して言さく、
世尊。是諸菩薩。甚為難有。       世尊、是の諸の菩薩は、甚だ為れ有り難し。
敬順仏故。発大誓願。          仏に敬順したてまつるが故に、大誓願を発す。
於後悪世。護持読誦。説是法華経。     後の悪世に於て、是の法華経を、護持し、読誦し、説かん。
世尊。菩薩摩訶薩。           世尊、菩薩摩訶薩、
於後悪世。云何能説是経。        後の悪世に於て、云何が能く是の経を説かん。 
仏告文殊師利。            仏、文殊師利に告げたまわく、
若菩薩摩訶薩。於後悪世。        若し菩薩摩訶薩、後の悪世に於て
欲説是経。当安住四法。         是の経を説かんと欲せば、当に四法に安住すべし。
一者安住菩薩行処。親近処。       一には菩薩の行処、親近処に安住して、

380
能為衆生。演説是経。          能く衆生の為に是の経を演説すべし。 
文殊師利。云何名菩薩摩訶薩行処。    文残師利、云何なるをか菩薩摩訶薩の行処と名づくる。
若菩薩摩訶薩。住忍辱地。        若し菩薩摩訶薩、忍辱の地に住し、 
柔和善順。而不卒暴。          柔和善順にして、卒暴ならず、
心亦不驚。又復於法。無所行。      心亦驚かず、又復、法に於て行ずる所無くして、
而観諸法如実相。亦不行不分別。     諸法如実の相を観じ、亦不分別をも行ぜざる、
是名菩薩摩訶薩行処。          是を菩薩摩訶薩の行処と名づく。
云何名菩薩摩訶薩親近処。        云何なるをか菩薩摩訶薩の親近処と名づくる。
菩薩摩訶薩。不親近。          菩薩摩訶薩は、
国王。王子。大臣。官長。        国王、王子、大臣、官長に親近せざれ。  
不親近。諸外道。梵志。尼揵子等。    諸の外道、梵志、尼揵子等、
及造世俗文筆。讃詠外書。        及び世俗の文筆、讃詠の外書を造ると、
及路伽耶陀。逆路伽耶陀者。       及び路伽耶陀、逆路伽耶陀の者に親近せざれ。
亦不親近。諸有凶戯。相扠。相撲。    亦、諸の有らゆる凶戯、相扠、相撲、
及那羅等。種種変現之戯。        及び那羅等の種種変現の戯に親近せざれ。

381
又不親近。旃陀羅。及畜猪羊鶏狗。    又旃陀羅、及び猪羊鶏狗を畜い、
畋猟漁捕。諸悪律儀。          畋猟漁捕する諸の悪律儀に親近せざれ。
如是人等。或時来者。          是の如き人等、或時に来らば、
則為説法。無所悕望。          則ち為に法を説いて、悕望する所無かれ。
又不親近求声聞。比丘。比丘尼。     又、声聞を求むる比丘、比丘尼、
優婆塞。優婆夷。亦下問訊。       優婆塞、優婆夷に親近せざれ。亦問訊せざれ。
若於房中。若経行処。          若しは房中に於ても、若しは経行の処、
若在講堂中。不共住止。         若しは講堂の中に在っても、共に住止せざれ。
或時来者。随宜説法。無所悕求。     或時に来らば、宜しきに随って法を説いて、悕求する所無かれ。
文殊師利。又菩薩摩訶薩。        文殊師利、又菩薩摩訶薩は、
不応於女人身。取能生欲想相。      応に女人の身に於て、能く欲想を生ずる相を取って、
而為説法。亦不楽見。          為に法を説くべからず。亦見んと楽わざれ。
若入他家。不与小女。          若し他の家に入らんには、
処女寡女等共語。            少女、処女、寡女等と共に語らざれ。
亦復不近。五種不男之人。        亦復、五種不男の人に近づいて、

382
以為親厚。不独入他家。         以て親厚を為さざれ。独他の家に入らざれ。
若有因縁。須独入時。          若し因縁有って、独入ることを須いん時には、
但一心念仏。              但一心に仏を念ぜよ。
若為女人説法。不露歯笑。        若し女人の為に法を説かんには、歯を露にして笑まざれ。   
不現胸臆。乃至為法。          胸臆を現さざれ。乃至法の為にも、
猶不親厚。況復余事。          猶親厚せざれ。 況や復余の事をや。
不楽畜年小弟子。沙弥小児。       楽って年小の弟子、沙弥、小児を畜えざれ。
亦不楽与同師。             亦、与に師を同じうすることを楽わざれ。
常好坐禅。在於閑処。修摂其心。     常に坐禅を好んて、閑かなる処に在って、其の心を修摂せよ。
文殊師利。是名初親近処。        文殊師利、是を初めの親近処と名づく。
復次菩薩摩訶薩。観一切法空。      復次に菩薩摩訶薩、一切の法を観ずるに空なり。
如実相。不顛倒。不動。不退。      如実相なり。顛倒せず、動ぜず、退せず、
不転。如虚空。無所有性。        転ぜず。虚空の如くにして所有の性無し。
一切語言道断。不生。不出。       一切の語言の道断え、生ぜず、出せず、
不起。無名。無相。実無所有。      起せず。名無く、相無く、実に所有無し。 
無量。無辺。無礙。無障。        無量、無辺、無礙、無障なり。

383
但以因縁有。従顛倒生。         但因縁を以て有り、顛倒に従って生ず。
故説。常楽観如是法相。         故に説く、常に楽って是の如き法相を観ぜよ。
是名菩薩摩訶薩。第二親近処。      是を菩薩摩訶薩の第二の親近処と名づく。
爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言    爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
 若有菩薩 於後悪世          若し菩薩有って 後の悪世に於て
 無怖畏心 欲説此経          無怖畏の心をもって 此の経を説かんと欲せば
 応入行処 及親近処          応に行処 及び親近処に入るべし
 常離国王 及国王子          常に国王 及び国王子
 大臣官長 凶険戯者          大臣官長 凶険の戯者
 及旋陀羅 外道梵志          及び旃陀羅 外道梵志を離れ
 亦不親近 増上慢人          亦 増上慢の人
 貪著小乗 三蔵学者          小乗の 三蔵に貪著する学者に親近せざれ

384
 破戒比丘 名字羅漢          破戒の比丘 名字の羅漢
 及比丘尼 好戯笑者          及び比丘尼の 戯笑を好む者
 深著五欲 求現滅度          深く五欲に著して 現の滅度を求むる
 諸優婆夷 皆勿親近          諸の優婆夷に 皆親近すること勿れ
 若是人等 以好心来          是の若き人等 好心を以て来り
 到菩薩所 為聞仏道          菩薩の所に到って 仏道を聞かんと為ば
 菩薩則以 無所畏心          菩薩則ち 無所畏の心を以て
 不壊悕望 而為説法          悕望を懐かずして 為に法を説け
 寡女処女 及諸不男          寡女処女 及び諸の不男に
 皆勿親近 以為親厚          皆親近して 以て親厚を為すこと勿れ
 亦莫親近 屠児魁膾          亦 屠児魁膾
 畋猟漁捕 為利殺害          畋猟漁捕 利の為に殺害するに親近すること莫れ

385
 販肉自活 衒売女色          肉を販って自活し 女色を衒売する
 如是之人 皆勿親近          是の如きの人に 皆親近すること勿れ
 凶険相撲 種種嬉戯          凶険の相撲 種種の嬉戯
 諸婬女等 尽勿親近          諸の婬女等に 尽く親近すること勿れ
 莫独屏処 為女説法          独屏処にて 女の為に法を説くこと勿れ
 若説法時 無得戯笑          若し法を説かん時には 戯笑することを得ること無かれ
 入里乞食 将一比丘          里に入って乞食せんには 一りの比丘を将いよ
 若無比丘 一心念仏          若し比丘無くんば 一心に仏を念ぜよ
 是則名為 行処近処          是れ則ち名づけて 行処近処と為す
 以此二処 能安楽説          此の二処を以て 能く安楽に説け
 又復不行 上中下法          又復 上中下の法
 有為無為 実不実法          有為無為 実不実の法を行ぜざれ

386
 亦不分別 是男是女          亦 是れ男是れ女と分別せざれ
 不得諸法 不知不見          諸法を得ざれ 知らざれ見ざれ
 是則名為 菩薩行処          是れ則ち名づけて 菩薩の行処と為す
 一切諸法 空無所有          一切の諸法は 空にして所有無し
 無有常住 亦無起滅          常住有ること無く 亦起滅無し
 是名智者 所親近処          是を智者の 所親近処と名づく
 顛倒分別 諸法有無          顛倒して 諸法は有なり無なり
 是実非実 是生非生          是れ実なり非実なり 是れ生なり非生なりと分別す
 在於閑処 修摂其心          閑かなる処に在って 其の心を修摂し
 安住不動 如須弥山          安住して動ぜざること 須弥山の如くせよ
 観一切法 皆無所有          一切の法を観ずるに 皆所有無し
 猶如虚空 無有堅固          猶虚空の如し 堅固なること有ること無し

387
 不生不出 不動不退          不生なり不出なり 不動なり不退なり
 常住一相 是名近処          常住にして一相なり 是を近処と名づく
 若有比丘 於我滅後          若し比丘有って 我が滅後に於て
 入是行処 及親近処          是の行処 及び親近処に入って
 説斯経時 無有怯弱          斯の経を説かん時には 怯弱有ること無けん
 菩薩有時 入於静室          菩薩時有って 静室に入り
 以正憶念 随義観法          正憶念を以て 義に随って法を観じ
 従禅定起 為諸国王          禅定より起って 諸の国王
 王子臣民 婆羅門等          王子臣民 婆羅門等の為に
 開化演暢 説斯経典          開化し演暢して 斯の経典を説かば
 其心安穏 無有怯弱          其の心安穏にして 怯弱有ること無けん
 文殊師利 是名菩薩          文殊師利 是を菩薩の

388
 安住初法 能於後世          初の法に安住して 能く後の世に於て  
 説法華経               法華経を説くと名づく  
又文殊師利。如来滅後。         又文殊師利、如来の滅後に、
於末法中。欲説是経。          末法の中に於て、是の経を説かんと欲せば、  
応住安楽行。若口宣説。         応に安楽行に住すべし。若しは口に宣説し、 
若読経時。不楽説人。及経典過。     若しは経を読まん時、楽って人及び経典の過を説かざれ。
亦不軽慢。諸余法師。          亦、諸余の法師を軽慢せざれ。
不説他人。好悪長短。          他人の好悪長短を説かざれ。
於声聞人。亦不称名。説其過悪。     声聞の人に於て、亦、名を称して其の過悪を説かざれ。
亦不称名。讃歎其美。          亦、名を称して其の美きを讃歎せざれ。
又亦不生。怨嫌之心。          又亦、怨嫌の心を生ぜざれ。
善修如是。安楽心故。          善く是の如き安楽の心を修するが故に、 
諸有聴者。不逆其意。          諸の聴くこと有らん者、其の意に逆わじ。
有所難問。不以小乗法答。        難問する所有らば、小乗の法を以て答えざれ。

389
但以大乗。而為解説。令得一切種智。   但大乗を以て、為に解説して、一切種智を得せしめよ。
爾時世尊。欲重宣此義。         爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、、
而説偈言                偈を説いて言わく
 菩薩常楽 安穏説法           菩薩常に楽って 安穏に法を説け
 於清浄地 而施牀座           清浄の地に於て 牀座を施し
 以油塗身 澡浴塵穢           油を以て身に塗り 塵穢を澡浴し
 著新浄衣 内外倶浄           新浄の衣を著 内外倶に浄くして
 安処法座 随問為説           法座に安処して 問に随って為に説け
 若有比丘 及比丘尼           若し比丘 及び比丘尼
 諸優婆塞 及優婆夷           諸の優婆塞 及び優婆夷
 国王王子 群臣士民           国王王子 群臣士民有らば
 以微妙義 和顔為説           微妙の義を以て 和顔にして為に説け
 若有難問 随義而答           若し難問すること有らば 義に随って答えよ

390
 因縁譬喩 敷演分別           因縁譬喩をもって 敷演し分別せよ
 以是方便 皆使発心           是の方便を以て 皆発心せしめ
 漸漸増益 入於仏道           漸漸に増益して 仏道に入らしめよ
 除嬾惰意 及懈怠想           嬾惰の意 及び懈怠の想を除き
 離諸憂悩 慈心説法           諸の憂悩を離れて 慈心をもって法を説け
 昼夜常説 無上道教           昼夜に常に 無上道の教を説け
 以諸因縁 無量譬喩           諸の因縁 無量の譬喩を以て
 開示衆生 咸令歓喜           衆生に開示して 咸く歓喜せしめよ
 衣服臥具 飲食医薬           衣服臥具 飲食医薬
 而於其中 無所悕望           而も其の中に於て 悕望する所無かれ
 但一心念 説法因縁           但一心に 説法の因縁を念じ
 願成仏道 令衆亦爾           仏道を成じて 衆をして亦爾ならしめんと願うべし

391
 是則大利 安楽供養           是れ則ち大利 安楽の供養なり
 我滅度後 若有比丘           我が滅度の後に 若し比丘有って
 能演説斯 妙法華経           能く斯の 妙法華経を演説せば
 心無嫉恚 諸悩障礙           心に嫉恚 諸悩障礙無く
 亦無憂愁 及罵詈者           亦憂愁 及び罵詈する者無く
 又無怖畏 加刀杖等           又怖畏し 刀杖を加えらるる等無く
 亦無擯出 安住忍故           亦擯出せらるること無けん 忍に安住するが故に
 智者如是 善修其心           智者是の如く 善く其の心を修せば
 能住安楽 如我上説           能く安楽に住すること 我が上に説くが如くならん
 其人功徳 千万億劫           其の人の功徳は 千万億劫に
 算数譬喩 説不能尽           算数譬喩をもって 説くとも尽すこと能わじ
又文殊師利。菩薩摩訶薩。         又文殊師利、菩薩摩訶薩にして、

392
於後末世。法欲滅時。           後の末世の、法滅せんと欲せん時に於て、  
受持読誦。斯経典者。           斯の経典を受持し、読誦せん者は、
無懐嫉妬。諂誑之心。           嫉妬諂誑の心を懐くこと無かれ。 
亦勿軽罵。学仏道者。求其長短。      亦、仏道を学する者を軽罵し、其の長短を求むること勿れ。
若比丘。比丘尼。優婆塞。優婆夷。     若し比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の
求声聞者。求辟支仏者。求菩薩道者。    声聞を求むる者、辟支仏を求むる者、菩薩の道を求むる者、
無得悩之。令其疑悔。語其人言。      之を悩まし、其をして疑悔せしめて、其の人に語って、 
汝等去道甚遠。終不能得。一切種智。     汝等道を去ること甚だ遠し、終に一切種智を得ること能わじ。
所以者何。汝是放逸之人。          所以は何ん。汝は是れ放逸の人なり、道に於て懈怠なるが故に。
於道懈怠故。               と言うことを得ること無かれ。
又亦不応。戯論諸法。有所諍競。      又亦、応に諸法を戯論して、諍競する所有るべからず。
当於一切衆生。起大悲想。         当に一切衆生に於て大悲の想を起し、
於諸如来。起慈父想。           諸の如来に於て慈父の想を起し、
於諸菩薩。起大師想。           諸の菩薩に於て大師の想を起すべし。

293
於十方諸大菩薩。常応深心。恭敬礼拝。   十方の諸の大菩薩に於て、常に応に深心に恭敬礼拝すべし。 
於一切衆生。平等説法。          一切衆生に於て、平等に法を説け。
以順法故。不多不少。           法に順ずるを以ての故に、多くもせず少くもせざれ。
乃至深愛法者。亦不為多説。        乃至深く法を愛せん者にも、亦為に多く説かざれ。
文殊師利。是菩薩摩訶薩。         文殊師利、是の菩薩摩訶薩、
於後末世。法欲滅時。           後の末世の、法滅せんと欲せん時に於て、
有成就。是第三安楽行者。         是の第三の安楽行を成就すること有らん者は、
説是法時。無能悩乱。           是の法を説かん時、能く悩乱するもの無けん。
得好同学。共読誦是経。          好き同学の、共に是の経を読誦するを得、
亦得大衆。而来聴受。           亦大衆の、而も来って聴受し、
聴已能持。持已能誦。           聴き已って能く持ち、持ち已って能く誦し、
誦已能説。説已能書。           誦し已って能く説き、説き已って能く書き、
若使人書。供養経巻。           若しは人をしても書かしめ、経巻を供養し、
恭敬尊重讃歎。              恭敬し、尊重し、讃歎するを得ん。 
爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言     爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、

394
 若欲説是経 当捨嫉恚慢         若し是の経を説かんと欲せば 当に嫉恚慢
 諂誑邪偽心 常修質直行         諂誑邪偽の心を捨てて 常に質直の行を修すべし
 不軽蔑於人 亦不戯論法         人を軽蔑せず 亦法を戯論せざれ
 不令他疑悔 云汝不得仏         他をして疑悔せしめて 汝は仏を得じと云わざれ
 是仏子説法 常柔和能忍         是の仏子法を説かんには 常に柔和にして能く忍び
 慈悲於一切 不生懈怠心         一切を慈悲して 懈怠の心を生ぜざれ
 十方大菩薩 愍衆故行道         十方の大菩薩 衆を愍れむが故に道を行ずるに
 応生恭敬心 是則我大師         応に恭敬の心を生ずべし 是れ則ち我が大師なりと
 於諸仏世尊 生無上父想         諸仏世尊に於て 無上の父の想を生じ
 破於憍慢心 説法無障礙         憍慢の心を破して 法を説くに障礙無からしめよ
 第三法如是 智者応守護         第三の法是の如し 智者応に守護すべし
 一心安楽行 無量衆所敬         一心に安楽に行ぜば 無量の衆に敬われん

395
又文殊師利。菩薩摩訶薩。         又文殊師利、菩薩摩訶薩にして、
於後末世。法欲滅時。           後の末世の、法滅せんと欲せん時に於て、
有受持法華経者。於在家出家人中。     法華経を受持すること有らん者は、在家、出家の人の中に於て、
生大慈心。於非菩薩人中。         大慈の心を生じ、菩薩に非ざる人の中に於て、
生大悲心。応作是念。           大悲の心を生じて、応に是の念を作すべし。 
如是之人。即為大失。            是の如きの人は、即ち為れ、
如来方便。随宜説法。            大いに如来の方便随宜の説法を失えり。
不聞不知不覚。不問不信不解。        聞かず知らず覚らず、問わず信ぜず解せず。
其人雖不問。不信不解是経。         其の人、是の経を、問わず信ぜず解せずと雖も、
我得阿耨多罪三藐三菩提時。         我、阿耨多罪三藐三菩提を得ん時、
随在何地。以神通力。            随って何れの地に在っても、神通力と智慧力を以て、 
智慧力。引之令得。住是法中。        之を引いて、是の法の中に住することを得せしめん。
文殊師利。是菩薩摩訶薩。         文殊師利、是の菩薩摩訶薩、
於如来滅後。有成就。此第四法者。     如来の滅後に於て、此の第四の法を成就すること有らん者は、
説是法時。無有過失。           是の法を説かん時、過失有ること無けん。
常為比丘。比丘尼。優婆塞。優婆夷。    常に比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、

396
国王王子。大臣人民。婆羅門居士等。    国王王子、大臣人民、婆羅門居士等に、
供養恭敬。尊重讃歎。           供養恭敬し、尊重讃歎せらるることを為ん。
虚空諸天。為聴法故。亦常随侍。      虚空の諸天、法を聴かんが為の故に、亦常に随侍せん。
若在聚落城邑。空閑林中。         若し聚落、城邑、空閑、林中に在らんとき、 
有人来欲難問者。諸天昼夜。        人有り、来って難問せんと欲せば、諸天昼夜に、
常為法故。而衛護之。           常に法の為の故に、而も之を衛護し、
能令聴者。皆得歓喜。           能く聴く者をして、皆歓喜することを得せしめん。
所以者何。此経是一切。過去未来現在。   所以は何ん。此の経は是れ、一切の過去、未来、現在の
諸仏神力。所護故。            諸仏の神力をもって、護りたもう所なるが故に。
文殊師利。是法華経。於無量国中。     文殊師利、是の法華経は、無量の国の中に於て、   
乃至名字。不可得聞。           乃至名字をも、聞くことを得べからず。
何況得見。受持読誦。           何に況んや、見ることを得、受持し、読誦せんをや。
文殊師利。譬如強力。転輪聖王。      文殊師利、譬えば、強力の転輪聖王、
欲以威勢。降伏諸国。而諸小王。      威勢を以て諸国を降伏せんと欲せんに、而も諸の小王、 

297
不順其命。時転輪王。           其の命に順わざれば、時に転輪王、
起種種兵。而往討罰。           種種の兵を起して、往いて討罰するが如し。
王見兵衆。戦有功者。           王、兵衆の戦うに功有る者を見て、
即大歓喜。随功賞賜。           即ち大いに歓喜し、功に随って賞賜し、
或与田宅。聚落城邑。           或は田宅、聚落、城邑を与え、
或与衣服厳身之具。            或は衣服、厳身の具を与え、
或与種種珍宝。金。銀。瑠璃。       或は種種の珍宝、金、銀、瑠璃、
硨磲。碼碯。珊瑚。琥珀。         硨磲、碼碯、珊瑚、琥珀、 
象馬車乗。奴婢人民。           象馬、車乗、奴婢、人民を与う。
唯髻中明珠。不以与之。          唯、髻中の明珠のみ以て之を与えず。
所以者何。独王頂上。有此一珠。      所以は何ん。独王の頂上に、此の一つの珠有り、
若以与之。王諸眷属。           若し以て之を与えば、王の諸の眷属、 
必大驚怪。                必ず大いに驚き怪しめばなり。
文殊師利。如来亦復如是。         文殊師利、如来も亦復是の如し。  
以禅定智慧力。得法国土。王於三界。    禅定、智慧の力を以て、法の国土を得て、三界に王たり。
而諸魔王。不肯順伏。           而るを諸の魔王、肯えて順伏せず。
如来賢聖諸将。与之共戦。         如来の賢聖の諸将、之と共に戦うに、

298
具有功者。心亦歓喜。           其の功有る者には、心亦歓喜して、
於四衆中。為説諸経。           四衆の中に於て、為に諸経を説いて、 
令其心悦。賜以禅定。           其の心をして悦ばしめ、賜うに禅定、 
解脱。無漏根力。諸法之財。        解脱、無漏根、力の諸法の財を以てし、
又復賜与。涅槃之城。言得滅度。      又復、涅槃の城を賜与して、滅度を得たりと言って、
引導其心。令皆歓喜。           其の心を引導して、皆歓喜せしむ。
而不為説。是法華経。           而も為に、是の法華経を説かず。
文殊師利。如転輪王。           文殊師利、転輪王の、
見諸兵衆。有大功者。           諸の兵衆の大功有る者を見ては、
心甚歓喜。以此難信之珠。         心甚だ歓喜して、此の難信の珠の、  
久在髻中。不妄与人。           久しく髻中に在って、妄りに人に与えざるを以て、
而今与之。如来亦復如是。         今之を与えんが如く、如来も亦復是の如し。   
於三界中。為大法王。           三界の中に於て、大法王為り。
以法教化。一切衆生。           法を以て一切衆生を教化す。 
見賢聖軍。与五陰魔。           賢聖の軍の、五陰魔、
煩悩魔。死魔共戦。            煩悩魔、死魔と共に戦うに、
有大功勲。滅三毒。            大功勲有って、三毒を滅し、
出三界。破魔網。             三界を出てて、魔網を破するを見ては、

399
爾時如来。亦大歓喜。           爾の時に如来、亦大いに歓喜して、
此法華経。能令衆生。           此の法華経の、能く衆生をして、
至一切智。一切世間。多怨難信。      一切智に至らしめ、一切世間に怨多くして信じ難く、  
先所未説。而今説之。           先に未だ説かざる所なるを、而も今之を説く。
文殊師利。此法華経。是諸如来。      文殊師利、此の法華経は、是れ諸の如来の 
第一之説。於諸説中。最為甚深。      第一の説、諸説の中に於て最も為れ甚深なり。  
末後賜与。如彼強力之王。         末後に賜与すること、彼の強力の王の、
久護明珠。今乃与之。           久しく護れる明珠を、今乃ち之を与うるが如し。
文殊師利。此法華経。           文殊師利、此の法華経は、
諸仏如来。秘密之蔵。           諸仏如来の秘密の蔵なり。 
於諸経中。最在其上。           諸経の中に於て、最も其の上に在り、
長夜守護。不妄宣説。           長夜に守護して、妄りに宣説せざるを、
始於今日。乃与汝等。而敷演之。      始めて今日に於て、乃ち汝等が与に、而も之を敷演す。
爾時世尊。欲重宣此義。         爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、
而説偈言                偈を説いて言わく、
 常行忍辱 哀愍一切           常に忍辱を行じ 一切を哀愍して

400
 乃能演説 仏所讃経           乃ち能く 仏の讃めたもう所の経を演説す
 後末世時 持此経者           後の末世の時 此の経を持たん者は
 於家出家 及非菩薩           家と出家と 及び非菩薩とに於て
 応生慈悲 斯等不聞           応に慈悲を生ずべし 斯等
 不信是経 則為大失           是の経を聞かず信ぜず 則ち為れ大いに失えり
 我得仏道 以諸方便           我仏道を得て 諸の方便を以て
 為説此法 令住其中           為に此の法を説いて 其の中に住せしめん
 譬如強力 転輪之王           譬えば強力の 転輪の王
 兵戦有功 賞賜諸物           兵の戦って功有るに 諸物の
 象馬車乗 厳身之具           象馬車乗 厳身の具
 及諸田宅 聚落城邑           及び諸の田宅 聚落城邑を賞賜し
 或与衣服 種種珍宝           或は衣服 種種の珍宝

401
 奴婢財物 歓喜賜与           奴婢財物を与え 歓喜して賜与す
 如有勇健 能為難事           勇健にして 能く難事を為すこと有るには
 王解髻中 明珠賜之           王髻中の 明珠を解きて之を賜わんが如く
 如来亦爾 為諸法王           如来も亦爾なり 為れ諸法の王
 忍辱大力 智慧宝蔵           忍辱の大力 智慧の宝蔵あり
 以大慈悲 如法化世           大慈悲を以て 法の如く世を化す
 見一切人 受諸苦悩           一切の人の 諸の苦悩を受け
 欲求解脱 与諸魔戦           解脱を欲求して 諸の魔と戦うを見て
 為是衆生 説種種法           是の衆生の為に 種種の法を説き
 以大方便 説此諸経           大方便を以て 此の諸経を説く
 既知衆生 得其力已           既に衆生 其の力を得已んぬと知っては
 末後乃為 説是法華           末後に乃ち為に 是の法華を説くこと

402
 如王解髻 明珠与之           王髻の明珠を解きて 之を与えんが如し
 此経為尊 衆経中上           此の経は為れ尊 衆経の中の上なり
 我常守護 不妄開示           我常に守護して 妄りに開示せず
 今正是時 為汝等説           今正しく是れ時なり 汝等が為に説く
 我滅度後 求仏道者           我が滅度の後に 仏道を求めん者
 欲得安穏 演説斯経           安穏に 斯の経を演説することを得んと欲せば
 応当親近 如是四法           応当に 是の如き四法に親近すべし
 読是経者 常無憂悩           是の経を読まん者は 常に憂悩無く
 又無病痛 顔色鮮白           又病痛無く 顔色鮮白ならん
 不全貧窮 卑賎醜陋           貧窮 卑賎醜陋に生れじ
 衆生楽見 如慕賢聖           衆生の見んと楽わんこと 賢聖を慕うが如くならん
 天諸童子 以為給使           天の諸の童子 以て給使を為さん

403
 刀杖不加 毒不能害           刀杖も加えず 毒も害すること能わじ
 若人悪罵 口則閉塞           若し人悪み罵らば 口則ち閉塞せん
 遊行無畏 如師子王           遊行するに畏れ無きこと 師子王の如く
 智慧光明 如日之照           智慧の光明 日の照すが如くならん
 若於夢中 但見妙事           若し夢の中に於ても 但妙なる事を見ん
 見諸如来 坐師子座           諸の如来の 師子座に坐したまいて
 諸比丘衆 囲遶説法           諸の比丘衆に 囲遶せられて説法したもうを見ん
 又見龍神 阿修羅等           又龍神 阿修羅等
 数如恒沙 恭敬合掌           数恒沙の如くにして 恭敬合掌し
 自見其身 而為説法           自ら其の身を見るに 而も為に法を説くと見ん
 又見諸仏 身相金色           又諸仏の 身相金色にして
 放無量光 照於一切           無量の光を放って 一切を照し

404
 以梵音声 演説諸法           梵音声を以て 諸法を演説し
 仏為四衆 説無上法           仏四衆の為に 無上の法を説きたもう
 見身処中 合掌讃仏           身を見るに中に処して 合掌して仏を讃じ
 聞法歓喜 而為供養           法を聞き歓喜して 供養を為し
 得陀羅尼 証不退智           陀羅尼を得 不退の智を証す
 仏知其心 深入仏道           仏其の心 深く仏道に入れりと知ろしめして
 即為授記 成最正覚           即ち為に 最正覚を成ずることを授記して
 汝善男子 当於来世           汝善男子 当に来世に於て
 得無量智 仏之大道           無量智の 仏の大道を得て
 国土厳浄 広大無比           国土厳浄にして 広大なること比無く
 亦有四衆 合掌聴法           亦四衆有り 合掌して法を聴くべしとのたもうを見ん
 又見自身 在山林中           又自身 山林の中に在って

405
 修習善法 証諸実相           善法を修習し 諸の実相を証し
 深入禅定 見十方仏           深く禅定に入って 十方の仏を見たてまつると見ん
 諸仏身金色 百福相荘厳         諸仏の身金色にして 百福の相荘厳したもう
 聞法為人説 常有是好夢         法を聞いて人の為に説く 常に是の好き夢有らん
 又夢作国王 捨宮殿眷属         又夢むらく国王と作って 宮殿眷属
 及上妙五欲 行詣於道場         及び上妙の五欲を捨てて 道場に行詣し
 在菩提樹下 而処師子座         菩提樹下に在って 師子座に処し
 求道過七日 得諸仏之智         道を求むること七日を過ぎて 諸仏の智を得
 成無上道已 起而転法輪         無上道を成じ已り 起って法輪を転じ
 為四衆説法 経千万億劫         四衆の為に法を説くこと 千万億劫を経
 説無漏妙法 度無量衆生         無漏の妙法を説き 無量の衆生を度して
 後当入涅槃 如煙尽燈滅         後に当に涅槃に入ること 煙尽きて燈の滅ゆるが如し

406
 若後悪世中 説是第一法         若し後の悪世の中に 是の第一の法を説かば
 是人得大利 如上諸功徳         是の人大利を得んこと 上の諸の功徳の如くならん